チャンピオンシップのおとぎ話フィナーレ

    5月29日、ウェンブリーでのチャンピオンシップ(2部)のプレイオフ決勝で、ハダースフィールドがレディングに勝って来季のプレミアリーグ昇格を決定した(試合結果は0-0、延長の末PK戦)。リーグ戦での得失点差がマイナス(-2)で終わったチームの昇格は史上初、選手の給料は2部24クラブの下から2番目というハダースフィールドが、45年ぶりのトップ・ディビジョン返り咲きを達成したのだった

    今のプレミアリーグは45年前のイングランド1部リーグとは大きく異なり、おそらく世界一の激戦リーグであるだけでなく、TV放送ライセンスなどの収入で、最下位のサンダーランドで£100m近い額という「銭函」だった。1年前には19位と辛うじて2部残留を達成したハダースフィールドにとっては、プレミアリーグ昇格は、「おとぎ話」だった。

    シーズン中に自動的昇格を決めていたニューカッスル・ファンは、ハダースフィールドの昇格決定に両手を上げて喜んだ。「助かった!ハダースフィールドは間違いなく1シーズンで降格するだろうから、来季の降格枠は2に減った」。1年ぶりの復帰となるニューカッスルにとっても、まずはプレミアリーグ残留が最初のハードルで、自分たちの生き残りが最も重要だった。

    「プレイオフを戦った主力選手のうち5人がLiverpool、チェルシー、マンチェスターシティから1年ローンで来ていた借り物というハダースフィールドが、プレミアリーグで生き残れる見込みは皆無」と胸をなでおろしたニューカッスル・ファンは、真面目な表情で付け加えた。

    「ただ、そのハダースフィールドを昇格させたデビッド・ワグナーの偉業は誰も否定できない」。

    ドルトムント2の監督時代からユルゲン・クロップと親友だったワグナーは、クロップとほぼ同時期の2015年11月にハダースフィールド監督に就任した。

    「もちろんウェンブリーのことはドイツにいた頃から知っていた。世界で最も栄誉あるスタジアムだから」と、ワグナーは、プレイオフ決勝の前にジョークを交えて語った。「スタンド行きの処分(※)を食らった時のヒアリングで1度来たことがあるだけで、ウェンブリーで試合するのは初めて。ドイツ人が、初めてのフル・シーズンでチームをウェンブリーに率いる、というだけで凄いことだと思う」。
    ※リーズとのダービーで、当時リーズ監督のガリー・モンクとタッチラインでにらみ合ったことで、2人揃ってレッドを受けた(試合結果は2-1でハダースフィールドの勝利)。

    ライバルチームのファンからも賞賛されるワグナーは、ハダースフィールド陣営では絶対的な存在だった。

    歴代スター選手スティーブ・キンドン(ハダースフィールド在籍は1979–1982)は、「私は前回のファン投票で3位に選んでもらえたが、今投票をしたらトップ20にも入らないだろう」と笑った後で、昨年夏のプリシーズンのエピソードを披露した。

    「ワグナーは、スウェーデンでのキャンプ合宿で、選手たちに毎晩テントのパートナー交替を命じた。かくして選手たちは、文字通り手に手を取って自給自足の生活を共に乗り切る中で、堅いチームワークを築いた。今季のリーグではその成果が出た」。

    現役選手の中で最も在籍が長い(2012-)ショーン・スキャンネルが、キンドンの証言を裏付けた。「ワグナーが監督でいてくれる限り、何事もやればできるのだ、という信念を我々選手に植え付けてくれた」。

    「シーズンを通して、『我々には限界はない』という自信を持って試合に臨んだ。勝てなかった試合の後でも、チーム全体で力を合わせて復調した」。

    Liverpoolファンの間では、若手GKのダニー・ウォードがローンで活躍していたことも手伝って、ハダースフィールドの昇格を大歓迎する声が圧倒的だった。更に、クロップの親友という縁で関心を持っていたワグナーに対して、「そのフィロソフィーはクロップと通じるものがある」と、一層親近感を抱いた。

    晴れてプレミアリーグ昇格を達成した時に、「選手たちは、プレイオフを戦う中で、ヒーローからレジェンドへと変わった」と、ワグナーは語った。「わが選手たちを誇りに思う。我々を支えてくれた地元の人々やクラブのスタッフには、心から感謝している」。

    「私がこのクラブに来てから、『経験がない』ことをメディアからさんざん指摘された。イングランドリーグの経験なし、プレミアリーグの下で激戦を繰り広げているチャンピオンシップの経験なし、冬休みがない過密日程の経験なし、プレイオフの経験なし、と」。

