FC2ブログ

    ここはアンフィールド(This is Anfield)

    9月18日、「今季のCL優勝候補同士の対決」と注目を集めたPSG戦で、Liverpoolは内容的には終始優位に立った末に、インジャリータイムの決勝ゴールで3-2と勝利を収めた。

    翌日のレキップ紙は、両チームの選手の評点を掲げた記事で、83分の同点ゴールを出したキリアン・エムバペと、同アシストのネイマールに10点満点の4点を付けるなど、「完敗を喫した」地元フランスのPSGを酷評し、Liverpoolとアンフィールドのヨーロピアン・ナイトを称えた。

    「You'll Never Walk Aloneが威圧的に流れる中で、アンフィールドのスタンドは、チームと一体になってCL初戦を圧勝で飾った」。

    リバプール・エコー紙は、試合前にネイマールが「アンフィールドが有名なスタジアムであることは、もちろん知っている。でも僕は既に6月にブラジル代表チームの試合で経験している(親善試合のクロアチア戦、試合結果は2-0でブラジルの勝利)」と、軽く語った言葉を引用し、「アンフィールドのヨーロピアン・ナイトを知らないネイマールは、後から激しく後悔することになるだろう」と、冷ややかだった。

    「昨季のCL準々決勝の前に、マンチェスターシティのレロイ・サネが『アンフィールドのファンが熱心だということは知っている。プレミアリーグで既に経験しているから(試合結果は4-3でLiverpoolの勝利)。でも、それに威圧されることはない。僕は大声援の中でプレイする方が好きだから』と言った。ふたを開けると、アンフィールドのヨーロピアン・ナイトに圧倒されたシティは3-0と屈服し、サネはトレント・アレクサンダー・アーノルドに手玉に取られて終わった。ネイマールも同じ運命をたどるだろう」。

    予測が的中し、シーズン第一回目のヨーロピアン・ナイトとなったアンフィールドを、リバプール・エコー紙は、「ユルゲン・クロップ時代の通算でトップ5に入るパフォーマンス」と評点を付けた。1位は2016年4月のドルトムント戦(EL準々決勝、試合結果は4-3でLiverpoolの勝利)、2位は2016年5月のビヤレアル戦(EL準決勝、試合結果は3-0でLiverpoolの勝利)、3位は2018年4月のマンチェスターシティ戦、4位は2018年4月のローマ戦(CL準決勝、試合結果は5-2でLiverpoolの勝利)だった。

    「マンチェスターユナイテッド戦(2016年ELラスト16、試合結果は2-0でLiverpoolの勝利)もトップ5入りしないくらい、数多くのヨーロピアン・ナイトを実現してきたアンフィールドは、通常は後半のノックアウト・ステージにより盛り上がるが、今季は第一戦目からピークに達した」と、現在の好調ぶりを表現した。

    かくして、リバプール・エコー紙が強調し、敗れた側のレキップ紙が脱帽し、イングランドの全国紙が一斉に持ち上げたアンフィールドのヨーロピアン・ナイトについて、筋金入りのエバトン・ファンで現在はアナリストとして活躍しているジョーイ・バートン(現フリートウット・タウン監督)が、「確かに、ヨーロッパのカップ戦のアンフィールドは凄い。でも、それを何故プレミアリーグの試合で出せないのか?」と水を差した。

    これに対して、Liverpool陣営が反論を保留にしていたところで、ユルゲン・クロップが間接的に回答を出した。9月22日のアンフィールドで、Liverpoolがサウサンプトンに3-0と勝ってプレミアリーグ開幕6戦6勝とした試合の後だった。

    「チームが全力で勝ちを目指して頑張って、良いプレイをすれば、スタンドは一層沸き上がる。スタンドが沸けばチームはより良いプレイができるようになる。それはピッチの上とスタンドとの相乗効果。例えばサウサンプトン戦では、前半はチームの攻撃もスタンドもハイピッチだったが、後半はやや硬くなった」。

    「PSG戦とサウサンプトン戦とでスタンドの声援が違う、と言われれば、それは違う試合だから当然としか言えない。ピッチの上が低調な時にもスタンドには最高の盛り上がりを求めるのは勝手だと思う。私は全く問題ない。逆に、良くないプレイをしてしまった時にもブーイングしたりというネガティブな反応がないことを嬉しく思っている」

    「今のLiverpoolは、ピッチの上のパフォーマンスと、試合結果と、スタンドの声援が全てタイアップして良い状態にある。私が対戦相手のチームの監督だとしたら、アンフィールドに来るのは気が重いと感じるだろう」と、クロップは真顔で語った。

    それは、今季第一回目であり通算5位のヨーロピアン・ナイトを食らったPSG監督のトーマス・トゥヘルが、試合後のインタビューで漏らした一言が裏付けていた。通算1位の試合で既にインジャリータイムの決勝ゴールを経験していたトゥヘルは、トンネルに掲げてある標識を読み上げて、つぶやいた。「ここはアンフィールド(This is Anfield)。まさに、ここの人たちが得意としていることをやられてしまった」。


    2018/9/12  11月まで続く非常事態?(完了編)

