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    30年間の悲願

    世界がパンデミックに苦しむ中、プレミアリーグも他の人気スポーツと同様に、シーズン中断措置を取ることになった。これに対して、「人々の健康が最優先。中断措置は正しい」という点については誰もが一致している。ただ、事態が正常化した後の方策に関しては、無数にある選択肢のうちどれを取るべきかという意見は様々だった。

    それは、中断期間が恐らくは6月以降まで続くだろうこと、そのため、中断中の2019-20季とその結果を受けて開始するはずの2020-21季の、両シーズンともに全日程を通すことは無理だろうとは、現状を見れば誰の目にも明らかだからだった。

    では、どちらを取るべきか?

    今シーズンをなかったことにし、2018-19季の最終順位から2020-21季をスタートすべきという声が出る中で、プレミアリーグ20クラブは、緊急会議で「2019-20季はいつまでかかっても完了する」という決議を下した。

    それについて意見を問われて、ワトフォード主将のトロイ・ディーニーとウェイン・ルーニーが、「今季が無効となれば、これまで素晴らしいシーズンを送っているLiverpoolに対してあまりにも不条理だから」と、プレミアリーグの決定に対する支持を表明した。

    「30年間待った末にやっと優勝が実現するという時に、このような形でそれを否定されるのはあんまりだ」と、ルーニーが付け加えた言葉を聞いて、長年の末にやっと優勝の喜びを味わった事例として、1993年のマンチェスターユナイテッドの、26年ぶりの優勝シーンが浮かんだ。

    TVカメラがスタンドのファンを映し、実況アナウンサーが「26年間この日を待ち続けたファンです」と言った時、胸が熱くなる思いがした。ライバル・チームの優勝を「嬉しい」と言うのは語弊があるし、長くても在籍10年そこそこの選手やコーチ陣に特別な感情は抱けなかったが、スタンドにいる人々に対しては心から敬意を抱いた。この人たちは、1966年の最後の優勝から、1974-75年の降格時期も含めて、26年間ずっと、雨の日も風の日もチームの応援に駆け付けたのだ、と。

    その時には、Liverpoolは僅か3年前の1990年4月に、比較的余裕を持って優勝を決めたばかりだった。もちろん優勝は嬉しかったが、感涙を浮かべるとか大げさな喜びを感じる必要性など微塵も感じなかった。

    それから27年経った今、逆側にいるルーニーから同じ言葉を聞くことになるとは、その時には夢にも思わなかった。

    そして2019-20季、27試合を消化した時点で26勝1分と、2位のマンチェスターシティの選手やファンを始め、誰もが「Liverpoolの優勝は間違いない」という前提で、「2003-04季のアーセナルのインビンシブルに並ぶか?」、「1998-99季のマンチェスターユナイテッドの3冠(リーグ、FAカップ、CL)に並ぶか?」、「2017–18季のマンチェスターシティのセンチュリアン(※100ポイント)を凌駕するか?」という予測が飛び交い続けた。

    それに対して、30年間待ち続けているLiverpoolファンの思いは一致していた。「30年間の悲願であるリーグ優勝を達成すること(それ以外の記録はボーナス)」。だから、ワトフォードに3-0と破れて「インビンシブル」が無になり、FAカップ敗退にCL敗退が続いて「3冠」も無くなった時にも、Liverpoolファンの「30年間の悲願達成」を目指す誇りと意気込みに、揺らぎはなかった。

    今回のプレミアリーグの決議を受けて、「これまで30年間待ち続けているのだから、あと数か月待つのは全く問題ない」と語ったロイ・エバンスの言葉は、まさにそれらファンの気持ちを代弁していた。

    ビル・シャンクリー、ボブ・ペイズリー時代のブートルームの一員で、1994-98年には監督としてチーム再建の土台を作ったエバンスは、「トップに上り詰めるまでには時間がかかるが、30秒で墜落することもあり得るということを、我々は30年前に経験した。そして、ユルゲン・クロップが築き上げた今のチームは、これからトップに居続けるものを持っている」と続けた。

    「プレミアリーグ優勝を達成することが出来たら、私にとっても、そして30年間待ち続けているファンにとっても、本当の悲願の実現になる」。

    2人の主将

    3月7日の週末の試合(対アーセナル)を控えて、ウエストハム主将のマーク・ノーブルが、地元紙ロンドン・イブニング・スタンダードのインタビューで、ファンに「お願い」を唱えた。オーナーの悪政に堪忍袋の緒が切れたウエストハム・ファンが、試合中にチャントやポスターで抗議を続けている状況は有名だが、それに対して、ファンから絶対的に支持されている「ミスター・ウエストハム」が、「チームを応援して欲しい」と訴えたのだった。

