この夏の新戦力第一号

    5月30日、Liverpoolのこの夏の新戦力第一号が発表された時、地元紙リバプール・エコーは「ドミニク・ソランケってどんな選手?」という見出しの記事を掲載した。ロンドン出身でチェルシーのユースチームで育ち、見込まれながらもチェルシーでは出場機会を得る見通しがないため、若手にチャンスを与えるユルゲン・クロップを慕ってLiverpool入りを決意した19歳の若手フォワードで、Liverpoolではアンダー23チームで試合経験を積み、折を見てファーストチームに昇格させることになるだろう、と同紙は予想した。

    ファンは歓迎したが、移籍金£3m程度という状況からも、数年後に戦力になればラッキーと、誰もが感じていた(2017年6月末で契約満了だが、19歳のためLiverpoolはチェルシーに対して幾分かの金額を支払うことになる)。

    同時に、チェルシー・ファンから「わがクラブの方針は決定的に間違っている。ソランケは絶対に留めるべき若手。ロメル・ルカクと同じ運命になるに違いない」と、大きな悲鳴が上がった。

    2014年9月にチェルシーでプロ契約を結び、翌10月にファーストチーム入りしたソランケについて、当時監督だったジョゼ・モウリーニョは「もしソランケが数年後にイングランド代表チーム入りしないとしたら、それは私の責任」と期待を語った。しかし、チェルシーのアカデミー出身で、チェルシーで名を上げた最後の選手がジョン・テリー(デビューは1998年)という事実を引用するまでもなく、若手選手がなかなか育たない土壌は周知の通りだった。

    そして、モウリーニョの宣言とは裏腹に、ソランケも多くの若手と同じ道を歩むことになった。翌2015-16季にはフィテッセにローンに出され、1年後に戻って来た後は、アントニオ・コンテが率いるファーストチームには近寄るチャンスがないままシーズン後半を迎えた。2017年2月にチェルシーが契約延長を提示した時に、既に新天地を考えていたソランケはサインを拒否、「シーズン末には出て行くことが決まった若手」の一人として、試合に出してもらえる可能性はゼロになった。

    そのいきさつは、チェルシーの地元紙が掲げた以外は殆ど注目を浴びることがないまま、ソランケのLiverpool入りが発表されたのだった。

    「ドミニク・ソランケってどんな選手?」の中でリバプール・エコー紙は、それら一連の経緯を紹介した後で、ソランケがLiverpoolに目を向けた過去の出来事を掘り起こした。一つ目は2012年9月のアンフィールドでのマンチェスターユナイテッド戦(試合結果は1-2でユナイテッドが勝利)で、ソランケはSNSで「アンフィールドはものすごいスタジアム。ファンは素晴らしい!」と感激を表明した。続いて2014年4月のマンチェスターシティ戦(試合結果は3-2でLiverpoolの勝利)について、「Liverpoolの攻撃はすごく熱い!」と書いたメッセージも発掘された。

    「つまり、ソランケは数年前からLiverpoolに来る運命だった」と、ジョークを絡めながら「ソランケのLiverpoolとの関係」を連ねたリバプール・エコー紙と同期を取るように、地元の熱心なLiverpoolファンの中から肯定的な証言が続いた。「ソランケは、2年前にアンダー21の試合で、Liverpool戦でハットトリックを記録した選手。まさに磨かれないダイヤモンドで、超一流になる素質を全て備えている若手だ、と感銘を受けた」。

    それを受けて、Liverpoolファンは、この夏の新戦力第一号となる「無名の若手」ソランケに対して、期待と暖かく見守る決意を固めた。「ビル・シャンクリーは無名だったケビン・キーガンをサインした。ボブ・ペイズリーは無名のイアン・ラッシュを獲得した。このクラブが伝統的に実践してきたのは、素質を見抜いて大スターに育てること」。

    かくして、出る方と入る方の両地元紙とファンの間だけでささやかな話題に上っていたソランケは、アンダー20W杯、特に6月8日の準決勝(対イタリア、試合結果は3-1でイングランドが逆転勝利)の2ゴールで、いきなり全国的に脚光を浴びることになった。

    「すべての年齢層を合わせても、イングランド代表チームのW杯決勝進出は1966年以来の快挙。51年ぶりにW杯優勝を達成したヤング・ライオンズは、次世代を担う『ゴールデン・ジェネレーション』」という見出しを派手に掲げた全国メディアは、ゴールデン・ボール賞(最優秀選手賞)に輝いたソランケを「ディエゴ・マラドーナ(1979)、リオネル・メッシ(2005)、ルイス・フィーゴ(1991)、セルヒオ・アグエロ(2007)、ポール・ポグバ(2013)と同じスタート台に立った」とプレッシャーをかけた上に、「若手を育てることが出来ないチェルシーの損失は、Liverpoolの利益に直結した」と騒いだ。

    優勝監督ポール・シンプソンは、喜びを語ると同時に、メディアの過熱に待ったをかけた。「この偉業を達成した選手たちをそっとして置いて欲しい。これからクラブに戻って、どんな風に育つかは彼ら自身がクラブの中で努力すること。でも、今は、彼らに思う存分祝わせて上げて欲しい」。

    チャンピオンシップのおとぎ話フィナーレ

    5月29日、ウェンブリーでのチャンピオンシップ(2部)のプレイオフ決勝で、ハダースフィールドがレディングに勝って来季のプレミアリーグ昇格を決定した(試合結果は0-0、延長の末PK戦)。リーグ戦での得失点差がマイナス(-2)で終わったチームの昇格は史上初、選手の給料は2部24クラブの下から2番目というハダースフィールドが、45年ぶりのトップ・ディビジョン返り咲きを達成したのだった

    今のプレミアリーグは45年前のイングランド1部リーグとは大きく異なり、おそらく世界一の激戦リーグであるだけでなく、TV放送ライセンスなどの収入で、最下位のサンダーランドで£100m近い額という「銭函」だった。1年前には19位と辛うじて2部残留を達成したハダースフィールドにとっては、プレミアリーグ昇格は、「おとぎ話」だった。

