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    2018/12/30 マッチデイ:マンチェスターユナイテッド4-1ボーンマス

    そろそろ時差ボケも終わり、今日は目覚ましで起きた。やはり3日かかる。ともあれ、丁度マッチ・オブ・ザ・デイの再放送に間に合った。8時の版を、見る。昨日のLiverpool対アーセナルが当然のことながら、最初だった。

    見て、また盛り上がった。

    マッチ・オブ・ザ・デイを見終わると、10時になっていた。あらあら、時間があまりなくなった。今日は午前中は時間があるので、半日ミュージアムに行って、午後早い時間にオールド・トラッフォードに行こうと思ったていた。ミュージアムも1件がせいぜいかという感じだ。

    IMG_2834.jpgどうしようと思ったが、考えている時間もないので、MOSIに行くことにした。Deansgateで降りて、MOSIに向かう途中でポケモンを付けるとジムが2つ青かったのでまたバトルをやってしまった。バトル中にAndrewからメッセージが届いた。いかん、ポケモンはほどほどにしようと思ったのにまたやってしまった。

    IMG_2837.jpgそんなことで、結局MOSIもさらっと見る時間しかなくなった。一件ガイドがあるのでそれを見ると、もう11時半くらいになっていたので、昼食を取ることにした。マッチデイは忙しい。
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    ピカデリーガーデンズに向かう途中のタパス・レストランに入ることにした。最初はサンデー・ローストにしよう!と気合を入れていたのだが、気が変わってここにしたのだった。

    マンチェーゴ、ハモン・セラーノ、カラマーレス・フリートスという、結構定番のタパスを注文する。うむ。マンチェーゴは分厚さに感動した。ただハモン・セラーノは???という感じだ。リオッハとエスプレッソで、£27。スタッフの女性がとても感じよかったので£3のチップを置いて出た。
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    そこからトラムの一日券を買ってあるのでホテルまでトラムで、と思ったが、トラムの駅に行き着く前にポートランド・ストリートについてしまったので結局歩いてホテルに戻った。

    その前に、ツーリストインフォメーションセンターに寄って、マンチェスター・ビーのバッジなどを買い、明日のミュージアム開店状況を聞くことにした。聞いてよかったという感じで、明日は閉まっているところや半日で閉まるところが多かった。
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    ホテルに戻る。PCを付けて、旅行記をちょっとでも書こうと思ったが時間があまりない。2時くらには出たいと思ったので、持ち物を整理するなどの支度をして、間もなく出かけた。

    ピカデリーガーデンズ駅に行くと既にすごい人だった。ほとんどが試合に行く人に見えた。ふと、隣にいた二人組の若い男性がスタッフに道を聞いていた「オールド・トラッフォード駅で降りて、人についてゆけば徒歩5分」と説明されていた。ああ、試合に行くのだなと思った。
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    そこで会話する。イスラエルから来たということで、今回はイングランド初訪問だという。1週間の滞在で、全部で4試合見るのだそうだ。すごい。昨日のアンフィールドにも行ったという。私も行ったというと、盛り上がって電車の中でずっと会話した。明日、ロンドンに移動してアーセナルとチェルシーで試合を見るという。すごい!

    でも私の方が5試合だからもっとすごいと言われた。オールド・トラッフォードにはもう5回くらい来ているというと、感心された。降りる駅は分かるかと聞かれたので、わかると答える。その時点がDeansgateだったので、あと3つ目だと答える。
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    その二人組とはオールド・トラッフォード駅で挨拶して別れた。私は駅を降りてすぐに一服し、その後、ゆっくりとスタジアムに向かった。時間は2時間前の14:30を過ぎていた。
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    まずは、チケットがメンバーカードにロードされているか確認するためにチケットオフィスに寄ることにしていた。というのは、前回まではチケットのConfirmation mailの後でもう一通メールが来て、「あなたのチケットはメンバーカードにロードされているので、カードをもってゲートに入ってください」という説明が書かれていた。今回はそのメールが来ていないのだ。

    ということで、スタジアムに着いてまずはスチュワードさんにチケットオフィスの場所を聞く。マッチデイは特設チケットオフィスが出来ている。そういえばシティもそうだったような気がする。
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    行ってみると、入り口で荷物チェックがあったが、列はそれほど長くなく、というよりはチェックをパスして中に入るとすぐに対応してもらえた。窓口の男性に、質問をすると、調べてくれて「メンバーカードにロードされている」との結論だった。お礼を言って外に出る。非常に簡単で、たぶん、この時間は合計で15分くらいだった。うむ。シティの方は再発行してもらう必要があるのでここまで簡単ではないだろうと思った。
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    ただ、前に行ったときはシーズン最初の試合(ジョゼ・モウリーニョが監督を首になる少し前のチェルシー戦。例のエバの事件が起こった直後)は、メンバーカードが間に合わなかったので紙のチケットを当日コレクトになった。その時は朝、行くとあっさり発行してもらったので、今回も朝行っても大丈夫だろうと思った。

    チケットオフィスを出ると15:10くらいになっていた。45分前くらいに入ろうと思い、自分のゲートの方向に歩く。チケットオフィスの場所はストレトフォード・エンドの方向にあるので、メガストアの前を突っ切ることになる。メガストア付近、ホーロー・トリニティ像のあたりはいつもながら、国際色豊かでいろんな人がホットドックを食べたり一服したり、しゃべったりしている。
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    私も一服してポケモンを付けると、日本の友人からメッセージが来ていた。返信しながらポケモンを見ると、ホーリー・トリニティ像のジムが青い。これは赤くしてあげねばと思い、バトル。フルフルだったのでそれなりに時間がかかったが制覇できた。先ほどの友人にまた返信を送ると、相手はオフラインになっていた。それもそうだ。日本はもう夜中の1時半近い。

    と思ってみるとジムがまた青くなっていた(笑)。まあ、そのままでいいかと思い、イーストスタンドの入り口に向かう。

    スチュワードさんに私のゲートを聞くと、裏側だという。親切に連れて行ってくれた。しかも、ペットボトルの処分もしてくれると言って引き取ってくれた。こんなに親切にしてくれたらまた情が移ってしまうと苦笑する。
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    また荷物チェックとボディチェックがあり、ゲートを通る。今回は2階席だったので、結構楽しみだった。行ってみると結構いい席だった。このチケットは、まだジョゼ・モウリーニョが監督やってた頃のどん底だった頃に直前販売で買ったものだった。たぶん、返品する人が続出したのだろうと思う。

    地元のファンが「足で意見を言う(=試合に行かない)」という議論をしていた時期のことだった。そうでなければオールド・トラッフォードでこんないい席が買えるはずがかなったので。

    スタンドに行く前に、スタンド裏の売店で飲み物を買うことにした。なんと!とうとう、ワインがラインナップ入りした。前回まではビールのみだったのに、やった!と嬉しくなり、ワインを買う。わずか£2.50だ。高くない。すごい!

    30分前くらいにスタンドに行き、周囲を見渡す。両隣はアジア系の外国人ファンだった。ほう、ここは「ツーリスト」席かと思うただ、後ろの列のファンはばりばりの地元のファンだった。
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    この、後ろの列の男性がすごい面白かった。すぐ左がアウェイサポーター・スタンドだったので、掛け合いをしていたが、周囲は爆笑していた。「You Support Wall of shit」チャントが、何といっても最もうけていた。

    この試合は4-1でユナイテッドが勝ったもので、得点は内容を反映していたので、ユナイテッド・ファンは笑顔が消せないというところだったと思う。

    そんな試合で、感じたことがいくつかあった。

    ・アウェイサポーターが(チームは Wall of shitだったのに)、最後まで大声援を続けて、チームを熱心に応援したのは感銘を受けた。
    そのため、試合終わった後で、選手全員とエディ・ハウも一緒にアウェイスタンドの前に来て、ずーっと留まって感謝の挨拶をしていた。南端のボーンマスからはるばる来た忠実なファンに対して、こんな情けない試合だったのに、最後まで応援してくれてありがとう、と言っている様子が手に取るように分かった。その姿はちょっと感動的だった。

    アイビーも、最後まで残った選手の一人だった。ダメダメだったけど、応援してもらえてよかった、としみじみ。

    ・試合が余りにも一方的になった時、スタジアム中(アウェイスタンドを除く)が「20times」チャントの大合唱になった。これが、物凄かった。このチャントの瞬間に、正直、私は居場所がないような気持ちになった程だった。

    今まで Wall of shitに我慢していたユナイテッド・ファンが、心から楽しんでいるのだと、すごくわかったような気がした。

    ・試合前の歌。アンフィールドではYou'll Never Walk Aloneの合唱があるのはあまりにも有名だが、少なくないクラブがクラブ歌があり、試合前に音楽が流れたりファンが合唱したりする。エバトン(Z-Cars)、チェルシー(Blue is the colour)、マンシティ(BlueMoon)、他にも多くのクラブがクラブ歌を持っている。

    でもユナイテッド程のクラブが、クラブ歌がなく、試合開始前にファンがシティの歌(United are the team for me。歌詞がシティは出ていけ、という感じでいわゆるシティをネタにした歌だ)を歌うのだ。ふーん、という感じだった。

    シティ・ファンがユナイテッドのことを歌うのは長い習慣だが、それでも試合前にはブルー・ムーン(自分たちの歌)を元気いっぱいに歌うというのに。

    以上。ちなみに、私はずっと静かにしていて、ゴールの時には立ち上がった、という行動で、さすがにアウェイサポーターっぽい行動は慎んだ。ただ、数回怪しげな態度をしてしまったが。。。

    帰り道は、前回同様に、トラムの駅まで行き、チケット有りの列に並んでトラムに乗る。今回も、ほとんど待ち時間なし(という程ではないにせよ)、7時半ちょっと過ぎには町中に戻れたくらいの素早さだった。7万6千人収容のスタジアムがこの回転の良さ。これはアンフィールドの拡張に参考にすべきだと思った。シティもひどいが。

    さて、今回も疲れてしまったので、夕食はサンドウィッチを買ってマッチ・オブ・ザ・デイ2を見ながら食べて終わることにした。

    <追記>
    オールド・トラッフォードの試合直前の音楽で、いきなり「ダーティ・オールド・タウン」がかかった。もちろん、Liverpoolファンの間ですっかり定番になったフィルジル・ファン・ダイクの歌の元歌だ。私は思わず、VVDの歌を歌ってしまいそうになった。

