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    ボビーにボールを渡せば...

    2月24日、Liverpoolはアンフィールドで、苦戦の末にウエストハムを3-2と破り、2位との差を再び22ポイントに広げた。この勝利で連勝は18となり、マンチェスターシティが持つプレミアリーグの連勝記録に並んだ。今季のLiverpoolは様々な記録を塗り替え続けているが、同時に、不本意な記録も維持されることになった。それは、ロベルト・フィルミーノがまだアンフィールドでは無得点というものだった。

    「ボビーの貢献度は得点数では測れない」と、Liverpoolファンは、その「意外な」記録を一笑した。「ワールドクラスのストライカーは、誰もが『チャンスを得れば自分が決める』という本能を持っている。程度の問題はあるが、それはストライカーの特性。ただ、ボビーは違う。いかなる時でもチームメートが少しでも有利な位置にいたら絶対にパスを出す。ここまでチームプレイに徹底している選手は、希少で貴重な存在」と、誰もが心の底からフィルミーノを支持を唱えた。

    「ボビーの歌がすっかり定番になっているのもボビー人気の現れだ」と、笑顔を交わす中、あるファンが言った。「ただ、歌詞の『シー・セニュール、ボビーにボールを渡せば彼は得点する』は、本当は『ボビーにボールを渡せば誰か他の選手が得点する』、というのが真相だ」。

    フィルミーノの、そんな利他的でチームメートのために尽くす人格は、母国ブラジルでプロの道を歩み始める前からの資質だったことは、フィルミーノの才能を発掘した人物の証言からも明らかだった。

    15歳のフィルミーノを見染めたのは、地元のクラブ(クルーベ・ジ・レガタス・ブラジル)のメディカル・スタッフの一員(歯医者)だったマルケリヌス・ポルテラだった。どこからも声がかからなかったフィルミーノを、フィゲイレンセに売り込んだポルテラは、後にフィルミーノのエージェントとなり、4年後にホッフェンハイム入りを実現させた。かくして、貧しい家庭で育ち、ビーチでココナツを売って家計を助けていたフィルミーノは、ドイツ行きが決まった時には、「育ててくれたご家族に、豊かなヨーロッパでの生活を」と、家族ぐるみで移転したという。

    「フィルミーノは、コーチからぼろくそに怒られても常に前向きで、言われたところを直すために歯を食いしばって頑張る態度を持ち、常に周囲の人を思いやり、シャイな少年だった」と、ポルテラは語った。

    フィルミーノがブラジル代表チーム入りを果たした2014年10月に、元フィゲイレンセのアンダー17コーチだったエメルソン・マリアが、15歳の時の「シャイな少年だった」フィルミーノの実話を明かした。「ユース・チームにはたくさんの少年がいたので、私は全員の名前を覚えきれないことがあった」と、マリアが振り返った。「フィルミーノのことをアルベルトと呼び続けた。ある日、別のコーチから名前違いと言われたので、私はフィルミーノを呼んで質問した。『アルベルト、ちょっと来なさい』と叫ぶと、フィルミーノは走ってやって来た。『君の名前は?』と聞くと、『ロベルトです』と答えた。『わかった、ロベルト。もういいよ』というと、一礼して走って行った。本当にシャイな少年だった」。

    フィルミーノの「シャイ」さは、先月のプレミアリーグの中休み中に、アリソンが母国のメディアで語った証言にもあった。2018夏にローマから£66.8mでLiverpoolに入る際に、ブラジル代表チームで一緒だったフィルミーノが大きな助けになった、とアリソンは語った。「ボビーは、Liverpoolのクラブと地元のことを細かく教えてくれた。何もかも良いことばかりだ、と。実際に自分の目で見て、それが全て真相だとわかった」。

    「彼は僕よりシャイだから」と、アリソンは笑い、代表チームでもクラブでも先輩だったフィルミーノが、親身になって面倒見てくれた話を明かした。「ボビーと一緒のチームでプレイできるのは光栄だとしみじみ思う」。

    そんな中で、フィルミーノをヨーロッパで名が通る選手に育てた、当時ホッフェンハイムのディレクターだったエルンスト・タナーが語った話は、Liverpoolファンの間で、「ボールを渡せば誰か他の選手が得点する」能力と人柄でチームの中枢となっているフィルミーノの、重要性を更に裏付けるものだった。

    「フィルミーノを売り込むために、エージェント(ポルテラ)が、編集したビデオを送ってきた。再生すると、こんなに速いシュートはないだろう、と見え見えだった」と、タナーは微笑んだ。怪しげなビデオに加えて、メディカル・チェックの数字は異常な低さだったという。

    「クラブのスカウトは反対したが、私は本人の態度にほれ込んだので取ることに決めた。ひたむきで、努力を惜しまず、何があっても絶対に諦めない性格を、トレーニングで証明していた選手だったから」。かくして、2010年12月に£3.35mの移籍金でホッフェンハイム入りしたフィルミーノは、4年半で153試合49ゴールと、タナーの勇断を裏付けた。

    2015年に、£29mの移籍金でLiverpool行きが決まった時に、タナーは複雑な気持ちにかられたという。「これ程の選手を、わがクラブに引き留めるのは無理だと観念するレベルに到っていた。だから、Liverpoolから引っ張られて行くことが決まった時、我々は本人の今後の成功を祈って笑顔で送り出した」。

    「同時に、寂しさで泣ける思いがした」。

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    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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