    シーズン中に自動的昇格を決めていたニューカッスル・ファンは、ハダースフィールドの昇格決定に両手を上げて喜んだ。「助かった!ハダースフィールドは間違いなく1シーズンで降格するだろうから、来季の降格枠は2に減った」。1年ぶりの復帰となるニューカッスルにとっても、まずはプレミアリーグ残留が最初のハードルで、自分たちの生き残りが最も重要だった。

    「プレイオフを戦った主力選手のうち5人がLiverpool、チェルシー、マンチェスターシティから1年ローンで来ていた借り物というハダースフィールドが、プレミアリーグで生き残れる見込みは皆無」と胸をなでおろしたニューカッスル・ファンは、真面目な表情で付け加えた。

    「ただ、そのハダースフィールドを昇格させたデビッド・ワグナーの偉業は誰も否定できない」。

    ドルトムント2の監督時代からユルゲン・クロップと親友だったワグナーは、クロップとほぼ同時期の2015年11月にハダースフィールド監督に就任した。

    「もちろんウェンブリーのことはドイツにいた頃から知っていた。世界で最も栄誉あるスタジアムだから」と、ワグナーは、プレイオフ決勝の前にジョークを交えて語った。「スタンド行きの処分(※)を食らった時のヒアリングで1度来たことがあるだけで、ウェンブリーで試合するのは初めて。ドイツ人が、初めてのフル・シーズンでチームをウェンブリーに率いる、というだけで凄いことだと思う」。
    ※リーズとのダービーで、当時リーズ監督のガリー・モンクとタッチラインでにらみ合ったことで、2人揃ってレッドを受けた(試合結果は2-1でハダースフィールドの勝利)。

    ライバルチームのファンからも賞賛されるワグナーは、ハダースフィールド陣営では絶対的な存在だった。

    歴代スター選手スティーブ・キンドン(ハダースフィールド在籍は1979–1982)は、「私は前回のファン投票で3位に選んでもらえたが、今投票をしたらトップ20にも入らないだろう」と笑った後で、昨年夏のプリシーズンのエピソードを披露した。

    「ワグナーは、スウェーデンでのキャンプ合宿で、選手たちに毎晩テントのパートナー交替を命じた。かくして選手たちは、文字通り手に手を取って自給自足の生活を共に乗り切る中で、堅いチームワークを築いた。今季のリーグではその成果が出た」。

    現役選手の中で最も在籍が長い(2012-)ショーン・スキャンネルが、キンドンの証言を裏付けた。「ワグナーが監督でいてくれる限り、何事もやればできるのだ、という信念を我々選手に植え付けてくれた」。

    「シーズンを通して、『我々には限界はない』という自信を持って試合に臨んだ。勝てなかった試合の後でも、チーム全体で力を合わせて復調した」。

    Liverpoolファンの間では、若手GKのダニー・ウォードがローンで活躍していたことも手伝って、ハダースフィールドの昇格を大歓迎する声が圧倒的だった。更に、クロップの親友という縁で関心を持っていたワグナーに対して、「そのフィロソフィーはクロップと通じるものがある」と、一層親近感を抱いた。

    晴れてプレミアリーグ昇格を達成した時に、「選手たちは、プレイオフを戦う中で、ヒーローからレジェンドへと変わった」と、ワグナーは語った。「わが選手たちを誇りに思う。我々を支えてくれた地元の人々やクラブのスタッフには、心から感謝している」。

    「私がこのクラブに来てから、『経験がない』ことをメディアからさんざん指摘された。イングランドリーグの経験なし、プレミアリーグの下で激戦を繰り広げているチャンピオンシップの経験なし、冬休みがない過密日程の経験なし、プレイオフの経験なし、と」。

    「もちろん経験は重要。でも、強い情熱を抱いて、努力して、決意を貫けば、経験がなくてもできるのだということを、我々は証明した」。


    チームにとって重要な選手

    4月21日のリバプール市内で、LiverpoolFCのオフィシャル・スポンサーであるニベアが主催するショーが行われた。商店街にある床屋で、シモン・ミニョレ、デヤン・ロブレン、ディボック・オリジの3人が参加し、ニベアのシェービングフォームを塗った風船を、割らずに剃刀で剃るという競争だった。風船6つに成功したミニョレが1位に輝いた、と思ったところで、調査の結果ミニョレが剃刀を逆に当てて剃ったという「ずる」をしたことが発覚した。観衆が大爆笑する中、ミニョレは罰としてシェービングフォームの噴射を受けたのだった。

    見ていたファンは、「ミグ(ミニョレのニックネーム)にこんな茶目っ気があったとは!」と腹を抱えて笑った末に、誰かがふと言った。「ミグは変わった。真面目一本で、深刻に構えすぎて自分にプレッシャーをかけているように見えたものだったが、今ではゴールの前で自信に満ちている。このような場でもリラックスして、余裕が伺えるようになった」。

    2013年夏にサンダーランドからLiverpoolに来て以来、ファンのミニョレに対する評価は決して高くなかった。「ショット・ストッパーとしては及第点だが、GKに必須のいくつかの要素に弱点がある。特に、積極的に前に出てクロスを防ぐこと、ディフェンダーとコミュニケーションを取ってゴール前を仕切ること、この2点が致命的」。

    それは、今季のミニョレが飛躍的に向上したポイントだと、圧倒的多数のファンが指摘する。「ボックス内では自分がボスだ、というリーダーシップを発揮するようになり、ディフェンダーのミグに対する信頼が徐々に高まった」。

    地元紙リバプール・エコーが、「とうとうジェイミー・キャラガーがミニョレを褒めた」という見出しの記事を掲げたのもその頃、4月16日のことだった。4月8日のストーク戦(試合結果は1-2でLiverpoolの勝利)と4月16日のWBA戦(試合結果は1-0でLiverpoolの勝利)で、立て続けのスーパーセーブでチームの連勝に大きな役割を果たしたミニョレに対して、キャラが「これまで僕が批判してきた点を克服した」と180度転換したのだった。