    9/12、朝のニュースを読む。北海道電力の代表者が「完全復旧は11月になる見通し」と分析しているとのこと。当初「1週間はかかる」と言ったのは、その時点では全く見通しがないのに何か言わなければならなかったから、とりあえず1週間と言ったという。なんと危機管理が出来ていないことか。

    ただ、危機管理が出来ていないというか、非常事態の状況が混とんしているのは北海道電力だけではなかった。

    地元の小売店を数件見た感触は、店によって品切れしているものや販売しているもの、制限を課しているものがまちまちなのだ。

    この近くに大手のスーパーマーケットが5軒あるが、1軒ではカップ麺が「おひとり様1つまで」として売ってるし、他の店では特に制限していない。というか、カップ麺も在庫切れになる理由は理解できない。物流がそこまでストップしたようには見えないのに。

    コンビニでも、セブンイレブン(徒歩5分以内にセブンイレブンが3店舗あるのだが、そのひとつ)に行くとアイコスが全部売り切れだと言われた。え?たばこも品切れ?これも理解できなかった。

    でも、隣のファミリーマートに行くとアイコスは売っていたし、タバコは全て普通の販売状況だった。

    なんと、被災地になることが珍しい北海道では、被災地になったときに、どうしてよいのかわからず混とんとするのだ。

    ただ、どの店でも売ってないのが牛乳だとか生鮮食料品だった。これは理解できるし、これらの食品が販売再開になればそろそろ災害も終わりになるのだろう。

    あとは、どのスーパーも営業時間を制限している。西友は24時間開いているのだが、今は(いつまでかは未定で)20:00に閉店していた。店舗の電灯も省電力モードになっていて、夜は開いているのか閉まっているのか、店の前に行って初めてわかるくらいに暗かった。

    そう言えば、AUから土曜日の夕方にメールが来ていて、北海道の契約者はデータ通信の制限を解除するとのことだった。そう、その日札幌から帯広へのバスの中で、いつものようにデジアラアプリを立ち上げると「残データ量」が「999.99GB」になっていて驚いた。私の契約派3GBなので、いつもは2.XXGBと出るのだが。これは制限が外れたからということか。

    ただ、遅いけど(苦笑)。本当に必要だった時には制限のせいか不明だが、ほとんど使い物にならない状況だったので。

    あとは、とても悲しかったのは、日曜日の夕方に地元の豊平公園に行った時のことだった。公園は封鎖されていて、張り紙が貼られていた。「木が倒れて危険なので立ち入り禁止」。

    見ると、本当に木が倒れていた。台風と地震のためにこうなったのだろう。豊平公園の森林はとても美しくて、気に入っている場所の一つだった。でも、こんな大きな木が倒されるような台風と地震だったということだ。これを見ると、この近辺で人間の被害はなかった(らしい)ことはもの凄い幸運なのだと、改めて思った。

    ただ、この倒れた木は元には戻らないのだろうと思った。

    2018/9/16 完了編

    土曜日(9/15)に、1週間以上ぶりに牛乳が買えた。これでやっと、紅茶が飲める!と嬉しかった。この日の西友の牛乳売り場は、(昼に行ったのだが)通常とは言えないものの、比較的個数もあって、まだしばらくは買えそうな感じだった。

    やっと、物流がかなり正常化した。まだ完全ではないが、日々ストレスをためずに食べるには十分な販売状況にまで戻った。

    そして、西友や多くのスーパーでは9/15(土)から営業時間を元に戻していた。

    まだ街中は節電している。公共施設や商業施設で、多くの店舗で照明を減らしていたり、エアータオルが止まっていたり、という感じで。

    今日、朝の散歩で月寒公園に行った。まだ立ち入り禁止状態だった。土曜日に豊平公園に行った時は、一部が解放されていて、閉じているところでは倒れた木の処分などの作業をやっていた。間もなく正常化しそうな様子だった。

    ただ、月寒公園の方がはるかに大きいので、もう少しかかるのだろう。

    北海道の観光客は激減だという。それは仕方ないと思う。ただ、徐々にだが着実に正常化している。

    被災地状態が完全に解ける日はそう遠くないだろうと思った。(完)

    2018/09/10 完全復旧はいつ?

    9/7 夕方7時に仕事を終えて、外を歩く。地下鉄の駅は開いている。7日の朝から徐々に運行を再開したらしかった。ただ、バス停にはまだ「停電のため運休中」の手書きの張り紙が貼られたままだった。

    少し、道を歩く。スーパーの前には依然として列ができていて入場制限されていた。幸い、あの停電&断水の前日にスーパーで買い出しをしたばかりで、暫くは持つ程度の食材はあった。電気が使えるので調理ができる。ホームベーカリーもあるのでパンを焼くこともできる。

    結局、たまたま小麦粉もあったことがラッキーだった。その後3日経ってもパンが買えない生活が続くとは思わなかったが。

    まずは、翌9月8日に朝いちばんの便で帯広に行くつもりだった。実家に一人でいる母の様子を見るために。この時期に片道220キロの遠出はやや無謀だったのだが、母が心配だったので多少の無理をしても行くつもりだった。

    ただ、その日の夜中になるまで果たして札幌から帯広の足があるかどうか不明だった。JRは運休しているし、再開の見込みは薄そうだった。都市間バス(ポテトライナー)が、9/7は完全運休だったが、帯広も停電が解消されたので動く可能性はある、と踏んでいた。

