FC2ブログ

    札幌の爆発事故(その1)2018/12/16

    9月に地震でブラックアウトになった時に、停電&断水が収まった後も2週間くらい物資不足やらで不自由な生活が続いた。体に損傷がなかったことはラッキーだったが、生活は大変で出費もかさみ、精神的に滅入ってしまった記憶が生々しい。

    それからわずか3か月で、今度は避難所で夜を明かす被害に合うとは、今年はなんという年なのかと頭を抱えてしまう。

    それは、日曜日の夜8時半のことだった。今日は深夜1時にリバプール対マンチェスターユナイテッドの試合がある。それに備えて、数週間前から準備を着々と進めていたのだった。PCブラウザだとDAZNの入りがあまり良くないので、(Androidのタブレットはほとんど使い物にならないため)、Docomoに乗り換えてiPhone8を無償で購入したと同時にiPadを買ったのだった。悪くない。これは行ける、と気合が入っていた。全ては12/16の決戦に備えて。

    キックオフの4時間半前の8時半に、シャワーを浴びて夕食の支度を始めた。食事しながら前哨戦のチェルシー戦を見ようと思っていた時だった。日曜日の夕食はいつも結構贅沢するので、その日もデパ地下でいろんなものを買い込んだり料理したり、と張り切っていた。

    その時だった。

    バーン、バリバリバリっというすごい音がした。平岸通りの方向からだった。うちの玄関に面した道路だ。玄関に出てみる。なにが起こったのだろう?

    たまたま方向的に、良く見えなかった。(問題のビルは、平岸通りの方向で、うちの玄関の左側になる。私は右側の方ばかり見て、左は見なかった。何も起きてないように感じた。

    その時、廊下で声が聞こえてきたので、ドアののぞき窓から見る。近所の2人の女性だ。あのブラックリストの時に暗闇の中で数時間話こんだお隣さん2人。

    早速、私も廊下に出た。2人と会話しようと思って。

    廊下に出て、事態の異常に気付いた。なんと廊下はガラスの破片で埋もれていたのだった。えっ!見ると、ビルの平岸通側の窓ガラスが全部、割れてガラスの破片が廊下に散っていたのだった。

    3人で会話しながら窓の外を見る。なんと、向かいのビルが全壊して煙が出ていた。その時点では火は見えなかった。

    間もなく、4人目のご近所さんが出てくる。ブラックアウトの時に水のことで会話した男性だった。ただ、その人のドアの前がガラスの破片で埋まっていてドアがなかなか開かなかったという感じだ。

    4人で会話しながら、ガラスの破片をホウキではいたり非常ドアを開けたりし始めた。

    割れた窓ガラス越しに下を見る。警察や消防車がいる。

    間もなく、向かいのビル(爆発の現場)から発火してすごい勢いで火が出ている。危ないのではないだろうかと思った。消防車はその時点では1台しかなく、火が消えそうに見えなかった。暫くして、数台の応援がきて消火に勤め始めた。

    近所の面々で、ガラスの破片をホウキで吐きながら、会話を交わす。我々はここにいてもいいものか、とか。

    暫くして、警官が「非難してください」と叫んでいる。家にいてはいけないということか?と4人で顔を見合わせる。ケアマネジャーの女性が、下に行って警官に聞いてくる、と行った。

    すぐに戻ってきて、向かいのビルのガス爆発の副次災害の可能性があるから、このビルから出て非難しろと言われたという。なんと。。。

    みんな部屋着だったので、それぞれ家に戻って着替えて避難しようということになった。

    戻って、温かいズボンに履き替えて、上は部屋ぎのままで、バッグを持って出ることにした。バッグの中には最低のものが一式入っている。もうコンタクトも外してしまっていたので眼鏡をかけて、ジャケットを着て外に出る。

    廊下で隣の足の悪い女性と一緒になったので、二人で下に行く。隣の男性も一緒になった。ケアマネジャーの女性は一足先に出たらしい。

    ビルの入り口もガラスの破片で埋まっていた。ああ、凄い事件の中にいるのだ、と実感した。

    警察が「立ち入り禁止」のテープを張っているから、その外に出て待機してくださいと言われる。その方向に行くと、ビルから50メートルくらいの信号交差点のところが「立ち入り禁止」のテープだった。みんな、そこで立って待つことになった。

