FC2ブログ

    メディアの標的からプレミアリーグを代表する模範的なプロへ

    昨2018-19季の、伝統的に2大栄誉と言われている最優秀選手賞のうちの一つ、ライターが選ぶプレミアリーグ最優秀選手賞に、マンチェスターシティのラヒーム・スターリングが輝いた。一足先に決定したもう一つの方(選手が選ぶ最優秀選手賞)は、フィルジル・ファン・ダイクが受賞し、結果的には、最も高い評価を受けた2チームの、特に顕著な活躍をした選手が2つの賞を分かち合った形となった。

    Liverpoolファンの間では、スターリングの受賞に際して、複雑な感情が飛び交った中で、「ファン・ダイクに取って欲しかったことは当然だが、スターリングの受賞は納得せざるを得ない」という意見が大多数を占めた。そして、「そもそも投票したライター連中は、ほんの1年前までさんざん批判の標的にしてきたスターリングに対して、その償いという気持ちが働いたのではないか」という言葉に、誰もが同意した。

    2015年に、スターリングが大騒動の末に£49mの移籍金でシティに入った時の、クラブに泥を塗る言動の数々は、Liverpoolファンの総すかんを食らっただけでなく、第三者の目にも「やり過ぎ」と映ったことは確かだった。そして、2018年W杯の前に、銃のタトゥーを付けたことで、イングランド中のメディアが猛批判を飛ばした。

    その頃にはスターリングは、何をやっても批判を受ける「メディアの標的」となった。

    同時に、ファンの間では、「メディアが不当につるし上げている」という疑問が上がり始めた。特に、2016年にスターリングがお母さんに家を買って上げたことを、多くのメディアが「21歳の若手が億万長者になったことをひけらかしている」的な、ネガティブな記事を掲げた時には、ライバル・ファンの間でもメディアに対する批判が起こった。

    Liverpoolファンも例外ではなかった。「移籍をごり押しするためにエージェントを使ってクラブに圧力をかけたことは論外だし、銃のタトゥーも『愚かな若者』と言われて仕方ない行動。だからと言って、お母さんに親孝行することを非難するのはお門違い。スターリング(=標的)だから書いているとしか思えない」。

    2018-19季になって、スターリングがイングランド代表チームやシティでの試合中に受けた人種差別的ヤジに対して、毅然とした態度を取り、イングランドのフットボール界や、反・人種差別団体から広く称賛を受ける事件が続いた時に、メディアのスターリングに対する処遇が変化し始めた。

    そして2018年12月初旬に、スターリングが「マンチェスターシティの2人の若手がお母さんに家を買って上げたことに対して、某メディアは対極の記事を書いた。白人選手は『親孝行息子』で、黒人選手は『21歳のくせに』だった(※)」と、メディアの人種差別的意識を紛糾した時には、チームを問わず、選手やファンからスターリングの「勇気ある行動」に対する賞賛と拍手が渦巻いた。
    ※フィル・フォーデン(18歳)と、トシン・アダラビオヨ(21歳)のこと。

    かくして、メディアのスターリングに対する態度は反転した。2019年4月に、FAカップ準決勝でシティがブライトンと対戦した時に、ウェンブリー・スタジアムの隣にある母校の小学生550人を招待した話は、全国メディアから一斉に美談として取り上げられた(試合結果は1-0でシティの勝利)。

    Liverpoolファンの間で、スターリングに対する感情がやや変わったのは、プレイヤーズ・トリビューン誌で、スターリングが自らの過去の過ちについて語った2018年夏のことだった。シティがプレミアリーグ史上記録の100ポイントで優勝に花を添えた2018年5月13日に、スターリングが帰宅した時のこと。最愛の娘が、「シティのことなどどうでも良いとばかりに、僕の目の前で走り回った」と、スターリングは苦笑した。

    「3歳の時にLiverpoolファンになった娘は、父親よりもLiverpoolの方が大切だと思っている。父親の僕そっくりの走り方で、『モー・サラーがウィングを走る』と歌う娘を見て、心の中で泣きたくなった」と、スターリングは自分が6歳の頃を思い出し、お母さんが「お前も親になったらわかるよ」と言った言葉を痛い程感じたという。