    市内バスの運休は、信号機が止まっていたからだとのことで、停電が解消されれば再開と言っていた。JRが止まっているなら都市間バスは何とかして動かすだろうと思った。

    その予測は当たっていた。

    朝6時に起きる。バスは定刻8:15だった。7時にバスターミナルのサイトにつなぎ、運行状況を見る「ポテトライナーは運休はありません」となっている。昨日は全便運休だったので、これは行ける!と思った。

    とにかく、行く支度をして7時10分に家を出る。地下鉄で大通りまで行く。さすがに地下鉄は、間引き運転しているらしく、この時間は5分おきに電車が来るはずだが10分近く待った。

    7時半、バスターミナルに着く。窓口には列ができていて、横にスタッフが立っていた。「ポテトライナーは運行しますか」と質問すると、「運休の便もあるので、窓口で聞いてください」と言われ、情報なしで並ばされた。

    もっとも、バス会社は(運休は)自分が悪いのではないので、客に対して便宜を図る義務はない。

    ふむ。。。。

    ただ、余裕をもって出てきているし、多少は待っても大丈夫だった。案の定、10分も待たずに自分の番になる。窓口の男性は通常の担当ではないらしく、発車オーライネットで取った予約の情報を見せると「購入期限切れと書かれている」と、最初は門前払いされそうになった。

    発車オーライネットの予約情報の方が間違いで、回数券で購入する場合は当日でも購入できる、とは既に問合せして言われていた。また同じ問答かとうんざりしたが、その男性スタッフは、予約番号を打ち込んだ結果、OKと出てきたのを見て「大丈夫です」と言う。

    ともあれ、行けることになった。8:15定刻に発車し、特に問題なくほぼ定刻の11:30頃に帯広に着く。終点ではなく実家に最も近いバス停で降りて、歩くことにした。そのバス停から実家へは2キロくらいの距離で、晴れていればいつも歩く。

    ただ、11:30の帯広は暑かった。たぶん、26-27度くらいか。陽の光の下を歩いているうちに、疲れを感じた。それもそうだ。9/7は通常に仕事して、食事も通常にしたとは言え、停電&断水から1日しか経っていない。まだ疲労が残っていた。

    実家に着く。母から停電中のパニック状態の話を聞く。電池で動くラジオを付けていると、ラジオの人が電気のブレーカーを落としておけと言っていたという。え?でもブレーカー落として置いたら停電が解消されてもわからないのでは?よく聞くと、地震で水害にあったところでは、通電したら感電するかもしれないからということだった。つまり、水害になってない家はブレーカー落とす必要はないわけだ。

    なんか、情報が錯そうしてるな、と思った。

    それから、実家の片づけ物を手伝った。やや疲れたので、少し休んでからスーパーに行くことにした。母は足が弱くなっているので、、食べたいものがあっても自分では買い物に行けない。こんな時だからちゃんと食べた方が良いと思って、スーパーに行くことにした。

    札幌でもスーパーにはまだ入っていなかったので、それが初スーパーだった。

    入ってみて、事態に気づいた。賞味期限があるような食品は売ってないのだ。乳製品だとか、肉だとか。惣菜は少し売っていたが限りがあった。あとは、冷凍食品は殆どなかった。それもそうだ、あの停電で、在庫品はたぶんダメになっただろう。そして、この状態では入荷もしていないだろう。たぶん、食品メーカーは生産を再開したかしていないか、くらいだろうし。

    そして、どこに行ってもパンは全く売っていないことも分かった。

    なるほど、食品は入手が大変なのだ、と気づく。

    いったん実家に戻り、母に「売っていたもの」を伝え、その中から食べたいものを聞いて、再度買いに出ることにした。(スーパーから電話をしたのだが、出なかったので、仕方なく行ったん戻ることにした)

    幸い、いくつか母が食べたいと思ったものがあったので、夕食はおいしく食べられた。

    停電中の状況の話になった。その時に思い出したのだが、まさに停電していた9/6の午後に地元の町中に出た時に、いやなものを見た。駅前の小さい焼き鳥屋が、ペットボトルの水を販売していたのだが、なんと、2リットルのペットボトルを400円で売っているのだった。2リットルの水は、ふつうならばコンビニで買ってもせいぜい200円だ。スーパーなら100円だ。

    こんな時に、困っている人にものを高く売って儲けようという人がいるのだ、と残念に思った。

    Facebookで対話したマレーシアの友人に、状況を聞かれて「食べ物がない。断水で水も不足している」と言うと「政府が援助を出さないのか」と質問された。

    でも、水を2倍の値段で売る人がいるというのが実態だった。

    9/9 朝、早い時間に実家を出た。札幌に戻るバスは10:00発車だった。本当にとんぼ返りだが、月曜日は通常に仕事だった。母がとても喜んでいたので、やはり行って良かったと思った。今回の停電で、夜は真っ暗で不安で早く寝たが眠れなかったなど、母はやはりストレスに感じていたようだった。それはそうだと思った。自分もそうとうイライラしたのだから、普段から自力で自由に動けないような人は、さぞや不安で大変だったろう。