    ふと考えると、この「ダーティ・オールド・タウン」はアイルランドのポーグスが歌って有名になったのでアイルランドの歌というイメージはあるが、舞台になったのはサルフォード、つまりユナイテッドの地元(トラッフォードの隣町、というか、地元のファンにとってはオールド・トラッフォードのことをサルフォードという人もいるくらいに地元)なので、この歌がオールド・トラッフォードでかかるのは自然な流れだ。

    Liverpoolファンが言っていたのは、「ユナイテッドの歌を使ってVVDの歌を歌うところがより気持ちいい」というものだ。それもありかもしれない。


    2018/12/28 マッチデイ:Liverpool 5-1 Arsenal

    4:00起床、出発。
    昨夜は9時に眠くなったので寝てしまった。そのため、4時に目が覚める。まだ時差ボケ、それとも疲れだろうか。ともあれ、徐々にこちらの時間に合ってきているように思う。

    寝ている間にAndrewからメッセージが来ていた。朝食まで時間があるので、返信やら、年明けの出張の準備のやり取りやらを済ませて、8時半Liverpool行きのコーチに備えることにした。今日は朝の散歩はやめよう(苦笑)

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    6:40、朝食を済ませ、一服してテスコにMENを買いに出る。ホテルに戻り、ブログ(今までは帰国してから写真を整理して、作文を修正してからアップしていたが、今回はその時間がないまま出張になること、時差ボケ早朝起きの時間を有効に使おうと思って、旅の最中にアップしておこうと思ったのだった)

    外に出るとマンチェスターは雨が降っていた。もちろん、マンチェスターで雨が降らないわけがなかった。昨日のスタジアムツアーでも、芝の手入れの話でマンチェスターは雨が降る固定観念についてガイドさんがさらっと説明していたが。

    うーん、傘必要だろうか。リバプールは降ってないかもしれないので。ふとチェックすると、曇りだった。傘は邪魔なので持ってゆくのはやめよう。。。とはいっても渡航中に傘を使ったことは殆どないのだが。ひどい雨が降った時は傘ではガードできなかったのでタクシーに乗ったし。

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    マンチェスターからリバプールまでのコーチ(都市間高速バスのこと。このようなバスは一般的に「コーチ」と呼ばれている)は8:30発だった。8時ちょっと過ぎに余裕をもってホテルを出る。徒歩3分の所にコーチステーションがあるので、相当余裕を持って出た。

    ただ、そのくらい早く出るとついポケモンを付けて真剣に見てしまう。ふと見ると、コーチステーションの300m先くらいに青のジムがあったので、そこをつぶしに行く。自分のポケモンを配置すると、結局いい時間になった。

    コーチは定刻に出発し、定刻(9:40)に着いた。M62を降りて市内を走っている時に[Aさん]からメッセージが届く。ロンドンからリバプールへの電車に乗ったので、昼前くらいに着くとのこと。着いたらメッセージくださいと返信する。

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    私はそれから5分ちょっとでリバプール・ワンのバスステーションに着く。9:40。まずは目の前にあるのでアルバート・ドックを一周することにした。いけないことにポケモンを付けながら歩いていたので、思わず赤以外のジムを見ると立ち止まって制覇してしまう。途中で、これはいけないと反省し、ポケモンを切って市内観光に集中することにした。

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    ちなみに、試合が終わってマンチェスターに帰るという時になってポケモンを付けたところ、置いたポケモンはみんな帰って来ていた。まあ、仕方ない。

    ついでにポケモンのことを言うと、なんと[Aさん]もポケモンやっていてレベル40だというまた顔を見合わせて爆笑した。その後すぐに、フレンド登録をやったが(笑)。

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    さて、市内観光。アルバートドックを歩いている時に、ふと手袋をホテルに置き忘れたことに気づく。ああ、まずい。昼間でこの冷たさだから、試合の時は厳しいだろうに。もちろん札幌の肌が切れるような寒さとは違うが、何のために手袋もってきたんだと苦笑してしまった。まあ、ポケモンやらなければ最悪、両手をポケットに入れて歩くとかできるか、と思う。

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    アルバートドックを出て、ライムストリート駅の方向に歩く。そろそろコーヒーが飲みたくなったので、カフェに入ることにした。結局、カフェ・ネロにする。いい感じの若い女の子が対応してくれた。いい感じでカプチーノとパン・お・ショコラを買って、席に着く。トイレとその後の一服のための外出も、そのスタッフに一声かけるといい感じで対応してくれた。

    (ポケモンやってしまったので)足がちょっと疲れていたので、40分くらい座って休む。バッテリー充電もあったし。まったく、ポケモンは旅行中はもう少し考えようと真面目に思った

    カフェ・ネロを出ると、12時ちょっと前になっていた。そろそろ[Aさん]が着く頃だ。ライム・ストリート駅方面に歩き、チャイナ・タウン方面に行く。

    前回、[Bさん]から教えてもらった中華料理店にでも行こうかと思って、探していた時に、[Aさん]からメッセージが入る。着いて、リバプール・ワンのクラブショップに向かっているという。おお、逆方向だ、と思って軌道修正する。「そちらに行く」と返信を送って、歩いた。15分くらいで、着いた。「着いたよ」とメッセージ。それから、15分くらいのうちに[Aさん]と再会する。何年ぶりだろう!という感じだ。

    結局、その日はそれから試合が終わって市内に戻ってくるまでずっと[Aさん]と一緒に行動した。いろんな話が出来てとても楽しかった!

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    まずは、再会してすぐに、昼食にする。落ち着いて座って(10年くらいぶりの再会だったので)話をするというのは悪くなかった。場所は、元キャラのスポーツカフェだった場所にできたBilly'sに入ることにした。以前、リーズに行った時に入ったチェーン店だ。

    正解で、2時間くらいゆっくり、食べながらワインを飲みながら、話をした。途切れないくらい盛り上がった。

    出ると、3時近くなっていたので、[Aさん]のホテルにチェックインしに行くことにした。ちなみに、[Aさん]のホテルは、(今回ロンドンに連泊するのだが、今日だけリバプールに一泊、つまり二重にホテル代を払って)泊まるのだそうだ。聞くと、ブリタニアで£199だという。え。。。。。

    私は絶句した。もちろん、リバプール市内のホテルが試合の日がマッチデイ価格になることは知っていた。でも、このスケールとは思わなかった。ブリタニアが199?

    ううううーーむ。というと、[Aさん]はさすがに気になったらしい。「マッチデイ以外は、たぶん£50で、それが正当な価格という感じ」といってしまった。幽霊のドキュメンタリーの話もした。

    さて、行ってみるとたまたま団体さんのチェックインとぶつかったらしく、レセプションには長ーい列が出来ていた。まあ、時間はそんなに問題ない。列の中でもしゃべりながら、ときどき私はトイレとタバコに離れながら。

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    めでたく終わったのが3時ちょっと前。ちょうどいいという感じで、その足でアンフィールドに向かうことにした。キングススクエアのバスステーションに行き、17番のバスに乗ろうとする。ふと見ると、マッチデイ特設バス917が出ているというポスターが目についた、スタッフに聞くと、教えてくれたので、そのバスでアンフィールド入りする。

    時間も早かったので交通渋滞もなく、あっさり時刻通り着いた。

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    まずは、メインスタンドをゆっくり見て回ることにした。[Aさん]が試合は10年ふりというので、アンフィールドのメインスタンドの今の姿は初めてなので。私も毎年来てはいるものの、あまりゆっくり見てないので、一緒に見て歩いた。すると、チームバスを待つ人が見えた。そろそろか。[Aさん]は見たそうな感じだったが、いつ来るのか不明だし、待たずにアンフィールドロード方面に歩く。

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    なんと、アウェイ・サポータースタンドが、列を作るための柵が出来ていた。こんなのは珍しい気がした。アーセナル・ファンはたくさん来るのだろう。
    [Aさん]がロンドンから来たので、電車の中にアーセナル・ファンはいたかと聞くと、なんとLiverpoolファンの方が多かったとのこと。ふむ。某チームのファンはみなロンドン在住という固定観念はあるが、Liverpoolも基本は同じだ。で、たぶん、アーセナルからくるファンも、地元のファンは車で来るとかもっと遅い時間にくるとか、ともかくロンドンから来るだろうと思う。
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    試合では、実際はやはり多くのファンが来ていて、結構盛大だった。もちろん、試合内容を考えると途中からトーンが下がったのは仕方ないと思うが。

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    アンフィールド・ロードのファミリーパークに入る。[Aさん]は初めてというので、一杯飲むことにした。

    ちなみに、昼食は[Aさん]がカードで払ってくれて、私は現金あまり持ってなかったので「次の機会」ということになった。せめて、今日のこれからの支払いはすべて私がすることにした。全然、足りてないが。

    ファミリーパークの入り口で荷物チェックがあった。それほど厳重ではなかったが。

    チェックと言うと、ユナイテッドのスタジアムツアーのチェックは半端でなかった。例の、トイレに隠れた事件があったのでなおのことだろう。

    そして、昨年の(1年半前の)テロ事件の直前のセキュリティ強化のことを思い起こすと気分が悪くなった。あの時のことがけっこう、ひっかかっている。セキュリティチェックがなかったら、自分が被害者になっていたかもしれなかったのだと思うと、他人ごととは思えなかった。。。

    さて、16:00ちょっと前になる。ファミリーパークを出て、マイクのパブに行こうということになった。今回はフィルの方は行けなかった。仕方ない、次には必ず行こうと思った。

    簡単に場所を説明すると[Aさん]もOkだというので、ちょっと遠いよとくぎを刺してスタンリー・パークを横切る。真っ暗だったがグッディソン・パークの明かりが見えた。[Aさん]は面白がっている。

    いつものことだが、こちら方面からくるLiverpoolファンは地元の人だけだという感じだった。[Aさん]にその旨、説明する。グッディソン・パーク行きのバスはアンフィールド行きのバスとは違うバスで(19番)、頻度と距離は同じくらいだから、ライム・ストリート駅からくるときもこっちを使った方がすいていると思う、と。たぶん、外からくる人は17番のバスを利用するので、こちらの方は地元の人しか使わないので、うんぬん。

    そうこうしているうちに、やっと着く。[Aさん]は「遠かった」と言う。確かに、知らないところに行くときは実際より遠く感じるので、本当に遠かったと思う。申し訳ない、ただ、マイクに合えればそのかいはあると思った。

    パブに着いたのが16:20くらいだったのでマイクはまだ来ないだろうと思って見ると、やはり姿はなかった。カウンターに並んでいると、フィルの一家が来た!挨拶をする。ただ、用事があったらしく、すぐに行ってしまった。

