ライブ・イズ・ライフ

    4月2日、1-1の引き分けに終わったアンフィールドでのトットナム戦の試合後に、ユルゲン・クロップが、トンネルの前でハリー・ケインの肩を抱いて、笑顔で会話した姿がテレビカメラに映った。インタビューで会話の内容を問われたケインが、「素晴らしいゴールだったね、と言ってくれた」と真相を明かした。「もし僕が2点目を決めていたら、あんなに親切な言葉はかけてくれなかったと思うけど」とジョークを言って、視聴者の笑いを買った。

    こうしてクロップは、イングランドのファンやメディアだけでなく、対戦相手の選手の間にも着実に「クロップ・ファン」を増やしていた。

    それでもドイツのクロップ・ファンには到底及ばないことが、ドルトムントでのEL戦が次戦となった週明け4月4日に、改めて確認させられた。なんとこの試合では、ドイツのテレビ局SPORT1が、「クロップ・カム」と題して、試合中のクロップを、90分間映し続ける企画を組んでいた。並行して、クロップがLiverpool一行を引き連れてドルトムント入りしてから去るまでの、6時間に及ぶドキュメンタリーも制作されることが判明した。

    ドイツのクロップ熱に比べたら些細とは言え、2015年10月に、クロップのLiverpool監督就任が発表された時には、Liverpoolファンは、総立ちで手に手を取って祝い、ライバル・ファンは悔しさの悲鳴を上げた騒ぎを巻き起こした。

    そして、LFC TVが早々に制作・放映したドキュメンタリー、「ユルゲン・クロップがコップにたどり着くまでの道のり」は、クロップ熱の背景を伝えていた。

    「選手として身を立てるのは無理と悟った」クロップは、25歳で監督を目指し始めたが、チャンスが巡ってきたのは33歳の時だった。選手として11年間勤めてきた2部のマインツが、降格の背水の陣にあった時に、オーナーとディレクターが「残り12試合で残留を勝ち取る」賭けを、クロップに託したのだった。期待に応えたクロップは、就任僅か7試合で残留を確定した。

    「あの後の残り試合は、これ以上望めないようなラクな日々だった」と笑ったクロップは、「そして、あのシーズンの苦しさを、二度と味わうことがないように、翌シーズンからは全力で頑張る決意を固めた」。

    その言葉通り、マインツはクロップの監督としての初シーズンで、残留争いどころか、あわや昇格、という好成績を記録した。しかし、残り3試合で3ポイント取れば昇格だったのに、2ポイントしか取れずに最終日に涙を飲んだクロップは、深い挫折を味わった。「こんなチャンスは二度とないだろうに、逃してしまった、と、落ち込んだ」。マインツにとっては、100年の歴史で一度も経験したことのない、ブンデスリーガの夢が、あと一歩のところで散ったのだった。

    「しかし、地元に帰った時に、町の人々が、まるで勝ったかのような笑顔で迎えてくれたのを見て、勇気が湧いてきた。この人たちと一緒に、みんなでやれば出来るんじゃないか、と」。

    クロップに運命を託したマインツのオーナーとディレクターは、ドキュメンタリーの中で語った。「あれが、クロップがそれからの名監督への道を歩む転機となった」。

    翌シーズンにも、最終日に降格を逃す憂き目に合ったマインツの、オーナーを始め選手や地元の人々に勇気を与えたのはクロップだった。ディレクターは、「失望で立ち直れない気持ちになっていた我々に、クロップの力強い言葉は、心に響くものを持っていた」と振り返った。

    「クロップは、絶やさない笑顔と並行して、常に真剣にトレーニングに取り組んだ。自分たちを信じて、その自信を裏付けるために全力を注いだ」。

    翌年には3度目の正直でブンデスリーガに到達したマインツは、昇格シーズンに11位と驚きの勢力になり、2007年に力尽きて降格するまの4年間、ドイツの最高リーグに定住した。

    オーナーは、2008年にクロップが去る決意を告げた時のことを、「身を切られる程辛かった。でも、クロップはブンデスリーガで大成功すべき人物だから、これ以上引き留めてはいけないと思った」と語った。

    そのオーナーの言葉は、最終日にスタンドでYou'll Never Walk Aloneを歌ったマインツ・ファンと、地元市民総出で行われた、クロップに対する感謝表明が裏付けていた。

    その後、ブンデスリーガ中から引っ張られたクロップは、当時「スリーピング・ジャイアンツ」と言われたドルトムントに入り、2008年から2015年までの7年間で、リーグ優勝2回、カップ1回に加えてCL決勝進出を達成し、ヨーロッパ有数の監督となった。

    クロップがLiverpoolに来て早々に、ファンの「懐疑心を希望に変えた」時、Liverpoolファンの間で、自然発生的に生まれたクロップの歌「ライブ・イズ・ライフ(※オーストリアのバンド、オーパスの1985年のヒット曲)」は、ドキュメンタリー「ユルゲン・クロップがコップにたどり着くまでの道のり」の中で、クロップ本人やその道のりを支えた人の証言を象徴していた。

    「皆で力を合わせて全力を出す時、我々のベストを尽くすことが出来る。他のことは考えず、今この時に全力を出すんだ」

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    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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