    雨が降っている。雪ではなかったのが幸いというか、その日は札幌には珍しく、この時間で気温がプラスだった。普通の気温だったら1時間くらいでみんな倒れていただろうと思う。それから3時間、その場所に立たされ続けた結果となったのだ。

    ともあれ、雨の中、プラスとは言え寒い。みんな、夕食の支度をしていたところだった人が多かったようで、立って会話をすると、寒い、おなかすいたという言葉が飛び出ていた。車いすに乗った男性が辛そうにしていた。

    なんで、こんな目に合うのだろう?と、いう気がした。ともあれ、同じビルの住民のお隣さん同士で会話をしながら、現場の消化状況を見ながら、ひたすら過ごした。

    外に立って間もなく、電話やメッセージがき始めた。最初は苫小牧の親戚からの電話だった。「あなたの住所に近いと思って電話した」とのこと。「うちの向かいのビルで爆発して、今避難させられている」というと、電話の先で叔母が絶句していた。

    仕事の上司とはSlackで対話した。上司も絶句していた。

    そもそも札幌は人口が2百万ちかくいる。その市の一角で起こった爆発事故に、自分の知り合いが巻き込まれるとは誰も思っていないらしかった。私も、自分のことでなければ同じだったろうと思うが。

    それにしても、現場のビルの火が消えるまでに1時間近くかかり、煙が消えるまでに3時間以上かかった。それを、札幌の冬に外に立ってジーっと見ていた自分らも悲しいが、凄い事件だと感じた。

    21:30ころに、トイレに行きたくなる。言うと、ケアマネジャーの女性も行きたいというので、二人で近所のスーパー(500Mくらい先にある西友)に行くことにした。ブラックアウトの時とは違って、避難させられている自分たち以外はこの一帯の住民も店舗も通常の生活をしているので、トイレに困ることはなかった。西友の隣にあるマックで帰りにコーヒーを買って、持ち帰り、またみんなと一緒に立っている場所に戻って、一服した。

    コーヒーとタバコ。少し、気持ちが落ち着いた。その時実家の母から電話が入った。苫小牧の親戚から聞いたのだという。まだ同じ話をする。今もこの寒空の下で立っているのだ、と。

    そうこうしているうちに、ケアマネジャーの女性が美園のお姉さんのところに行く、と言った。翌日の仕事は早番だったが、職場の人と対話したところ、遅番にしてもらえたのでとのことだった。

    「この感じだと当分、家に帰れそうにないから」と、言って。

    そんな感じだった。「立ち入り禁止」のテープを持っていた警官が、状況を(知っている限り)説明してくれた。日付が変わるかもしれない、と言われたのはそのころだった。22:30

    ふむ。。。

    試合に間に合うだろうか?と心配になった。微妙だ。

    避難令が出て外に立たされて2時間経った。みんな、いら立ちが出てきたようで、警官にいろいろ言い始めた。こんなところに立たされていては病気になりそうだ、とか飲まず食わずで倒れそうだ、トイレに行きたい、うんぬん。

    警官は困っていたようだったが、その時点では何とも言えない、と繰り返すだけだった。

    22:45ころ、再度トイレに行きたくなった。隣の男性と会話していたので、その人にそれを伝えて一人で西友に向かった。「たぶん、戻って来た頃にもまだ同じ状況だと思いますよ」とその男性は言う。だんだん、みんな悲観的になってきたのだった。

    西友を出て、平岸通に沿って歩く。現場のビルの煙が、遠くからは見えなかった。前回のトイレの時は西友を出た瞬間に煙が見えたのに。そろそろ、家に帰れるだろうか?と期待しながら歩いた。

    しかし、まだまだダメらしい、と言われる。ため息が出る。

    23:20頃になって、警官が「区民センターが避難所として開放されることになった」と伝えてくれた。「少なくとも、暖房とトイレはありますから」と。

    ふむ、それでは日付が変わるどころか、朝になるのだろうか、と隣の男性と顔を見合わせた。避難所に行くしかなさそうだった。その男性と、もう一人2階の住民という女性と3人で会話していたので、3人で一緒に向かうことになった。

