ワン・ラブ・マンチェスター

    1980年代の終幕に、初めてシンプリー・レッドの音楽を聴いた時に、なんと美しいソウル・ミュージックかと感動に震えた。そして、マンチェスター市内の雇用保険事務所で出会った失業保険受給者が意気投合してバンドを組むことになったという、シンプリー・レッドの生い立ちを知った時には、「さすが産業革命の発祥地。不況社会が至上の音楽を生み出した」と感心したものだった。

    それから数年後、1991年5月のフットボール雑誌で、シンプリー・レッドのリードボーカリストのミック・ハックネルが、マンチェスターユナイテッドの(当時)監督アレックス・ファーガソンの隣で満面に笑みを浮かべている写真を見て、度胆を抜かれた。ミック・ハックネルは熱烈なユナイテッド・ファンで、忙しい仕事の合間を縫ってユナイテッドの応援に走り回っているという説明を読んで、バンド名の「レッド」はユナイテッドのチームカラーだったのかと、目からうろこが落ちた。

    時は過ぎ、2014年2月のフラム戦で(試合結果は2-2)、オールド・トラッフォードのスタンドでファーガソンの隣に座っているミック・ハックネルをTVカメラが捉えた。それを見ていた若いシティ・ファンが、愕然とした表情で「ミック・ハックネルって、ユナイテッド・ファンだったの!」と呟き、先輩ファンが「シンプリー・'ブルー'?」と言った、その会話を聞いて、23年前の自分を思い出したのだった。ユナイテッドが一世風靡した1990年代以前からずっと忠誠を尽くしている地元出身のファンだった。

    一方、マンチェスターのブルー陣営としては、シティがどん底に落ちていた1990年代にイングランドのポップ・ミュージック界のトップに立ったオアシスが、弱かった頃のシティを熱烈に応援していた姿は有名だった。特に『ドント・ルック・バック・イン・アンガー(怒りを込めて振り返らないで)』は、アメリカ合衆国では大成功を収められなかったオアシスの代表作として、マンチェスター市民にとって「自分たちの歌」という意識を抱くに至ったという。

    2017年5月25日、3日前の爆弾テロで亡くなった22人と負傷した120人の無実の人々に祈りをささげる1分間の黙とうが行われた。マンチェスター市内では、黙とうが終わった瞬間に、参列者の女性が『ドント・ルック・バック・イン・アンガー』を歌い始め、周囲の人々が加わって自発的な合唱となった。

    「卑劣なテロ事件の衝撃の中、マンチェスター市民が団結した」というキャプションと共に、この『ドント・ルック・バック・イン・アンガー』の合唱風景はヨーロッパ中に報道された。6月14日にパリで行われたフランス対イングランドの親善試合で(試合結果は3-2でフランスの勝利)、試合前に『ドント・ルック・バック・イン・アンガー』が演奏された。その中で、「それは違う。多くの子供たちが観衆というコンサートを狙い撃ちしたテロに対して、怒りを抱くなというのは間違いだ」と、誰かがつぶやいた。

    このテロ事件は、マンチェスターの人々を更に結び付け、強い決意を呼び起こした。

    「テロの目的は、社会をパニックに追い込み、人々に恐怖心を植え付けて家に籠って怯える生活をさせようというもの。テロに屈しないためにも、どんどん外に出て、催し物を楽しむべきだ」という叫びが異口同音に上がった。爆弾テロの5日後に予定されていた市内のマラソン大会は、圧倒的多数の賛成により決行された。

    事件直後の5月24日に行われたEL決勝戦(試合結果は2-0でユナイテッドがアヤックスに勝って優勝)で、試合の解説者として現地入りしたマンチェスター出身のフィル・ネビルが、本音を明かした。「この試合の担当に任命された時には、嬉しくて舞い上がったが、今は、マンチェスターにいたいという気持ちでいっぱいだ。家族や友人知人を抱きしめて、次のコンサートには一緒に行こうねと語り合っていたい」。

    事件直後に設立された特別基金に対して、ユナイテッドとシティの両クラブが共同で£1m(約1億5千万円)を寄贈するという声明が流れた時に、ある人が真剣な表情で語った。「賢明な措置だし、我々ファンも出来る範囲内で協力したい。負傷者が運ばれた病院の一つに勤めている友人から、生命は留めたが人生が変わるような重傷を負った人々の様子を聞いて、基金はいくらあっても十分とは言えないと真剣に思った」。

    事件現場近くの路上を仮住居にしていたホームレスの男性が、爆弾の直後に負傷者を助けに走った話が報道された。両足を失った子供を抱え、顔中に刺さっていた破片を取り除いたその男性は、「怪我をして倒れている子供たちを、放って自分だけ逃げることはできなかった。ホームレスでもハートは持っている」と語った。

    連絡が取れない親族を探すためにマンチェスターを訪れた人々に対して、マンチェスターシティがホームスタジアムを仮宿舎として提供した。心労で苦しむ人々が、せめて設備面では不自由しないようにという配慮がなされたという。

    フットボールが草の根になっているマンチェスターが、大きな苦悩に際して手に手を取って前に進み始めた。


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    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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