プレミアリーグのポスター・ボーイ

    5月2日に、ローマを通算7-6と破ってLiverpoolがCL決勝進出を決めた時、イングランドの全国メディアが「トレント・アレクサンダー・アーノルドはプレミアリーグのポスター・ボーイになるべき」と絶賛した。

    「世界中からスーパースターが集まっているプレミアリーグで、地元出身で、クラブのアカデミーチームで育ちファーストチームのレギュラーまで上り詰める選手は、ビッグクラブになればなるほど貴重な存在。ましてやCL決勝戦に出るような超ビッグクラブで実現したアレクサンダー・アーノルドは、プレミアリーグの目玉としてクローズアップされるべき」。

    間もなくBBCが、イングランドきってのホットなティーンエージャーとなった19歳のトレントの独占インタビューを収録した。自宅のリビングルームでくつろぐトレントの背景で、ナレーションが流れた。「インタビューの最中に、キッチンでお母さんがお茶を入れ、弟が学校から帰ってくる。プレミアリーグのスター選手のインタビューとは思えない風景です」。

    質問は必然的に、「プレミアリーグの給料」を貰いながら、家族と一緒に住んでいる理由で開始した。トレントの回答はシンプルだった。「十分な給料を貰うようになったからと言って、若過ぎるうちに独立すると、自由が多すぎて間違った生活態度に陥る危険性がある。僕は、毎日家族の元に帰ってきて家族と会話をすることで、正しい精神状態を保っていると思っている。だから、自分も含めて家族全員が、独立すべきと合意する地点に達するまでは、この家を出て行くつもりはない」。

    Liverpoolのファーストチーム・デビューは僅か17か月前、それから急速な上り坂を進んで来たトレントは、良いことだけではなく、ビッグ・マッチでミスを犯してメディアからつるし上げを食らったこともあった。「そんな時、家に帰ってきて家族と言葉を交わすことが、僕にとって非常に大きな支えとなった。家族がいなければ、今の僕はなかった」。

    私生活で家族がトレントを支えていると同時に、フットボール生活では、クラブのアカデミーチームからファーストチームに至るまで、監督コーチ陣、チームメートがトレントを育てて来た。特に、ファーストチームのレギュラーに引き上げてくれたユルゲン・クロップについて、トレントは熱く語った。

    「僕にチャンスを与えてくれた人であり、常にサポートしてくれる、お父さんのような人。お蔭で僕は、監督から信頼されているのだと実感できる。監督とはこうあるべきという、理想的な監督」。

    5月16日に、トレントがW杯のイングランド代表23人に選出された時、そのビッグ・ニュースを本人に伝えたのはクロップだった。

    「監督に呼ばれて、真面目な顔で『今年は夏休みなしだぞ』と言われた。そして、監督はにっこり笑って代表入りをほめてくれた」と、トレントはその時の会話を明かした。「イングランドが、監督から伝えるよう取り計らってくれたことに感謝した」。

    トレントの代表入りは、「無キャップの19歳の若手」という面ではヘッドラインを飾ったが、ライバルチームのファンも含めて、選出の妥当性を疑問視する人は誰もいなかった。

    「子供の頃からずっと、代表入りを夢見てボールを蹴っていたトレントに、頑張りなさいと軽く言っていた。心の中で、どうせ実現しないのだからリラックスしなさい、と思いながら」と、トレントのお母さんは誇らしげに語った。

    「スティーブン・ジェラードがオートバイオグラフィーの中で、トレントのことを書いている、という話を友人から聞いた時、そんなことはあり得ないと笑った。ASDAに行って本を読んで、本当だと知った。あのスティーブン・ジェラードが!その時から私は、『トレントのお母さん』になった」と、ほほ笑んだ。

    6歳の時に、Liverpool FCのサマーキャンプに参加したトレントは、最初のセッションでクラブのスカウトの目に留まり、開始30分後にはアカデミーチーム入りの話になっていた。

    それだけ才能が明らかだったトレントに、目を付けたのはLiverpoolだけではなかった。マンチェスターユナイテッドFCの事務職員だったおじさんの縁で、トレントはサー・アレックス・ファーガソンから声をかけられた。それに対してトレントは、丁寧に断った。「僕のお母さんは高速道路を運転するのは嫌だと言っているので」。

    そしてトレントは、5月26日にはCL決勝のひのき舞台に立つことになった。

    「わが息子が、クリスティアーノ・ロナウドと対戦する?とても現実とは思えない」と、お母さんは目を細めた。

    いっぽうトレントは、「ロナウドやメッシは子供のころからYouTubeで見てきた選手」と目を輝かせつつ、スクリーンの中ではなく本物のスーパースターと対戦することについて、冷静に語った。