    スカイTVのアナリストとして活躍するキャラは、古巣のLiverpoolには厳しかったが、特にミニョレに対する風当たりは強かった。ファンの間でも「それは酷」と苦笑が出たものとして、2014-15季のアンフィールドでのダービーがあった。91分に同点ゴールを食らって1-1の引き分けに終わった試合だった。それは、エバトン主将でセンターバックのフィル・ジャギエルカがオープン・プレイから放った弾丸シュートで、その瞬間にエバトンの「ゴール・オブ・ザ・シーズン」が決定したものだった。

    Liverpoolファンが、「あのゴールはジャギエルカにもう一度やれと言っても無理、というような超ファイン・ゴール」と、素直に脱帽したのに対して、キャラは「ミニョレは、あのゴールを止めればLiverpoolのGKとして認められただろうに」と厳しかった。

    「どんな名キーパーでもミスは犯す。僕は、ミスは問題ではないと思っている。ポイントに直結するスーパーセーブを出すことが、Liverpoolのようなチームで認められる条件。ミニョレにはそれが見られない」。

    ジャギエルカのゴールはさておき、ファンの声はキャラと同期を取っていた。「ダビド・デヘアがいなければマンチェスターユナイテッドは何位になっていることか。チェルシーのティボ・クルトゥワやトットナムのウーゴ・ロリスも然り。この3人のレベルのGKが来てくれれば、Liverpoolのバック5はそんなに悪くないと思えるだろう」と、GK補強を望むファンの議論は、毎年夏の恒例となっていた。

    それらの批判を一掃したミニョレに関して、キャラは「ミニョレはストーク戦とWBA戦で合計5ポイントを稼いだ。あの3本のスーパーセーブがなければ、Liverpoolはストークに負けてWBAには引き分けていた。その1分1敗を、ミニョレが単独で2勝にした」と言った。

    シーズンを終えた5月28日に、ミニョレは激動の2016-17季を振り返り、「ストーク戦が転機となった」と語った。「あの試合では、1-0とリードされて、選手の心の中に弱気が浮かび始めた時だったので、あのセーブは自分でも『チームに貢献できた』と誇りに思った」。

    「ストライカーならば、得点すれば認めてもらえるが、キーパーは全く異なる。特にLiverpoolのようなビッグ・クラブでは、ポイントに直結するセーブをする機会というのはそんなに多くはない。ストーク戦では、それを実現できた」。

    9月にベンチに格下げされた時のことを、ミニョレは、「試合に出してもらえるために、毎日のトレーニングでひたすら頑張った。コーチのアドバイスを受けて、自分の弱点を克服することに専念した」と振り返った。そして、再びチャンスを得た時には、その成果を披露することに成功したのだった。

    「Liverpoolに来て4年経って、やっと自分はこのチームにとって重要な選手になれた、と感じている」。

    アダプテット・スカウサー

    5月21日のプレミアリーグ最終戦で、Liverpoolは既に降格が決まっていたミドルスバラを3-0と破り、76ポイントで4位を確保した。更に、他リーグの状況から、8月のCL予備戦で、Liverpoolはシードされることがほぼ確実という情報が続いた。何より、昨季の60ポイント(8位)から着実に向上した今季については、Liverpoolの地元紙もファンも「成功」という評価で一致した。

    いっぽう全国メディアは、「アーセナルが20年ぶりにCLを逃した」記事が一斉にヘッドラインを飾り、「そのアーセナルに代わってトップ4入りしたのはLiverpoolだった」事実はいかにもおまけのような報道に留まった。

    かくして世の中の脚光を浴びることなく幕を下ろしたLiverpoolの2016-17季は、ルーカスが所属10年となった記念シーズンでもあった。タブロイド紙のトップを飾ることは殆どないながら、79分にサブで出場した時には、チームメートの顔が引き締まり、スタンドのLiverpoolファンが一斉に温かい拍手を送ったルーカスの、マイルストーンにふさわしいシーズンの終幕となった。

    母国ブラジルのグレミオで「期待の若手」として名を上げたルーカスは、2007年5月11日にLiverpool入りし、当時のラファエル・ベニテス監督の下で、8月からLiverpoolの選手としてスタートすることになった。

    「あの頃にもし誰かが、僕がLiverpoolに10年所属し、リバプール市で生まれた2人の子供に恵まれる、言ったとしたら、『こいつ、おかしいんじゃないの?』と一笑したと思う」と、ルーカスは、波乱に満ちた10年間を振り返った。

    プレミアリーグに順応のに時間がかかったルーカスは、「シーズンが終わる度に、夏の間に売りに出されるのではないかと、落ち着かない休暇を過ごした」と語った。

    そんな中で努力を重ね、Liverpoolで試合に出られる戦力へと成長し続けたルーカスは、2011年にはミッドフィールドの要として開花し、Liverpoolのプレイヤー・オブ・ザ・シーズンに輝いた。

    「ケニー・ダルグリーシュが監督になって、チーム全体に明るい希望がみなぎった状況でシーズンを終えた2011年は、Liverpoolに来て初めて、来季の行方を心配することなくリラックスした夏休みを過ごすことが出来た」。

    5月21日の試合後、ルーカスは、そのケニーから10周年記念の「21」の盾を受け取った。恒例のラップ・オブ・オナーが始まる前に行われた式典だった。満員のスタンドからのファンの盛大な拍手を背に、「10年間もの間、この偉大なクラブのシャツを着ることが出来たことを心から誇りに思っています」と、ルーカスは挨拶のスピーチを行った。

    「僕の2人の子供はこの町で生まれました。僕にとって、この町は僕の'ホーム'です」。

    「ルーカスはアダプテット・スカウサー(※リバプール市出身ではないリバプール市在住者が、第二の故郷と感じている)」のバナーが翻るスタンドで、少なくないファンが、胸が締め付けられる思いに駆られた。「10周年記念というよりは、まるでお別れの挨拶を聞いているようだ」。