    13:40、札幌に着く。街中で買い物をしてから帰ることにした。母がソーラーの時計が欲しいというので、ヨドバシカメラに行って買うことにした。ちょっと探すと、4000円のがあったのでそれを買う。

    ヨドバシカメラはJRの札幌駅を通り過ぎたところにある。帰りにJRの駅の喫煙所で一服することにした。すると、その間アナウンスが聞こえた。9/9になっても帯広・釧路方面の電車は運休だとのこと。(ポテトライナーは昨日から動いているというのに)

    その後で、パン屋に入ることにした。すると、販売制限が課されていた。品物は限定で、おひとり様3個までと書かれており、売ってる商品は1個300円くらのものばかりだった。

    どのパン屋に行っても状況はほぼ同じ、閉店しているパン屋の方が多かったかもしれない。

    家に帰って、地元のパン屋さんに教えてもらってやっとその理由がわかった。今回の停電のおかげで原料が入荷しないので、パンが作れないのだそうだ。牛乳がやっと水曜日に入荷するらしい、とのことだった。

    あ、あの帯広のスーパーの商品棚がらがら状態は、暫く続くのかと、その時になって初めて実感した。

    「こんな風に被災地になることがあるとは、これまでまともに考えたことなかったですよね」と、そのパン屋のスタッフは言っていた。

    その通りだった。

    うむ。これから食品不足の生活が暫く続くのだ。

    9/10の夜に、札幌の友人からLineがくる。停電中には連絡しなかった人だが(さすがに同じ市内だと状況は想像ついたので)。

    現在の食品不足の状況について、その友人は「今日も弁当が売ってないので昼食に困った」と言っていた。

    「いつまで続くだろう?」

    「今週いっぱいは、たぶん、通常の生活には戻れないだろうね」

    「そうだね」

    そんな感じの会話だった。復旧したら、また飲みに行こうね、という感じで会話を終えた。


    古風な考え方で最新のテクニックを持つ選手

    今季が開幕したばかりの頃に、LFCTVが特別番組として放映した、ジェームズ・ミルナーとアンディ・ロバートソンの人生相談Q&A(ジョーク)が、ファンの爆笑を買った。現在のLiverpoolで、チームメートから「面白い奴」と言われているミルナーとロバートソンが、ファンからのジョークの質問にジョークで答えるという企画だった。

    その中で、ロバートソンが妙に真面目な反応をしたものがあった。「彼女との初デートですが、どこに行けば良いかアドバイスください」という質問に対して、ロバートソンが「まだデートしてないのだから、『彼女』とは言えないんじゃないの?」とムキになったのだった。ミルナーが絶句しているうちに、ロバートソンが「僕は映画に行ったのだが、£20札(※約3,000円)しか持ってなくて小銭がなかったので困った」と続けた。

    これを見たファンは、「いかにもロバートソンらしい」とほほ笑んだ。それは、昨季CL決勝出場が決定した直後に、ロバートソンがFourFourTwoのインタビューで、奥さん(彼女)とのなれそめを語ったものだった。中学校の1年下だった奥さんと、長年の友達付き合いの末に、ロバートソンがダンディーユナイテッドでプロのフットボーラーとして身を立てることになった時に晴れて「彼女」になったという。

    ちょうどその頃、アマチュアのクラブでフットボーラーの道を目指していた18歳のロバートソンが、「この年齢でお金がない生活とは、つまらないもの」とTwitterでつぶやいた、6年前のポストが飛び交った逸話があった。そして、幸せな家庭を築いた今になって、奥さんから「まだ友達だった頃、あなたは早朝の0時に『誕生日おめでとう』のメッセージを送ってくれた。待ち構えていたんだな、と思った」と言われて、「バレていたのか」と赤面したとのこと。

    「フットボール界の底辺とも言えるクイーンズパークから、努力で成功を勝ち取った真面目なロバートソンは、その古風な考え方で私生活をしっかり固めている」と、ファンはほほ笑んだ。£20札のエピソードも、象牙の塔にいる現在のプレミアリーグのスター選手とは対極にあった。

    「ロバートソンが大好きじゃないLiverpoolファンなど存在しない」と、誰もが頷いた。「古風な考え方で、同時に、プレミアリーグでもトップを争うレフトバックとして、最新のテクニックを持つ選手」。

    そのファンからの応援に対して、ロバートソンは、常に感謝を抱いていると語った。最も気に入っているファンのジョークとして、ロバートソンが高速道路を走ってシティのチームバスを追っかける合成写真を上げた。これは、プレミアリーグのマンチェスターシティ戦で(試合結果は4-3でLiverpoolの勝利)、ロバートソンが走って相手ゴールを襲った場面を元にしたものだった。

    「全力疾走でチームの勝利をもたらしたロバートソンは、その後CLでもシティの目標を奪った。それは、5年前にハムデン・パークのスタッフとして働いていたロバートソンが、大スター選手のバンサン・カンパニをお世話した時には予想すらできない事態だった」と、FourFourTwoは説明した。

    「2013年にベルギーがスコットランドとの親善試合に来た時に(試合結果は2-0でベルギーの勝利)、負傷欠場していたカンパニをスタンドに案内して、マッチプログラムを渡した。もっとも、カンパニは覚えてないと思うけど」と、ロバートソンは笑った。