    「世界のベスト・プレイヤーと対戦することで自分を試したい」。

    「懐疑心を希望に変える」象徴

    5月6日にスタンフォードブリッジでのチェルシー戦に1-0と敗れて、Liverpoolのトップ4争いが最終日に持ち越しとなった時に、イングランド中のメディアは一斉に批判した。残り4試合の時点でチェルシーと10ポイント差があったLiverpoolは、CL準決勝をはさむWBA戦(試合結果は2-2)、ストーク戦(試合結果は0-0)と最終的な降格チームに連続でポイントを落とした末に、チェルシーとの直接対戦でわずか3ポイント差まで詰められたのだった。

    「選手の頭の中はCL決勝が占めているから、プレミアリーグの試合に集中できずにいる」という指摘の中で、BBCのアナリストであるジャメイン・ジェナスの批判はより痛烈だった。

    「選手ならば、CL決勝に出たいのは当然のこと。Liverpoolの選手たちは、ローマとの1戦目(試合結果は5-2でLiverpoolの勝利)で、深刻な負傷を負ったアレックス・オクスレイド・チェンバレンの惨状を思い浮かべ、同じ運命にならないようにと、無意識に力を加減しているように見える」。

    これに対して、Liverpoolファンは肩をすくめ、ユルゲン・クロップの冷静な言葉に深く頷いた。

    「チェルシー戦の試合結果は気に入らないが、内容には満足している。4日前にCL準決勝を戦ったばかりで体力的にも厳しかったのに、勝ちを目指して全力を尽くした選手たちを批判する気はない。むしろ、選手たちを誇りに思う」と、クロップは断言した。トップ4を確定するためにブライトン戦は最も重要な試合であり、それ以外(CL決勝)の話題は禁句にしていることも明かした。

    クロップの言葉通り、5月13日の最終日にブライトンに4-0と勝って、来季のCL出場を確定したチームに対して、「クロップの長期計画が着実に実を結び始めている」と、ファンは期待を語り合った。

    「開幕時点での今季の目標は、トップ4とCLグループラウンド勝ち抜き、そして国内カップ戦が取れれば尚可だった。それが、予想以上の不運な負傷に見舞われながらもトップ4を達成し、CLは決勝まで到達した。5月26日がどうなろうと、確実に大きく前進している」と、誰もが笑顔で頷き合った。「何より、クロップに対する信頼が希望を与えてくれる現状が最も嬉しい」。

    ファンが「クロップに対する信頼」を具体的に語り合った場面は数々あったが、その一つがローマとの1戦目の試合後のことだった。5-0とリードしながら試合終幕の2失点でアウェイゴールを献上したことについて感想を問われたクロップは、即座に首を横に振った。「試合後に選手全員が最も残念だと言ったのは失点ではなく、アレックスを失ったことだった」。

    結局、オクスレイド・チェンバレンはじん帯の負傷で、CL決勝だけでなくW杯も絶望と判明した。前回のW杯も直前の負傷で棒に振っていただけに、イングランド中から同情の声が飛んだ。

    しかし、直後に出たオクスレイド・チェンバレン本人のメッセージは、ファンの心を直撃した。「このような重要な時点で負傷してしまったことは非常に辛い。でも、ショーン・コックス(※)のご家族の気持ちを考えると、比ではないと思う。回復するよう心からお祈りしています」。
    ※ローマ戦の試合前に、アンフィールドの周辺の道路でローマのフーリガンにハンマーなどの凶器で襲われ、重体にあるアイルランドのLiverpoolファン。

    その後で、クロップがオクスレイド・チェンバレンに対して、「刑務所に入る夫をひたすら待つ良妻のように、君が負傷から戻って来るのを待つ」と語った言葉に、ファンは目頭を熱くした。これは、クロップがドルトムント時代にマッツ・フンメルスが長期負傷欠場した時に言った言葉と同等であり、「特別な選手に対してだけ捧げる言葉」と、ドイツ人ファンが解説した。

    「オクスレイド・チェンバレンは、クロップがLiverpoolに来て最初に言った『懐疑心を希望に変える』象徴。外部から批判が飛び交い、見た目には大丈夫だろうかと心配になる時にも、クロップを信じていれば必ず救われる、と」。

    オクスレイド・チェンバレンの移籍に関して、ネガティブな見解を表明したアナリストの中にジャメイン・ジェナスがいた。「最も選手層の厚い攻撃的ミッドフィールドのポジション争いに挑んだオクスレイド・チェンバレンは、最初から負けが見えていた」と、9月の時点でダメ出ししたものだった。

    ふたを開けると、1月にフィリペ・コウチーニョを失い、アダム・ララーナの負傷が予想以上に長引く中で、オクスレイド・チェンバレンは、クロップの信頼を担う不可欠な存在となった。

    折しも、地元紙リバプール・エコーが、クロップを信じていれば必ず救われる根拠をまた一つ、並べたところだった。「2016年5月に、EL決勝(試合結果は3-1でセビーリャが優勝)の失意に暮れている選手たちに向かってクロップは言った。『これは我々にとってスタートなんだ。これから何回もの決勝戦を、みんなで一緒に戦うことになるのだから』と。それは真実だったことが証明された」。


    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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