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    最後のメモリアルサービス

    昇格シーズンながら、来季のEL出場権を争う程の好成績を上げているシェフィールドユナイテッドは、今季プレミアリーグの注目チームになっている。必然的に話題に上がることが多いシェフィールドユナイテッドを「シェフィールド」と、しかもイングランド外の複数の国籍の人が表現するのを聞き、面食らったことがあった。それは、例えばマンチェスターユナイテッドを「マンチェスター」と呼ぶに等しいかもしれないが、Liverpoolファンの口から聞いた時には、戸惑いを感じた。

    シェフィールドには、ウェンズディとユナイテッドの2つのビッグ・クラブがあり、市の主要産業(製鉄)から、両チームの対戦は「スティール・シティ・ダービー(※製鉄の市のダービー)」と呼ばれている。ただ、プレミアリーグでの最後のダービーは1993-94季で、ウェンズディが2000年に降格してからは、シェフィールド市はプレミアリーグの地図から姿を消した。

    かくして、Liverpoolファンが、年1回ヒルズバラ・スタジアム(※シェフィールドウェンズディのホーム・スタジアム)に行く必要はなくなった。

    FAカップ準決勝は、今でこそ、ウェンブリー・スタジアムの改造費を回収する目的で、毎年固定でウェンブリーで行われているが、それまでは伝統的に、対戦チームの中間地点にある1部リーグのクラブのホーム・スタジアムを「ニュートラルなスタジアム」として決めていた。そして、準決勝が2年連続で同じ顔合わせとなった1989年のノッティンガムフォレスト対Liverpoolは、前年と同じく、当時1部リーグにいたシェフィールドウェンズディのホームであるヒルズバラ・スタジアムで行われることになった。

    そして、96人のLiverpoolファンが、二度と帰ぬ人になった。

    Liverpoolが最後にリーグ優勝した1989-90季は、シーズンを通して僅か5敗だった、そのうちの1敗は、11月のアウェイでのシェフィールドウェンズディ戦だった(試合結果は2-0)。私がそのシーズンにアンフィールドで見た試合の一つが12月のシェフィールドウェンズディ戦で(試合結果は2-1でLiverpoolの勝利)、その時に、11月のアウェイの試合の話を聞いた。悲劇から7か月しか経っていなかった時点で、その悲劇の現場に行くことはできないと、本来はチームの応援のために全国を駆けまわる忠誠なファンの大多数が断念したという。

    悲劇の時とほぼ同じ顔ぶれだったチーム一行も、ファン同様に、ヒルズバラ・スタジアムのピッチの上では、試合に集中することが出来なかったことは、想像に難くなかった。

    そのシーズンは、まだシャンクリーゲート横にはヒルズバラ記念碑はなかった。その時点では、後に96人目となるトニー・ブラントは、意識を取り戻す見込みは殆どないと言われながら、病院で生命維持装置を付けていた(※1993年3月に装置が取り外された)。

    月日は流れ、ヒルズバラ悲劇はイングランドのフットボール界に様々な改革をもたらした。スタンドとピッチを隔離するフェンスが撤去され、1994年にはプレミアリーグと2部リーグの全スタジアムで、テラスと呼ばれる立ち席が廃止され、全座席化した。

    その間、シェフィールドウェンズディFCもヒルズバラ・スタジアムを改築し、悲劇の現場となった「ペン」(区画)は撤廃された。

    それでも、Liverpoolファンの間では、今でもカップ戦でアウェイでシェフィールドウェンズディと対戦することに抵抗を感じると言う人は少なくない。

    毎年4月15日に、1989年の悲劇を偲ぶメモリアルサービスが行われてきた。アンフィールドのスタンドに詰めかけたファンと歴代選手コーチが、遺族や生存者と共に96人を追悼するものだった。2016年には遺族グループの意向により、アンフィールドでの開催ではなく、市の大聖堂で関係者だけが出席するメモリアルサービスとなった。ただし、30周年にあたる2019年は、アンフィールドで最後のメモリアルサービスを行うことになっていた。

    しかし、2019年4月15日にはヒルズバラ悲劇の刑事裁判が行われていたため、法的な理由によりアンフィールドでの開催は断念せざるを得なくなり、1年後に延期された。

    2020年11月に判決が下り、裁判が終わったため、2020年4月15日の31周年には、アンフィールドでの最後のメモリアルサービスが行われることになった。それが今回のコロナウィルス危機のため、延期となった。

    最後のアンフィールドでのメモリアルサービスが、このような形で延期となることに対して、「少しでも多くの人に出席して欲しいから、安全が確保されるまで待つことに異論はない」と、正義を求めて30年近くもの間戦い続けた、遺族グループの代表であるマーガレット・アスピナルは前向きだった。

    Liverpoolファンにとって4月15日のメモリアルサービスは、1989年の悲劇の時の苦悩を思い浮かべ、影響を受けた人々と共に96人を偲ぶ場だった。それは、不慮の事態で延期となった今年も、アンフィールドでの最後のメモリアルサービスが行われた後も、永遠に変わらない。


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    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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