暗い影を落としたカップ戦

    3月17日、オールド・トラッフォードで、Liverpoolがマンチェスターユナイテッドに1-1と引き分け、通算3-1でEL準々決勝進出を決めた試合の直後に、アウェイ・スタンド付近で掴み合いの事件が発生し、UEFAが両クラブに処分を科すことになった。これは、イースト・スタンドのアウェイ・サポーター区画の直上に位置するホーム・サポーター区画にいたLiverpoolファン数人が、ファイナル・ホイッスル直後に、Liverpoolのバナーを広げて「チームの勝利を祝った」ことで、周囲にいたユナイテッド・ファンが怒って掴み合いになったというものだった。

    この時アウェイ・スタンドにいたLiverpoolファンの証言では、事件の発端となった「ホーム・スタンドのLiverpoolファン」7名は、試合中は静かにしていたものの、勝ち抜きが決まった時に、アウェイ・スタンドの「同志」に向かって、バナーを広げて一緒に祝おうとしたことが、掴み合いに発展したということだった。

    「この試合は、チケットの売れ行きが悪かったため、ユナイテッドは1人6枚までと制限を緩めて販売したことから(※通常は1人1枚)、アウェイ・サポーターにチケットが渡ったのではないか」という推測が飛んだものの、「試合後とは言え、ホーム・スタンドに入ったアウェイ・サポーターが、正体を暴露してライバル・ファンを怒らせるのは、本来やってはいけないこと」と、Liverpoolファンの間では、7名に対する批判が上がった。

    しかし、UEFAが発表した数々の罪状の中で、Liverpoolファンの「ミュンヘン・チャント」が、最大の議論を呼び起こした。

    その場に居合わせたファンの証言は続いた。「ミュンヘン・チャントが出たのは真相だった。アウェイ・スタンドにいた数人がやったものだった。それに対して、すぐに周囲にいたLiverpoolファンが反応し、止めさせた。その間、10秒そこそこで、しかもほんの数人の馬鹿者の声は、アウェイ・スタンドの端にいた人々には聞こえなかった程の音量で、それを、オフィシャルが聞いたという話はにわかに信じられなかった」。

    それは、1週間前のアンフィールドで、アウェイ・スタンドから大音量の「ヒルズバラ・チャント」が繰り返し出たことに対して、UEFAは「オフィシャルの報告書になかったから」と、何の処分も科さなかったことを指していた。アンフィールドでのヒルズバラ・チャントに対しては、ユナイテッドのクラブも即座に問題視する声明を出し、BBCを始め全国紙が一斉に非難を掲げた。

    「UEFAが処分を科さないということは、『ヒルズバラ・チャントはやっても良い』という許可が出たということ。オールド・トラッフォードでは、7万人がチャントすれば、アウェイ・スタンドにいる一部の馬鹿者が、ミュンヘン・チャントで反撃するかもしれない」というLiverpoolファンの危惧は、現実となった。

    実際には、オールド・トラッフォードでホーム・スタンドから「90分間、老若男女を問わず続いた」チャントは、ヒルズバラ・チャントではなく、「人殺し(murderers)」チャントだった。

    アンフィールドでも、ヒルズバラ・チャントと交互に出たものだった。

    ただ、「ヒルズバラ・チャント」のうちの1つ、「いつも犠牲者(always the victims, it's never their fault)」については、Liverpoolファンとユナイテッド・ファンとの間で解釈が異なっていた。ユナイテッド・ファンは、「自分は悪くない、と言い張る『スカウサーの固定観念』をネタにしたもので、ヒルズバラ・チャントではない」と主張してきた。

    しかし、今回の事件の後で、ユナイテッド・ファンの間でも議論になった。「2012年に秘匿文書が暴露されて以来、ヒルズバラではLiverpoolファンが一方的な被害者だったことを、誰もが知っている。だからこそ、我々としては、自分たちはヒルズバラ・チャントではないつもりでも、誤解を招くチャントは止めるべきだ」というのが、圧倒的多数のユナイテッド・ファンの意見だった。

    一方で、「人殺し」チャントはユナイテッド・ファンの間で合意には至らなかった。

    これは、1985年のハイセル・スタジアムでのヨーロピアン・カップ決勝戦で、39人の死者を出したフーリガン事件で、Liverpoolファンが加害者になったことを非難するものだった。

    3月17日のオールド・トラッフォードでは、「人殺し」チャントと、「我々は誰も殺さずに3回勝った(Without Killing Anyone we won it three times)」が、交互に繰り返されたのだった。

    「1985年に、ハイセル事件の処分として、UEFAがイングランドの全クラブを締め出す処分を科したことから、ライバル・ファンの我々に対する非難の目は一層きつくなった」と、Liverpoolファンは振り返る。「最初に『人殺し』チャントを始めたのはエバトン・ファンで、特に、1985年にイングランドのチャンピオンになり、翌シーズンは自分たちがヨーロピアン・カップ出場権を得た、その鼻先で下った処分だっただけに、我々のことを絶対に許せない気持ちになったのは仕方ないことだったと思う」。

    しかし、エバトン・ファンの「人殺し」チャントは、今ではごく少数の「馬鹿者」を除いては、口にする人はいなくなった。

    「それは、エバトン・ファンの間で、多くの人が亡くなった悲劇を、試合のライバル意識の表明であるチャントのネタにすることは間違いだ、という議論がある時点で起こったから。その結果、自制することになった」と、Liverpoolファンは経緯を語った。

    「UEFAの処分に関わらず、ミュンヘンやヒルズバラ、そしてハイセルのような悲劇を、試合でチャントすることは間違っているのだと、ファンの間で自発的に考えることは可能だし、そうなって欲しいと願っている」。

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    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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