    入れ違いくらいにマイクが来た。サイモンは遅れてくるらしい。みんなと再会できた。マイクはとても驚いて歓迎してくれた。カウンターはやっと自分の番になったのだが、マイクが買ってくれると言ってくれた。いつもごちそうしてくれる。ありがたい。

    それからマイクとの会話が始まる。たまたまストーク戦は昨季唯一、行けなかった試合だそうで、日本支部がハーフタイムに表彰されたところは見てなかったということだった。なるほど、きっとマイクが見ているだろうと思ったのだが、そういうことだった。

    [Aさん]と2005年に横浜で会っているのだと言うと、二人とも苦笑していた。でも、短い時間だったが3人で会話が弾む。サイモンも来て、歓迎してくれた。

    さて、ちょっと早めにマイクと3人でアンフィールドに行くことになった。マイクはその日は車に空きがないから送って行けないと言った。それもそうだ、事前に言ってないのだから、空きがないのも当然だと思った。帰り道について、タクシーは使わない方がいいよと心配してくれた。例の、問題になっている「外国人ファンをだまして高い金額を取るタクシー」のことだった。

    結局、19番のバスで帰ったのだが。ただ、マイクが言うくらいだから今でも問題は解決していないことは明らかだった。

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    さて、マイクと別れてコップスタンドに入る。日本支部の面々と、初めて合流した。みんなそれぞれ別のルートできて、試合後だけはみんなで一緒に夕食するらしいが、基本は少数のグループで行動しているようだった。

    ちなみに席は、私が一人、みんなの席の後ろだった。私の右は一人だけ(つまり、通路から2番目という席)で、その人は40台くらいの男性だった。たぶん、マイクのようなベテランの地元のファンで、何でも知っている感じだった。試合前は特に会話はしなかったが、試合中に歌を歌ったりチャントしたり、という時に、その男性が全ての歌に参加していたことから私は想像したのだった。

    IMG_2818.jpgこちらは、知らない歌はいくつかあったが、知ってる歌は一生懸命、歌った。喉がつぶれてしまったというくらいに頑張った。コップだから、のんびり見ている余裕はない。応援に参加しなければ、と思って頑張ったのである。

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    後半、ボビーがPKを蹴る時に、その男性が私に声をかけてくれて、階段のステップのところに立ちなさいと言ってくれた(視界が良いので)。なんと!親切だと感激した。

    結局、試合後にこの男性とは握手してお別れした。

    また、日本支部の女性の人とハーフタイムにちょっと会話した。いい感じの女性だった。アンフィールドには2回目(ニューカッスル戦も見たので3試合目)だと言っていた。お互いの旅程の話やら、10分足らずだったがいろいろ話をして、楽しかった。

    さて試合の内容はTV放送されているので説明する必要はないと思うが、スタンドの様子は、とても良かった!やはりコップだ。先制ゴールの直後に、盛大なチャントが出たことからして、1989年のアーセナル戦を思い出したくらいだった。あの頃のコップだ、と。

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    選手がミスをした時にその選手の名前をチャントしたり、もちろん、良いプレイをした時の歌やチャント、ボビーがコーナーの時にこっちに向かって「もっと沸いて!」のジェスチャーを何度かしたが、その時も必ずチャントで返した。

    コップは、昔に戻ったように思う。チームの成績とファンの応援は、どうしても影響し合うものだというのも真相。

    あと、VVDの歌は何度出たか忘れた。私も毎回参加したが。ボビーの新しい歌は、覚えてなかったので歌えなかった。隣の人の歌を聞いて少し覚えたのだが、結構歌詞があるので難しかった。「シー・セニョール」くらいがせいぜいだった(苦笑)。

    そして、嬉しかったのは、試合後に選手が全員、コップの前に来てくれて、ユルゲン・クロップも来てくれたことだった。あの、TVで見る様子そのものだった。コップに向かって手を上げて拍手して、胸をたたく。あの姿!

    隣の人は、クロップが挨拶を終えた後で、帰った。ファンは、クロップに挨拶するまで帰らないというのも昔のコップだった。

    ファイナル・ホイッスルの前に帰ってしまうファンが少なくないスタジアムとは、根本的に違うのだ。

    そのようなこともあってか、私の感触でも、今季は29年ぶりに優勝するかもしれないと期待が湧いている。

    アンフィールドを出る。日本支部のみんなはシャンクリー像のところで待ち合わせというので、分かれて[Aさん]と二人でパブに向かった。

    ■■
    パブで1杯ずつ飲む。マイクは来なかった。20時ちょっと前に帰ろうか、ということになった。いうまでもなく、アンフィールドからの帰途は少し時間つぶしして遅れてバス亭に行った方が交通渋滞やバス待ち時間が少ないからだ。

    すると、19番のバス停で日本支部のみんなとバッタリ会う。あらあら、という感じだった。でも、結局一緒にバスに乗ってライム・ストリート駅でみんなと挨拶してお別れできたので、良かったと思う。

    そして、[Aさん]ともお別れし、私は一人でマンチェスター行きのバスステーションへと戻った。

    ああ、疲れたけどとても良い一日だった!本当に疲れて、夕食を取りそこなったが食べる体力は残っていなかった。あと、唯一の残念はマンチェスター行きのバスがパンクして代わりのバスを出すことになったということで、30分遅れて到着した。その分、30分寒いところに立たされたことと、遅れて帰着した。

    でも、それ以外はこの上ないくらい素晴らしい一日だった。

    2018/12/28 マンチェスター観光(ユナイテッドのスタジアムツアー)

    ●2018/12/28 4:50起床、出発。
    4:50目覚める。時差ボケだ。でも、とりあえず眠ったので起床する。支度して、一服しに下に行く。今度は入り口のドアが開いている。
    目覚めた時にiPhoneを見ると、さっそくSlackに上司から連絡が入っている。年明けの予定が決定だ。旅行中はこれ以上、年明けの仕事のことを考えずに済みそうだ。

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    このPCの時間を英国時間に設定したままにしておいたので、今日本時間を知るのは+9で計算する必要がある。うむ。朝方は単純計算ですむのでいいが、夕方になると-24しなければならなくなるので面倒だ(笑)。

    この朝早起きの時間を使って、12/29の連絡をしよう、と思った。
    連絡をして、(一人は今、東京からロンドン行きの飛行機に乗っているはずの人)朝食に降りる。エレベーターで明らかにチェックアウトすると見える、荷物を持ったケニアから来ている女性とばったり会い、話しているうちに一緒に朝食取りましょうということになった。初日から、このような人に会えるとは嬉しいことだ。

    結局朝食は6時半からだったので、入り口のロビーで待っている間に会話する。この女性は公務員で、外交的な職務についているという人で、今回は仕事で来ているという。で、これから朝食を取ったらすぐロンドンに移動して、帰国するという。

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    朝食は前回同様にコンチネンタルだった。ただ、ハムとチーズがたっぷり食べられて、おいしいのがうれしい。クロワッサンも絶品だ。

    食後、ケニアの女性と別れて(バタバタと急いで駅まで向かった)。私はコーヒーを片手に一服。その後、すぐにTescoに行ってMENを買う。あら、見ると最後の1つだった。ラッキーだ。MENがないとマンチェスターは始まらない。80Pだった。

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    もどってMENを読む。一面記事が、ペップとユルゲン・クロップの写真だ。さすがMENだ。中を読むと、赤いページと青いページの勢いが逆転している。ユナイテッドは監督が代わってすぐに2連勝中で押せ押せムード、シティは2連敗で3位に転落、復帰が必要モード、という感じで、Liverpoolが目の上のたんこぶという感じの記事だった。1/3に直接対決があるまでにサウサンプトン戦で復帰しておく必要がある、という感じで。

    で、ニューカッスル戦でのPKについて全国メディアはモー・サラーの「ダイブ」について騒いでいるが、MENは「モーサラーはおとがめなしでシティ戦に出場する」と、あたかも犯罪者が無罪になったという感じの記事だ。

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    さて、今日は9時半のオフピーク時間が来たらすぐにトラムの一日チケットを買い、Emptihadに行って1/3の届いていないチケットの再発行をしてもらおうと思っている。その後は、まともにマンチェスター観光をしようと思っている。
    昼食は、たぶん、市内で伝統的な英国料理をという感じか。

    時差ボケで馬鹿みたいに早く起きたため、時間がある。もう少し待機して、その後で出かけよう。


    9:10頃にピカデリーガーデンズ駅からエティハド・キャンパス駅行きのトラムに乗る。その前に、ピカデリーガーデンズ駅付近でMENを無料で配っているスタッフ2人から声をかけられた。あ!今日って無料配布の日だっけ?あれ?木曜日だと思っていたところ、質問すると木金の2日になったそうだ。知らなかったので買ってしまったのです、と言うと、あ、そうなのと言われた。売る方も売る方だ、と思った。仕方ないか。知らなかった自分が悪い(?)。

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    Emptihadに行く。トイレなどを済ませて、チケットオフィスに行く。ところが、窓口の男性スタッフがえらい冷たい人で、問い合わせの返信(印刷して持参した紙)だけを見て、何も調べず「試合の日にボックスオフィスに行け」と言う。マッチデイに行列に着くのが嫌だからわざわざ来たのに、今日は発見してくれないのかと聞くと、冷たくNoという。何を言ってもダメだった。調べもせず。

    断念して、その足で市内に戻ることにした。買い物もする気になれなかった。いつからこんな機械的なクラブになったのか、という感じだ。ビッグクラブになると、スタッフの対応も冷たくなるのだ。外国から来たファンに対して、こういう対応になるのだから。。。

    ちなみに、その時のチケットオフィスは決して混んでおらず、外に出てもスタジアムにファンの数はまばらだ。今日なら何でもすぐに済ませられるだろうに。試合の日は人でごった返すのが目に見えている。30分くらい並ぶ羽目になりそうだ。それでも、問題が起きようものなら試合を見損なう。シティは試合の日の対応に時間がかかって、試合を見損なう人が続出、という話を地元のファンから聞いていたので。。。

    それを避けるためにも、事前にできるものは処理しておいて、試合の日はできるだけさっさとチケットもって入る人だけにすればよいのに。

    ため息。

    トラムの駅で電車を待っているうちに、ふと、ユナイテッドのスタジアムツアーに行こうという気になった。ツーリストインフォメーションセンターで予約してくれるのを何度も見ているので。

    ということで、トラムの一日券を買ったこともあり、ピカデリーガーデンズで降りてツーリストインフォメーションセンターに行く。親切そうな男性スタッフがすぐに対応してくれる。