    事故現場を突っ切れば近いのだが、そこは「立ち入り禁止」のテープの中なので、迂回するしかない。雨が降る中、寒い思いをしながら3人で歩いた。

    その2階の女性は、引っ越してから半年くらいでこの近所の地理は詳しくないという。3人で仕事のことなど会話しながら歩いた。迂回して、区民センターに着いた。

    入ると、報道陣が来ていて避難所に来ていた住民にインタビューしていた。我々3人は嫌だね、と言って顔を見合わせた。

    広い会議室が住民に開放されていた。テーブルを組み立て、折り畳み椅子を持ってきて、3人で座った。

    24:00くらいになっていた。センターのスタッフが来て、リストに名前と住所を書いてくださいと言う。みんな順番に書いた。

    それから、2階の女性がセブンイレブンに買い物に行くと言って出て行った。その間、隣の男性と二人で会話した。ふと見ると、報道の女性が我々のテーブルに来た。そして、私に向かって「おかあさん」という。私はむっとして「おかあさんではありません」と言うと、その女性は隣の男性の方に行った。なんと失礼なことだろう。トシを取っている女性に対して「おかあさん」と声をかけるのが普通のことなのだろうか?と嫌な気持ちになった。その報道人はNHKだと言った。

    隣の男性は、ガラスの破片で埋まっている廊下の写真をNHKの女性に見せる。するとNHKの女性は、「その写真頂いていいですか」と言う。AirDropで写真を渡すことになった。なんと、という感じだ。

    センターの中には、ぐってり疲れた住民と、報道陣が混じっていたという感じだ。なんかね、この疲れた姿を勝手にカメラに収めて放送するのだろうか、いやだね、と顔を見合わせた。

    24:30ころ、2階の女性がセブンイレブンから戻って来た。なんと、暖かい飲み物とサンドウィッチとお寿司を買ってきてくれたのだ。「お腹すいたでしょ。食べましょう」と言って、分けてくれたのだった。なんと!

    3人で夕食となった。あっという間になくなった。では、次は私が買いに行きますと言って、出た。タバコを吸いに行くついでに、と。

    セブンイレブンはセンターから10メートルくらいのところにある。行くと、避難所に来ていた住民が結構いて、同じように軽食を仕入れていた。

    お茶、水、サンドイッチ、お寿司などを買ってセンターに戻る。すると、2階の女性はテーブルに座ったまま眠っていたようだった。男性は、起きている。というか、眠る場所もないし、起きてるしかないですよね、という感じで。

    2人で軽食を食べて、また会話を始める。24:30私は試合のことが気になってきた。それを、男性に言うと、そうですか、と笑う。その人はスポーツは好きだが、DAZNを視聴するほどではない、ということだった。またタバコに行こうとしたら、その人も一緒に行くという。なんと、この男性も喫煙者だった。

    二人でセンターの玄関を出たところでタバコを吸いながら会話をする。その人は自転車が好きで、暇があればサイクリングに行くという。気が向けば夕張まで行くということだった。60キロを自転車で?なんと!

    そんな感じで、会話をしながら過ごす。センターの人が時々、状況の説明に来てくれた。まだまだ、家には帰れないということだった。

    24:50 あと10分で試合が始まる。うーん。ここはWiFiがないから、ここでDAZNを見ようものなら大変なことになる、と私は苦笑しながらその男性と話していた。

    でも、お金かかっても諦める方が精神的に悪い、見よう、と思った。

    それから、iPhone8にDAZNをダウンロードして(すべてWiFiなしの環境で。。。)、ログインして試合に繋ぐ。隣の男性が、一緒に見たいと言ってくれたので、一緒に試合を見ることにした。iPhone8の画面で。けっこう、笑える光景かもしれない。

    ただ、避難中の住民は誰もが、みんな起きていた。そもそも、眠る場所もないので起きているしかないのだ。みんな、数人で固まって会話をしていた。それ以外にやることないのだから。。。