    スターリングが生まれた頃のジャマイカは、政情不安で混沌としており、2歳の時にお父さんが殺害された。その後お母さんは、スターリングとお姉さんのために英国に亡命する決意をし、ロンドンに住み着いた。二人の子供を育てるために複数の職を掛け持ちし、それでも家賃が払えずにアパートを転々とした、そんなお母さんの苦労が分からなかった6歳のスターリングは、「同級生はみんなお母さんが迎えに来ているのに」と不満を抱き、お母さんに反抗ばかりしていた、と振り返った。

    「娘さんは我々の仲間だから、大歓迎だ」と、Liverpoolファンはジョークを言って笑いながら、スターリングが困難な環境の中で苦戦しながら前進する姿を直視した。

    「LiverpoolがCL優勝した時には素直に嬉しかった。チームメートとして一緒に働いた選手たちにお祝いしたいと思った」と、スターリングは語った。「ただ、選手としてはプレミアリーグが最大の目標だという考えは変わらない。クリスタルパレスとかバーンリーという試合は本当に大変だし、それに勝つために毎日トレーニングで全力を注いでいる」。

    「その通り」と、Liverpoolファンは真顔で頷いた。プレミアリーグ開幕まであと2週間を切った。

    エドワーズ&クロップの移籍方針

    7月1日に、サウサンプトンがこの夏2人目の新戦力としてバーミンガム・シティからチェ・アダムズを£15mで獲得した時のオフィシャル・ビデオが、イングランド中の笑いを独占した。その動画は、監督ラルフ・ハーゼンヒュットルにちなんだ「特急ラルフ号」に乗ったサウサンプトンのチーム一行が、バーミンガム駅でアダムズと合流し、みんなで歓声を上げながらサウサンプトン駅まで南下するという微笑ましい内容で、なんとその道中に、飛行機から双眼鏡で監視しているユルゲン・クロップが特別出演していたのだった。

    現在の選手だけでも、フィルジル・ファン・ダイク、サディオ・マネ、ナサニエル・クライン、デヤン・ロブレン、アダム・ララーナと、Liverpoolが、2004年から通算で総額£173mを費やしてサウサンプトンから戦力補強をしている真相は誰もが知るところだった。必然的に、サウサンプトンで頭角を現す選手は「いつLiverpoolに引っ張られるか?」というジョークが出るようになったが、今回はオフィシャル・ビデオがネタにしたことで、大きな話題となった。

    ジョーク好きのイングランドのフットボール・ファンには大ウケで、やられた側のLiverpoolのファンやメディアも「うまく出来ている」と爆笑した。

    「サウサンプトンからの戦力補強の推移は、Liverpoolの移籍方針の転換を象徴している」と、地元紙リバプール・エコーは指摘した。「2016年夏に、ユルゲン・クロップがLiverpool監督として実質的に初めての戦力補強を行った時に、マネの移籍金£35mに対して眉をひそめた人は少なくなかった。その背景には、しばし嘲笑を込めた話題に上り続けていた、Liverpoolのトランスファー・コミッティがあった」。

    2016年夏は、トランスファー・コミッティが解散し、その一員だったマイクル・エドワーズがディレクターとしてクロップと緊密な協調体制を敷き、その下で動く有能なスカウト陣が各国に偵察に行き、エドワーズ&クロップ体制に情報を注ぐという、ち密で計画性に富んだ組織がスタートした。新体制では、常に2ウィンドウ先を視野に据えて動くことで、クロップが本当に必要としている選手を正確に特定できるようになった。

    「決してひのき舞台に上がらない、常に陰に身を置いているエドワーズは、クロップが望む人材は何があっても獲得するだけでなく、クロップが承認して出て行くことになった選手の契約関係を一手に引き受け、確実に仕事を成し遂げる」と、エコー紙はエドワーズの重要性を強調した。

    エドワーズ&クロップ体制下で、新天地を求めて去っていったジョーダン・アイブ(ボーンマス、£18m)、ママドゥ・サコー(クリスタルパレス、£26m)、ドミニク・ソランケ(ボーンマス、£19m)、ダニー・イングス(サウサンプトン、£20m)という事例は、エドワーズの有能さの証明でもあった。ライバル・ファンは、「Liverpoolの選手放出のうまさは、嫉妬で目がくらむ程だ」と唸った。

