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    2018/09/06 停電&断水の24時間

    9/6 早朝5時(くらい)、寝ているところで凄い地震でパッと目が覚めた。あ、揺れてる。地震だ、と寝ぼけながら思う。すると、バチっと物凄い音がして一瞬火花が見えた。固定電話の子機の付近だ。何だろうと思う。まだ寝ぼけている。そのうちにまた眠ってしまった。

    7時(いつもの起床時間)、目が覚めて起床する。いつもの通り、リモコンでTVを点ける...点かない、あれ?ふむ。(まだ寝起きで頭が働いていない)。暫くして、早朝の記憶が浮かんできた。あ、停電かも?

    洗顔して着替える。窓から日が差し込んでいるので、電灯は必要ない。この時間はいつも、雨の日とか暗い日以外は電灯は特に点けない。だから、この時まではまだ異常を実感してなかった。

    洗顔する時に、水の様子がおかしいことに気づく。停電なら、このビルは断水になる(水の供給に電力を使っているため)だろうから、今のうちに水をためておいた方が良いかも、と少し頭が働き始めた。バケツに水をためる。

    間もなく、水が出なくなる。あ、やはり停電か、と思う。そろそろ頭が目覚めてきた。

    8時。今日は仕事で重要な会議がある。Skypeで東京と会議だ。内容がけっこう深刻だった。

    ただ、停電してたらskypeなんてできないじゃないか、と気づく。その通りだ。頭を巡らす。電化製品は全て、消えている。仕事用に2台のデスクトップはもちろん、ノートPCは付くが(バッテリーはたぶん2時間蔵は持つだろう)、ルーターがダメだからWifiがつながらない。うむ、では今使える通信機器はiPhoneだけか、と認識する。

    幸い、というか、いつも充電器2台を満杯にしておく習慣があるので、大事に使えば2日は持つだろうと思った。言うまでもなくポケモンとかバッテリーを消費するものは絶対に付けてはいけない、ということはすぐに頭が回った。

    結局、このiPhoneが最後まで唯一の通信手段となったのだが。

    ただ、その時点では停電の範囲に関する認識は全くなく、自分のところだけだと思い、電力会社に問合せするための契約書を(問合せ先など)探し始める。3年前にAU電気にしたばかりだから北海道電力に問合せしても契約者じゃないからと邪見にされるだろうし、とか思った。

    何しろ、この時点ではTVも見れてないので事態についての認識が全くなかったのだ。

    机をひっくり返してAU電気の契約書を探す。見つからない。ふむ。昔の北海道電力の料金通知は見つかった。料金に関する問い合わせ電話は記載されていた。営業時間9:00-17:00と書かれている。その時間は8:40だった。まだ時間前だ。

    AUのAu電気のアプリをインストールする。電話番号らしきものがやっと見つかった。かける。自動音声応答で「営業時間は9:00-17:00です。ただ今の時間は営業時間外です」だと。うん。停電になっても9:00にならなければ連絡もできないのか、と苦笑する。

    その間、仕事の電話を入れることにした。iPhoneを見ると、その時点で3人から「大丈夫?」というメッセージが入っていた。

    うん?これ、ひょっとして私だけのトラブルではないの?

    まだ何事が起こったのかわかっていなかった。AU電気に電話する。北海道全域で停電になっている、と言われる。ほー、と思う。だから北海道電力に問合せしてください、とたらいまわしされる。

    ほー、9:00まで待ってこれか。

    さらに、北海道電力の問い合わせ先を聞くと、わからないと言われる。さんざん待たされた末に、03の番号を教えられる。

    「停電のため、情報を探すことが出来ないので」と言われる。これ、電気会社の言葉?とあきれる。

    次に、仕事の電話を入れる。出ない。暫くしてコールバックがくる。停電らしいので、今日の打ち合わせは出られないです、と言うと、上司はえーーっと不満そうな反応だ。でも停電でPCもつかないしルーターも止まっていてiPhoneしか通信手段がないのです、というと渋々、欠席を許してもらえた。