    初めて「リラックスした夏を過ごした」後の2011-12季に、靭帯の負傷で長期欠場という不運に見舞われたルーカスは、その後、移籍ウィンドウの度に「出て行く噂」が飛び交うようになった。その中には、移籍が内定した後で、「Liverpoolの戦力に負傷が発生したため、ルーカスは引き留められた」という裏話が流れたことも複数回あった。

    2017年の1月にユルゲン・クロップが語った言葉は、それを裏付けていた。「ルーカスは、のうのうとベンチに座って給料をもらって満足しているような選手ではない。試合に出たいと切望していることは明らか。これまで、チームのために自分の希望を犠牲にしてきてくれたルーカスに対して、これ以上、我慢をお願いすることはできない」。

    負傷者続出の今季も、時にはセンターバックの穴を埋め、後半はミッドフィールドで経験を発揮したルーカスが、30歳という年齢を考えると、レギュラーとして試合に出られる新天地を真面目に考えていることは納得できることだった。

    同時に、常にチームを最優先し、文句ひとつ言わず、必要に応じてどのポジションでも全力を尽くす選手であり、「アダプテット・スカウサー」としてこのクラブとその地元に誇りを抱いているルーカスは、クロップにとっては勿論、ファンにとっても「不可欠で、最も頼りになる選手」だった。

    翌5月22日、ルーカスはファンとクラブに対してお礼のメッセージを出した。「長いシーズンだったけど、来季のCLを確保できて良かったと満足しています。ファンの方々へ。この10年間のサポートありがとうございました。そして、Liverpool FCへ。素敵な記念をありがとうございました」。

    それに対して、ファンは心の中でつぶやいた。「ルーカス自身が主力の一人として勝ち取ったCL。置き土産にするのではなく、その権利を駆使して欲しい。ルーカスが夏の間に気持ちを変えて、来季もLiverpoolに留まってくれることを祈っている」。

    ウィニング・メンタリティ

    プレミアリーグは降格3チームが全て決定し、2部からの昇格は残り1枠を賭けるプレイオフが始まったところで、来季の構成が次第に具体化してきた。上位争いの方ではチェルシーが優勝を決め、トットナムの2位が確定し、残るは3-5位の内訳のみとなった。

    プレミアリーグの最終日に、日曜日の15:00の一斉キックオフというシステムが導入された理由は、本来は、優勝や降格などの順位争いを戦っているチーム間の平等を図るためだったことを考えると、今季は、実質的に「不平等」のある時点でその大半が決定してしまった。

    中でも大きな不利益を被ったのは、5月14日にクリスタルパレスに4-0と敗れて降格3チーム目となったハル・シティだった。5月6日に、試合前には2ポイント差で争っていたスウォンジーは、ハルがサンダーランドに0-2と負けた結果を見届けて、エバトンに1-0と勝ち、残留決定に王手をかけた。翌週5月13日には、スウォンジーはサンダーランドに0-2と勝って、翌日まで試合がないハルを「勝たねばその時点で降格決定」の背水の陣に追い込んだ。

    億単位のTV放送ライセンスに財政的な恩恵を受けているプレミアリーグでは、「TV局が試合日程を決める」状況が当たり前になって久しい。そして、プレミアリーグから多額の収入を得ているクラブは文句が言えない立場にあった。

    「試合をTV観戦するカウチ・サポーターにとっては、今の仕組みは多くの試合が見られて良いかもしれないが、早い時間のキックオフに間に合うように走り回らねばならない『試合に行くファン』にとってはたまらない」と、地元のファンの間では批判が続いていた。

    そんな中で、アントニオ・コンテが日程の不平等について話題にしたことは、「試合に行くファンを無視するクラブの金権体質化」を憂いていたファンには新鮮だった。

    更に、降格が決まり、スター選手に逃げられた後のクラブをひたすら支え続けるファンに対して、心の籠った言葉をかけたのもコンテだった。5月8日にチェルシーが3-0と勝った試合で、アウェイ・スタンドでチームの降格決定を見守ったミドルスバラ・ファンに、暖かい拍手を送ったコンテは、「こんな素晴らしいサポートはイングランドならでは」と語った。

    チェルシーが優勝を決めた5月12日のWBA戦(試合結果は0-1でチェルシーの勝利)の後で、メール紙がコンテの人格に焦点を当てた記事を掲げ、イングランド中のファンの同意を引き出した。

    「世界一の激戦と言われるプレミアリーグで、初シーズンに優勝を達成する業績は大きい。それが、1年前にはチームが破壊し、監督がクビになったチームだったことを考えると尚のこと。その背景には、コンテのハードワークがあったことは明らか」。

    イングランドに敬意を抱き、イングランドの風土を学び、イングランドで勝てるチーム作りを実践したコンテは、チェルシー監督就任が発表された昨年夏に、ユーロを控えたイタリア代表監督という忙しい立場を押して、チェルシーのトレーニング・グラウンドを訪問した。選手やスタッフに挨拶し、人間関係の形成を開始したのだった。

    正式に監督としてチェルシー入りしたコンテは、選手との関係を深め、チームワーク立て直しに本腰を入れると同時に、クラブを支えるスタッフに対して人間として接した。「毎日、スタッフ全員に握手と笑顔で挨拶してくれる」と、クラブのオフィスで働くスタッフが驚きと感激を語った。

    2月には、ラグビー・ユニオンのイングランド代表チームのトレーニング・グラウンドを訪れ、エディ・ジョーンズと対面した。どん底に落ちたイングランドを引き継いで、12戦全勝の王者に引き上げたエディ・ジョーンズとの対話から、「違うスポーツでのウィニング・メンタリティの在り方を学んだ」と、コンテは語った。

    「エディ・ジョーンズはウィニング・メンタリティの塊。それを選手に注入し、勝てるチームを作った」。

    Liverpoolファンの間では、勝者チェルシーに素直に拍手を送ると同時に、コンテに対する尊重を改めて語り合った。「今のチェルシーの選手たちは、大半が2年前にリーグ優勝を勝ち取った主力。その凄い戦力に、自信を植え付けて本来の実力を引き出したコンテの業績は大きい」。

