自分たちの一人

    2月28日のオールド・トラッフォードでのアーセナル戦で、試合前に、ユナイテッドの代理主将マイクル・キャリックの隣に立っていた15-16歳のマスコットがTVカメラに映った時に、コメンテイターが「今日のユナイテッドは、マスコットと間違われそうな選手もいます」という前置きに続いて、プレミアリーグ・デビューとなったマーカス・ラッシュフォードに焦点を当てた。3日前のEL戦(対FCミッティラン)で、試合前のウォームアップ中に負傷で外れることになったアントニー・マーシャルに代わって、急きょスタートしたラッシュフォードが、ファーストチーム・デビューでチームの逆転勝ち抜きをもたらす2ゴールを決めたのだった(試合結果は5-1でユナイテッドが勝利)。

    そのゴールに際して、ラッシュフォードがスタンドにまっすぐ走って行き、ユース・チームのチームメートと抱き合って喜んだ姿が初々しく、一気にイングランド・フットボール界のアイドルとなった。

    更に、アーセナル戦での2ゴールで(試合結果は3-2でユナイテッドが勝利)、2試合4得点となったラッシュフォードは、「得点率ではリオネル・メッシよりも上」と、「メッシに『世界一の選手というのはどんな気持ちですか』と質問したら、『いや、僕は世界一ではないから。マーカス・ラッシュフォードに聞いてくれ』と言われた」と、イングランド中のフットボール・ファンが大笑いしたジョークすら出た。

    試合後の記者会見で、ルイ・ファンハールは、「マーカスは夢のようなデビューを記録した。この2試合を凌ぐのは大変なこと」と、世間の過熱状態に水を差し、記者団に向かってくぎを刺した。「マーカスは才能ある若手だということは事実だ。でも、まだ18歳の子供だということを理解して欲しい。自宅まで追っかけて行ったりということはしないように。記事を書きたいなら、このような場で私に質問しなさい」。

    これを受けて、ユナイテッドの地元紙マンチェスター・イブニング・ニュースは、「そもそも、負傷者続出の危機で迎えた1月の移籍ウィンドウで、敢えて緊急補強をしなかったのはファンハールの決断。その結果、若手の起用を余儀なくされた、危機的状況の中でギレルモ・バレーラやラッシュフォードらが輝くチャンスを得た」と、ファンハールに対して好意的とも見える記事を掲載した。

    ユナイテッドがサンダーランド(2-1)とミッティラン(2-1)に連覇した2月18日には、マンチェスター・イブニング・ニュース紙は、「今すぐ監督交代すべき」と牙を剥き、「ユナイテッドは監督のクビを簡単に取り換えるクラブでないことは誰もが知る通り。しかし、異例なまでに有能な監督が異動している時に、限界が露呈された監督を引き留めるのはクラブの無策を露呈しているようなもの。ユナイテッドが躊躇している間に、ユルゲン・クロップをLiverpoolに取られ、ペップ・グアルディオーラをシティに取られた。このままではジョゼ・モウリーニョも取られてしまう」などと、インターネット上で大騒ぎしているファンの声をクローズアップして、アンチ・ファンハールを掲げていた。

    実際に、同紙は、「モウリーニョが来季からユナイテッド監督に就任するという話は内定した」という記事を掲げる一方で、「プレミアリーグ優勝の実績は疑いないもの。しかし、チェルシー、インター、レアルマドリードで見てきた通り、在任3年目にはチームを破壊して出て行く習癖は不可避だろう」と、モウリーニョの問題点を指摘していた。「何より、モウリーニョが即戦力を集めて『今、勝つ』チームを重要視し、若手にチャンスを与えないことは周知の通り。クラス・オブ・92に代表される通り、若手を育成してスター選手を生み出してきたユナイテッドの伝統が死滅するかもしれない」。

    それでも、「今、勝つ」メリットを掲げてきた同紙が、トーンを変えるきっかけとなったのが、ラッシュフォードの出現だった。

    ユナイテッドのおひざ元であるマンチェスター南部出身で、ユナイテッド・ファンのご家庭で育ったラッシュフォードは、「15歳の時に、Liverpoolとシティから引っ張られたが、蹴ってユナイテッドを選んだ」と、地元紙が誇らしげに経歴を掲げ、ファンの興奮を高めた。

    ファンや地元紙にとっては、これまでユナイテッドのアカデミーチームで育って、プレミアリーグで主力として活躍する選手の中でも、ラッシュフォードは「自分たちの一人」という、特別な存在だった。

    Liverpoolは、「自分たちの一人」であるジョン・フラナガンが、この6月にはLiverpoolとの契約が切れるという状況が長引いていることに、ファンや地元紙リバプール・エコーが心配の声を上げている。

    プレミアリーグが世界中のスター選手を集め、エンターテインメント度を高めるにつれ、地元のスピリットを代表する「自分たちの一人」の重要性は、むしろ増大している。

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    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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