    そして、Liverpoolファンは、エドワーズ&クロップ体制の移籍方針に関しては全面的な信頼を寄せるようになっていた。

    「昨年、CL決勝で負けて大きな失意を味わっていた、その2日後にファビーニョ獲得が発表された時の、あのタイミングの良さには感涙が込み上げた。エドワーズに対する感謝が一気に膨れ上がった」と、あるファンは呟いた。決勝まで上り詰めたチームを称える気持ちの裏で、ファンの心の中は大雨だった。そんな時に、待ちに待った戦力獲得の朗報は、ファンの気持ちを大きく盛り上げた。

    一変して今年の夏は、Liverpoolはシニア選手の補強はないままシーズン開幕3週間を切った。

    この時期は移籍のニュースがイングランドのフットボール界の最大の目玉であり、自分のチームに新戦力が加わることがファンの最大の喜びだ。そしてメディアは、動きが鈍いチームを危機扱いし、ファンの不安をそそる。

    そんな夏の定例行事の中で、プリシーズン戦でドルトムント(試合結果は3-2)、セビーリャ(試合結果は2-1)と2連敗を喫したLiverpoolを、「フロント3に頼り過ぎているLiverpoolの弱みが暴露された」と、全国メディアがこぞってネガティブな記事を掲げた。「7月19日まで代表チームの試合に出ていたマネは、開幕戦に間に合わない可能性が濃厚。つまり、Liverpoolはフロント3の控えとしてビッグ・ネームの新戦力が必要」。

    ただ、メディアの目論見は空転するだけで、Liverpoolファンのエドワーズ&クロップ体制に対する信頼は揺らがなかった。

    「サラーやマネは、取った時には『払い過ぎた』という声が出た。ジニ・ワイナルドゥムやアンディ・ロバートソンは、『降格したチームから選手を取った』と嘲笑された。ファン・ダイクやアリソンは、一時は破断になって、代わりの選手を検討すべきだという批判が上がった。クロップの判断は必ず成功するのだと、ここまで実例を見てきただけに、世間がどんな雑音を流そうとも安心していられる」。

    スティーブン・ダービー・ベイビー・チャレンジ

    Liverpoolのアカデミー・チームでは、将来のスティーブン・ジェラードやトレント・アレクサンダー・アーノルドを目指す少年たちに対して、伝統的でユニークな「教育」を施している。「クラブは、少年たちが社会的に、『さすがはLiverpoolのアカデミー・チームの選手たちだ』とほめられる態度を身に付けるように導く責任を持っている」と、アカデミー・ディレクターのアレックス・イングルソープは語った。

    アカデミー・チームのカリキュラムの中には、トレーニング・グラウンドでのセッションだけでなく、料理実習や掃除に始まり、ホームレスへの衣食住提供サービス、地元の保育園で幼児の子守をするなど、社会生活を営む上で必要なスキルを教えるプログラムが多く含まれているという。

    「ホロコーストの生存者を訪問して、話を聞くこともある。それは、文字通り、フットボーラーである以前に生命を考える場を持つため。アカデミー・チームの少年たちの殆どが、Liverpoolでプロとして身を立てるチャンスが得られずに終わる。その後で彼らが、自分の生活を立てることが出来るために必要なスキルだから」。

    こうして育った少年たちの中で、ごく僅かの、Liverpoolのファーストチームで試合に出るチャンスを得た選手たちは、その後主力として活躍できる他クラブへと転換した選手たちも含め、Liverpoolのアカデミー・チームにとっての成功事例と言える。

    2008年にCLでファーストチーム・デビューを果たし、通算6出場を記録した末に、2012年にブラッドフォード・シティに移籍したスティーブン・ダービーもその一人だった。

