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    30年間の悲願が達成された日

    6月25日、スタンフォードブリッジでチェルシーがマンチェスターシティに2-1と勝って、Liverpoolのプレミアリーグ優勝が正式に決定した。残り7試合での優勝決定は、イングランドのトップ・ディビジョン史上記録だった(※)。
    ※これまでの最短は、残り5試合で優勝を決めた2000-01季のマンチェスターユナイテッド、2017-18季のマンチェスターシティ。

    イングランドのメディアは一斉に、Liverpoolの30年ぶりのリーグ優勝のニュースを掲げた。そのうちの一つ、BBCは「30年間の悲願」という見出しで、最後の優勝シーズンだった1990年から今季までの30年間に起こった出来事を振り返った。

    「1990年5月にLiverpoolがリーグ優勝した時、誰もが定例行事と受け止めた。それはLiverpoolにとっては過去18年間で11回目のリーグ優勝だったから。以来、通算238人の選手がLiverpoolの19回目の優勝を目指した。次の優勝までに30年もかかるとは誰も思わなかった」。

    並行して、ブリーチャー・レポートが「Liverpoolの30年間の悲願」というタイトルの、1分間の動画を流した。1990年に、お父さんに連れられてアンフィールドに向かう少年の姿で始まるその動画は、少年が成長し、お父さんと肩を並べてアンフィールドに通う姿に変わった。お父さんは次第に年を取り、少年はお父さんの車いすを押してアンフィールドに通うようになった。マンチェスターユナイテッドがヘッドラインを独占したニュースを背景に、お父さんは天国へと行ってしまい、少年は1人でアンフィールドに通う。その後、奥さんと一緒にアンフィールドに通うようになった少年は、2020年には娘を連れてアンフィールドに向かった。

    この動画を見て涙をこらえたLiverpoolファンは、BBCの記事を神妙な表情で見つめた。

    「2019-20季、対戦相手を片っ端から降参させたLiverpoolは、誰の目にも無敵の王者だった。唯一、Liverpoolをストップさせたのは、世界を襲ったパンデミックだった」。

    プレミアリーグが中断していた3か月余りの間に、世間の状況はめまぐるしく変動した。一時期は、「試合の再開は無理。30年ぶりの優勝にあと一歩に迫っているLiverpoolには気の毒だが、シーズンを中止し、2019-20季を無効とすべき」という声が、中立のメディアやアナリストの間で圧倒的多数を占めた。

    Liverpoolファンは、「97ポイント取りながら優勝できなかった昨季の後で、今季この戦績で、シーズンが無効で終わるなどと考えられない」と、ひたすら祈った。

    昨季は97ポイントの快挙が空手で終わってしまったプレミアリーグの失意を跳ね返して、クロップが「メンタリティ・モンスター」と表現した通り、チームはCL優勝を達成した。

    この30年間でCL優勝2回の記録は、ファンにとって誇りだった。ライバル・ファンが「チャンピオン(※リーグ優勝)になったことがないチームが『チャンピオンズ』リーグ(CL)で優勝するとは矛盾では?」と、嫌味のジョークを発するのを見て、Liverpoolファンは、「嫉妬だ」と冷笑してきた。しかし、CL(ヨーロピアン・カップ)通算6回優勝のうち、最初の4回(1977、1978、1981、1984)は、文字通りリーグ優勝チームのみが出場するフォーマットだったことは、誰もが認識していた。

    その30年間に、2位で終わったシーズン(2002、2009、2014)は、その翌季または翌々季に監督が交代し、ゼロからスタートするサイクルを辿った。「あと一歩で優勝を逃した」後の立て直しがいかに困難か、この30年間を見てきたファンは痛い程実感していた。

    それだけに、クロップと「メンタリティ・モンスター」たちの偉業は顕著だった。

    チェルシー対マンチェスターシティの試合の後で、スカイスポーツは、レギュラーのジェイミー・キャラガーに加えて、70-80年代の立役者だったサー・ケニー・ダルグリーシュ、グレアム・スーネス、フィル・トンプソンがリモートで出演し、Liverpoolの優勝の特集番組を放映した。Liverpoolのチーム一行は、前日のクリスタルパレス戦(試合結果は4-0でLiverpoolの勝利)のウォームダウンでホテルに戻った後で、半日滞在を延期してチーム全員でこの試合を見ることにしたという。