    「アンフィールドでの試合では、我々がリードしていた時に、スタンドのLiverpoolファンが凄い音量でチームを助けた。あの声援に、我々は圧倒させられた(試合結果は3-2でLiverpoolの勝利)」と、ノーブルは締めくくった。

    Liverpoolが、2月18日のCL(対アトレチコマドリード、試合結果は1-0でアトレチコの勝利)を皮切りに、ウエストハム戦を含む4試合で3敗と苦戦を続けた時に、全国メディアや中立のアナリストは、「調子という点では、唯一勝ったウエストハム戦も、内容的には負け試合だった。スタンドのファンが援護射撃して運(相手GKのミス)を呼んだ」と、Liverpoolの不調ぶりを指摘した。

    そして、直近の4試合中アウェイの3戦で全敗していたLiverpoolは、3月7日にアンフィールドでボーンマスを2-1と破り、連敗に歯止めをかけた。この勝利でアンフィールドでのプレミアリーグ連勝数は22となり、ビル・シャンクリー(1972年)の21を抜いてイングランド・フットボール史上最多となった。

    世間の事前予測は、「残留争い中で主力の負傷に苦しむボーンマスをアンフィールドに迎えて、Liverpool勝利以外の結果は考えられない」というものだった。

    しかし、「アンフィールドだから勝てる」という楽観説には惑わされず、選手たちに「勝つために全力投入」を促し、自ら失点を食い止める働きでチームをリードしたのが、ジェームズ・ミルナーだった。

    BTスポーツのハイライト番組は、マン・オブ・ザ・マッチに輝いたミルナーの動きをあらゆる角度から分析した。特に注目を集めたのは、たまたまBTスポーツのTVカメラに収録されていた、試合前のウォームアップの様子だった。ストレッチングしながら、ミルナーは選手たちに向かって宣告した。

    「ボールを奪われたら、直ちに奪い返す。今日の試合ではいかなる場面でも最速のペースで瞬時に動く。得点経過がどうあれ変らない。相手が得点すれば、我々も得点する。いかなることも気合を高めるきっかけだと思え」。ミルナーの言葉に、選手たちは真剣な表情で耳を傾けていた。

    この録画の後で、同番組のレギュラー解説者であるリオ・ファーディナンドが、真剣な表情で言った。「CLやプレミアリーグで優勝するような高いレベルのチームには、ミルナーのような存在は必須だ。ユルゲン・クロップは、ミルナーの後任となる選手をどうやって探そうかと頭を悩ませることになるだろう」。

    番組を見ていたLiverpoolファンは、「ミルナーが契約延長してくれて良かったと、改めて思った」と、ファーディナンドの言葉に深く頷いた。ミルナーが、これまで在籍したどのクラブよりもLiverpoolでの試合数および得点数が多くなったことは、ファンの間では折に付け話題になっていた。

    「誰の目にもマン・オブ・ザ・マッチというパフォーマンスだけでなく、試合中にレフリーに『物申した』行動を見て、ここ4試合に主将と副主将を欠いていた大きな穴を再認識させられたところだった。ウォームアップの場面を見て、目が熱くなった」。

    地元紙リバプール・エコーは、「4戦3敗の時に、『アウェイの要素』は誰もが口にしたが、不調の大きな原因は殆ど話題に上がらなかった」と指摘した。

    「この4試合で、主将のジョーダン・ヘンダーソンと副主将のジェームズ・ミルナーが二人揃って、殆ど出られなかったという事実は大きな不利となった。今のLiverpoolは、代表チーム主将や、前クラブで主将経験を持つ選手があふれている『リーダーのチーム』だが、それでも2人の主将の重要性は限りない」と、同紙は締めくくった。

    連敗を食い止めたボーンマス戦の試合後に、「今季のLiverpoolの勝ち数は通常ではない」と、ミルナーは語った。「優勝するチームでも、必ず負けることがある。僕自身は降格も経験しているから、どうやっても勝てないと感じることも知っている。試合に勝つということは本当に大変なことだ。全力を出し続けるしかない」。

    「今季のLiverpoolは異常なまでに勝ち続けているから、世間の目には『勝つことは簡単』と映る。それは間違いで、試合に出れば勝利を贈呈してもらえる、ということはあり得ない。自分たちが、勝つための仕事をしなければ勝利は得られない」。

    本来の目標に向かって

    2月29日、Liverpoolはアウェイでワトフォードに3-0と大敗して、プレミアリーグ18連勝、および今季無敗の記録をストップした。28試合目にして初敗戦のニュースは、必然的にヘッドラインを飾ったが、「この敗戦はLiverpoolの崩壊の突破口?」という疑問を挟む人はなかった。