    そのダービーが、2018年9月に運動ニューロン病(※)と診断され、29歳で引退を余儀なくされたというニュースは、イングランドのフットボール界に大きな衝撃を与えた。
    ※運動ニューロン病(MND):運動ニューロン(神経細胞)の変性を起こす病気で、現在までにまだ治療法が解明されていない。徐々に体の機能が低下し、次第に動けなくなり、喋れなくなり、最後は呼吸が出来なくなるという。診断されてから2年以内に死亡する確率は50%、5年以上生存する確率は10%と言われている。

    地元出身で、Liverpoolのユース・チームの主将としてFAユース・カップ連覇(2006、2007年)を達成したダービーは、Liverpoolのアカデミー・チームの英才教育の成果と言える人格の持ち主で、リーダーとしての能力が評価されて、ブラッドフォード・シティ(在籍は2012–2017)でもクラブ主将に任命されるに至った。2017-18季にボルトンに移籍し、間もなく病気の兆候が出始めたという。

    「病気のため、体が思うように動かせなくなったため、引退となった。言うまでもなく本人と家族にとっては壊滅的な打撃だった」と、ダービーとはLiverpool時代からの友人でもあるエージェントが証言した。「しかし、強い意志と前向きな態度を貫いてきたスティーブンは、不運を嘆く暇もなく、病気と闘う決意を抱いた。フットボーラーという立場を生かして、この病気への関心を高めることにより、これからの人のために、医学研究を進めることを目指した」。

    かくして、ダービーは、同じ病気を患う友人のクリス・リマ―と共同で、ダービー&リマ―MND基金を作った。

    ダービーの病気にショックを受けたブラッドフォードのファン・グループは、毎試合のスタンドで、「スティーブン・ダービー・ベイビー」とチャントし、ダービー&リマ―MND基金への協力を表明した。これは、ヒューマン・リーグの「ドンチューワントミー(Don't You Want Me Baby)」のメロディに「スティーブン・ダービー・ベイビー」と合唱し、その動画をSNSにポストすると同時に、次の人を指名してチャントする仕組みで、「スティーブン・ダービー・ベイビー・チャレンジ」という呼称で、フットボール・ファンの間で急速に広まることになった。

    ブラッドフォードの隣町であるリーズに自らのチャリティを持つジェームズ・ミルナーが協賛し、直接ダービーと面識がなかった現役のLiverpoolの選手たちにも「スティーブン・ダービー・ベイビー・チャレンジ」が波及した。間もなく、収益金は全てダービー&リマ―MND基金に寄贈されるという前提で、2019年7月14日にLiverpoolがブラッドフォードとプリシーズン戦を行う計画が発表された。

    ユルゲン・クロップは、「1試合でも出場すればLiverpoolファミリーの一員。ブラッドフォード・シティにとっても同じように、スティーブンは大切な家族」と語った。

    7月14日、Liverpoolが3-1と勝った試合では、1986年のスタジアム改装工事以来最高の入場数24,343人を記録し、寄贈と同時にイングランド中にダービー&リマ―MND基金の存在をアピールの目的でも成功を収めた。

    「Liverpoolとブラッドフォードの両クラブ、監督、ファンの皆さん方には心から感謝しています。あなた方のお蔭で今日この試合が実現しました」と、しっかりとマイクを握って感謝の挨拶をしたダービーに、満員のスタンドは、盛大な拍手と「スティーブン・ダービー・ベイビー」チャントで返した。


    希望とハート

    昨2018-19季前半の10月末に、マンチェスターシティ監督のペップ・グアルディオーラが、BBCラジオ5の特別番組で「人生の岐路となった5曲」を明かした。No.1に選んだのは、オアシスのドント・ルックバック・イン・アンガーだった。「私がいかにこの曲が好きか、とても言葉では表現できない」と、グアルディオーラは語った。「マンチェスター・アリーナの爆弾事件(※)以来、この曲はマンチェスター市民の曲になった。犠牲者を偲んで1分間の黙とうが行われた時、参列者の女性が歌い始めて合唱となった」。
    ※2017年5月に、アリアナ・グランデのコンサートで自殺爆弾が仕掛けられ、22人の死者を出したテロ事件。