    さてLiverpoolは、トップ4を賭けて5月21日の最終日に臨む。ファンにとっては、自分たちのチームの中で着実に積み上げられているウィニング・メンタリティが実を結ぶために、全面的に支持する準備はできていた。

    ファンが監督を支持する時

    4月29日、サンダーランドがホームでボーンマスに0-1と敗れて来季の2部降格を決定した時に、BBCのチーフ・フットボール・エディタのフィル・マクナルティが、「デビッド・モーイズの今後はいかに」という分析記事を掲げた。

    「2016年夏にサンダーランド監督に就任した時、モーイズにとっては、マンチェスターユナイテッド(2013-14)、レアルソシエダ(2014-15)と失敗が続いた後で、監督として建て直しを図る重大なチャレンジだった。最近4年間で7人の監督が交代する不安定な体制で、残留争いが恒例行事となっていた状況に嫌気がさしていたサンダーランド・ファンは、エバトン(2002–13)をプレミアリーグの上半分に復帰・定着させた実績のあるモーイズを、両手を上げて歓迎したものだった」。

    「しかし、開幕2試合目で潮流は一変した。ホームでミドルスバラに1-2と敗れた試合の後で、モーイズは『サンダーランドは今季も残留争いに苦戦するだろう』と語り、ファンを地獄に突き落とした。サンダーランド・ファンにとって、期待を抱いて迎えたシーズンは、開幕と同時に『長くて辛い2部への道のり』となった」。

    「監督が自分のチームの戦力を率直に評価することは、シーズン開幕直後に白旗を上げるネガティブな見解を公言することではない」と、マクナルティは厳しい批判を唱えた。

    長い苦悩の末に下った降格の決断を冷静に受け止めたサンダーランド・ファンは、「2部でじっくりチームを立て直し、プレミアリーグ復帰に備えることができる」と、前向きだった。しかし、直後のモーイズ監督残留の報道にカウンターを食らった上に、モーイズが「選手を総取り換えしなければ2部で戦うことはできない」とチェアマンに進言したという話に、ため息をついた。

    「隣のニューカッスルは、1年前に降格した時、引き留めを求めるファンの声を受けてラファエル・ベニテスが監督として残った。そしてニューカッスルは、サンダーランドと入替でプレミアリーグ復帰が決まった。その時のベニテスとは対照的にモーイズは、サンダーランド・ファンから強烈にそっぽを向けられている」。

    5月7日のリーグ最終戦で2部優勝監督となったベニテスは、BBCのインタビューで、1年前に世間の予測を覆して2部落ちしたニューカッスルの監督を続行した真の理由を問われて、にっこり笑った。「(プレミアリーグ降格が決定した後の)最終日のトットナム戦で(試合結果は5-1でニューカッスルの勝利)、スタンドのファンが大音量で私の名をチャントしてくれたことが決め手となった」。

    長年に渡って毎試合チームを見て来たファンは、クラブを最も良く知っている。ファンが監督を支持する時、その監督は成功する重要な要素を持っていることになる。

    さてLiverpoolは、5月7日にアンフィールドでサウサンプトンに0-0と失意の引き分けに終わった。

    試合後に、PKを失敗したジェームズ・ミルナーが「僕のせいでチームは勝ちを逃した」と謝罪した。これに対して、Liverpoolファンは一斉に首を横に振った。「ミルナーを責める人など誰もいない。勝てなかったのは、チーム全体のせい。監督の戦略も含めて、選手全員がガッツを出せなかった」。

    勝ちに来るビッグ・チームに対しては強い反面、「バスを停めてくる」チームの堅い守りを突破できない弱点は明らかだった上に、試合を変えるサブのタイミングも遅すぎたなど、具体的な決断に対する批判はあったものの、Liverpoolファンのユルゲン・クロップに対する信頼は固かった。

    「シーズン開幕前の目標は、トップ4にチャレンジすること、というのが圧倒的多数のファンの一致するところだった。クロップが引き継いだ戦力は、相当な補強が必要だったことも明らかだった。その意味では、リーグでは良い線を行っている。しかもクロップは、勝てない時に選手のせいにしたり聞き苦しい言い訳で責任逃れをするようなこともなく、常に前を向いている」。

    試合後のクロップの言葉は、ファンの期待を裏付けるものだった。「サウサンプトン戦の前には、我がチームは3勝が必要だった。今は2勝となったが」と苦笑しながら、きっぱりと言った。「試合後に選手と話をした。言うまでもなく、全員が落ち込んでいた。でも、試合前より1ポイント増えたのは事実」。

    「私のメンター(※元マインツ監督のボルフガング・フランク)が教えてくれた。苦しい試合をたくさん、乗り越えた人だった。シーズンが終わった時に、あの1ポイントがいかに重要だったか身に染みる時が来る、と」。

    クラブの伝統を学ぶ外国人監督

    5月1日、Liverpoolは、エムレ・ジャンの華麗なオーバーヘッド・ゴールでワトフォードに1-0と勝った。試合後にゴールについて質問されて、「ルーカスから絶妙なボールが来た時、最初はヘッドを考えた。でも、ゴールまで距離があったので、とっさに方針転換した。チームの勝利に貢献できて嬉しい」と答えたエムレ・ジャンは、「これまでの自分のベスト・ゴール」と笑った。

    今シーズン前半は負傷と不調に見舞われ、批判に晒されることが少なくなかったエムレ・ジャンは、チームの負傷状況もあり、毎試合に出場する中で、次第に調子を取り戻していたところだった。このゴールは、かつての批判を覆し、「ピッチの上で回答した」ものだった。

    「エムレは今シーズン、ふくらはぎの痛みがある中で、必要性にかられて試合に出る状況が続いた。そんな中で、『痛みはあるが、全力を尽くします』と、チームのために努力し続けた。本来の実力が出せない時もあり、事情を知らない人々が批判を振りまいた。でも、痛みの問題もなくなった今、調子も安定してきた。エムレは体力もあり、意志も強い選手。このゴールは、出るべくして出た」と、ユルゲン・クロップは語った。