    「もちろん経験は重要。でも、強い情熱を抱いて、努力して、決意を貫けば、経験がなくてもできるのだということを、我々は証明した」。


    チームにとって重要な選手

    4月21日のリバプール市内で、LiverpoolFCのオフィシャル・スポンサーであるニベアが主催するショーが行われた。商店街にある床屋で、シモン・ミニョレ、デヤン・ロブレン、ディボック・オリジの3人が参加し、ニベアのシェービングフォームを塗った風船を、割らずに剃刀で剃るという競争だった。風船6つに成功したミニョレが1位に輝いた、と思ったところで、調査の結果ミニョレが剃刀を逆に当てて剃ったという「ずる」をしたことが発覚した。観衆が大爆笑する中、ミニョレは罰としてシェービングフォームの噴射を受けたのだった。

    見ていたファンは、「ミグ(ミニョレのニックネーム)にこんな茶目っ気があったとは!」と腹を抱えて笑った末に、誰かがふと言った。「ミグは変わった。真面目一本で、深刻に構えすぎて自分にプレッシャーをかけているように見えたものだったが、今ではゴールの前で自信に満ちている。このような場でもリラックスして、余裕が伺えるようになった」。

    2013年夏にサンダーランドからLiverpoolに来て以来、ファンのミニョレに対する評価は決して高くなかった。「ショット・ストッパーとしては及第点だが、GKに必須のいくつかの要素に弱点がある。特に、積極的に前に出てクロスを防ぐこと、ディフェンダーとコミュニケーションを取ってゴール前を仕切ること、この2点が致命的」。

    それは、今季のミニョレが飛躍的に向上したポイントだと、圧倒的多数のファンが指摘する。「ボックス内では自分がボスだ、というリーダーシップを発揮するようになり、ディフェンダーのミグに対する信頼が徐々に高まった」。

    地元紙リバプール・エコーが、「とうとうジェイミー・キャラガーがミニョレを褒めた」という見出しの記事を掲げたのもその頃、4月16日のことだった。4月8日のストーク戦(試合結果は1-2でLiverpoolの勝利)と4月16日のWBA戦(試合結果は1-0でLiverpoolの勝利)で、立て続けのスーパーセーブでチームの連勝に大きな役割を果たしたミニョレに対して、キャラが「これまで僕が批判してきた点を克服した」と180度転換したのだった。

    スカイTVのアナリストとして活躍するキャラは、古巣のLiverpoolには厳しかったが、特にミニョレに対する風当たりは強かった。ファンの間でも「それは酷」と苦笑が出たものとして、2014-15季のアンフィールドでのダービーがあった。91分に同点ゴールを食らって1-1の引き分けに終わった試合だった。それは、エバトン主将でセンターバックのフィル・ジャギエルカがオープン・プレイから放った弾丸シュートで、その瞬間にエバトンの「ゴール・オブ・ザ・シーズン」が決定したものだった。

    Liverpoolファンが、「あのゴールはジャギエルカにもう一度やれと言っても無理、というような超ファイン・ゴール」と、素直に脱帽したのに対して、キャラは「ミニョレは、あのゴールを止めればLiverpoolのGKとして認められただろうに」と厳しかった。

    「どんな名キーパーでもミスは犯す。僕は、ミスは問題ではないと思っている。ポイントに直結するスーパーセーブを出すことが、Liverpoolのようなチームで認められる条件。ミニョレにはそれが見られない」。

    ジャギエルカのゴールはさておき、ファンの声はキャラと同期を取っていた。「ダビド・デヘアがいなければマンチェスターユナイテッドは何位になっていることか。チェルシーのティボ・クルトゥワやトットナムのウーゴ・ロリスも然り。この3人のレベルのGKが来てくれれば、Liverpoolのバック5はそんなに悪くないと思えるだろう」と、GK補強を望むファンの議論は、毎年夏の恒例となっていた。

    それらの批判を一掃したミニョレに関して、キャラは「ミニョレはストーク戦とWBA戦で合計5ポイントを稼いだ。あの3本のスーパーセーブがなければ、Liverpoolはストークに負けてWBAには引き分けていた。その1分1敗を、ミニョレが単独で2勝にした」と言った。

    シーズンを終えた5月28日に、ミニョレは激動の2016-17季を振り返り、「ストーク戦が転機となった」と語った。「あの試合では、1-0とリードされて、選手の心の中に弱気が浮かび始めた時だったので、あのセーブは自分でも『チームに貢献できた』と誇りに思った」。

    「ストライカーならば、得点すれば認めてもらえるが、キーパーは全く異なる。特にLiverpoolのようなビッグ・クラブでは、ポイントに直結するセーブをする機会というのはそんなに多くはない。ストーク戦では、それを実現できた」。

    9月にベンチに格下げされた時のことを、ミニョレは、「試合に出してもらえるために、毎日のトレーニングでひたすら頑張った。コーチのアドバイスを受けて、自分の弱点を克服することに専念した」と振り返った。そして、再びチャンスを得た時には、その成果を披露することに成功したのだった。

    「Liverpoolに来て4年経って、やっと自分はこのチームにとって重要な選手になれた、と感じている」。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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