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    2つの国のレジェンド(RIPビッグ・ジャック)

    7月10日、ジャック・チャールトンが亡くなったという悲報が伝えられた(享年85歳)。1966年W杯優勝イレブンの1人を失ったイングランドのフットボール界は、代表チームや現役時代の21年間を過ごしたリーズ・ユナイテッドはもちろん、全ての関係者やファンが、ビッグ・ジャックへの追悼を掲げた。

    翌7月11日の週末に行われたプレミアリーグ、およびイングランドリーグの全ての試合で、1分間の黙とうが行われた。実況放送のイングランド人コメンテイターは、神妙な声で、「イングランドのレジェンドでした」と言った。

    並行して、アイルランドでは、マイクル・ヒギンズ大統領が直々に追悼メッセージを出した。アイルランドのFA(FAI)は、「アイルランドのフットボールに永久的な変革をもたらしたレジェンド」と、史上初のW杯および欧州選手権本大会出場を達成した監督を偲んだ。

    ラグビーでは強国として海外に名が通っていたが、フットボールでは小国だったアイルランドが、1986年にイングランド人のジャック・チャールトンを監督として迎えてからは、まさに「永久的な変革」を成し遂げた。制度面の改革として、アイルランド代表選手の資格を緩和し(※)、イングランド生まれの選手を代表チームに選出するようになった時には、眉を吊り上げる人もあった。
    ※アイルランドで生まれたか、親がアイルランド人という資格を、祖父母まで拡大した。新制度下で、トニー・カスカリーノ、ジョン・オールドリッジらがアイルランド代表選手になった。

    しかし、最初のメジャーな大会だった1988年欧州選手権で本大会出場を達成し、アイルランドをヨーロッパの地図に載せただけでなく、本大会でイングランドを1-0と破ったことで、ビッグ・ジャックは一気にアイルランドのヒーローとなった。国内のあらゆるところでビッグ・ジャックのポスターが飾られ、オフサイドが何かもわからないような国民ですら、憧れのまなざしでビッグ・ジャックの名を語るようになった。

    当時のアイルランドは政治的に、英国、特にイングランドに対する反感は強く(※)、UEFAのメンバー国としては他国に当たる北アイルランドを自国と定義し、国民の間には「イングランドが我が国の一部を占領している」という感情が根付いていた。ベルファストでは、英国軍が銃を持って街中を警備していた時代だった。
    ※スコットランドとウェールズはアイルランドと同じケルト民族のため、「反英」はイングランドに向かっていた。

    ゴールウェイの観光バスに乗った時に、ガイドさんが開口一番に「イングランド人の方はいますか?」と乗客に質問し、誰もいないと確認した上で、占領地時代にイングランド人が地元市民を虐殺した歴史をえんえんと語ったことがあった。

    そのような時代に、イングランド人のビッグ・ジャックが、アイルランドにフットボール熱をもたらしたのだった。

    いっぽう、1966年W杯優勝を達成したヒーローであるビッグ・ジャックの悲報は、イングランドのフットボール・ファンにも衝撃を与えた。「時代は変わったから、今では信じられない話だが、1966年W杯の時に、ビッグ・ジャックとボビーのチャールトン兄弟のお父さんは、炭鉱の仕事で出勤しなければならなかったため、2人の息子が出ていた試合を見られなかったという。その実話を聞いて、ビッグ・ジャックに対する尊敬が一層深まった」と、あるベテラン・ファンが目を濡らしながら語った。

    引退した後に、「選手として最も思い出に残る試合は1966年W杯優勝ですか?」と質問されて、ビッグ・ジャックはくびを振った。「アンフィールドでリーズがリーグ優勝を決めた試合(※1969年、2位のLiverpoolとの直接対決だった試合で結果は0-0)が、選手として最も嬉しかった思い出だ」。

    ビル・シャンクリーがビッグ・ジャック獲得に動き、リーズの抵抗にあって断念したことは、Liverpoolファンの間で有名な話だった。そしてリーズのワン・クラブ・マンとして現役を終えたビッグ・ジャックは、クラブの優勝の方がW杯優勝よりも嬉しかったと、本心から語ったのか、それとも特有のユーモア精神から出た回答だったか、今ではわからない。

    そのようなビッグ・ジャック語録の一つを、レイ・ハウトンが披露した。Liverpoolの前回優勝メンバー(1989-90季)であり、アイルランドのW杯初出場ヒーローの一人だったハウトンは、欧州選手権のイングランド戦で唯一のゴールを決めた試合の後でビッグ・ジャックから言われた言葉を明かした。

    「監督から、『二度とするなよ』と言われたので、『何をですか?イングランド戦で得点することですか?』と聞き返した。『いや、違う。あんなに早く得点するのはダメだ。あの後の84分間は、私の人生の中で最も長い84分だった』と。本当に、ユーモアに満ちた人だった」。

    ハウトンと同じくアイルランドのW杯初出場ヒーローの一人であり、ビッグ・ジャック退陣後にアイルランド代表監督を勤めたミック・マッカーシーが語った。

    「ビッグ・ジャックの悲報は、アイルランドとイングランドの両方に大きな打撃を与えた。イングランドのファンは、1966W杯優勝ヒーローを失った。ただ、アイルランドのファンとアイルランドの国の方が大きな影響を受けたと言えるだろう」。

    政治的な情勢はこの30年で変わったが、アイルランドとイングランドの両国から崇拝されるビッグ・ジャックは、永遠にレジェンドであり続ける。


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    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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