    エムレ・ジャンが、ゴールの瞬間にクロップのところに走って行った姿は、不調に苦しんでいた時にも信頼を見せ続けたクロップに対する感謝の表明だった。

    そして、不調時期に先頭を切ってエムレ・ジャン批判を叫んでいたアナリスト連中が、「ゴール・オブ・ザ・シーズン候補」、「いや、プレミアリーグの史上ランキング入りするゴールだ」と、手の平を返したように絶賛した。

    いっぽう、敗れたワトフォードの地元紙ハートフォードシャー・マーキュリーは、「上位のチーム相手に、果敢な守りでさんざん相手を苦しめた。守り固めの戦略は正解だった。ただ、リードされた後のプランBが欠けていたが。Liverpoolのゴールは、両チームのレベルの差を物語っていた」と、試合に関して極めて冷静な見解を掲げた。

    同紙の分析記事の末尾にあった、「監督とファンの絆」という見出しの記事は、Liverpoolファンの間で話題を引き起こした。

    「ファイナル・ホイッスルが鳴ったとたんに、ユルゲン・クロップはピッチに走って行き、ゴール・ヒーローのエムレ・ジャンを固く抱きしめた。その後で、他の選手にも同様のねぎらいを与え、ワトフォードのセバスティアン・プリョードルに温かい言葉をかけてくれた。インジャリータイムのあわや同点ゴール?の惜しいシュートを褒めた様子だった」。

    「そして、クロップは、アウェイ・スタンドのLiverpoolファンに向かって大きなガッツ・ポーズをした。スタンドからの盛大な声を背に、トンネルへと去って行ったクロップは、さわやかな笑顔を浮かべていた。そのクロップの後ろ姿を見守るホーム・スタンドのファンは、『監督とファンの絆』を羨ましく見つめていた。ワトフォード・ファンが、欲しくてたまらないものを、クロップとLiverpoolファンが見せつけたのだった」。

    「ワルテル・マッツァーリが試合後にファンのところに駆けつけたのは、ただ一度だけだった(アウェイのアーセナル戦、試合結果は1-2でワトフォードの勝利)。マッツァーリがフットボールに意欲を注いでいることは間違いなかった。タッチラインでボールを蹴る姿は、その熱意を表明していた。ただ、ワトフォードのファンが切望している『監督とファンの絆』を作る必要性には気付かぬまま、今に至った」。

    「同じく外国人監督ながらクロップは、就任してクラブの伝統を学び、ファンの文化を理解している」。

    ハートフォードシャー・マーキュリー紙の哀愁に満ちた記事に、Liverpoolファンは、「クロップが監督でいてくれる幸運」を再確認した。

    Liverpoolの選手は、「クロップを全面的に信頼し、監督からも信頼され、チーム内は一致団結している」と、誰もが異口同音に語る。主力の負傷で戦力不足に苦しむ中、最後までトップ4争いに全力を尽くすチームに、ファンの熱烈な応援は続く。

    選手がファンに謝る時

    イングランドの各リーグは終幕を迎えており、実質的な昇格・降格チームが見えてきた。そして、2部では首位ブライトンが、4月17日に来季のプレミアリーグ昇格を正式に決定した。イングランド南端に位置するブライトンは、ボーンマスよりも10キロ南にあり、アウェイの試合で訪れる、特に北部のチームにとって最も遠いスタジアムとなる。

    折しも、4月22日には、まだ今季は「最も南に遠い」ボーンマスが、「最も北に遠い」方ではサンダーランドと並ぶミドルスバラを4-0と破って、実質的にプレミアリーグ残留を固めた。

    さてこの試合では、直前の4月21日に44歳の若さで心臓発作で亡くなったウーゴ・エヒオグの追悼が行われたピッチ内外で誰からも尊敬されていたエヒオグの訃報は、イングランド中を深い悲しみに包んだ。。元イングランド代表、2014年からトットナムのコーチを勤めていたエヒオグは、現役時代にはミドルスバラで7年間(2000–2007)在籍し、2004年のリーグカップ優勝という偉業を成し遂げた、ファンにとっては永遠のヒーローだった。

    試合前の1分間の追悼で、アウェイ・スタンドのミドルスバラ・ファンが、天国に向かって声を張り上げてエヒオグの名をチャントした姿は、大切なヒーローであるエヒオグに対するファンの真意の証明だった。

    その試合で、開始早々の先制ゴールを食らった上に、2-0となり10人に減ったミドルスバラの現役選手たちの情けないプレイを目の前にしたミドルスバラ・ファンが、44分に(44歳という理由で)エヒオグの名を、大音量でチャントした、そのトーンは、今の選手たちに、エヒオグと同じシャツを着る資格があるのかと問いかけていたように響いた。

    「残り5試合で4勝しなければ降格するという背水の陣にありながら、なんとか残留しようという気力が全く見られないミドルスバラの選手たちとは対照的に、ファンは素晴らしい」と、コメンテイターは断言した。

    試合後に、その「情けない選手たち」を代表して、スチュワート・ダウニングがファンに謝罪した。「こんな遠くまで来てくれたファンに申し訳ない。ファンはシーズンを通してずっと、ファーストクラスのパフォーマンスをしてくれているのに、それに応えられてないのは我々の責任」。

    今季の降格は、最下位のサンダーランドと19位のミドルスバラがほぼ確定で、残り1枠をスウォンジーとハル・シティが争っている、というのが多くのアナリストが一致する見解だった。そのスウォンジーとハルはこの日、安全圏に入っているワトフォードとストークにそれぞれ2-0と勝って、残留争いに賭ける気力を見せた。