    「あの日、私は息子と一緒に自宅にいて、妻と2人の娘はあのコンサートに行っていた。爆発の直後に妻が電話をかけてきた。『何かが起こってみんな走っている。でも何が起こったのか分からない』そこで電話が切れた。その後、何度電話してもつながらないので、私はアリーナまで迎えに行った。暫くして、妻から電話かかってきた。3人とも無事で帰途に向かっている、と」。

    「私は運に恵まれていた。でも、運に見放された多数の人が苦しむことになった」と、グアルディオーラは目を伏せた。

    その言葉の節々から、グアルディオーラがマンチェスター市に対して特別な感情を抱いている様子が伺えた、と番組のナレーターが付け加えた。

    グアルディオーラが2016年夏にマンチェスターシティの監督に就任した時に、最初にやった「改善」は、選手全員に、毎試合の後でスタンドのファンにお礼の挨拶に行くよう命じたことだった。「それまでも、殆どの選手がスタンドに来ていたが、試合の内容などによって何人かはまっすぐ去っていた。ペップのお蔭で、ファンと選手の間でつながりが出来たような気がする」と、シティ・ファンは歓迎した。

    マンチェスターシティがプレミアリーグ連覇を賭けて、Liverpoolとの間で前代未聞の激烈な優勝争いを繰り広げていた2019年5月3日に、ガーディアン紙が「希望とハート」という見出しで、ヒルズバラの法廷闘争グループの一人であり、秘匿文書の発掘に尽力を注いだ犯罪学者、フィル・スクレイトンのインタビュー記事を掲げた。ヒルズバラ30周忌を控えた4月中旬に、スクレイトンは、Liverpool FCからの依頼を受けて、ヒルズバラ遺族グループのマーガレット・アスピナルと共にメルウッドを訪問し、現役選手全員に悲劇の真相を伝えるレクチャーを行った。

    「行く前は、果たして選手たちがどんな反応をするか、自信が持てなかった」と、スクレイトンは静かに語った。今年70歳になったスクレイトンは、60年超のLiverpoolファン歴の中で、学者として「プレミアリーグの選手たち」の変遷を見てきただけに、事件当時は生まれてすらいなかった選手たちに対して幻想は抱かなかったという。

    「ところが、私の杞憂は全く的外れだった。彼らは、いわゆる『億万長者のエゴイスト』とは正反対だった。マーガレットと私が喋っている間、Liverpoolの選手たちは誰一人として、携帯を見たりせず、全員が真剣な表情で聞いていた。そして、明らかにヒルズバラ悲劇について強い衝撃を感じた様子だった。自分の家族を思い浮かべながら、人生について考えたように見えた」と、スクレイトンは目を潤ませながら語った。「彼らは、まず第一に人間的な側面があり、次にフットボールがあるということを理解している」。

    その「人間的な側面」とは、フットボールが地元社会の中で担っている責任を認識し、実践することにある、とスクレイトンは強調した。「そこに気づかないクラブは次第に取り残されて行く」。

    「ユルゲン・クロップはそれが出来る人物だ。ペップ・グアルディオーラもしかり。この二人が監督を勤めている2チームが、他を大きく引き離してプレミアリーグのトップを争っている事実は偶然ではない」。

    ユルゲン・クロップが、2015年にLiverpool監督が内定した後で、赴任までの間に最初にやったことは、ヒルズバラ悲劇のドキュメンタリーを見ることだったという。それは、Liverpool FCのクラブだけでなく、地元コミュニティを理解するために不可欠だったから、とのことだった。

    Liverpool FCが、2018-19季に掲げ始めた、クロップが語る「We are Liverpool. This means more.(我々はLiverpool。それはもっと深いもの)」のスローガンは、日常的に動画としてスクリーンに映り、ファンの注目を集めるようになった。2018年12月には、グラフィティ・アーティストによる「ユルゲン・クロップ壁画」が、市街地の壁に登場するに至った。

    「この表現は、まさにリバプール市にふさわしい。何度も倒されながら、みんなで力を合わせて立ち上がり、再びチャレンジに挑んできたこの市を象徴している」と、スクレイトンは深く頷いた。