    その翌日にリーグカップ決勝戦でアストンビラを2-1と破り、同カップ3連覇に輝いたマンチェスターシティの選手たちも例外ではなかった。試合後のインタビューで、Liverpoolの初敗戦についての感想を問われたオレクサンドル・ジンチェンコは、「Liverpool?みんな驚いたことは確かだ。でも正直、あまりにも差があり過ぎて、Liverpoolの勝敗を意識する余裕は我々にはない」と肩をすくめた。「我々の目標は、残されたトロフィーであるFAカップとCLを取ることだ」。

    その日、ウェンブリー・スタジアムでシティのリーグカップ優勝を見届けたノエル・ギャラガーが、BBCのインタビューで、「イスタンブールで、シティはLiverpoolを1-0と叩いて優勝する」と、CL決勝戦の「予測」を語った。

    「そして、優勝杯をスタジアムに置いて帰る」。

    これは、2月15日にイングランド・フットボール界に衝撃を投げかけた、財政フェアプレイ(FFP)違反による2年間CL出場停止処分が背景にあった。現在は、シティがUEFAの処分撤回を求めて争っている最中で、仲裁機関の判定を待っているところだった。その判決が今季中に降りて、シティが敗訴した場合は、たとえ今季優勝しても、来季はその優勝杯を守ることができなくなる。

    UEFAのFFPとは、「収入の範囲内でチーム編成する」原則を各クラブに義務付けたものだった。端的に言えば、UEFAの規定による「収入」合計から「支出」合計を差し引いた赤字額が、年間で一定額以内に抑えるという規則だった。

    収入とは、リーグやUEFAから支給される、成績に応じた賞金やTV放送料金、試合のチケット代やクラブのオフィシャル製品の売上金、そしてスポンサーからの収入という項目が該当する。つまり、リーグ順位やカップ戦で良い成績を上げれるチームは賞金が増え、スタジアムの収容人数が多いクラブは入場料収入が増え、ファンが多いクラブはオフィシャル製品の売り上げも増収源となる。多額のスポンサーを獲得する財政担当を持つことも重要だ。

    いっぽう支出の方は、移籍金のネット(選手獲得の支出から選手放出による収入を差し引いた額)、人件費(選手や監督コーチ陣に支払う給料)が主要項目で、近年はスーパースターを獲得するために給料の高額化に歯止めがかからない状況にあり、後者の方が圧倒的に大きな額になっている。昨2019-2020季の実績で、プレミアリーグで人件費が最も多かったのはマンチェスターユナイテッドで、年間の総額は£332mだった。

    ただし、一般の企業会計と異なり、FFPでは「支出」に計上されない支出項目がある。それは、スタジアムやトレーニンググラウンドの増改築などの設備投資と、アカデミーチーム経営にかかる費用全般(若手育成資金)だった。収入の方では、オーナーの懐から入る資金は、FFPでは「収入」として認められない。スポンサー収入も、オーナーの縁故企業だった場合にはFFP上は「収入」とされない。シティの「FFP違反」は、本来は除外対象の収入を「スポンサー収入」に計上し、赤字額をFFPの規定内に抑えて申告していた(容疑)というものだった。

    シティの処分が発表された時、圧倒的多数の中立のファンやアナリストが、「FFPの是非はさておき、規則は規則。各クラブはその規則を守るという前提でUEFA主催のCLやELに参戦しているのだから、違反した場合は締め出されても仕方ない」という反応だった。

    その原則に関しては、シティ・ファンも同意していた。ただ、本当にクラブが違反したのか?という疑問に対する答えは誰も持っていなかった。「優勝杯をスタジアムに置いて帰る」というノエルの発言は、ファンの苦悩を表現していた。

    Liverpoolの連勝記録をストップした試合の後で、ワトフォード主将のトロイ・ディーニーは、「我々の本来の目標が残留であることは変わらない。Liverpoolに勝ったからといって、獲得ポイントは3でしかない。残り試合で十分なポイントを取らなければ、この勝利は何の意味もなくなる。2か月後に振り返って、『降格してしまったが、Liverpoolを倒したのだから我々は立派だった』と胸を張るこはあり得ない」と、冷静に語った。

    「降格や倒産、出場停止の危機に直面しているファンに比べて、我々はなんと恵まれているかと改めて実感させてもらった。負けた悔しさを44試合ぶりに思い出したのだから」と、Liverpoolファンは笑顔で頷いた。

    「ずっと勝ち続けることはあり得ない。いつか負けるのだし、これだけの戦績を作っている選手たちは必ずこの敗戦から立ち直って、本来の目標に向かって突き進むだろう」。


    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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