    そして翌23日には、クリスタルパレスが勝って安全圏に王手をかけた。

    いっぽう、パレスに敗れたLiverpoolは、トップ4争いの主導権を明け渡した(試合結果は1-2)。その2得点は、アストンビラ時代からの通算で対Liverpool7ゴールのクリスティアン・ベンテケが、ディフェンスのミスを付いて決めたもので、試合後にサム・アラダイスが「Liverpoolがコーナーに弱いことは誰もが知るところ。そこを付けばチャンスはある、と信じて臨んだ」と語ったように、Liverpoolにとっては、悪夢が実現したような負け方となった。

    「パレスは、アンフィールドで3連勝を記録した12クラブ目となった。2015年のスティーブン・ジェラードの最後の試合(試合結果は1-3)は感情的な打撃が大きかったし、昨季はユルゲン・クロップの初敗戦(試合結果は1-2)、そして今回は、Liverpoolのトップ4争いに致命的な影を落とした」と、地元紙リバプール・エコーは失意を隠せなかった。

    「分り切っている弱点を突かれたディフェンスは、言い訳の余地がない。ジム・ベグリンが『ユルゲン・クロップの幼稚園』とジョークを言った、ティーンエージャーだらけのベンチは、プレミアリーグでトップ4を狙える選手層にするには、相当な補強が必要という真相を露呈した」。

    昨季のパレス戦の後で、1-2となった時にスタンドの多くのファンが出口へと向かったことについて、「孤独を感じた」と悲しそうに言ったクロップは、今回は、チームの情けないプレイに対する責任を語った。「クリスティアン(ベンテケ)は一流のストライカー。でも、今日のわがチームのように、あんなに広いスペースを提供すれば、クリスティアンの能力の何分の1でも得点できただろう。今日の試合では、我々は良いプレイが出来なかったし、数人の頭の中では『今日はダメかもしれない』と弱気になっただろうと、見て取れた場面があった」。

    ただ、クロップは諦めてはいない、と宣言した。「選手と話をして、ミスを犯したことは確認し合った。今日はがっかりして落ち込んでいる。しかし、目標を断念するのは間違い。1-2日で回復して、気持ちを入れ替えて突き進む」。

    「私はこれまでの人生の中で、何度も打撃を受けてきたので、それに打ち負かされない気力は身につけている。敗戦はショックだが、そこからどうやって立ち直るかが勝負の分かれ目となる」。

    フットボールのだいご味を全て出し切った試合

    3月19日のエティハド・スタジアムで、マンチェスターシティがLiverpoolと1-1と引き分けた試合の後で、ペップ・グアルディオーラが「私の監督としてのキャリアの中で、最高だった」と唱えて、その場に居合わせたジャーナリスト一同を絶句させた。これまで監督として、バルセロナとバイエルンミュンヘンで21のメジャーなトロフィーを誇るグアルディオーラが、ホームでリーグ戦引き分けた試合を「最高」と表現したことで、誰もが意表を突かれたのだった。

    「最高だった」理由を問われて、「モナコ(CLラスト16の2戦目で3-1と敗れ、通算6-6、アウェイ・ゴールで敗退)の後で、失意のあまり、ろくに会話もなかった日々の後で、打って変わって精神力を発揮したから」と、グアルディオーラは答えた。「Liverpoolは強豪。良い選手がたくさんいる上に、前週のプレミアリーグ戦からまる1週間あった。でも、わが選手たちは闘士をむき出しにして、あわや勝利という試合をした。それが、私は嬉しかった」。

    ユルゲン・クロップは、試合終幕に絶好のチャンスを逃したアダム・ララーナが、試合後に謝ったという話を、記者会見で明かした。「アダムは、開口一番に『すみませんでした』と言った。私は、何を謝っているのだ?と一笑した。相手キーパーはスーパーセーブを連発させていたから、あの瞬間に迷いが出たのだろう。そもそも、アダムは今日の試合でも会心のプレイをした。謝る必要など全くない」。

    「セルヒオ・アグエロも絶好の得点チャンスを逃したし、両チームともにPK?という場面もあった。我がチームが勝ってもおかしくなかったが、負けても文句は言えなかった。引き分けは正当な結果。アウェイでシティに引き分けるというのは決して悪い結果とは言えないし、選手たちは良くやった」。

    その日のマッチ・オブ・ザ・デイでは、アナリストが異口同音に、「シティ対Liverpoolは、ゴール・チャンスあり、ミスあり、議論のネタになる判定もあり、そして両チームが勝ちを目指して攻撃し続けた。フットボールのだいご味を全て出し切った試合」と絶賛した。「世界のトップ・クラスの監督が率いる両チームは、両監督の有能ぶりを実現して、クラシックと言える試合にした」。

    ファンの反応も、「議論のネタになる判定」に対する文句と、トップ4争いへのマイナスはあったものの、引き分けは正当な結果だったという意見では一致していた。

    そして、ライバルの2チームが揃って2ポイント落としたことを喜んだユナイテッド・ファンも、「それにしても、この対戦は、いつも面白い試合になる」と、素直な感想を漏らした。

    この試合に先駆けて、Liverpoolファンがマンチェスターに向かう高速道路(M62)の降り口に、シティ・ファンが掲げたバナーが、両ファンの絆を象徴していた。それは、先日Liverpoolのクラブが発表した、アンフィールドとメルウッドで開催する記者会見から、サン紙を締め出すという措置に対して、シティ・ファンのグループが同調して、「サン紙は絶滅すべき」というスローガンをバナーにしたものだった。

    「シティとLiverpoolは、アンチ・ユナイテッドで固く結ばれている」とユナイテッド・ファンがジョークを言う程に、両者は仲が良い。プレミアリーグを取り巻く環境が大きく変わっている近年は、その関係も異なってきてはいるが、大多数の良識あるファンの間では、伝統が守られていた。

    12月のアンフィールドでの両者の対決(試合結果は1-0でLiverpoolの勝利)に際して、マンチェスター・イブニング・ニュース紙が「マンチェスター対マージーサイドの都市間ライバル意識」と題して、ユナイテッドとLiverpoolに代表される、フットボール界での都市間争いの歴史を説いた。