    その後、その上司から仕事の詳細で何度も電話が来た。

    徐々に、iPhoneに入るメッセージが増えてくる。全国の友人が、心配してくれているようだ。そんな事態なのか、とぼやーっと認識し始める。

    ただ、依然としてニュースにはアクセスできないし、友人とのメッセージのやり取りで、北海道全域が停電しているらしいことはわかったが、その深刻さはまったく想像もつかなかった。半日で解消されるのか、一日かかるのか、など、まったくわからない。

    ふと気づいて、実家の母に電話を入れる。固定電話は、電源が入っていないというメッセージになった。それもそうだ、北海道全域が停電なのだから、と思い直して携帯に電話を入れる。出ない。母が携帯に出ないことは珍しいことではないので、ともあれこの時点ではまだ心配はしなかった。

    案の定、それから数十分して再度電話すると、母が出た。停電だが、水は出ているという。母は一軒家に住んでいるので、私のところとは状況は違うので水が出ているというのは不思議ではない。ともあれ、母の声を聴いて安心した。

    千葉の兄にメールを送った。

    すると、即座に兄から電話が来た。「北海道全域が停電らしい。ただ、午後には復旧すると言っているが」ということ。あ、それなら大丈夫かな、と思った。

    この時点では、全国ニュースも事態の深刻さを認識していなかったのだ。

    それから、仕事の電話の対応やら、北海道電力に電話したり、でバタバタと時間が過ぎて12時になる。北海道電力は、昔の料金の問い合わせの電話番号にかけると電話に出てくれて、停電情報にも応じてくれた。ただ、復旧の見通しは立っていないという返答だった。

    さて。

    少し、落ち着いて現状を検討して見る余裕が出てきた。
    ・この停電は北海道全域の問題で、地震で発電所がトラブルを起こしたのが原因
    ・復旧見通しは立っていない
    そして、自分の状況は、
    ・停電と断水がいつまで続くかわからない
    ・仕事はできない(時々かかってくる東京の上司の電話以外は)
    ・通信手段は、iPhoneのみ
    ・iPhoneの充電は、大事に使えば2日は持つ
    ・ガスは使える
    ・水が使えない(もう止まってしまった)
    ・つまり、トイレが流れない(なるべくトイレに行かないようにする必要がある)
    ・食べ物は、特に困らない。電気が使えないのでろくなものは食べられないが、その気になればカップ麺が2つあるし、食パンもある。
    ・ただ、トイレが使えないので何も食べない方が良いのでは?(おなかがすいてどうにもならなくなれば別だが)
    ・食欲はない。じゃ、食べないことにしよう。
    ・2リットルのペットボトルが8本、ウォーターサーバーの1ガロンが1つあるから飲料水は3日くらいは十分
    (その後、このペットボトルの飲料水でトイレを流す水に代用することになったが)
    ・コーヒーメーカーは当然、使えないが、ガスでお湯を沸かしてコーヒーを手動で入れればコーヒーも飲めることがわかった。
    ・たばこも、アイコスが4箱ある。1週間は持つ。たばこは心配ない。
    (その夜、アイコスの充電が必要になったが)

    そのような整理作業をしているうちに、午後がだんだん進んでくる。15:00くらいに急に空が暗くなる。うむ、これ、今はまだ薄暗いからいいけど、夜の18:30くらいになると真っ暗になるのでは?と気が付く。

    まずい。私は懐中電灯というものがあったっけ?

    ない。買った記憶がない。ないような気がする。

    懐中電灯もしくは電池で動く電灯を探してみる。ない。

    ないと思う。買った覚えがないので。

    ろうそくなどの原始的な照明も、ない。まずいかも。と思い始める。

    今のうちに買いに出てみようか、と初めて考える。それまでずっと一歩も外に出てなかったことに気づく。バッグを持って外に出る。幸い、現金はある。先日少し降ろしてきたので。

    ドアを開けると、隣の住民2人(二人とも女性)が立ち話をしていた。挨拶くらいはする人たちだったので、立ち止まって話をすることにした。

    1人は50代くらいのケア・マネジャ、1人は80代くらい?の一人暮らしで介護の人が時々来ている、という人だ。ケア・マネジャの方が、介護を要する方の人に「何か必要なものがあれば買ってきますよ」と言っている。ペットボトルのお茶が欲しい、と言っている。ご飯も欲しい、と言っている。ケア・マネジャの方が、「もうコンビニは食べ物は朝から売り切れていたから、内と思う」と言っている。