    そして、2018年9月7日にスコットランド代表主将としてハムデン・パークのピッチに立ったロバートソンと対戦したカンパニは(試合結果は4-0でベルギーの勝利)、「プレミアリーグに来る前からロバートソンを知っていた」と証言した。「2013年にハムデン・パークで彼と会ったという話は聞いたが、もちろん、覚えていた」と反論し、「彼のことを知っていたから、僕はゲームでは彼を自分のチームに入れていた。優秀なレフトバックは希少だから」と、ロバートソンを称賛した。「少年時代にボールボーイをやっていた経歴を持つ選手は少なくないし、ロバートソンもスタジアムで働きながら、Liverpoolのレギュラーの座を勝ち取るに至った成功談の一つ」。

    カンパニが本当に、5年前のスタジアム・スタッフを覚えていたかどうかはさておき、ロバートソンの成功談に関しては、誰も疑う人はいなかった。

    戦力としてロバートソンを見初め、セルチックで挫折してからプレミアリーグのハル・シティの主戦力になるまでのジャーニーに感銘を受け、Liverpoolのレギュラーに育て上げたユルゲン・クロップは、代表チームの主将に抜擢されたロバートソに対して、改めて信頼と期待を語った。

    「アンディは人格的にも優れていて、今後長いことリーダーとして勤める選手であることは間違いない。フットボール界でのキャリアを開始してから、4-5年の間で達成したステップアップは素晴らしい実話だ。まだ24歳という若さで、既にリーダーシップを身に付けた。これから更に伸びて行くことは間違いない」。

    2018/09/06 停電&断水の24時間

    9/6 早朝5時(くらい)、寝ているところで凄い地震でパッと目が覚めた。あ、揺れてる。地震だ、と寝ぼけながら思う。すると、バチっと物凄い音がして一瞬火花が見えた。固定電話の子機の付近だ。何だろうと思う。まだ寝ぼけている。そのうちにまた眠ってしまった。

    7時(いつもの起床時間)、目が覚めて起床する。いつもの通り、リモコンでTVを点ける...点かない、あれ?ふむ。(まだ寝起きで頭が働いていない)。暫くして、早朝の記憶が浮かんできた。あ、停電かも?

    洗顔して着替える。窓から日が差し込んでいるので、電灯は必要ない。この時間はいつも、雨の日とか暗い日以外は電灯は特に点けない。だから、この時まではまだ異常を実感してなかった。

    洗顔する時に、水の様子がおかしいことに気づく。停電なら、このビルは断水になる(水の供給に電力を使っているため)だろうから、今のうちに水をためておいた方が良いかも、と少し頭が働き始めた。バケツに水をためる。

    間もなく、水が出なくなる。あ、やはり停電か、と思う。そろそろ頭が目覚めてきた。

    8時。今日は仕事で重要な会議がある。Skypeで東京と会議だ。内容がけっこう深刻だった。

    ただ、停電してたらskypeなんてできないじゃないか、と気づく。その通りだ。頭を巡らす。電化製品は全て、消えている。仕事用に2台のデスクトップはもちろん、ノートPCは付くが(バッテリーはたぶん2時間蔵は持つだろう)、ルーターがダメだからWifiがつながらない。うむ、では今使える通信機器はiPhoneだけか、と認識する。

    幸い、というか、いつも充電器2台を満杯にしておく習慣があるので、大事に使えば2日は持つだろうと思った。言うまでもなくポケモンとかバッテリーを消費するものは絶対に付けてはいけない、ということはすぐに頭が回った。

    結局、このiPhoneが最後まで唯一の通信手段となったのだが。

    ただ、その時点では停電の範囲に関する認識は全くなく、自分のところだけだと思い、電力会社に問合せするための契約書を(問合せ先など)探し始める。3年前にAU電気にしたばかりだから北海道電力に問合せしても契約者じゃないからと邪見にされるだろうし、とか思った。

    何しろ、この時点ではTVも見れてないので事態についての認識が全くなかったのだ。

    机をひっくり返してAU電気の契約書を探す。見つからない。ふむ。昔の北海道電力の料金通知は見つかった。料金に関する問い合わせ電話は記載されていた。営業時間9:00-17:00と書かれている。その時間は8:40だった。まだ時間前だ。

    AUのAu電気のアプリをインストールする。電話番号らしきものがやっと見つかった。かける。自動音声応答で「営業時間は9:00-17:00です。ただ今の時間は営業時間外です」だと。うん。停電になっても9:00にならなければ連絡もできないのか、と苦笑する。

    その間、仕事の電話を入れることにした。iPhoneを見ると、その時点で3人から「大丈夫?」というメッセージが入っていた。

    うん?これ、ひょっとして私だけのトラブルではないの?