    ただ、当日の予約は取れないのだそうだ。明日のならとれるよと言ってくれる。ただ、明日はLiverpoolに行くので、とは言わなかったが明日は時間がないので今日しかないというと、行ってみて、入れることを祈るしかないと言われる。ただ、頻度が違う。なんと8時半くらいから10分おきに4時半までずっと、やっているのだという。だから、たぶん、ちょっと待てば入れるよと言ってくれる。親切だ。

    行ってみることにした。

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    オールド・トラッフォード駅着。さすが、シティとは違って、試合の日でないのに、降りる人がすごく多かった。たぶん、みんなスタジアムツアーだろうと思った。地元の親子連れみたいな人もいた。この時期だし、子供にスタジアムを見せてあげようという地元のファンのように見えた。もちろん、たぶん日曜日の試合に来た外のファンとか、アジア系の外国人もものすごく多かった。

    さて、スタジアムに着く。メガストアの前で、スタジアムツアーのチケット売り場を質問する。ずっと奥だった。行ってみると、なんと長い列ができている。


    列について待つ。スタッフが、明るく話しかけていた。「勝てるようになったし、いい時期になったね」と。ニコニコ笑っている。「今、渋い顔してる人はLiverpoolファン?」と言って、みんなを笑わせている。一人の少年を指さして(ジョークで)「君、青いの来てるね。シティファンか?」と。みんな、爆笑。

    さて、やっと自分の番が来たかと思うと、入り口のスタッフが怖い顔して「バックを持っている人はあっちの列にならべ」と言う。むむむ。。。

    そこまで並んで、また別の列に並びなおしになった。うーむ。。。

    結局、40分くらい並んでやっと、中に入れる。途中でふと気づいたのだが、これはこのままスタジアムツアーが終わるまでタバコは吸えないな、と。吸うためには外に出る必要があり、いったん外に出るとまた荷物チェックのやり直しだから、最初から列に並ぶことになる。無理だ。うむ。タバコは我慢しよう、と。

    その通りだったが。先に気づくべきだった。ちょっと、我慢していた後のことだったので。

    IMG_2748.jpg 
    ただ、たばこは我慢するのは悪くない。我慢しよう、と決めて、そのまま待った。尚、試合のチケットを買うためにはオフィシャルのメンバー(年会費が£49など)になる必要があるが、そのメンバーカードを見せるとスタジアムツアーは割引になる。チケット以外にメンバーカードを使ったのは相当珍しい(初めてではなかったが)。

    11:35にチケットがもらえて、12:20のセッションだと言われる。ミュージアムで待つように言われる。ふむ、いい仕組みだ。ミュージアムなら時間つぶしに苦労しない。逆に時間が足りなければ後でまた戻ってくることも可能だ。

    ちなみに、ユナイテッドのミュージアムというから、すごいトロフィーだらけで足の置き場もないだろうと思っていたところ、意外とこじんまりとしていた。何よりビッグ・イヤーズが本物でないので!(5回勝てばもらえるやつ)

    ということで、一周してもすぐに終わってしまった。ふと見ると、ミュンヘンのミュージアムは部屋がわかれている。その中でしばらく過ごした。なかなか神妙になった。

    最後に5分くらい、ダンカン・エドワーズのプロフィールを見ているうちに、ツアーの呼び出しが来た。

    さて、ツアー開始。若い女性のガイドさんだった。「今日の参加者は全員ユナイテッド・ファンですか?」と質問。「はーーい」と答える人が多数(というか、私以外全員?)。それにしても、質問がうまかった。これに「はい」と答えない人がいてもわからないのだから。(苦笑)

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    Liverpoolのツアーは、冒頭に「どのチームのファンですか?」という質問だったような気がする。そして、必ずEvertonファンが2-3人紛れ込んでいる。「いつものことだ」と、必ずガイドさんが言う。そして、そこでEvertonファンと名乗った男の子(たいてい、男の子だ)が、ツアー中に何かにつけてコケにされる、という次第だった。

    でもユナイテッドの方は違うわけだ。ただ、シティファンがお金を払ってユナイテッドのスタジアムツアーに来るとは思えないが。。。筋金入りのシティファンは、「ダービーの時のアウェイのチケット代金以外は1ペニーもユナイテッドには払う気はない」とか言って、試合の日にスタジアムでビールを買うのも嫌だという人がほとんどだ。

    スタジアムツアーそのものは、どこでもある内容とほぼ同じ、オールド・トラッフォードは大きなスタジアムの割には古いので、設備は結構古い作りになっている。ただ、説明を聞いて、初めて知ったことがいくつかあった。

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    ・現在のトンネルは「ニュー・トンネル」と呼ばれていて、1993年に始まったものだから「ニュー」ではないが古い方もあるからいまだに「ニュー」と呼ばれているという。それが、テイラーレポートの結果、作られたものだということを、今日の説明で初めて知ったのだった。オールド・トラッフォードで「ヒルズバラ」という言葉を聞くとは思わなかった。。。

    ・ディレクターボックスは、ディレクターが基本的に一人4席ずつ持っているという。例外がサー・マット・バズビーの遺族が1枚になったこと、それとファーギーが8枚持っていること。「その理由は、サー・アレックスが欲しいと言ったから。サー・アレックスに対してNOと言える人はいませんから」と、ガイドさん。

    IMG_2772.jpg・ホームチームのドレッシングルームは、ジョゼ・モウリーニョが建て替えたのだそうだ。見ると、シティも今のはそうなのだが、四角い部屋ではなく丸い部屋になっている。要は、全員が全員の顔を見れるような作りになっている。
    ただ、シャワールームなどの設備は見せてもらえなかった。(たいていのクラブでは併設されていて、見せてくれるのだが、オールド・トラッフォードでは独立していた)

    ・オールド・トラッフォードのプレスボックスは、試合後の記者会見では今でも使っているが、新戦力の記者会見はキャリントンの方に移転したのだそうだ。記者席がオールド・トラッフォードは70くらいしかないから、ということだった。で、試合後の記者会見の最短は1分半で、例のモウリーニョの「リスペクト」だった。

    ツアーが終わり、メガストアで解散となる。私はまずトイレに駆け込み(外だった)、一服してそのまま市内に戻ることにした。ほぼ2時だ。おなかがすいていた。トラムでDeansgateまで行き、そこで降りてランチが取れる場所を探した。

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    結局、結構歩いてタウンホールを過ぎたあたりでイタリアンレストランが見つかりそこに入ることにした。悪くはなかったが、また行きたいという程でもなかった。

    明日は、市内に留まるのでぜひ英国伝統料理にチャレンジ、と思った。

    ランチを終えると暗くなっていたので、そのままホテルに戻る。5時近い。お茶を飲んで一休みすると、夕食を取るのは無理だと思ったので、少し休んでから軽いスナックとかドーナツか甘いパンを買いに出て、7時前にホテルに戻る。

    疲れた。時差ボケがまだある中で、今日は結構歩き回った。友人にメッセージを送り、年明けの東京出張の飛行機やらの手続き(JALへの問い合わせなど)を終えて、いつでも眠れる準備に入ることになった。

    9時前にもう眠くてふらふらしてくる。ベッドに入りEchoのアプリを閲覧していると、すぐに目が閉じてしまった。

    2018/12/27 リバプールへ!(マンチェスター滞在)

    ●2018/12/27 4:20起床、5:20 出発。
    ただ、前日にLiverpoolの試合があったので、(00:00キックオフ、2:00終わり)あの勝利の後で頭を冷やして眠ることは難しかった。
    結局、試合中に水をがぶがぶ飲んだので夜中に何度もトイレに起きて、そうこうしているうちにBAからのメッセージが来たり(アプリでのチェックインは対象外の千歳のJAL便だというのに、しつこくチェックインしろとメッセージが来る。そのリンクをクリックすると、エラーになるのは知っているのだが、しつこい)
    という感じで、3:50に起床する。ほとんど寝ていない、というか、寝る努力はしたが眠れず、貫徹という感じだ。

    ともあれ、今回はアパマンの爆弾事件で散々な思いをさせられ、疲れ果てていたので、渡航がとても楽しみだった。仕事も最後の最後までバタバタして、休み中に(12/27,28に)電話が来そうな成り行きになったので、細かい説明をして勘弁してもらう。結局、休み中もSlackをチェックすることで勘弁してもらった。

    これだけ、いろいろある中に行くのだから、精一杯、楽しもう!

    と、ふつふつと決意が湧いてきた。ちなみに、アパマン爆弾事件は、当日の避難所生活もつらかったが、(記録済)、その後の報道陣対応やらアパマン対応、割れた窓ガラスの修理などなどでひどく時間を取られて、へとへとになっていた。
    ひどいのはH新聞だった。3か所の部門の人が別々に来て、同じ質問をえんえんとする。最後は勘弁してください、と断った。その前にくぎを刺しておいたのに、やはり「お話を聞かせてください」と言い出すので、悲鳴になったのだ。

    被害者の人権はないのか!と、今回はほとほと怒りにかられた。事件当時と、その後始末が同じくらいひどい思いをさせられた。後者の方はまだ終わっていない。年明けに繰り越すものがある。


    さておき、Liverpool

    29年ぶり?なるか。という感じの状況になって来た。12/27で、それはピークに達する。そうなのだ。これまで2回(2009,2014)よりも、もっとそれらしい勢いだ。生きているうちにもうリーグ優勝は見られないなと覚悟を固めたのに、見られるかもしれないのだ。

    と思うと、片道24時間の旅は苦痛ではなく楽しみになる、というものだ。

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    ということで、今回の旅程の開始。5:20にいつもの空港定額タクシーで、千歳空港に着く。運転手さんが話し好きの人で、ずっとしゃべって来た。こちらはアパマン事件についてしゃべった。愚痴半分、残りは情報、という感じか。

    そんな感じで、6:15に千歳空港に着く。チェックインカウンターは開いていなかったので、まずはトイレに入り、ポケストップを一回りし、一番端のジムを制覇して、ちょうどよい時間になった。(ちなみにそのギャラドスは成田にいる今もまだ防衛している)


    チェックインし、中に入る。コーヒーを2杯のみ、一服して、搭乗の時間になる。今回もチェックインは問題なく、千歳から成田までをJにして、済ませた。

    搭乗時間になって乗り込むと、滑走開始前に既に寝入ってしまっていた。さすがに貫徹が効いている。こんな感じで成田―ロンドンも過ぎそうだ。今回は、面白そうな映画があったら見ようと思っていたのだが、そんな時間はなく寝ていそうだ。