    私が、お茶はないがペットボトルの水ならありますよ、と言う。欲しいというので2本、差し上げることにした。

    そこで、3人で立ち話になった。ケア・マネジャの方が、仕事の関係の人から今回の停電の深刻さとか状況についていろいろ聞いていたようで、情報を教えてくれた。

    水力発電所を使って午後から一部、復旧させたが病院など深刻な地域を優先しているという。この一帯はもっと後だろう、ということだった。

    ふむ。。。。

    その人はラジオを持っているのでニュースを聞いていたのだが電池が切れたという。私は電池を持っているので差し上げます、と言って単四の電池を3本あげた(照明器具はないが電池はあった)

    その代わりに、ろうそくをもらった。助かった!

    そんな感じで、隣近所で助け合いましょう、という話になった。

    夜になったら暗くなるので、廊下に出ようと思っている、とケア・マネジャが言う。真っ暗の家にこもっていても気が滅入るだけなので、廊下に出れば近所の人と話ができるから、という。

    なるほど、と思った。では、私も出ますと言って、まずは分かれた。

    ともかく、西友に言ってみることにした。800メートルくらのところにある。照明器具があれば買おうと思った。結果は、朝のうちに売り切れましたと言われたのだが。

    つまり、隣の人からろうそくを貰ったことが助かった。

    西友に着いたのは17:00頃か。薄暗い店舗の前に人が列を作っている。スタッフが「おひとり様1点ずつでお願いします」と制限している。聞くと、食べ物しか残っていないという。

    そうか、みんなは食欲があるんだな、と思った。自分は朝から何も食べてないけど、おなかが全くすかない。もともと食べ物に固執していない自分が、この事態で食欲が出るとは思わなかったが、やはり全く食べたくなかった。

    というか、水が出ないのにトイレに行かねばならなくなる事態の方が怖かった。食べる気になどとうていなれない。

    西友で、結局何も買わずにそのまま帰宅する。18時、そろそろ暗くなり始めた。

    建物の入り口で、住民らしき人と一緒になる。「エレベーターはまだだ止まってますね」と、その人(足が悪そうな70代くらいの男性)は言う。「停電だから、無理でしょうね。復旧見込みは立ってないみたいです」と言う。その人は「では、階段しかないね」と言う。「9階まで上がらねば」と悲しそうに言う。「あなた何階?」私は3階です、と答えると「いいなあ」と羨ましそうに言われた。

    だんだん、厳しさが十万してきた。

    自分の住居のフロア(3階)に上がる。階段を上がったところで、隣の介護が必要な女性が男性と喋っていた。その男性(40代くらい?)も同じフロアの住民だという。初めて見た。挨拶をして、少し会話をした。

    「朝のうちに少し多めに水をためておいたから、少しなら差し上げますよ」と言ってくれた。

    助け合い、助け合い。

    そして、家に入ってiPhoneを付ける。Facebookで友人に近況を伝えようと思った。うむ。重たい。まずい、唯一の通信手段である4Gがダメになってきたようだ。

    つながらない。

    何度か接続すると、つながる。また切れる、という感じで、本格的に災害になってきたようだ。

    北海道電力に電話する。また、すぐに電話は繋がった。一部の地域は復旧しているが、それ以外の地域は復旧見込みは立っていないという。住所を伝えると「その地区は現在は見込みは立っていません」とのこと。順番に水力発電所を稼働させて、電力を供給しているのだが場所によって可能な地区が決まるので、どの発電所が稼働できるようになるかによって復旧の見通しが決まるのだ、とのこと。

    で、発電所の稼働待ちで、今の時点では豊平区は全く見込みなし、だと。うーん。

    その電話番号は9:00-17:00しかつながらないことになっていたので、夜になったらどこに電話すればいいですか、と質問すると、ちょっとお待ちくださいと言って0120で始まる番号を教えてくれた。