    壊れたクラブに再び夢を与えた人

    イングランドのシーズンが正式に幕を閉じ、全4部リーグの顔ぶれが揃って2019-20季のリーグ日程発表を待っていた6月8日、レイトン・オリエント監督のジャスティン・エジンバラ(49歳)が亡くなったという悲報がイングランド・フットボール界を襲った。3年ぶりにプロ・リーグ(4部)に復帰が決まり、全92チームの中で最も開幕を楽しみにしていたはずのレイトン・オリエントにとっては青天のへきれきだった。

    プレミアリーグのファンの間では、トットナムのレジェンドとしての印象が強い人物だった。

    「攻撃的なフルバックとして、わがクラブでの1990-2000年で、通算276出場を記録し、1991年FAカップ優勝と1999年リーグカップ優勝を勝ち取ったレジェンドだった。その後もトットナム一筋で、わがクラブのレジェンドのイベントは欠かさず出席してくれた。6月1日のマドリードにも来てくれて、後輩選手たちが立派に戦う姿を見てくれたばかりだった」と、トットナムは悲痛なメッセージを出した。

    Liverpoolファンの間でも、このショッキングなニュースに際して、エジンバラへの追悼が飛んだ。「マドリードに来ている姿を見た。まさか数日後にこんなことになるとは想像もできなかった」。

    もともと、Liverpoolとトットナムとは常にお互いに敬意を抱いていた。ファン同士も、例えばLiverpoolファンにとってのエバトンや隣町のマンチェスターの2チーム、トットナムにとってのアーセナルや同じロンドン市内のチェルシーに対する「身近なための宿敵意識」はなく、伝統的に良い関係を保っていた。CL決勝戦のマドリード市内でも、Liverpoolファンとトットナム・ファンが仲良く肩を並べて乾杯する姿がいたるところで見られた。

    「90年代のトットナムを代表するレジェンドだった」と、Liverpoolファンは衝撃を隠せなかった。

    「マドリードでは一緒にスタンドで会話を交わした。その時の彼は元気がみなぎっていたのに」と、トットナム時代のチームメートであるレドリー・キングが語った。

    マドリードから帰国した直後の6月3日に、ジムに行った時に心臓発作に見舞われ、入院から5日後に亡くなったという。

    かくして、トットナム陣営が一斉にショックで言葉を失う中、レイトン・オリエントのクラブやファンは、ノン・リーグ(ナショナル・リーグ)優勝とイングランド・リーグ復帰の天国から一気に墜落する悲嘆を味わった。

    「2017年11月にエジンバラが監督として来た時のレイトン・オリエントは、前オーナーの悪政の末に財政破綻し、プロ・リーグから降格して半年のことだった。ファン・グループが買い取り、クラブの経営立て直しを図る過程で、チーム再建を成し遂げたのがエジンバラだった」と、BBCのロンドン地区が掲載した。「ビッグ・クラブで栄誉を勝ち取った経験に基づくフィロソフィーでチームを底上げし、わずか1年半でプロ・リーグ復帰を達成したエジンバラが、選手たちを率いて臨むはずだった開幕戦は、最も重要な人物がいない試合になってしまった」。

    レイトン・オリエントの主将であるジョビ・マクナフの追悼の言葉は、地元メディアの感傷を裏付けていた。「監督は、壊れたクラブを立て直した人だった。素晴らしいリーダーで偉大な人格者だった」。

    翌週に2019-20季のリーグ日程が発表され、監督を失ったレイトン・オリエントは開幕戦でチェルトナム・タウンと対戦することになった。その直後の6月24日に、チェルトナム・タウンのファン・グループが、開幕戦にジャスティン・エジンバラ追悼のバナーを掲げる計画を発表した。

    「辛い日々を過ごしているレイトン・オリエント・ファンのために、少しでも慰めになるようにと、バナーを制作することになった。オンラインでカンパを募ったところ、資金の£500はすぐに集まった」と、主催者のファン・グループは説明した。費用を上回った分は、エジンバラのご遺族が協賛しているチャリティに寄贈するということだった。

    エジンバラのイメージに「He Made You Dream Again(あなた方に再び夢を与えた人)」と記された7.3m×3.65m大のバナーは、チームを問わず、フットボール・ファンから盛大な拍手が注がれた。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

    最新記事
    最新コメント
    リンク
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    QRコード
    QR