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    なんと、ここまで書いたところでアパマンの人から電話が来る。むむ、搭乗まで10分のぎりぎりの時に。。。
    内容は2点、1点目は私の費用請求書に関する確認で、前にも言ったことだ。忘れたのか、2点目の方が重要なのか
    2点目は、隣の人を訪ねてもいつもいないので連絡先は知らないかということ。知らない、と答える。この人は足が悪いので在宅しても出てくるまでに時間がかかること、ちゃんと名乗って、変な人ではないと分かってもらうようにと伝えた。

    ため息。。。

    電話終えて、すぐに搭乗口に向かうことにした。アパマン事件の後始末が、ここまで追ってこられるとは、と苦い思いをしながら。

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    30分前に登場する。全員が乗ったとのことで、定刻より早くさっさと出発することになった。結局、30分くらい早く着いた。着いた方はロンドンの到着ゲートがまだ空いてなかったため、少し待たされたが。

    機内ではエンターテインメントを見て、適度に眠り、問題なく時間が過ぎた。翌朝の朝食は、起こされたくらい良く寝た。

    ちなみに、ちょっと感じたことは、乗客が殆ど日本人で、スチュワードさんたちがものを渡したりするときに「ThankYou」も言わない人ばかりだったこと。私が反射的に「ThankYou」というと、スチュワードさんが妙に感激した感じで嬉しそうに「ThankYou」を連発してくれた。日本の習慣だが、英国人には嫌な感じで受け取られるよなあ、と思った

    あと、到着前の朝食で、パスタを選んだら、なんと割りばしだけが渡されたこと。後から気付いて、フォークのセットをもらった。スチュワードさんはえらく恐縮して何度も謝っていたが。。。乗客が日本人だからといって割りばしだけ渡すのはどうかと、これも国の習慣の問題かもしれないが。

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    それ以外はすべて、順調でいい感じだった。つまり、いい感じでロンドンまで着いたのだった。

    ヒースロー空港で、乗換の方のパスポートコントロールに着く。すごい列ができている。20分くらいはここで待ちそうだと思った。

    すると、私のすぐ後ろの2人連れ(会話から、母と息子だと分かった)が、エジンバラ行きの便に間に合わないから先に行かせてほしい、とスタッフに頼んだのだった。その会話はみんな聞いていた。45分くらい時間があった。列の中には、もっと前が搭乗時間の人がいて、へんな表情をしていた。

    結局、BAのスタッフにその旨言うようにと言われ、BAのスタッフが来て会話した結果、待たされることになった。

    その親子連れはずーーっと会話していた(「セキュリティでも待たされるのだから、間に合うだろうか、云々」)。

    私はそれよりも30分くらい後の便だったので、先にどうぞといって譲った。その親子は、私に対しては丁寧に感謝していたが、どちらかというと「他の人は譲ってくれなかった」と不満そうな感じだった(苦笑)。

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    今回の旅は、やはり本当のピークより前なので、そんなに混んでいるイメージはなく、結構順調に流れたような印象だ。セキュリティでもほとんど待ち時間ゼロに等しかった。問題なく荷物チェックが終わったし。

    ちないにパスポートコントロールでは、目的を問われて、フットボールの試合を見に来たと答えると、どの試合かと聞かれたので、5試合中メインの3試合を上げた。
    Liverpool対Arsenal
    Manchester United対Bournmouth
    Manchester City対Liverpool
    そして、最後に私はLiverpoolのファンだというと、もうその時点でOKの判が押されたのだった。

    確認のように、同じホテルに泊まってあちこちのスタジアムに行くのか?と聞かれたが、そうだと答えると、それで完了だった(マンチェスターとリバプールだから、どっちにとまっても楽勝で行き来できる)。ホテルも真実で、マンチェスターのibisに8泊だった。

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    ヒースローからマンチェスター行きは定刻17:50発だが、セキュリティを通過したのが16:50だった。そのまま南のラウンジに行く。まだゲートは出ていない。コーヒーを飲んでWifiに繋ぐ。その瞬間に、Slackで上司から年明け早々の東京出張の詳細(決定事項)の連絡が来ていた。むむむ。。。最悪の事態になった、とため息をつく。回答が必要な点がいくつかあったが、マンチェスター行きに乗る前には時間がなさそうだった。(結局、バタバタと行ったので時間はなかったが)

    ため息をつく。ああ、昨年に続き今年も(1年ずつづれているが、年末ぎりぎりに出張命令が出てことは同じなので)1月は東京か、と悲しくなった。今回は、試合はDAZNで見ているのでiPadをもって行けばそんなにストレスはないはずだ。ただ、また大荷物もって、しかも出張中の予定をすべてキャンセルする必要があった。もっともまずいのが1/12の歯医者だった。。。

    出張中は仕事も大変になるし、なんといっても自宅に帰れないのでストレス解消が出来ない。

    それを、休暇でプレミアリーグの試合見に来た時に知る、というのも悲しいし

    一気に落ち込んだ。

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    ただ、旅そのものは非常に順調だ。頑張ろう!と思って、進むことにした。
    そうそう、一つ困ったことは、Visaのメインのクレジットカードが使えないことが時々あることだった。この国ではICチップが入っているタイプのカードが大多数で、私のカードは磁気テープを読むタイプにしか対応してないので(日本が遅れているということか)、「このカードは使えない」と言われることが、すでに2度あった。逆に、磁気テープを読んで処理してくれた店もあったので、NGとは言えないのだが、だめなこともあるということで。

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    一つがBAで、マンチェスター行きの便の中で、この便は2年前から(?)バジェットエアライン並になり、飲み物が有料になった。今回は、マンチェスターについてからまず一服するために、先にペットボトルの水を買っておこうと思って、この機内販売を利用し酔うとしたときのこと。結局、販売不可で、「水道水を持ってきます」と言われた。あー、今でなくて後で飲むためのものなのだが。。

    ただ、マンチェスター空港のキオスクでペットボトルを買うと4分の1の値段(50P)だったので、良しとした。

    空港駅からピカデリー駅まで電車で移動。ピカデリーに着く。さすがにここで迷うほど変化はない。前回と同じホテルだし。ただ、ピカデリー駅の前に銅像が出来た。暗かったので、明日明るい時に見ようと思った。

    今日は疲れたので、サブウェイのサンドイッチだけですぐに寝ることにした。Slackの回答お送った後で、だが(涙)

    ジョゼ・モウリーニョが熱烈に欲しかった選手

    12月18日、マンチェスターユナイテッドがジョゼ・モウリーニョ解任を発表した。3年前にチェルシーをクビになったのが12月17日だったことから、ユナイテッド・ファンの間で皮肉なジョークの掛け合いはあったものの、元ユナイテッドのアナリストも含め、「来季もモウリーニョがユナイテッド監督を勤めることはあり得ない」という見解が圧倒的だった中で、驚いた人は殆どなかった。

    2年半の在任期間中、モウリーニョがマンチェスター市内のホテルで単身赴任生活を続けたことは有名な話で、ニュートラルなファンは一斉に、「いつクビになっても良いように備えていた」と、皮肉なジョークを交わした。

    Liverpoolファンも例外ではなかった。「モウリーニョが業績を持つ監督であることは否定しない。ただ、記者会見の場でプレミアリーグ優勝3回と自慢したところで、全てチェルシーでのことなのだから、ユナイテッド・ファンは救われない気持ちだったろう。昨季のCL敗退の時に、ユナイテッドがCL敗退するのは普通のことだと言ったことも、相当ファンの神経を逆なでしたに違いない。それもこれも、監督になったクラブの地元に引っ越すことすらしない人物を、ファンが心を開いて熱心に応援できるとは思えない」。

    対照的に、ユルゲン・クロップはLiverpool監督就任と同時に地元に居を構え、休日にはご家族と一緒にご近所との交流を深めて地元に溶け込み、奥さんともども市民の人気者になっていた。

    モウリーニョ解任の背景には、選手との亀裂が大きくなり過ぎたことに加え、2年半の通算で£400m近い資金を投入しながら成績面で本来の目標に到達できなかったこと、加えて、この夏にはLiverpoolを始めライバルチームよりも投資額が少なかったことを「戦力補強が不十分」と、繰り返しクラブを批判したこととは、誰もが指摘するところだった。

    この夏の戦力補強の不満点の一つは、モウリーニョが熱烈に欲しがっていた2人のブラジル代表ミッドフィールダーのうち、フレッジは£52mで獲得できたが、ファビーニョはLiverpoolに取られてしまったことだった。

    「モウリーニョの不満は、その意味では的中していたことが12月16日のアンフィールドで証明された」と、地元紙リバプール・エコーが唱えた。モウリーニョの最後の試合で、ファビーニョがマン・オブ・ザ・マッチの活躍を見せてLiverpoolが3-1と圧勝したのだった。

    「今季のプレミアリーグ開幕直後に、注目を集めたブラジル人ミッドフィールダーと言えば、フレッジの方だった。ファビーニョは、クロップが『プレミアリーグに順応する時間が必要』と宣言した通り、ベンチ入りすらしない試合が続いた。そして、その『時間』が有効に過ぎた今、フレッジの姿はどこにも見えず、ファビーニョはピッチ全体に存在感を植え付けた」と、同紙は締めくくった。

    開幕直後の好調ぶりが停滞し、フレッジがベンチにいる機会が増えたのと並行して、ファビーニョはまだ「順応中」だった頃のこと。アンチ・モウリーニョのファンが、「モウリーニョは、ベンチ要員に£52mを投入した」と批判したのに対して、Liverpoolファンは冷静さを崩さなかった。「フランスリーグから来たファビーニョが、プレミアリーグの荒波にもまれて自信喪失することがないよう、クロップはしっかり指導している。ファビーニョの準備ができたら、本来の姿を発揮してくれるだろう。アンディ・ロバートソンの前例を考えると、シーズン前半はベンチ入りすらしなくても、クロップがゴー・サインを出した時にはすごい戦力に育っていることは間違いない」と、誰もがクロップの選手投入方針に対する絶対的な信頼を語った。

    その通り、マージーサイドダービー(試合結果は1-0でLiverpoolの勝利)に続き、ユナイテッド戦でも安定したプレイを披露したファビーニョに対して、「まさに我々が期待した通りの、モナコ時代のファビーニョそのものだ。あまりにも凄いから、バイエルンやマンチェスターユナイテッドから引っ張られた、最強のディフェンシブ・ミッドフィールダーが、プレミアリーグにすっかり順応した」と、ファンは拍手を送り続けた。

