アーリー・リーバーズ

    今のイングランドでは、どのスタジアムでも、例えばやる気が見えないチームに対する批判を込めて、あるいは、より多くのケースがこれに当たるが、試合経過に関わらず、試合後の交通渋滞を避けるために、試合終了数分前に出口へと向かう、「アーリー・リーバーズ」と呼ばれるファンの姿が目に付くようになった。

    アンフィールドでは、伝統的に、負けた試合でも相手チームに拍手を送るファンのフェアプレイが、対戦相手の選手や監督の証言にあるように、アーリー・リーバーズとは縁がなかった。

    しかし、その伝統は薄れ、今ではファイナル・ホイッスルを待たずにスタンドを去るファンの姿が、少数派とは言え、ほぼ毎試合で見られるようになった。

    11月8日のアンフィールドで、クリスタルパレスに1-2と敗れて、Liverpool監督就任7戦目にして初黒星を喫したユルゲン・クロップは、試合後のインタビューで、「82分の決勝ゴールの後で、スタンドでは多くの人が出て行った。それを見て、私は孤独を感じた」と、悲しそうに語った。

    この時、私の頭の中に、1998年2月にアンフィールドで初めてアーリー・リーバーズを見た時の記憶が、生々しく浮かんだ(対サウサンプトン、試合結果は2-3でLiverpoolの敗戦)。その時までに何度もLiverpoolの負け試合に当たっていたが、途中で出てゆく人などなかった。しかし、そのサウサンプトン戦では、85分の失点の瞬間に、出口へと急ぐ人々にさんざん視界を遮られた末に、空席の中にポツンと一人取り残されたような孤独を感じた。

    その試合の後で、街中で会話を交わしたLiverpoolファンの中に、数人のアーリー・リーバーズがいた。いずれも英国の遠方地区や、アイルランドから1泊で来ていた人々で、「あまりにもひどいプレイに耐えられなくなって、途中で出た」と、ファイナル・ホイッスルを待たずに出て行った行動が、間違っていると感じない語り口に、改めてショックを受けた。

    試合内容に対する抗議であれ、試合後の交通渋滞を避けるためであれ、アンフィールドでもアーリー・リーバーズが珍しくなくなって以来、地元紙リバプール・エコーや様々なファン・グループが、折に付け、批判を込めて、「ファンの任務は、どんな内容の試合であろうと、最後まで勝ちを目指してチームを応援すること」と、Liverpoolファンの伝統を説いてきた。

    ファンがチームを応援する、という図式がぐらついてきた背景には、プレミアリーグが世界的スター選手を集める、贅沢なエンターテインメント化した状況がある。物価上昇率の8倍と高騰するチケット代金は、「高すぎて払えなくなった」と、伝統的なファンが断念する実例を招いた。

    このような状況に歯止めをかけるために、全国各クラブのファン・グループが団結して、「ファンがいないフットボールはあり得ない」というスローガンを掲げて、チケット代金値下げを求める合同デモは、目指すべき理想形として、ドイツを掲げている。

    「ドイツでは、プレミアリーグの5~10分の1の良心的なチケット代で、今でもフットボールは庶民のスポーツとして草の根の人気を保っている。先祖代々スタジアムに通う人々が、子ども連れで気軽に出かけることで、ファン同士のきずなを深め、次世代のファンに、チームを熱心に応援する伝統を継承している」。

    イングランドでは、これらの人々がスタジアムに行けなくなり始めたと同時に、アーリー・リーバーズが日常化した。

    ここ10余年、アンフィールドに行く度に仲間に入れてもらっている、地元の先祖代々シーズン・チケット・ホルダーという知人は、全員が「これまで一度も試合の途中で出たことはない」と、Liverpoolファンの伝統を維持しており、私個人は、彼らから教えてもらうファン精神を大切にしている。

    そもそも、ファイナル・ホイッスルが鳴るまで試合は決まらない。上述のサウサンプトン戦では、アーリー・リーバーズが去った後で2ゴール(90分、94分)が出た。2004年11月のアーセナル戦では、85分に出て行った人々は、92分のニール・メラーの決勝ゴールを見逃したと知った時に、悔しい思いに駆られたに違いない(2-1でLiverpoolが勝利)。そして、最後までスタンドに残った我々ファンの声援が勝利に加担したのだという誇りが、何があってもチームをバックアップする決意と希望へと駆り立てる。

    パレス戦の後の記者会見で、「アーリー・リーバーズに対して失望したか?」との質問に、クロップは首を横に振って、きっぱりと語った。

    「ファイナル・ホイッスルが鳴るまで何が起きるかわからないから、途中で出てゆくことなどできない、とファンが信じられるような試合をしなければならない。今日は、それができなかった。ファンが最後までスタンドに留まれるようにするのが我々の責任」。

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    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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