    インタビューに駆り出されたクロップは、Liverpoolのレジェンドからのお祝いに答えて、「あなた方がこのクラブの歴史を作ったのです。そして、ビル・シャンクリー、ボブ・ペイズリー、ジョー・フェーガンという人々が。そして、スティーブン・ジェラード。20年近くもの間、このクラブの歴史を担いだ。私にとっては、そのクラブの歴史があったから、選手たちにモチベーションを与えることは簡単でした」と、語った。

    「あなた方は30年間待ったのですからね」。クロップの目は、明らかに湿っていた。

    「ファンの方々に喜んでもらえていると思うと、ひとえに嬉しい。この優勝はあなた方のためのものです。ロックダウン中で一緒に祝えないけど、ファンの方々とは心でお祝いを共有しています。30年間の重荷を肩から降ろして、力を合わせて今回の歴史を作ったファンの方々と、共に祝っています」。


    フットボールの大逆転勝利

    6月17日にプレミアリーグが再開し、ロックダウンの制限下で不自由な生活を送っていた全国民に楽しみをもたらすことになった。観客無の限定版だったが、各クラブではスタンドにバナーを並べたり、ジャイアントスクリーンで自宅から応援するファンの映像を放映するなど様々な努力が施され、ピッチ上では90分の先制ゴールと同点ゴールで、ロックダウン中のファンに笑顔を与え始めた。

    その前日の6月16日に、マンチェスターユナイテッドのマーカス・ラッシュフォードがボリス・ジョンソン首相に政策のUターンを強要した話題が、全国メディアの社会ニュースのヘッドラインを独占した。

    英国がロックダウンに入って間もない4月初旬に、厚生大臣のマット・ハンコックが「強欲な億万長者のプレミアリーグの選手たち」を名指しで批判し、世間の非難にさらされたフットボール界は、22歳のラッシュフォードの果敢な行動をきっかけに、英国政府との対戦で大逆転裁判を収めることになった。

    これは、学校給食無償の措置を受けている子供たち(※)に対して、学校が閉鎖されていた期間中に、1人当たり1週間£15の食事クーポンが提供されていた措置が、学校の夏休み期間に当たる6週間の間は停止という政府の決定に対して、ラッシュフォードが食事クーポンの延長を求めるオープン・レターを出したものだった。
    ※税引き後の年収£7,400以下の低収入の家庭に対して、学校給食を無償で提供する措置。通常は学校が開いている期間のみ適用される。

    百万人を超えるフォロワーに対して、「地元選挙区の国会議員をメンションしてシェアしてください」とリクエスト付きでポストしたラッシュフォードのオープン・レターは、瞬時に英国のトレンドになった。

    片親の家庭で、5人兄弟の一人としてマンチェスター市内で生まれ育ったラッシュフォードは、最低賃金でフルタイムで働くお母さん一人の収入では不十分で、フードバンクやブレックファストクラブなど、チャリティ施設に通い詰める生活だったという。

    ロックダウンで学校が閉鎖された時に、いち早く無償の学校給食に頼っている子供たちを心配したラッシュフォードは、食事を提供するチャリティ基金に協力し、£20mを寄贈していた。そして、食事クーポン停止措置に際して立ち上がったのだった。

    「ロックダウン中に職を失って更に生活が苦しくなっている親は、お金が払えなくて電気が止められる危機に直面している。食事クーポンが停止されたら、そのような家庭の子供たちはお腹をすかせたまま眠らなければならなくなる。僕は子供の頃に無償の学校給食を受けていたから、お腹がすくということがどういうものか知っている。2020年の英国で、子供たちをそんな目に合わせないで」というラッシュフォードの悲痛な訴えに、労働年金長官のテリーズ・コッフィーが、嘲笑するかのような文面でレスポンスを投げた。

    「電気が止められることはありません」。

    これに対して、ラッシュフォードは反撃した。「僕の文章に対して上げ足取りしかできないあなたは、この国の将来を支えるべき子供たちがどうなっても良いと思っているのですか?」。

    ジョンソン内閣、単独で論戦を挑んだラッシュフォードに対して、英国の各界からエールが上がった。スポーツ・メディアは一斉にラッシュフォードをヒーローと崇め、野党からは称賛と同意の声が沸き、与党の国会議員の中にも賛成者が出てきた。