    携帯からも繋がりますか?と質問すると、「固定電話でかければ繋がります」と言う。だって、固定電話なんて今どきの機器は電力で稼働してるでしょ?というと、その人は「あ、そうですね。ちょっとお待ちください」。なんと。。。。

    暫くして「携帯からも繋がります」との返事。

    なんとも。。。危機対応の体制ができてないではないか、とまた心細くなる。ちなみに、その時教えてもらった0120の番号は、その後19:00くらいにかけたところ「停電情報です。この番号は今は使われていません。ホームページで見てください」と自動音声応答が流れた。

    泣きたくなった。

    窓から陽が入らなくなり、ろうそくを付ける。

    小さいボールに紅茶のティーパックの出がらしを入れて、その隙間にろうそくを立てる。なんとかなりそうだ。ライターで火を付ける。あ、照明だ。周囲20センチくらいの距離は、見える。

    また気持ちが沈んできた。

    いつまでこの事態が続くのだろう?

    と、自分がこんなに気が滅入っているのだから実家にいる母はどうなっただろうと気になって、また電話する。今度は「おかけになった電話は電源が入っていないか電波の届かないところにいます」という自動音声だ。母の携帯はドコモだった。キャリアの問題というよりは、携帯の電池が切れて充電できずにいるのかも、と思った。念のため固定電話にかけたが、当然だがつながらない。まだ停電中のようだ。ふむ。連絡取れなくなってしまったかと思った(まだパニックになる時期ではないだろうと、思った)。

    Facebookにつなぐ。友達がまた心配のメッセージをくれていた。みんな、心配してくれているのだ、と嬉しかった。

    4Gの接続は依然として、悪い。繋がったり切れたりになっている。災害だからこんなものなのだろう、と思った。

    何度目かに、Facebookで友人のメッセージが見えた「無事のようで安心しました」とのこと。ん?この状態は、「無事」というのだろうか?とふと考える。無事というのは通常の状況のことだとしたら、今の状態は「異常」であって「無事」ではないと思うのだが。。。

    まっくらな部屋でろうそくの光を頼りに、トイレに行かないために食べられず気が沈んでいる状況でも、生きているのだから「無事」だということなのか、と思った。

    本当に気がおかしくなりそうだったので、廊下に出ることにした。すると、さっそく、隣の2人とばったり合う。3人で、暗闇の中でろうそくの光の下でぽつぽつと会話を始めた。

    「暗い中で1人で部屋にいても辛いので、ここに来れば誰かと話しできると思って」と、言う。全く同じです、と私も言う。

    ケアマネジャーの人がラジオを持ってきてくれたので、3人でニュースを聞く。当然というべきか、停電情報になる。発電所の説明と、現在の停電世帯数(300万世帯ちかく)と、復旧できた世帯数(35万世帯くらい)の数字、残りの世帯の復旧見込みは立っていない旨のニュースが繰り返される。

    ニュースの合間に、3人で自己紹介的な話になる。どこでどんな仕事してるなど。私はIT業界の人間で、PCが使えないと何もできないのだ、と言う。ケアマネジャーの人は、携帯がドコモで、電話がほとんどつながらないという。私はAUで、電話はかなり良くつながる。音は切れたりするが。4Gがひどいのは同じだったが。

    電話だけを言うとAUの方が良いらしい、とのことだった。もちろん、地区によるだろう。たまたま、この地区はAUの方がアクセスポイントが近いのだろう。

    22:00ちかくまで廊下で真っ暗な中、3人で喋って時間を過ごした。その後、自然解散して各自家に戻った。

    さて、ろうそくの火の下に戻って来る。ソファに寝転んで、ろうそくの下にiPhoneを持って行き、Lineを付ける。サポーターズクラブのTさんから返信が来ていた。

    そこから、寝るまでぽつぽつとTさんとLineのやり取りとなった。ちょうど1日前に、Liverpoolからメールが来て、西日本の台風の影響について心配してくれて、会員のみなさんはどうしてますか?という問い合わせに対応していたところで、自分がPCメールにアクセスできなくなった。Liverpoolに連絡して欲しい、とTさんに頼むと、すぐに連絡してくれた。