    ファンの信頼と期待が正しかったことを、ファビーニョ本人が裏付けた。「プレミアリーグはプレイスタイルも違うし、集中度の強さも体力的な厳しさも、何もかも異なっている。チームメートの動きを理解する必要もあったし、忍耐力を持って、順応できるよう頑張った」。

    「監督のお蔭で、向上することができた」と、ファビーニョは輝く笑顔で語った。「監督は、戦略やポジショニング、マークすべき相手のことなど、いちいち僕を呼んで直接、説明してくれた。直すべき点があればすぐに、声をかけてくれて一対一で指導してくれた。それは、僕にとってとても大きな助けになった」。

    札幌の爆発事故(その1)2018/12/16

    9月に地震でブラックアウトになった時に、停電&断水が収まった後も2週間くらい物資不足やらで不自由な生活が続いた。体に損傷がなかったことはラッキーだったが、生活は大変で出費もかさみ、精神的に滅入ってしまった記憶が生々しい。

    それからわずか3か月で、今度は避難所で夜を明かす被害に合うとは、今年はなんという年なのかと頭を抱えてしまう。

    それは、日曜日の夜8時半のことだった。今日は深夜1時にリバプール対マンチェスターユナイテッドの試合がある。それに備えて、数週間前から準備を着々と進めていたのだった。PCブラウザだとDAZNの入りがあまり良くないので、(Androidのタブレットはほとんど使い物にならないため)、Docomoに乗り換えてiPhone8を無償で購入したと同時にiPadを買ったのだった。悪くない。これは行ける、と気合が入っていた。全ては12/16の決戦に備えて。

    キックオフの4時間半前の8時半に、シャワーを浴びて夕食の支度を始めた。食事しながら前哨戦のチェルシー戦を見ようと思っていた時だった。日曜日の夕食はいつも結構贅沢するので、その日もデパ地下でいろんなものを買い込んだり料理したり、と張り切っていた。

    その時だった。

    バーン、バリバリバリっというすごい音がした。平岸通りの方向からだった。うちの玄関に面した道路だ。玄関に出てみる。なにが起こったのだろう?

    たまたま方向的に、良く見えなかった。(問題のビルは、平岸通りの方向で、うちの玄関の左側になる。私は右側の方ばかり見て、左は見なかった。何も起きてないように感じた。

    その時、廊下で声が聞こえてきたので、ドアののぞき窓から見る。近所の2人の女性だ。あのブラックリストの時に暗闇の中で数時間話こんだお隣さん2人。

    早速、私も廊下に出た。2人と会話しようと思って。

    廊下に出て、事態の異常に気付いた。なんと廊下はガラスの破片で埋もれていたのだった。えっ!見ると、ビルの平岸通側の窓ガラスが全部、割れてガラスの破片が廊下に散っていたのだった。

    3人で会話しながら窓の外を見る。なんと、向かいのビルが全壊して煙が出ていた。その時点では火は見えなかった。

    間もなく、4人目のご近所さんが出てくる。ブラックアウトの時に水のことで会話した男性だった。ただ、その人のドアの前がガラスの破片で埋まっていてドアがなかなか開かなかったという感じだ。

    4人で会話しながら、ガラスの破片をホウキではいたり非常ドアを開けたりし始めた。

    割れた窓ガラス越しに下を見る。警察や消防車がいる。

    間もなく、向かいのビル(爆発の現場)から発火してすごい勢いで火が出ている。危ないのではないだろうかと思った。消防車はその時点では1台しかなく、火が消えそうに見えなかった。暫くして、数台の応援がきて消火に勤め始めた。

    近所の面々で、ガラスの破片をホウキで吐きながら、会話を交わす。我々はここにいてもいいものか、とか。

    暫くして、警官が「非難してください」と叫んでいる。家にいてはいけないということか?と4人で顔を見合わせる。ケアマネジャーの女性が、下に行って警官に聞いてくる、と行った。

    すぐに戻ってきて、向かいのビルのガス爆発の副次災害の可能性があるから、このビルから出て非難しろと言われたという。なんと。。。

    みんな部屋着だったので、それぞれ家に戻って着替えて避難しようということになった。

    戻って、温かいズボンに履き替えて、上は部屋ぎのままで、バッグを持って出ることにした。バッグの中には最低のものが一式入っている。もうコンタクトも外してしまっていたので眼鏡をかけて、ジャケットを着て外に出る。

    廊下で隣の足の悪い女性と一緒になったので、二人で下に行く。隣の男性も一緒になった。ケアマネジャーの女性は一足先に出たらしい。

    ビルの入り口もガラスの破片で埋まっていた。ああ、凄い事件の中にいるのだ、と実感した。

    警察が「立ち入り禁止」のテープを張っているから、その外に出て待機してくださいと言われる。その方向に行くと、ビルから50メートルくらいの信号交差点のところが「立ち入り禁止」のテープだった。みんな、そこで立って待つことになった。

    雨が降っている。雪ではなかったのが幸いというか、その日は札幌には珍しく、この時間で気温がプラスだった。普通の気温だったら1時間くらいでみんな倒れていただろうと思う。それから3時間、その場所に立たされ続けた結果となったのだ。

    ともあれ、雨の中、プラスとは言え寒い。みんな、夕食の支度をしていたところだった人が多かったようで、立って会話をすると、寒い、おなかすいたという言葉が飛び出ていた。車いすに乗った男性が辛そうにしていた。

    なんで、こんな目に合うのだろう?と、いう気がした。ともあれ、同じビルの住民のお隣さん同士で会話をしながら、現場の消化状況を見ながら、ひたすら過ごした。

    外に立って間もなく、電話やメッセージがき始めた。最初は苫小牧の親戚からの電話だった。「あなたの住所に近いと思って電話した」とのこと。「うちの向かいのビルで爆発して、今避難させられている」というと、電話の先で叔母が絶句していた。

    仕事の上司とはSlackで対話した。上司も絶句していた。

    そもそも札幌は人口が2百万ちかくいる。その市の一角で起こった爆発事故に、自分の知り合いが巻き込まれるとは誰も思っていないらしかった。私も、自分のことでなければ同じだったろうと思うが。

    それにしても、現場のビルの火が消えるまでに1時間近くかかり、煙が消えるまでに3時間以上かかった。それを、札幌の冬に外に立ってジーっと見ていた自分らも悲しいが、凄い事件だと感じた。

    21:30ころに、トイレに行きたくなる。言うと、ケアマネジャーの女性も行きたいというので、二人で近所のスーパー(500Mくらい先にある西友)に行くことにした。ブラックアウトの時とは違って、避難させられている自分たち以外はこの一帯の住民も店舗も通常の生活をしているので、トイレに困ることはなかった。西友の隣にあるマックで帰りにコーヒーを買って、持ち帰り、またみんなと一緒に立っている場所に戻って、一服した。

    コーヒーとタバコ。少し、気持ちが落ち着いた。その時実家の母から電話が入った。苫小牧の親戚から聞いたのだという。まだ同じ話をする。今もこの寒空の下で立っているのだ、と。

    そうこうしているうちに、ケアマネジャーの女性が美園のお姉さんのところに行く、と言った。翌日の仕事は早番だったが、職場の人と対話したところ、遅番にしてもらえたのでとのことだった。

    「この感じだと当分、家に帰れそうにないから」と、言って。

    そんな感じだった。「立ち入り禁止」のテープを持っていた警官が、状況を(知っている限り)説明してくれた。日付が変わるかもしれない、と言われたのはそのころだった。22:30

    ふむ。。。

    試合に間に合うだろうか?と心配になった。微妙だ。

    避難令が出て外に立たされて2時間経った。みんな、いら立ちが出てきたようで、警官にいろいろ言い始めた。こんなところに立たされていては病気になりそうだ、とか飲まず食わずで倒れそうだ、トイレに行きたい、うんぬん。

    警官は困っていたようだったが、その時点では何とも言えない、と繰り返すだけだった。

    22:45ころ、再度トイレに行きたくなった。隣の男性と会話していたので、その人にそれを伝えて一人で西友に向かった。「たぶん、戻って来た頃にもまだ同じ状況だと思いますよ」とその男性は言う。だんだん、みんな悲観的になってきたのだった。

    西友を出て、平岸通に沿って歩く。現場のビルの煙が、遠くからは見えなかった。前回のトイレの時は西友を出た瞬間に煙が見えたのに。そろそろ、家に帰れるだろうか?と期待しながら歩いた。

    しかし、まだまだダメらしい、と言われる。ため息が出る。

    23:20頃になって、警官が「区民センターが避難所として開放されることになった」と伝えてくれた。「少なくとも、暖房とトイレはありますから」と。

    ふむ、それでは日付が変わるどころか、朝になるのだろうか、と隣の男性と顔を見合わせた。避難所に行くしかなさそうだった。その男性と、もう一人2階の住民という女性と3人で会話していたので、3人で一緒に向かうことになった。

    事故現場を突っ切れば近いのだが、そこは「立ち入り禁止」のテープの中なので、迂回するしかない。雨が降る中、寒い思いをしながら3人で歩いた。

    その2階の女性は、引っ越してから半年くらいでこの近所の地理は詳しくないという。3人で仕事のことなど会話しながら歩いた。迂回して、区民センターに着いた。

    入ると、報道陣が来ていて避難所に来ていた住民にインタビューしていた。我々3人は嫌だね、と言って顔を見合わせた。

    広い会議室が住民に開放されていた。テーブルを組み立て、折り畳み椅子を持ってきて、3人で座った。

    24:00くらいになっていた。センターのスタッフが来て、リストに名前と住所を書いてくださいと言う。みんな順番に書いた。

    それから、2階の女性がセブンイレブンに買い物に行くと言って出て行った。その間、隣の男性と二人で会話した。ふと見ると、報道の女性が我々のテーブルに来た。そして、私に向かって「おかあさん」という。私はむっとして「おかあさんではありません」と言うと、その女性は隣の男性の方に行った。なんと失礼なことだろう。トシを取っている女性に対して「おかあさん」と声をかけるのが普通のことなのだろうか?と嫌な気持ちになった。その報道人はNHKだと言った。

    隣の男性は、ガラスの破片で埋まっている廊下の写真をNHKの女性に見せる。するとNHKの女性は、「その写真頂いていいですか」と言う。AirDropで写真を渡すことになった。なんと、という感じだ。

    センターの中には、ぐってり疲れた住民と、報道陣が混じっていたという感じだ。なんかね、この疲れた姿を勝手にカメラに収めて放送するのだろうか、いやだね、と顔を見合わせた。

    24:30ころ、2階の女性がセブンイレブンから戻って来た。なんと、暖かい飲み物とサンドウィッチとお寿司を買ってきてくれたのだ。「お腹すいたでしょ。食べましょう」と言って、分けてくれたのだった。なんと!