    政府がラッシュフォードに負けて、夏休み期間中も食事クーポン提供措置の延長を発表したのは翌日のことだった。「今朝、マーカス・ラッシュフォードと電話で話した。このような重要な問題を提議してくれてありがとうとお礼を言った」と、ジョンソン首相はUターンを告げた。

    マンチェスターシティFCが「ラッシュフォードはマンチェスターの誇り」とメッセージを出し、Liverpool FCは「ラッシュフォードはマンチェスターの子供たちだけでなく、マージーサイドを始め全国の子供たちを救った」と称賛した。

    Liverpoolファンは、「事態が通常に戻ったら、ラッシュフォードがアンフィールドに来た時に盛大な拍手で迎えよう」と、頷き合った。

    ラッシュフォードの生家があるマンチェスター市のウィゼンショウウ地区では、標識に「ラッシュフォード 1、ボリス(ジョンソン首相) 0」という手書きのバナーが飾られた。

    地元紙マンチェスター・イブニング・ニュースは、その標識の写真を付けて、「フットボールの大逆転勝利」という記事を掲げた。

    「厚生大臣のマット・ハンコックがプレミアリーグの選手たちを非難した時に、Liverpool主将のジョーダン・ヘンダーソンが全クラブの選手たちに呼びかけて『自分たちが出来ること』の実行に移した。そして今回、ラッシュフォードは政府にUターンを強要し、全国130万人の子供たちを救った。バンサン・カンパニがマンチェスターシティ主将だった時に、マンチェスター市長に協力を呼び掛けてマンチェスター市内のホームレス基金を立てた」。

    同紙は、フットボール史学の教授の見解を引用した。「プレミアリーグの選手たちは、20代からせいぜい30過ぎの若者だ。いっぽう政治家は、40代~60代になって初めて『人々が耳を傾ける声』が出せるようになる。70年代80年代のフットボーラーは、自分の意見をこのような形で表現するような慣習はなかったが、今のプレミアリーグの選手たちは変わってきている。社会問題に対する考えをはっきりと表現する選手が出てきている」。

    「今回、ラッシュフォードが自分の知名度を良い方向に活用して、正しい考えを広範囲の人々に効果的に訴えた。今後、もっと多くの選手たちが重要な問題について提議するようになるだろう」と、同教授は締めくくった。

    その見解を裏付けるように、トレント・アレクサンダー・アーノルドは語った。「僕は、『ピッチの上で自分の意見を表現する』という言葉が好きで、それを実行しようと努めてきた。でも、ピッチ外でも意見を表明すべきと感じるようになった」。


    観客無のマージーサイドダービー

    プレミアリーグ再開がいよいよ1週間以内に迫った6月14日、再開初戦が236回目のマージーサイドダービーとなる地元紙リバプール・エコーが、赤・青両ページで「最も記憶に残るダービー勝利ベスト5」というタイトルで特集記事を掲げた。

    Liverpoolの方は、96分に相手GKジョーダン・ピックフォードのミスからディボック・オリジが決勝ゴールを決めた、2018年12月のアンフィールドでの1-0が最も直近だったのに対して、エバトンは2006年のグッディソン・パークでの3-0から開始し、うち3試合は1990年代だった。

    実際に、Liverpoolが最後にリーグ優勝を決めた1989-90季から現在までの61試合の戦績は、Liverpoolの29勝に対してエバトンは僅か9勝(23分)、最後にエバトンがダービーを制したのは2010年10月までさかのぼる。しかも、今季のダービーは、6月17日にマンチェスターシティがアーセナルに負けた場合、Liverpoolは、勝てば優勝決定となる二重のビッグ・マッチだった。

    必然的に、エバトン・ファンの表情は暗かった。「マンチェスターシティがアーセナルに負けたら、ダービーを見る勇気はない」と、あるファンは悲痛な声を上げた。「ましてや、今回はスタンドから大声援でチームを励ますファンがいないのだから、勝ち目はない」。

    「最近7年間で、グッディソン・パークでは6分だから、引き分けだと思う。引き分けは我々にとっては勝利と同じだ」と、別のファンが頷いた。「我々ファンの悲願が強すぎて、それが逆にチームにプレッシャーをかけているのかもしれない。今回は観客無の試合となる分、不利な要素だけでなく、有利に働く可能性もある」。

