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    リトル・マジシャンの長い「さようなら」

    2011年9月末のこと、母国スペインからプレミアリーグに来て間もなかったダビド・デヘアが、地元のテスコ(※英国の大手スーパーマーケット)でドーナツを「万引き」した事件が、イングランドのヘッドラインを飾った。「週給£70,000のスター選手が、£1.19のドーナツをつまみ食いしてお金を払わずに出ようとした」。結局警察には通報せず「示談」となったが、店の警備員に捕まってデヘアは顔を赤くして小さくなっていたという。当時20歳で世間知らずだったデヘアは、マンチェスターユナイテッドの正GKとして、スタートに躓いて苦戦していた頃のことだった。

    事件について、地元のファンが「プレミアリーグの、特にビッグ・クラブの選手は、お金を払って何かを買うということを知らない。衣類はスポンサーから『どうかもらってください』と頭を下げてプレゼントされるし、職場であるトレーニング・グラウンドには、レストラン並みの飲食物がクラブの経費で提供されているから、自分でお金を払うという行為は縁がないのだ」と、真顔で説明してくれた。

    今季開始間もない9月に、リバプール市内で雑貨店を経営しているLiverpoolファンが明かした実話も、通じるところがあった。「試合の前日の金曜日の朝、開店第一号の客が入ってきたと思ったところ、なんとフィリペ・コウチーニョだった。フェイスタオルが欲しいとのことで、£1.99だと価格を伝えると、フィルは『銀行に行ってお金をおろしてくる』と、真面目な顔で言った」。自分はLiverpoolファンだから、代金はいらないと言うと、コウチーニョは「本当にいいんですか?」と驚いたという。そして、ポケットをひっくり返して持っていた小銭を全て渡して、何度も何度も頭を下げて去ったとのことだった。「後から数えると、£1.63だった。週給£100,000のプレミアリーグのスター選手が、£1.99(約300円)のタオルを買う現金も持っていないとは」と、そのファンは苦笑した。

    £2そこそこのドーナツやタオルの買い方を知らないデヘアもコウチーニョも、プレミアリーグのビッグ・クラブの看板であり、ライバル・ファンから一目置かれている超一流選手だった。デヘアが2年前の夏に、自ら切望していたレアルマドリード入りが、ユナイテッドも(渋々)合意して成立したにも関わらず、期限内にFAXが届かなかったという事務的な手続きミスのために破断に終わった話は有名だった。隣人ネタのジョークに盛り上がるシティ・ファンですら、デヘアを「ドーナツ好き」と呼び、移籍の話題になると「FAX機は動くようになったか?」と笑いつつも、デヘアのスーパーセーブに真顔で拍手を送る。

    同様に、ピッチの上でマジックを披露するコウチーニョのプレイに魅了されるライバル・ファンが、「コウチーニョをバルセロナに取られたら、Liverpoolは戦力面で大きな打撃だろう」と、宿敵の弱体化を期待する半面で、「プレミアリーグでこの選手のプレイを見られなくなるのは寂しい」と、純粋にフットボール・ファンとしての声を上げていた。

    8月末には移籍リクエストを出してまでバルセロナ入りを強行しようとしたコウチーニョに対して、その時には「裏切られた」と嘆いたLiverpoolファンが、アンフィールドでのセビーリャ戦(試合結果は2-2)で今季初出場となったコウチーニョを盛大な拍手で迎えた、その心の底には、いずれは失うことになるコウチーニョのプレイを、今のうちに堪能しようという、痛みの伴う決意があった。

    12月6日のスパルタクモスクワ戦(試合結果は7-0でLiverpoolが勝ってCLラスト16に首位勝ち抜き)でハットトリックを決め、「ブラジル代表チームでは経験あったが、Liverpoolでは初めて。チームの重要な勝利に貢献できたので、僕にとっては最高のハットトリックになった」と、笑顔で語ったコウチーニョを拍手で見守りながら、Liverpoolファンは誰もが同じ気持ちを抱いていた。

    「リトル・マジシャンの長い『さようなら』は既に開始してる」と、地元紙リバプール・エコーがファンの気持ちを代弁した。折しも、1月の移籍ウィンドウに再びバルセロナが獲得に動くという噂がどんどん大きくなっていた。

    「夏にコウチーニョが移籍リクエストを出した時には、Liverpoolは代わりの選手を取る時間もないこともあり、押し切った。しかし今は、Liverpoolとしては代作を立てる時間が得られたし、ユルゲン・クロップが、出て行きたい選手をいつまでも無理に引き留めるとは考えにくい。そしてコウチーニョは、希望がかなえられなかったのに、文字通りLiverpoolで全力を尽くしている」。

    「Liverpoolで成長させてもらった恩を語り、クロップに対する感謝を公言し、それをピッチの上で実践しているコウチーニョを、行かせて上げるのが筋というもの。問題は、リトル・マジシャンの長い『さようなら』が、今季末まで続くのか、1月で終わるか」。

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    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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