    3人で夕食となった。あっという間になくなった。では、次は私が買いに行きますと言って、出た。タバコを吸いに行くついでに、と。

    セブンイレブンはセンターから10メートルくらいのところにある。行くと、避難所に来ていた住民が結構いて、同じように軽食を仕入れていた。

    お茶、水、サンドイッチ、お寿司などを買ってセンターに戻る。すると、2階の女性はテーブルに座ったまま眠っていたようだった。男性は、起きている。というか、眠る場所もないし、起きてるしかないですよね、という感じで。

    2人で軽食を食べて、また会話を始める。24:30私は試合のことが気になってきた。それを、男性に言うと、そうですか、と笑う。その人はスポーツは好きだが、DAZNを視聴するほどではない、ということだった。またタバコに行こうとしたら、その人も一緒に行くという。なんと、この男性も喫煙者だった。

    二人でセンターの玄関を出たところでタバコを吸いながら会話をする。その人は自転車が好きで、暇があればサイクリングに行くという。気が向けば夕張まで行くということだった。60キロを自転車で?なんと!

    そんな感じで、会話をしながら過ごす。センターの人が時々、状況の説明に来てくれた。まだまだ、家には帰れないということだった。

    24:50 あと10分で試合が始まる。うーん。ここはWiFiがないから、ここでDAZNを見ようものなら大変なことになる、と私は苦笑しながらその男性と話していた。

    でも、お金かかっても諦める方が精神的に悪い、見よう、と思った。

    それから、iPhone8にDAZNをダウンロードして(すべてWiFiなしの環境で。。。)、ログインして試合に繋ぐ。隣の男性が、一緒に見たいと言ってくれたので、一緒に試合を見ることにした。iPhone8の画面で。けっこう、笑える光景かもしれない。

    ただ、避難中の住民は誰もが、みんな起きていた。そもそも、眠る場所もないので起きているしかないのだ。みんな、数人で固まって会話をしていた。それ以外にやることないのだから。。。

    さて、試合が始まる。ちなみに、翌朝家に戻ってWiFiの下でMyDocomoでデータ量をチェックしたら絶句した。なんと、わずか1試合(2時間)で7.1G使ったのだ!ふたん、1か月1GBしか使わない私が。。。。

    ともあれ、試合。

    隣の男性に両チームのことを簡単に説明しながら、一緒に試合を見る。サディオの先制ゴールの時には、私は口を手でふさぎながらガッツポーズをする。隣の男性は笑っていた。そして、向かいで居眠りしていた2階の女性が、私のジェスチャー(の音)で目を覚ましたらしい。すみません、と謝って事情を説明する。その女性も笑っていた。

    ハーフタイム。男性と一緒にタバコに行く。試合は1-1だった。ため息。

    後半、また席に戻ると、このセンターに来る前にはぐれた隣の足が悪い女性が来た。外に立たされていた時、警察が(寒かったので)車の中に座らせてくれたとのことのことだった。

    その女性が、我々に合流することになった。アンラッキーなことに、真ん中に座ったものだから、試合を映していたiPhone8の画面が小さいのにさらに遠くなった。でも、まあ、こんな非常事態だから仕方ない。

    私はひたすら試合に集中している間、隣の男性と隣の女性とが会話をしていた。私も時々、会話に参加しながら試合を見ていた。

    3:00、試合に勝った喜びで私は(避難生活の)苦悩がやや晴れて、ニコニコ笑う。隣のみんなは笑っている。

    さて、そうこうしている時に、ちょうどセンターの人が来て、状況の変化を伝えてくれた。やっと消防車のOKが出て、警察が最終チェックをしているという。それがOKになったら、みんな家に帰れるとのことのことだった。

    おお!やっと、帰れるのか!

    最終OKが出たのは3:25だった。ただ、追加の話があり、「危険だから」北海道電力が停電にしているのだという。「家に帰っても停電の可能性があります」ということだった。

    みんな顔を見合わせた。どうしよう?まずは帰ろうか?私と男性は、帰りましょう、と言ったが、足の悪い女性は困っている。ダメだからと言って戻る体力はない、と。

    すると、センターの人が「停電になっているのは3条の方だけで2条は大丈夫」と情報をくれた。安心して、3人で帰ることにした。ただ、足の悪い女性は歩くことが出来ないからタクシーで行くという。では、同乗しましょうということになり、3人でタクシーを捕まえた。

    住所を告げると、タクシーの運転手さんは地元の人ではなかったらしく、いちいち道を教えなければならなかった。しかも、警察がまだ現場の「立ち入り禁止」のテープを張ったままでクルマは進入禁止のままになっていたので、途中で降りねばならなかった。警官に聞くと、住民は通ってよいが車はダメとのことのことだった。

    ただ、その場所からは10メートルくらいのところが我々の住居だったので、隣の女性を連れてゆっくり歩くことにした。タクシーの運転手さんは「お役に立てずすみません」と言っていた。いやいや。。。

    03:40 ビルに到着。3階までエレベーターで行き、3人は3階で挨拶をして別れた。7時間の避難民生活を共にしたお隣さんだった。

    さて、家に入り、洗濯機やら食事の支度やらの後片付けをして、寝る支度ができたのは4時を回っていた。ともあれ、明日(今日だが)は半休もらうことになっていたので、上司にSlackで状況を伝えて、寝ることにした。

    その前にデータ通信料(7.1G増えていた)を見てげっそりした、というおまけもついていた。割れた窓ガラスのこともさておき、こういう細かい余計な出費は、単に自分が泣きながら払うことになるのだろう。事件に巻き込まれて被害者になったら、辛い思いをさせられた上にお金がかかる。

    わずか3か月でまた襲って来た災害に、財政と精神が受ける打撃は小さくはなかった。

    そして、まずは家に帰れたが、これで一件落着ではないことは薄々予想が付いた。その通りとなったが。

    (続く)

    帰ってきた戦力

    12月16日、Liverpoolはアンフィールドでマンチェスターユナイテッドに3-1と勝って、今季プレミアリーグの無敗を維持した。5日前にナポリに1-0と勝ってCLラスト16進出を達成したことで、選手は自信を強めたところでの宿敵ユナイテッド戦は、事前予測を裏付けるかのような一方的な内容となった。

    「恥ずかしい程にレベルの差を見せつけられた」と、ユナイテッド陣営のアナリストは一斉に酷評し、「ジョゼ・モウリーニョが来季もユナイテッドの監督を続けるとは到底思えない」と、全国メディアも同調した。ユナイテッドの地元紙は、試合終幕にコップ・スタンドから盛大に沸き起こった「モウリーニョをクビにしないで!」チャントについて、自嘲的な文面で取り上げた。

    「ユナイテッドがモウリーニョをクビにするわけがない」と、ユナイテッド・ファンが冷ややかな口調で引き取った。グローバル・クラブであるユナイテッドの成績不振に際して、いわゆる「キーボード・ウォリアー」と呼ばれているファンが「モウリーニョのクビ」を求める声をインターネット上で張り上げる中で、地元のファンは、モウリーニョに対する拍手を毎試合続けていた。

    「スタンドでは監督と選手を全面的に支持するのがファンの務めだから、我々は無条件に拍手を送る。ただ、それは意見の反映ではない。意欲が感じられないプレイに、根本的な対処が必要だと誰もが感じている。ただ、クラブはお金本位でチームの成績は二の次。CL出場が数字上不可能になった時に、その方が解約金が安くなるからという理由で、手遅れになるまで待って監督をクビにする。クラブのトップが変わらない限りはサーカス状態が続くだけ」と、毎試合応援に駆け付ける忠誠なファンは嘆いた。

    「今のLiverpoolは何もかも正反対。最初はくびをかしげたような選手でも、ユルゲン・クロップの下で数か月鍛えられた結果、一流のスターになった例は数えきれず、チーム全体がやる気と自信に満ちている。何より、選手が全面的に監督を信頼し、監督のフィロソフィーを実現しようと必死になっているところが、我々ユナイテッド・ファンにとっては羨ましくて仕方ない」。

    いみじくも、プリシーズンの合衆国ツアーで、Liverpoolがユナイテッドに4-1と快勝した試合の後で、地元紙リバプール・エコーが「ユルゲン・クロップとジョゼ・モウリーニョの大きな違い」について書いた記事が、ユナイテッド・ファンの嘆きを裏付けていた。

    それは、ナサニエル・クラインとアントニー・マーシャルが同時期に息子さんが誕生し、両選手が出産のためツアーを出て帰国したことに対する両監督の対極的な反応だった。

    「モウリーニョが、『マーシャルは、無事、健康な息子さんが生まれたことが分かったので、本来はツアーに戻ってきて試合に出ているべきなのに、休んでいる』と、不満を隠さなかったのに対して、クロップはニコニコ笑って言った。『リトル・クライニーの写真を見せてもらったが、元気な息子さんで私も嬉しい。暫くクライニーは忙しいだろう。人生にはフットボールよりも重要なことはあるが、出産は間違いなくその一つ』。その後、マーシャルが出て行くことを考えているという噂が飛んだことは、Liverpoolの選手からは明るいやる気の言葉しか聞こえない実態と同じく、誰もが予測できたこと」。

    そしてクラインは、昨季は腰の負傷のためほぼシーズンを棒に振った後で、ライトバックのポジションをこなす若手が急成長したこともあり、今季はリーグカップ戦(対チェルシー、試合結果は1-2でLiverpoolの敗退)のみの出場に留まっていた。負傷者続出のため、急遽ユナイテッド戦でプレミアリーグ初試合となったクラインは、まるでコンスタントに出場していたかのような安定したプレイで90分をこなしたのだった。

    「クライニーは今季初のプレミアリーグ戦だったし、90分持たないだろうと思っていた。でも、私の予測は間違いだったというくらいに、素晴らしいプレイをした」と、クロップは目を細めた。「選手層が厚いということは、全員が順番制で試合に出られる仕組みではなく、選手全員が、チャンスが来れば実力を発揮すべく日々備えること。その意味では、クライニーはまさにお手本」。

    クロップの称賛に、ファンは深く頷いた。「クラインは1月にカーディフに行くのでは?という噂が飛び交っていたところで、クリスタルパレス時代にデビューさせてもらった監督のニール・ウォーノックに引っ張られて行くことは本人にとっても良いことかと思っていた。でも、そんな噂を吹き飛ばすかのように、Liverpoolの負傷の危機を救うために立ち上がってくれた」。