    残り試合が全て観客無となることについて、ユルゲン・クロップは、ファンという強力な戦力を失う寂しさを明かした上で、「全チームが同じ条件だから文句は言えない。誰もが初めての状況に置かれているのだから、その中で勝てる方策を探すしかない。ないものを欲しがっても何も解決にはならない」と、冷静に語っていた。

    そのクロップが率いるチームに対して、悲観的な結末を予想しながら、エバトン・ファンは、「地元のシーズンチケット・ホルダーのLiverpoolファンは、グッディソン・パークで優勝を決めて我々の鼻を明かす、ということが考えられないくらいに、誰もが沈み込んでいる。スタンドに通い詰めた末に、30年間待ち焦がれていた優勝杯掲揚を、その場で味わうことが出来ないのだから」と、真相を明かした。

    「我々の中に、親族や親しい友人知人に一人もLiverpoolファンがいない、という人はないだろう。試合中は宿敵同士だが、日常はジョークを言い合う仲の彼らに、潔くおめでとうと言って上げたい」。

    3月23日から続いていた英国のロックダウンは、学校は完全閉鎖、医療機関と医薬品・食料などの生活必需品の販売店以外は閉鎖、一般の会社はテレワークのみ、同居の人以外は面会も禁止という厳しいロックダウンだった。それが、政府の方針により徐々に緩和され、ソーシアル・ディスタンスを維持すれば少人数(最大6人まで)の集まりは許されるようになり、一般の店舗も営業出来るようになった。

    それでも規制は残っており、年内は観客無の試合が続くと見られていた。Liverpoolが優勝すれば、大勢のファンがお祝いのためにアンフィールドに詰めかけ、ソーシアル・ディスタンスが維持できなくなることが危惧され、Liverpoolの残り試合の開催地は未定のままだった。

    「Liverpoolは、どこで試合をしようとも勝てるチームだ」と、グレアム・スーネスは信頼を表明した。「今のLiverpoolを見ていると、私の現役時代(1978–84)のチームが思い起こされる。やるべきことは、相手チームより動くこと。それが出来れば、相手より能力のある選手が揃っている分、必ず勝てる」。

    Liverpoolファンは、政府やプレミアリーグのお偉いさん方の「危惧」に苦笑しながら、根拠のない疑いを晴らすためにも、自主規制を唱え合っていた。「庭にプロジェクターを設置して、数人の友人と、ソーシアル・ディスタンスを保ちながら一緒に試合を見ようと思っている」と、あるファンは語った。「同じことを考えている人がたくさんいるらしく、プロジェクターが売り切れていた」。

    「優勝杯掲揚の瞬間にスタンドにいることが出来ないと考えると、落ち込んでしまう」と、別のファンは、寂しげに笑った。「でも、来年か再来年には、スタンドでチームと一緒に優勝を祝えるのだと楽しみにしている。今のチームは暫くは勝ち続けてくれると信頼しているから」。


    ジニのパワフルなメッセージ

    6月1日、プレミアリーグのチーム全体トレーニングが解禁になった初日に、Liverpoolのチーム一行がアンフィールドのセンターサークルに並び、片膝をついている写真が全国メディアのヘッドラインを飾った。これは、5月25日にアメリカ合衆国のミネアポリス近郊で発生した人種差別殺人事件(※)に際して、Liverpoolのチーム全体が団結してアンチ人種差別を訴えたもので、BBCなど一般メディアは、スポーツニュースではなく社会ニュースのトップに掲げた。

    ※黒人ジョージ・フロイドが4人の警官に捉えられた時に、うち1人の白人警官がフロイドの首を9分間に渡りひざで押し付け、死亡させた事件。これは、一連の動きを録画した動画が世界中で報道された。その白人警官は解雇され、過失致死の罪で逮捕された。直後に、過失致死(3種)から殺人罪(2種)への変更と、残り3人の警官の逮捕を求めて、ミネアポリスを始め、合衆国各地で抗議デモが行われた。

    「2016年の人種差別殺害事件の時に、サンフランシスコ・フォーティーナイナーズのコリン・キャパニックが、NFLの試合前の国歌演奏の時に、『人種差別殺人を容認する権力』として起立を拒否し、片膝をついたことが発端で、以来、この姿勢はアンチ人種差別の象徴となった」と、BBCは説明した。