    さて、試合が始まる。ちなみに、翌朝家に戻ってWiFiの下でMyDocomoでデータ量をチェックしたら絶句した。なんと、わずか1試合(2時間)で7.1G使ったのだ!ふたん、1か月1GBしか使わない私が。。。。

    ともあれ、試合。

    隣の男性に両チームのことを簡単に説明しながら、一緒に試合を見る。サディオの先制ゴールの時には、私は口を手でふさぎながらガッツポーズをする。隣の男性は笑っていた。そして、向かいで居眠りしていた2階の女性が、私のジェスチャー(の音)で目を覚ましたらしい。すみません、と謝って事情を説明する。その女性も笑っていた。

    ハーフタイム。男性と一緒にタバコに行く。試合は1-1だった。ため息。

    後半、また席に戻ると、このセンターに来る前にはぐれた隣の足が悪い女性が来た。外に立たされていた時、警察が(寒かったので)車の中に座らせてくれたとのことのことだった。

    その女性が、我々に合流することになった。アンラッキーなことに、真ん中に座ったものだから、試合を映していたiPhone8の画面が小さいのにさらに遠くなった。でも、まあ、こんな非常事態だから仕方ない。

    私はひたすら試合に集中している間、隣の男性と隣の女性とが会話をしていた。私も時々、会話に参加しながら試合を見ていた。

    3:00、試合に勝った喜びで私は(避難生活の)苦悩がやや晴れて、ニコニコ笑う。隣のみんなは笑っている。

    さて、そうこうしている時に、ちょうどセンターの人が来て、状況の変化を伝えてくれた。やっと消防車のOKが出て、警察が最終チェックをしているという。それがOKになったら、みんな家に帰れるとのことのことだった。

    おお!やっと、帰れるのか!

    最終OKが出たのは3:25だった。ただ、追加の話があり、「危険だから」北海道電力が停電にしているのだという。「家に帰っても停電の可能性があります」ということだった。

    みんな顔を見合わせた。どうしよう?まずは帰ろうか?私と男性は、帰りましょう、と言ったが、足の悪い女性は困っている。ダメだからと言って戻る体力はない、と。

    すると、センターの人が「停電になっているのは3条の方だけで2条は大丈夫」と情報をくれた。安心して、3人で帰ることにした。ただ、足の悪い女性は歩くことが出来ないからタクシーで行くという。では、同乗しましょうということになり、3人でタクシーを捕まえた。

    住所を告げると、タクシーの運転手さんは地元の人ではなかったらしく、いちいち道を教えなければならなかった。しかも、警察がまだ現場の「立ち入り禁止」のテープを張ったままでクルマは進入禁止のままになっていたので、途中で降りねばならなかった。警官に聞くと、住民は通ってよいが車はダメとのことのことだった。

    ただ、その場所からは10メートルくらいのところが我々の住居だったので、隣の女性を連れてゆっくり歩くことにした。タクシーの運転手さんは「お役に立てずすみません」と言っていた。いやいや。。。

    03:40 ビルに到着。3階までエレベーターで行き、3人は3階で挨拶をして別れた。7時間の避難民生活を共にしたお隣さんだった。

    さて、家に入り、洗濯機やら食事の支度やらの後片付けをして、寝る支度ができたのは4時を回っていた。ともあれ、明日(今日だが)は半休もらうことになっていたので、上司にSlackで状況を伝えて、寝ることにした。

    その前にデータ通信料(7.1G増えていた)を見てげっそりした、というおまけもついていた。割れた窓ガラスのこともさておき、こういう細かい余計な出費は、単に自分が泣きながら払うことになるのだろう。事件に巻き込まれて被害者になったら、辛い思いをさせられた上にお金がかかる。

    わずか3か月でまた襲って来た災害に、財政と精神が受ける打撃は小さくはなかった。

    そして、まずは家に帰れたが、これで一件落着ではないことは薄々予想が付いた。その通りとなったが。

    (続く)

    コメント

    非公開コメント

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

    最新記事
    最新コメント
    リンク
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    QRコード
    QR