    「負傷前にはレギュラーとして活躍していた選手が、回復後にチャンスを待つ立場に置かされるのは、内心穏やかではないだろう。それが、必要が出た時にはいつでも高いレベルを発揮してくれるのは、文字通り選手全員が監督の方針に賛同して一丸となっているから」。

    「ミスター・リライアブル」のプレミアリーグ500試合

    12月8日のランチタイム・キックオフ戦で、Liverpoolはボーンマスに4-0と快勝し、その前のバーンリー戦(試合結果は3-1でLiverpoolの勝利)に続きアウェイの連勝を記録した。開幕16試合無敗でクラブ記録を塗り替え、プレミアリーグの首位に立った。

    その試合で、ハットトリックを含み会心のプレイでスカイTVのマン・オブ・ザ・マッチに輝いたモー・サラーが、授賞式で、プレゼンター役のジェームズ・ミルナーに向かって、「僕はこの賞は受け取れない」と拒否したことで、TVを見ていたファンは一斉に目を点にした。

    「この試合は彼(ミルナー)の500試合という記念すべきものだから、彼が受賞すべき」と、サラーはスカイTVのアナウンサーに真顔で主張した。「彼のキャリアは輝かしいもの。僕は、自分のキャリアの中で、これから頑張っていいプレイをしたい。でも、今日はもらうわけにはいかない」。

    首を横に振り続けたサラーと、困惑しながらも嬉しそうに微笑んでいたミルナーの姿に、ファンの拍手は絶えなかった。「いい場面を見せてもらった。サラーの行動は寛大だし、何よりミルナーがベテランの副主将として、チームメートに心から尊敬されている実態が伺えた。ミルナーは、若手から慕われて敬意を抱かれるにふさわしい業績の持ち主」。

    「今日の試合では、正直、サラーが秀でていたのは確かだが、他の全員が10点満点の7点を超えるくらいの良いプレイを見せた。特にミルナーは、負傷のため急遽入ることになったライトバックで、あたかもこのポジションで何年もやってるベテランのような安定した試合をした」と、ファンは頷き合った。

    ミルナーのプレミアリーグ500出場は、ボーンマス戦の前に全国メディアも一斉に報道した。史上僅か13人目という500試合のマイルストーンに到達することになったミルナーは、現役選手の中では最多だった。

    「バーンリー戦で通算ゴール数を50としたミルナーは、いまだにプレミアリーグでは『ミルナーが得点した試合では負けがない』記録を維持している。しかもバーンリー戦の同点ゴールは、ミルナーがLiverpoolのタイトル争いのカギを握る存在であることを、再確認させられた」と、デイリー・ミラー紙はミルナーの偉大な記録を称賛した。

    地元紙リバプール・エコーが、ミルナーのユーモア精神を込めて、「その重要なゴールの報酬は、レフトバックだった」と続けた。ミルナーの同点ゴールをきっかけに攻撃増強を仕掛けたユルゲン・クロップは、レフトバックのアルベルト・モレノに代えてストライカーを投入した。そのため、ミルナーがレフトバックに回ったものだった。

    「ミルナーが、500試合のキャリアの中で、自分が最も得意とするミッドフィールドでプレイしたのは約半分と、様々なポジションで使われてきたが、ミッドフィールドに固執するためにLiverpool入りを選んだことは有名な話だった。2016-17季はレフトバックでシーズンを終えたことに対して、ミルナーがクロップに『率直な意見』を表明したことも誰もが知るところ。そして、バーンリー戦の次は、負傷のためライトバックでスタートという、二重の『報酬』が待っていた」。

    「これまでアウトフィールドではセンターバック以外全てのポジションを経験しているミルナーにとっても、ライトバックは僅か2度目だった」と、ミルナーの「ミスター・リライアブル」ぶり(※どのポジションをもこなす選手、という意味)を強調した上で、エコー紙はクロップの言葉を引用した。

    「500試合目にGKで出すと言っても、きっとミリーならできたと思う」と、ジョークを言った後で、クロップは真面目な口調で締めくくった。「ともあれ、ミリーのプレミアリーグ500試合という記念すべき場面を、共にできるのは光栄」。

    2002年に16歳でデビューして16年間、複数のビッグクラブで主力としてプレイし、プレミアリーグ優勝2回を含む多くのメダルを勝ち取ってきたミルナーは、シーズンチケット・ホルダーでありユース・チームで育ったクラブでもある、地元で熱烈なファンとして心に抱き続けているリーズユナイテッドについて、今年10月の創立99周年に際して本音を語った。

    「デビューできた時は夢の実現だと思った。唯一、残念だったのはもっと長くリーズでプレイしたかったこと」。2004年に、実質的に倒産に直面していたリーズは、クラブの財政を立て直すためにスター選手を売りに出し、その移籍金を赤字補填に回さざるを得なくなった。ミルナーもその一人としてニューカッスルに移籍させられたのだった。「クラブのために仕方なかった」。

    「リーズは今でも毎週、試合結果をフォローしている。99歳おめでとう。100歳の誕生日はプレミアリーグで迎えられることを祈っている」。

    エコー紙は締めくくった。「ミルナーのLiverpoolでの契約は2020年6月まで。その後はリーズに戻って『やり残した仕事』を完了させるのか、それともLiverpoolで契約更新するのか、現時点ではわからない。ただ、来月33歳となるミルナーが、500試合という数字を暫くは増加し続けること、Liverpoolにいる間はクロップにとっての『ミスター・リライアブル』であり続けることは間違いない」。

    マージーサイド・ダービーの意外なヒーロー

    12月2日、イングランド・フットボール史上最多の通算232回目、アンフィールドでのリーグ戦では100回目のマージーサイド・ダービーは、劇的な96分の決勝ゴールで1-0とLiverpoolが勝ち、1999年以来アンフィールドで勝ちがないエバトンの失意の記録を持続することになった。

    どこでもダービーと言えば、地元のファンにとって勝てば天国、負ければ隣人のからかいに耐える地獄の日々が待っている致命的に重要な試合であり、そのプレッシャーを背負って戦う両チームは、その時の順位や戦績に関わらず、常に行方がわからない対戦だ。そしてマージーサイドでは、気合が入り過ぎて相手を蹴りまくり、カード多発の「ダーティー・ダービー」の不名誉なニックネームを授かっていた。

    しかし今回は、Liverpoolは今季プレミアリーグ13試合に無敗で2位、エバトンはここ7試合5勝で6位と、面白いフットボールを展開する好調同士の対戦とあり、全国メディアでも好意的な記事が圧倒的だった。

    その背景には、ピッチ外の両陣営の団結を象徴するいくつかの実話があった。

    2016年にエバトン・ファン・グループが発端となり、今ではイングランド中のフットボール・スタジアムの風物詩となったフードバンク(※困っている人に食材を提供するためのチャリティ)は、アンフィールドでも毎試合で展開されていたが、今回のダービーでは、特に多数のファンの協力を呼びかけるべく事前準備が行われていた。その一環として、アンディ・ロバートソンがフードバンクの事務所を訪れ、エバトン・ファンのスタッフと一緒に食料の配送作業を分担するという心温まる出来事もあった。

    更に、昨季4月のCL準決勝戦で、試合前にローマの暴徒に凶器で襲われ、頭に致命傷を負ったLiverpoolファン、ショーン・コックスの莫大なリハビリ費用を援助するための基金に、エバトンのシーマス・コールマンが5,000ユーロを寄付した実話があった。それに対して、ダービーのマッチ・プログラムでユルゲン・クロップが、コールマンに対する感謝を表明した。「シーマスは、ピッチの上ではエバトン精神の象徴だが、ピッチ外でのコックス家に対する思いやりに満ちた行動は、まさにマージーサイドのライバル意識の真相」。

    試合後の記者会見では、クロップとエバトン監督のマルコ・シルバが揃って緑のバッジを付けていた。それは、昨年5月にマンチェスター・アリーナでの爆弾テロで殺害された被害者の遺族が創立した「メガン・ハーリー基金」のバッジだった。

    それらピッチ外での両陣営の団結は、ピッチ上での意外な結末の後でも、お互いに対する尊重という形で残った。

    試合後に、アウェイ・サポーターに謝りに行ったジョーダン・ピックフォードと選手一行に対して、エバトン・ファンは温かい拍手を送った。「試合終了の直前に相手にとっては超ラッキーなゴールを与えて負けを食らった。でも、昨季までの『ボールを蹴る前から負けていた』状況とは違う。試合結果には目の前が真っ暗になるが、チームに対しては誇りと希望しか浮かばない」。

    いっぽうLiverpoolファンは、「ラッキーなゴール」という見解はエバトン・ファンと一致していたが、得点したオリジに対する誇りを語り合った。「殆どのストライカーならば、ボールがクロスバーをヒットした時には諦めて次のプレイに入っていただろう。最後までゴール・チャンスを求めて粘ったオリジの、勝ちに対する執念が運を呼んだ」。

    同時に、「ラミロ・フネス・モリ事件(※2016年4月のマージーサイド・ダービーで、フネス・モリの危険なタックルを受けてオリジが担架で運ばれて交代した事件。フネス・モリはダイレクトの退場)の雪辱を、オリジはやっと果たすことが出来た」と、多くのLiverpoolファンが異口同音に言った。「あの負傷を負う前のオリジは、Liverpoolの将来を担うストライカーと期待されていた程だったのに、あの負傷のせいで、復帰してからも以前の調子に戻れないまま今に至っている」。

    ファンの思いをクロップが引き取った。「私はあの事件のことは絶対に忘れられない。ファウルとか厳しいタックルというのはフットボールに付き物だが、しかし、あれはオリジの選手としての成長を中断させるほどの大きなものだった」。

    昨季はドイツのVfLボルフスブルクにローンに出てキャリア立て直しを図ったオリジは、うまく行かずにローン期間が満了し、行き先がないままLiverpoolに戻って来たものだった。

    「今は怪我の痛みは完全になくなったディボックが、毎日のトレーニングで全力を尽くしている姿を見ているだけに、試合に出してあげられず申し訳ないと思っていた」。

    試合後のヒーローインタビューで、クロップの言葉を伝えられて、感想を問われたオリジは、さわやかな笑顔で答えた。「監督が支えてくれるから、意欲を燃やし続けている」。

    「今日の試合では、全員が最後まで勝ちを目指して頑張った。その結果、出たゴールだから最高の気分だ。ましてやダービーだから、スペシャル」。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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