    5月30,31日のブンデスリーガで、ジェイドン・サンチョら数人の黒人選手がゴールの時にシャツを脱ぎ、「ジョージ・フロイドに正義を」と書かれたメッセージを表示したことが伝えられていた。「今回のLiverpoolは、初めてチーム全体でアンチ人種差別を訴えた」と、BBCは伝えた。

    英国のアンチ人種差別団体「キック・イット・アウト」が即座に、「ヨーロピアン・チャンピオンであり、ワールド・クラブ・チャンピオンのLiverpoolが、チーム全体で宣言したことは大きな意味を持つ」と表明した。「プレミアリーグが再開した時には、全クラブの選手たちが試合前に片膝をついて欲しいと願う」。

    その翌日には、ニューカッスルとチェルシーがチーム全体で片膝をつく写真を掲げた他、プレミアリーグ各クラブの多数の選手たちや、フットボール界だけでなく、F1のルイス・ハミルトンや各界の有名人が続々と、アンチ人種差別を唱えるメッセージを表明した。

    世界中の訴えの中で、ジョージ・フロイドを致死させた警官の罪状は殺人罪となり、3人の警官が共犯で逮捕された。NFLのチーフが、「2016年に片膝をついた選手を批判したことは過ちだった」と謝罪した。最初の頃には街中の商店街を破壊するなどの暴動に発展していた合衆国の抗議デモは、間もなく完全な平和デモとなった。

    Liverpoolのチーム一行が、6月1日に晴天のへきれきのごとく片膝をついている写真を公開した時に、デイリー・スター紙が、「ジニ・ワイナルドゥムとフィルジル・ファン・ダイクが発起人となり、Liverpoolの選手全員とユルゲン・クロップやコーチ陣全員が賛成して実行に移されたらしい」という記事を掲げた。

    ジニが初めてアンチ人種差別を大声で唱えたのは、昨年11月のインターナショナル・ウィーク中のことだった。オランダ2部リーグで人種差別事件(※)が発生した直後のことで、「オランダでこのような事件が起こるとは、予想すらしなかっただけにショックだった」とジニは語った。
    ※SBVエクセルシオールの選手アフメド・メンデス・モレイラが、試合中に相手スタンドから人種差別的野次を受けて、試合が一時中断した事件。

    そして、11月20日のユーロ予選(対エストニア、試合結果は5-0でオランダの勝利)で、ゴールを決めた時にジニは、チームメートのフレンキー・デ・ヨング(白人)と一緒に腕を差し出すという動作で、アンチ人種差別を宣言したのだった。

    「もし自分が試合中に人種差別的野次を受けたとしたら、僕はピッチを去る。無視して試合を続けていれば、野次を飛ばしている奴らは『やってもいいんだな』と思って続けるだろうから」と、ジニは語った。これは、マリオ・バロテッリが試合中に人種差別的野次を受け、ピッチを去ろうとした時に、ブレシアのチームメートが引き留めた事件について意見を問われたものだった。「あの事件を見て、僕はいら立ちを禁じ得なかった。バロテッリがどんな気持ちでいるか、何故チームメートは分かってあげないのか、と」。

    「僕がその立場に立った時には、オランダ代表チームでもLiverpoolでも、チームメートは理解してくれると信じている」。

    そして6月1日、Liverpoolのチーム一行は、ジニの信頼に応えたのだった。

    「パワフルなメッセージだ」と、Liverpoolファンはチームに向かって強い拍手を送った。「ピッチ内だけでなく、ピッチ外でもこのチームは、一致団結して自分たちの信念を貫いている。まさに世界のベスト・チームだ」。

    スペシャルな人格を持つスペシャルなGK

    シーズン再開の兆しが見えかかった5月31日に、現3部のルートンタウンの地元紙ルートン・トゥディが、1982年9月に当時1部にいたルートンがアンフィールドで3-3と引き分けた試合で、「コップの人気を勝ち取った代理GK」のエピソードを掲載した。1-1だった時点でGKを負傷で失うことになったルートンは、急遽ライトバックのカーク・スティーブンスがゴールを守ることになった。しかも、ルートンがスペアのGKシャツを持っていなかったため、スティーブンスは借り物のシャツでゴールに立った。

    「Liverpoolのシャツを着てコップの前に立った私に対して、コップは'オンリー・ワン・スティーブンス'チャントで歓迎してくれた。そこで、私はコップの方を向いて十字を切り、お祈りをした。その瞬間に私はコップの人気者になった!」と、スティーブンスは笑顔で振り返った。最初のシュートをセーブしたスティーブンスは、コップに向かってガッツ・ポーズをするとコップは盛大な拍手をくれたという。