    それから、暫くサポーターズクラブの連絡手段についてLineでやり取りをした。4Gの劣悪な接続状況の中、リンクをたぐって、Tさんのユーザー登録をしたり、などの作業に専念した。

    時間が過ぎる。助かった。一人で悶々としてたら、本当に気がおかしくなりそうな感じだったので。

    iPhoneでこんなに文字を打ち込んだのは初めてかもしれない。Lineも文字を打つときはPCを使うのだが、今日はiPhoneしか使えなかったので、LineもチャットワークもFacebookもすべて、iPhone直打ちだ。時間ありあまってるからなあ、と苦笑する。

    ちなみに、4Gの接続が悪いせいか電池の消耗は意外に早かった。充電器が2つあるうちの1つ目が完全に終わってしまい、この時間にすでに2台めを使い始めた。この感じだとあとまる1日で電池切れになる、と覚悟した。

    そうこうしながら、結局Tさんが遅くまで付き合ってくれて、00:00くらいにおやすみなさい、になった。

    もう寝るしかやることないし、寝る努力を始めた。もちろん、水もないのでシャワーも浴びていない。汗臭くて気持ち悪かったので、ベッドに入る気になれずソファで寝ることにした。

    眠れない。

    ベッドに寝ることにした。

    時間を見ると1:00になっていた。ともあれ、もし、9/7の朝に復旧する1/3の中に入った場合はすぐにわかるようにと、電灯のスイッチをONにしておいた。

    それからしばらく悶々としていたが、いつの間にか眠ってしまったらしい。

    目が覚めたのは、部屋の電灯が付いた4:00のことだった!

    あ!電灯だ!飛び起きた。

    停電がこれで終わり?

    起きると部屋が明るかった。感激で涙が出そうになった。たったの24時間の災害だったというのに。

    起き上がって、洗面所に行く。水栓を開ける。しばらくは水は出ないだろうとは思ったが、5分くらいたって、水が出始めた!

    水だ!また、涙が出そうになった。

    茶色い水だった。しばらく(20分くらい)出し続けてやっと水が透明になった。洗濯機も庫内清掃モードで水を出す。

    やっと、人間の生活に戻れる!

    バケツに水を汲んで、トイレに流す。何時間ぶりにトイレが使えるようになった。しばらくして、トイレが普通に流れるようになった。

    電話機のリセットなど、電気機器の処置を始める。PCも全部つける。ついた。ルーターも稼働してインターネットにつながった。

    6:30。

    PCを立ち上げてOutlookを起動する。PCメールに友人からの心配メールが入っていた。

    それも含め、LineやらFacebookで心配してくれた友人にメッセージを送る。最後に上司に「復旧しました」と報告。ただ、「体調があまり良くないので、ひょっとして9/7は朝から通常業務に戻れないかもしれません」と付け加えておいた。まる1日食べてないのだから体調が正常なはずがない。(特にその時点では何が悪い、と言うわけではなかったが)

    7:00、シャワーを浴びる。さすがにまだお湯は使えなかった。水のシャワーだが汗で気持ち悪いよりはまし、という感じか。

    そのまま支度して、仕事に入ることにした。上司に再度メッセージを送る「通常に業務します」と、すぐに上司から電話が着て「無理しなくていいから。半休してもいい」と言ってくれた。たぶん、全国ニュースで北海道の惨状が伝えられたのだろう。昨日の朝とはトーンが全然違って同情的だった。

    半休するよりは、さっさと仕事して早く終わってゆっくり休みたいから通常業務に戻ることにした。

    8:30、母に電話をするとつながった。昨夜は電話機を切って寝てしまったとのこと。今もまだ停電だが水は使えているということだった。それから午後14:00頃に母から電話が来て、停電が復旧したとのこと。

    よかった!

    千葉の兄にメールする。「安心した」という返信。

    さすがに夕方にはバテて休み休みになったが、仕事も通常にやって、一日が終わった。

    というか、電気も水も使える環境なのだから仕事は全く苦ではない。電気と水がいかに致命的なものか、今回の災害で身に染みた。


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    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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