    まだ何事が起こったのかわかっていなかった。AU電気に電話する。北海道全域で停電になっている、と言われる。ほー、と思う。だから北海道電力に問合せしてください、とたらいまわしされる。

    ほー、9:00まで待ってこれか。

    さらに、北海道電力の問い合わせ先を聞くと、わからないと言われる。さんざん待たされた末に、03の番号を教えられる。

    「停電のため、情報を探すことが出来ないので」と言われる。これ、電気会社の言葉?とあきれる。

    次に、仕事の電話を入れる。出ない。暫くしてコールバックがくる。停電らしいので、今日の打ち合わせは出られないです、と言うと、上司はえーーっと不満そうな反応だ。でも停電でPCもつかないしルーターも止まっていてiPhoneしか通信手段がないのです、というと渋々、欠席を許してもらえた。

    その後、その上司から仕事の詳細で何度も電話が来た。

    徐々に、iPhoneに入るメッセージが増えてくる。全国の友人が、心配してくれているようだ。そんな事態なのか、とぼやーっと認識し始める。

    ただ、依然としてニュースにはアクセスできないし、友人とのメッセージのやり取りで、北海道全域が停電しているらしいことはわかったが、その深刻さはまったく想像もつかなかった。半日で解消されるのか、一日かかるのか、など、まったくわからない。

    ふと気づいて、実家の母に電話を入れる。固定電話は、電源が入っていないというメッセージになった。それもそうだ、北海道全域が停電なのだから、と思い直して携帯に電話を入れる。出ない。母が携帯に出ないことは珍しいことではないので、ともあれこの時点ではまだ心配はしなかった。

    案の定、それから数十分して再度電話すると、母が出た。停電だが、水は出ているという。母は一軒家に住んでいるので、私のところとは状況は違うので水が出ているというのは不思議ではない。ともあれ、母の声を聴いて安心した。

    千葉の兄にメールを送った。

    すると、即座に兄から電話が来た。「北海道全域が停電らしい。ただ、午後には復旧すると言っているが」ということ。あ、それなら大丈夫かな、と思った。

    この時点では、全国ニュースも事態の深刻さを認識していなかったのだ。

    それから、仕事の電話の対応やら、北海道電力に電話したり、でバタバタと時間が過ぎて12時になる。北海道電力は、昔の料金の問い合わせの電話番号にかけると電話に出てくれて、停電情報にも応じてくれた。ただ、復旧の見通しは立っていないという返答だった。

    さて。

    少し、落ち着いて現状を検討して見る余裕が出てきた。
    ・この停電は北海道全域の問題で、地震で発電所がトラブルを起こしたのが原因
    ・復旧見通しは立っていない
    そして、自分の状況は、
    ・停電と断水がいつまで続くかわからない
    ・仕事はできない(時々かかってくる東京の上司の電話以外は)
    ・通信手段は、iPhoneのみ
    ・iPhoneの充電は、大事に使えば2日は持つ
    ・ガスは使える
    ・水が使えない(もう止まってしまった)
    ・つまり、トイレが流れない(なるべくトイレに行かないようにする必要がある)
    ・食べ物は、特に困らない。電気が使えないのでろくなものは食べられないが、その気になればカップ麺が2つあるし、食パンもある。
    ・ただ、トイレが使えないので何も食べない方が良いのでは?(おなかがすいてどうにもならなくなれば別だが)
    ・食欲はない。じゃ、食べないことにしよう。
    ・2リットルのペットボトルが8本、ウォーターサーバーの1ガロンが1つあるから飲料水は3日くらいは十分
    (その後、このペットボトルの飲料水でトイレを流す水に代用することになったが)
    ・コーヒーメーカーは当然、使えないが、ガスでお湯を沸かしてコーヒーを手動で入れればコーヒーも飲めることがわかった。
    ・たばこも、アイコスが4箱ある。1週間は持つ。たばこは心配ない。
    (その夜、アイコスの充電が必要になったが)

    そのような整理作業をしているうちに、午後がだんだん進んでくる。15:00くらいに急に空が暗くなる。うむ、これ、今はまだ薄暗いからいいけど、夜の18:30くらいになると真っ暗になるのでは?と気が付く。

    まずい。私は懐中電灯というものがあったっけ?

    ない。買った記憶がない。ないような気がする。

    懐中電灯もしくは電池で動く電灯を探してみる。ない。

    ないと思う。買った覚えがないので。

    ろうそくなどの原始的な照明も、ない。まずいかも。と思い始める。

    今のうちに買いに出てみようか、と初めて考える。それまでずっと一歩も外に出てなかったことに気づく。バッグを持って外に出る。幸い、現金はある。先日少し降ろしてきたので。

    ドアを開けると、隣の住民2人(二人とも女性)が立ち話をしていた。挨拶くらいはする人たちだったので、立ち止まって話をすることにした。

    1人は50代くらいのケア・マネジャ、1人は80代くらい?の一人暮らしで介護の人が時々来ている、という人だ。ケア・マネジャの方が、介護を要する方の人に「何か必要なものがあれば買ってきますよ」と言っている。ペットボトルのお茶が欲しい、と言っている。ご飯も欲しい、と言っている。ケア・マネジャの方が、「もうコンビニは食べ物は朝から売り切れていたから、内と思う」と言っている。

    私が、お茶はないがペットボトルの水ならありますよ、と言う。欲しいというので2本、差し上げることにした。

    そこで、3人で立ち話になった。ケア・マネジャの方が、仕事の関係の人から今回の停電の深刻さとか状況についていろいろ聞いていたようで、情報を教えてくれた。

    水力発電所を使って午後から一部、復旧させたが病院など深刻な地域を優先しているという。この一帯はもっと後だろう、ということだった。

    ふむ。。。。

    その人はラジオを持っているのでニュースを聞いていたのだが電池が切れたという。私は電池を持っているので差し上げます、と言って単四の電池を3本あげた(照明器具はないが電池はあった)

    その代わりに、ろうそくをもらった。助かった!