    それは、19世紀まで遡る。産業革命の発祥地となったマンチェスター(当時はランカシャー)の綿織物工場は、貿易港だったリバプール市に物流を依存していたが、その費用を巡って両都市が決別するに至った。港を自前で持つために、マンチェスター市内に運河が建設され始めたのが1894年のことで、「その頃から都市間ライバル意識が激烈になってきた」と、同紙は説明した。

    「僅か35マイル(約57キロ)の近距離にあり、歴史的に労働者階級の町だった両都市は、あまりにも共通点があるからこそ、逆にライバル意識が激化した。その都市を代表する2大クラブ(ユナイテッドとLiverpool)が、通算して45年間もの間、イングランドのフットボール界を独占してきたことが、都市間ライバル意識を一手に背負うことになった」。

    同記事は、「シティがユナイテッドを凌駕して、名実ともにマンチェスターを代表するクラブになったら、シティとLiverpoolとの関係が変わるかもしれない」という問いかけで終わっていた。

    今回の引き分けの後で、笑顔で肩を抱き合うグアルディオーラとクロップの映像の横で、マッチ・オブ・ザ・デイのアナリストが締めくくった。「素晴らしい試合を展開し、ポイントを分かち合った両者は、今季のプレミアリーグ優勝の可能性を失ったことは意識していただろう。この試合の勝者は、チェルシーと、たぶん、ユナイテッド」。

    「ただ、この2つのクラブは、クラシックな対決の代名詞としてイングランドのフットボール界に名を刻んだことは間違いない」。

    「醜い勝利」を見守る目

    3月12日のアンフィールドで、Liverpoolは今季アウェイで僅か2ポイントしか取っていないバーンリーに、先制されながら、2-1と逆転勝利を得た。シュート数が11対10とバーンリーが優った記録の通り、誰もが祈る気持ちでファイナル・ホイッスルを待った、苦しい3ポイントだった。

    試合後の記者会見で、ユルゲン・クロップは、「バーンリーの方が良いプレイをした。ボールは常に空中にあり、セカンド・ボール争奪戦はことごとくバーンリーが勝っていた。明らかに、劣勢だった方のチームが得たという、醜い勝利」と、正直に語った。

    試合内容に関する見解は、バーンリーのショーン・ダイシュも同じだった。「今季の我がチームは、アウェイで1勝も上げていないが、その理由を問われた時に、私は『勝てる内容のプレイができてないから』と言った。ただ、最近はアウェイでも次第に調子を上げてきている。特に今日のわがチームは、会心のプレイが出来た。試合後に、センターバックの2人が、首をうなだれて戻って来たのを見て、心から気の毒になった。あれほど頑張って良く守ったのに、勝てなかったのだから」。

    「逆に言うと、この難しいスタジアムで、あのようなプレイが出来たのだから、この調子を維持すれば、必ず勝てる日が来る、と前向きな気持ちになっている」。 

    Liverpool陣営も、ダイシュの効果的な戦略と、それを忠実に実践したバーンリーの選手に対する拍手と、気力で逆転を勝ち取ったLiverpoolの選手に対する賞賛が続いた。地元紙リバプール・エコーは、「この醜い勝利は、今季これからの『美しい結末』の土台」と、複雑なレビューを掲げた。

    しかし、おそらく最も複雑な気持ちでこの試合を見ていたのは、アンフィールドのスタンドにいた、ジョン・フラナガンだろう。

    昨年夏に、20か月の負傷から回復した後で、調整を兼ねて徐々に復帰し、バーンリーで試合を経験する目的で、今季いっぱいのローンに出たフラノは、雇主であるLiverpoolとの対戦には出られない契約になっていた。そのため、この日はアンフィールドのスタンドで、現在のチームメートが自分のクラブと対戦する試合を、複雑な気持ちで見守ることになった。

    エコー紙のインタビューで、フラノは、「今季の僕のミッションは、バーンリーの目標(プレミアリーグ残留)を達成すること。そして、生まれつきのLiverpoolファンである僕にとって、どちらも勝たねばならない試合だという状況を痛感している」と語った。

    そのフラノにとって、バーンリーで試合を経験して、調子を取り戻してLiverpoolに戻ってくるという目標の方は、暗礁に乗り上げていることは周知の通りだった。

    「12月になって、やっと調子を取り戻したと思っていた時に、打撲で欠場するという不運に見舞われた。その頃からチームが調子を上げてきて、ポジションを取り戻すのが困難になった。ショーン・ダイシュは選手に対する忠誠の強い監督。頑張っている選手を外すようなことはしない。今のチームは好調で、まとまっているから、その中に割って入るのは難しい。じっとこらえてチャンスを待っている」。

    しかし、フラノは、試合に出られない現状をネガティブに捉えることなしに、「12月のマイナーな打撲の時を除くと、一日もトレーニングを休んでいない。ここ数年で、最も体調が良いと感じている。順調に、本来の自分に戻りつつあるという感触。チャンスが来た時には絶対に良いプレイをするのだ、と気合は満々」と、明るく宣言した。

    フラノがLiverpoolで開花した2013-14季に、スティーブン・ジェラードが、「精神力が非常に強いフラノは、監督が真っ先にチームシートに乗せる選手」と、同郷の後輩を絶賛した。それは、ルイス・スアレスの「新ジェイミー・キャラガー」と言った表現とも同期をとっていた。

    バーンリーでのポジション争いに苦戦しながらも、常に前向きな態度を貫くフラノは、「Liverpoolでのキャリアを諦める、などということは全く考えたことがない。僕の目標は、Liverpoolで戦力になること。それは変わっていない」と、2人のスーパースターの信頼を裏付けた。

    「Liverpoolのようなビッグ・クラブでは、ポジション争いは非常に激しいのは当然のこと。しかし、僕は既に、その激戦を縫って第一戦でプレイした経験を持つのだから、頑張ればできるのだ、という自信はずっと維持している」。

    「自分の将来がLiverpoolにあることを、ひと時も疑ったことはない」。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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