RIP 真のジェントルマン、グレアム・テイラー

    1月12日、元イングランド代表監督(1990–1993)のグレアム・テイラーが亡くなったというニュースが流れた。72歳だった。深刻な病気だったわけではなく、心臓発作という青天のへきれきのような悲報に、イングランド中が心から驚き、悲しんだ。

    Liverpoolファンの間では、クラブ史上に残るレジェンドであるジョン・バーンズ(Liverpool在籍は1987–1997)を、ワトフォード(在籍は1981–1987)で育て、ファーストチーム・デビューの場を与えた監督として、常に感謝と尊敬を込めて話題に上っていた人だった。バーンズが、後にイングランド代表チームで、不調などを理由に、イングランド代表ファンやメディアから批判された時に、テイラーは真っ先にバーンズを擁護したことも、Liverpoolファンのテイラーに対する支持を深める要因の一つだった。

    同時に、当時の状況が、Liverpoolファンが「スカウサーはイングランド人ではない」と、イングランド代表チームから一線を画するようになったきっかけ、という説もある。そのような背景もあり、テイラーが代表監督を勤めた時にも、「イングランド代表チームの成績不振」を理由に、Liverpoolファンの間で、テイラーに対する評価が変わることもなかった。

    それにしても、イングランド代表チームが1994年W杯の予選で敗退した時の、テイラーに対するイングランドのメディアの酷い仕打ちは、あまりにも有名な話だった。イングランドがまだ4部構成の「イングランド・リーグ」だった時代で、現プレミアリーグのような、象牙の塔に住む大スター選手と大金持ちの監督が、一般市民からかい離した存在になる前のことだった。

    「イングランドのメディアの過剰反応が、度を越えた」と、逆にメディアに対するファンの批判が高まるような扱いを受けて、代表監督の座を去ったテイラーは、ウルブス(1994–1995)、ワトフォード(1996–2001)と、クラブの監督として再び成功を収め、アストンビラ(2002–2003)で引退するまで、全てのチームのファンから慕われ続けた。

    実際に、当時、地元のアストンビラ・ファンが、「イングランド代表監督時代のことなど関係ない。テイラーはクラブの監督としては超一流。戻って来てくれたことは心から嬉しいし、僕の知る限り、全てのファンが大歓迎している」と、特大の笑顔を浮かべて語った言葉は、深く記憶に残っている。

    今回の悲報に際して、メディアの中からも、心の籠ったメッセージが出た。リバプール・エコー紙の、エバトン担当記者が、「RIP 真のジェントルマン、グレアム・テイラー」というタイトルで、1989年に、当時アストンビラ監督だったグレアム・テイラーと対話した時のエピソードを明かした。

    「あの頃は、今のプレミアリーグとは異なり、クラブの監督はもっと近付きやすい存在だった。それにしても、エバトン戦の前にビラ監督のテイラーにインタビューを依頼した時には、たまたま不運が重なって、建物の電話が使えず、隣のクリケット・クラブの電話を借りてコールバックしてもらうという、余計なご足労をかけさせる状況に陥った。しかし、テイラーは嫌な顔一つせず、明るい笑顔で対応してくれた」。

    「2年後にイングランド代表監督になった、その時のテイラーは、気さくで協力的で、素晴らしいジェントルマンだった」。

    「後に、あの悪名高き『メディアの過剰反応』が、テイラーを『カブ』呼ばわりした時には、私は同業のジャーナリストたちに言い続けた。イングランド代表監督として、より成功を収めた人はいる。でも、私にとって、そして、多くのファンにとって、テイラーほど『真のジェントルマンと』と呼べる人は他にはない」。

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    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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