    そんな感じで、隣近所で助け合いましょう、という話になった。

    夜になったら暗くなるので、廊下に出ようと思っている、とケア・マネジャが言う。真っ暗の家にこもっていても気が滅入るだけなので、廊下に出れば近所の人と話ができるから、という。

    なるほど、と思った。では、私も出ますと言って、まずは分かれた。

    ともかく、西友に言ってみることにした。800メートルくらのところにある。照明器具があれば買おうと思った。結果は、朝のうちに売り切れましたと言われたのだが。

    つまり、隣の人からろうそくを貰ったことが助かった。

    西友に着いたのは17:00頃か。薄暗い店舗の前に人が列を作っている。スタッフが「おひとり様1点ずつでお願いします」と制限している。聞くと、食べ物しか残っていないという。

    そうか、みんなは食欲があるんだな、と思った。自分は朝から何も食べてないけど、おなかが全くすかない。もともと食べ物に固執していない自分が、この事態で食欲が出るとは思わなかったが、やはり全く食べたくなかった。

    というか、水が出ないのにトイレに行かねばならなくなる事態の方が怖かった。食べる気になどとうていなれない。

    西友で、結局何も買わずにそのまま帰宅する。18時、そろそろ暗くなり始めた。

    建物の入り口で、住民らしき人と一緒になる。「エレベーターはまだだ止まってますね」と、その人(足が悪そうな70代くらいの男性)は言う。「停電だから、無理でしょうね。復旧見込みは立ってないみたいです」と言う。その人は「では、階段しかないね」と言う。「9階まで上がらねば」と悲しそうに言う。「あなた何階?」私は3階です、と答えると「いいなあ」と羨ましそうに言われた。

    だんだん、厳しさが十万してきた。

    自分の住居のフロア(3階)に上がる。階段を上がったところで、隣の介護が必要な女性が男性と喋っていた。その男性(40代くらい?)も同じフロアの住民だという。初めて見た。挨拶をして、少し会話をした。

    「朝のうちに少し多めに水をためておいたから、少しなら差し上げますよ」と言ってくれた。

    助け合い、助け合い。

    そして、家に入ってiPhoneを付ける。Facebookで友人に近況を伝えようと思った。うむ。重たい。まずい、唯一の通信手段である4Gがダメになってきたようだ。

    つながらない。

    何度か接続すると、つながる。また切れる、という感じで、本格的に災害になってきたようだ。

    北海道電力に電話する。また、すぐに電話は繋がった。一部の地域は復旧しているが、それ以外の地域は復旧見込みは立っていないという。住所を伝えると「その地区は現在は見込みは立っていません」とのこと。順番に水力発電所を稼働させて、電力を供給しているのだが場所によって可能な地区が決まるので、どの発電所が稼働できるようになるかによって復旧の見通しが決まるのだ、とのこと。

    で、発電所の稼働待ちで、今の時点では豊平区は全く見込みなし、だと。うーん。

    その電話番号は9:00-17:00しかつながらないことになっていたので、夜になったらどこに電話すればいいですか、と質問すると、ちょっとお待ちくださいと言って0120で始まる番号を教えてくれた。

    携帯からも繋がりますか?と質問すると、「固定電話でかければ繋がります」と言う。だって、固定電話なんて今どきの機器は電力で稼働してるでしょ?というと、その人は「あ、そうですね。ちょっとお待ちください」。なんと。。。。

    暫くして「携帯からも繋がります」との返事。

    なんとも。。。危機対応の体制ができてないではないか、とまた心細くなる。ちなみに、その時教えてもらった0120の番号は、その後19:00くらいにかけたところ「停電情報です。この番号は今は使われていません。ホームページで見てください」と自動音声応答が流れた。

    泣きたくなった。

    窓から陽が入らなくなり、ろうそくを付ける。

    小さいボールに紅茶のティーパックの出がらしを入れて、その隙間にろうそくを立てる。なんとかなりそうだ。ライターで火を付ける。あ、照明だ。周囲20センチくらいの距離は、見える。

    また気持ちが沈んできた。

    いつまでこの事態が続くのだろう?

    と、自分がこんなに気が滅入っているのだから実家にいる母はどうなっただろうと気になって、また電話する。今度は「おかけになった電話は電源が入っていないか電波の届かないところにいます」という自動音声だ。母の携帯はドコモだった。キャリアの問題というよりは、携帯の電池が切れて充電できずにいるのかも、と思った。念のため固定電話にかけたが、当然だがつながらない。まだ停電中のようだ。ふむ。連絡取れなくなってしまったかと思った(まだパニックになる時期ではないだろうと、思った)。

    Facebookにつなぐ。友達がまた心配のメッセージをくれていた。みんな、心配してくれているのだ、と嬉しかった。

    4Gの接続は依然として、悪い。繋がったり切れたりになっている。災害だからこんなものなのだろう、と思った。

    何度目かに、Facebookで友人のメッセージが見えた「無事のようで安心しました」とのこと。ん?この状態は、「無事」というのだろうか?とふと考える。無事というのは通常の状況のことだとしたら、今の状態は「異常」であって「無事」ではないと思うのだが。。。

