20年前の思い入れ

    3月9日にFAカップ準決勝の組み合わせが決まり、イングランドの全国メディアは一斉に「アーセナルは準決勝でLiverpoolを避けられた」という見出しを掲げた。それは、既に準決勝進出を決めていたアーセナルとアストンビラに加えて6回戦の再試合を控えている4チームの中で、プレミアリーグはLiverpoolだけという状況から出たもので、あたかも決勝戦はアーセナル対Liverpoolに決まったかような報道に、異論を唱えた人はほとんどなかった。

    しかし、前評判は何の意味も持たないことを痛感したばかりのLiverpool陣営は、世間の皮算用に苦笑を禁じ得なかった。

    前日に、アンフィールドでブラックバーンに0-0と抑えられたLiverpoolに対して、地元紙リバプール・エコーは痛烈だった。「6回戦の組み合わせが決まった時、ジェイミー・キャラガーが『この組み合わせを決めたのはスティービー?』とジョークを言ってファンの爆笑を買った。『アーセナルとマンチェスターユナイテッドが潰し合い、Liverpoolは下位ディビジョンのチームとホームで対戦』というファンの願望が実現した組み合わせに、誰もが試合をする前から勝ち抜きが決まったような錯覚を抱いた。それがいかに間違っていたか、ブラックバーンが教えてくれた」。

    「そもそも今季のLiverpoolは、プレミアリーグの上半分のチームとの対戦では獲得ポイント1.92と、下半分のチームに対する1.73より良いという、他に例のない逆転現象にあり、下位チームとの対戦には100%で臨まなければ足をすくわれることは見えていた。対するブラックバーンは、プレミアリーグのスウォンジー(試合結果は3-1)とストーク(試合結果は4-1)を破って勝ち上がった実績に加えて、リーグではプレミア昇格は無理だが降格の心配もないという、FAカップに全力を注げる状況にあった。Liverpoolにとってはこの上ない危険な試合だった」。

    Liverpoolファンは、エコー紙の記事に頷きながら、「分かってはいたが、気持ちが先走ってしまった」と苦笑した。「スティーブン・ジェラードの35歳の誕生日に、ウェンブリーでFAカップを掲揚してもらいたい」という、Liverpoolファンの思い入れは、常に頭を離れなかった。

    いっぽうブラックバーンの側でも、この試合に際して特別な思い入れがあった。地元でブラックバーンのファンとして生まれ育ったジャック・ウォーカーが、事業で成功して築いた富を投入して、140年のクラブ史上初のプレミアリーグ優勝に輝いたのが、20年前のアンフィールドでのリーグ最終戦だった(試合はLiverpoolが1-0で勝ったが、2位のマンチェスターユナイテッドがウエストハムに1-1と引き分けたためブラックバーンが優勝)。その英雄オーナーが2000年に他界し、チームは下降の一途をたどるに至った。

    それでも、2012年に降格するまでプレミアリーグで何度もアンフィールドを訪れたブラックバーンが、「1995年のアンフィールドの思い入れ」を全面に掲げたことはこれまでなかった。しかし今回は、FAカップ戦に際してファン・グループが「20年前の優勝を記念して、20分に1分間の拍手とジャック・ウォーカーの名前のチャント」の計画を打ち出したのだった。

    その背景には、現監督のガリー・ボイヤーがあった。現在43歳のボイヤーは、現役時代にはブラックバーンでの経歴はなかったものの、「1995年のアンフィールド」は記憶に深く残っていた。2013年に監督に就任して最初にやったことが、イーウッド・パークのトンネルに20年前のプレミアリーグ優勝時の写真を掲げたことだった。「今の選手たちに、この偉大なクラブの歴史を実感させるため」と、ボイヤーは語った。

    「ボイヤーの戦略がLiverpoolをイーウッド・パークでの再試合に引き込んだ」と、ブラックバーンの地元紙ランカシャー・テレグラフが絶賛した。

    「ボイヤーは、このクラブを良く理解しており、伝統を重んじる監督。この日、アンフィールドのアウェイ・スタンドを埋めた6000人のブラックバーン・ファンが、優勝20周年のチャントと拍手を実践した時に、ボイヤーがタッチラインに立って60秒間の拍手を続けた姿は、ファンとの絆を更に固めた」。

    「ジャック・ウォーカーは天国へ行ってしまったが、20年前の他の主役はみんな残っている。エース・ストライカーだったクリス・サットン(ブラックバーン在籍は1994-1999)はBTテレビの解説者としてアンフィールドの実況席にいたし、優勝監督だったケニー・ダルグリーシュはLiverpoolのディレクターとしてアンフィールドのエクゼクティブ・シートに座っていた」。

    「ピッチの上では選手たちがボイヤーの戦略を確実に実践し、プレミアリーグで現在最も好調なLiverpoolに、得点を与えなかったばかりか、あわやゴールという場面もあった。ジャック・ウォーカーも今日のブラックバーンのパフォーマンスには誇りを感じただろう」。

    Liverpoolファンの間でも、試合結果への失意と並行して、ブラックバーンのチームとファンに対する賞賛が飛び交った。「コップからキング・ケニーのチャントが飛んだ直後に、アウェイ・スタンドから出た『ケニー、我々に手を振って』の合唱には、思わず笑顔が浮かんだ」。

    「6000人のブラックバーン・ファンが、アンフィールドをホーム・グラウンドにしてしまった。ファンの声援に勇気づけられたチームは、監督のゲーム・プランを見事に実現した」。

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    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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