    スティーブンスの場合は代理という特異性はあったが、コップ前のゴールに立つ相手GKに対して、コップは必ず温かい拍手で迎える伝統は今でも続いている。外国から来たばかりのGKなど、コップが自分に向かって拍手しているとは気づかずに無視すると、コップはブーイングを送る。後からチームメートに教えられて、次にコップの前に立った時には自分からコップに挨拶すると、より盛大な拍手が返ってきた、という微笑ましい話もある。

    そのような「GK好き」のコップが、LiverpoolのGKに対して、日常会話の中で誇りを語る機会は、比較的少ないまま年月が過ぎた。そして、ロックダウン中のよもやま話的な記事として、地元紙リバプール・エコーがアリソンに対する評価を掲げた。

    「Liverpoolのクラブ史上ベストGKとして、今でもレイ・クレメンス(在籍は1967–81、470出場)を上げる人が圧倒的に多い。試合数でクレメンスの次に当たるのがブルース・グロベラ(在籍は11981–94、440出場)だが、チームに対する影響度という面では、アリソンは既にグロベラに並んだと言えるだろう」とは、同紙の結論だった。

    それはまさに、Liverpoolファンの意見そのものだった。

    2018年夏に£65mの移籍金でローマからアリソンを獲得した時には、事前にリバプール・エコー紙が、「ユルゲン・クロップは大金を費やしてGKを獲得したことがない」と噂の火消しに回っていただけに、Liverpoolファンは信じられない喜びに浸り、絶大な期待を抱いた。そして、その期待を上回ったアリソンは、ファンの絶対的な支持を受けるに至った。

    90分を通して高い集中力を維持し、勝敗に関わるセーブとデリバリーに、「£65mのバーゲン」と、ファンは笑顔を隠せなかった。

    更に、1月のマンチェスターユナイテッド戦で、93分のモー・サラーのゴールをアシストしたアリソンが、全力疾走してコップの前でサラーと一緒に祝った場面は、ファンの人気をこの上なく高めるに至った(試合結果は2-0でLiverpoolの勝利)。

    「あれはトレーニングで鍛えたもので、偶然ではない。相手選手の位置やモーの走りなど条件があったので、殆ど出す機会はなかっただけで」と、アリソンは、ロックダウン中のインタビューで、その時のパスについて振り返った。

    「そして、あのゴールは試合終了直前だったので、僕もみんなと一緒にお祝いしようと思って走った。みんなは疲れていたらしく、追い抜いて一番最初にモーのところに到達した」。

    試合後のインタビューで、ユルゲン・クロップは、「常に冷静で興奮することなどないアリソンが、一番乗りだったところが素晴らしかった!」と、ユーモラスに語った。

    アリソンのパフォーマンスに対する賞賛は誰もが口にするが、ピッチ外での人格的な側面について、ライバルチームのGKが晴天のへきれきのごとく証言したことがあった。

    Liverpoolが今季初敗戦を喫した3月のワトフォード戦(試合結果は3-0でLiverpoolの敗戦)の翌日に、ワトフォードのGKベン・フォスターが、アリソンのゲーム・シャツをチャリティ・オークションに出すというメッセージをSNSにポストした。大きな失望を感じていたに違いないアリソンが、快くチャリティに協力してくれたと、フォスターは感謝を込めて「レジェンド」と書いた。

    今季開幕直後のアリソンの負傷のため、短期契約でLiverpool入りし、現在は4番目のGKとしてトレーニングでチームメートを助けているアンディ・ロナガンは、「チームにいる第三者のような存在として証言するが」という前置きで、リバプール・エコー紙のインタビューで明かした。

    「今のLiverpoolは、僕の知る限り、最も誠実で友好的な選手たちばかりだ」と、プレストン、リーズ、ボルトン、フラムなど多くのクラブを経験しているロナガンは語った。「そして、アリソンはこれまで出会った中で最も低姿勢な人だ。世界のベストGKというのに」。

    ユルゲン・クロップが、ロナガンの言葉を引き取った。「GKとしての能力は元々分かっていたが、人格者という面では期待を大きく上回った」。

    「テクニカル面も、どんなに良くても満足せず、もっと向上すべく努力し続けている。本当にスペシャルな人間だ」。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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