    まっくらな部屋でろうそくの光を頼りに、トイレに行かないために食べられず気が沈んでいる状況でも、生きているのだから「無事」だということなのか、と思った。

    本当に気がおかしくなりそうだったので、廊下に出ることにした。すると、さっそく、隣の2人とばったり合う。3人で、暗闇の中でろうそくの光の下でぽつぽつと会話を始めた。

    「暗い中で1人で部屋にいても辛いので、ここに来れば誰かと話しできると思って」と、言う。全く同じです、と私も言う。

    ケアマネジャーの人がラジオを持ってきてくれたので、3人でニュースを聞く。当然というべきか、停電情報になる。発電所の説明と、現在の停電世帯数(300万世帯ちかく)と、復旧できた世帯数(35万世帯くらい)の数字、残りの世帯の復旧見込みは立っていない旨のニュースが繰り返される。

    ニュースの合間に、3人で自己紹介的な話になる。どこでどんな仕事してるなど。私はIT業界の人間で、PCが使えないと何もできないのだ、と言う。ケアマネジャーの人は、携帯がドコモで、電話がほとんどつながらないという。私はAUで、電話はかなり良くつながる。音は切れたりするが。4Gがひどいのは同じだったが。

    電話だけを言うとAUの方が良いらしい、とのことだった。もちろん、地区によるだろう。たまたま、この地区はAUの方がアクセスポイントが近いのだろう。

    22:00ちかくまで廊下で真っ暗な中、3人で喋って時間を過ごした。その後、自然解散して各自家に戻った。

    さて、ろうそくの火の下に戻って来る。ソファに寝転んで、ろうそくの下にiPhoneを持って行き、Lineを付ける。サポーターズクラブのTさんから返信が来ていた。

    そこから、寝るまでぽつぽつとTさんとLineのやり取りとなった。ちょうど1日前に、Liverpoolからメールが来て、西日本の台風の影響について心配してくれて、会員のみなさんはどうしてますか?という問い合わせに対応していたところで、自分がPCメールにアクセスできなくなった。Liverpoolに連絡して欲しい、とTさんに頼むと、すぐに連絡してくれた。

    それから、暫くサポーターズクラブの連絡手段についてLineでやり取りをした。4Gの劣悪な接続状況の中、リンクをたぐって、Tさんのユーザー登録をしたり、などの作業に専念した。

    時間が過ぎる。助かった。一人で悶々としてたら、本当に気がおかしくなりそうな感じだったので。

    iPhoneでこんなに文字を打ち込んだのは初めてかもしれない。Lineも文字を打つときはPCを使うのだが、今日はiPhoneしか使えなかったので、LineもチャットワークもFacebookもすべて、iPhone直打ちだ。時間ありあまってるからなあ、と苦笑する。

    ちなみに、4Gの接続が悪いせいか電池の消耗は意外に早かった。充電器が2つあるうちの1つ目が完全に終わってしまい、この時間にすでに2台めを使い始めた。この感じだとあとまる1日で電池切れになる、と覚悟した。

    そうこうしながら、結局Tさんが遅くまで付き合ってくれて、00:00くらいにおやすみなさい、になった。

    もう寝るしかやることないし、寝る努力を始めた。もちろん、水もないのでシャワーも浴びていない。汗臭くて気持ち悪かったので、ベッドに入る気になれずソファで寝ることにした。

    眠れない。

    ベッドに寝ることにした。

    時間を見ると1:00になっていた。ともあれ、もし、9/7の朝に復旧する1/3の中に入った場合はすぐにわかるようにと、電灯のスイッチをONにしておいた。

    それからしばらく悶々としていたが、いつの間にか眠ってしまったらしい。

    目が覚めたのは、部屋の電灯が付いた4:00のことだった!

    あ!電灯だ!飛び起きた。

    停電がこれで終わり?

    起きると部屋が明るかった。感激で涙が出そうになった。たったの24時間の災害だったというのに。

    起き上がって、洗面所に行く。水栓を開ける。しばらくは水は出ないだろうとは思ったが、5分くらいたって、水が出始めた!

    水だ!また、涙が出そうになった。

    茶色い水だった。しばらく(20分くらい)出し続けてやっと水が透明になった。洗濯機も庫内清掃モードで水を出す。

    やっと、人間の生活に戻れる!

    バケツに水を汲んで、トイレに流す。何時間ぶりにトイレが使えるようになった。しばらくして、トイレが普通に流れるようになった。

    電話機のリセットなど、電気機器の処置を始める。PCも全部つける。ついた。ルーターも稼働してインターネットにつながった。

    6:30。

    PCを立ち上げてOutlookを起動する。PCメールに友人からの心配メールが入っていた。

    それも含め、LineやらFacebookで心配してくれた友人にメッセージを送る。最後に上司に「復旧しました」と報告。ただ、「体調があまり良くないので、ひょっとして9/7は朝から通常業務に戻れないかもしれません」と付け加えておいた。まる1日食べてないのだから体調が正常なはずがない。(特にその時点では何が悪い、と言うわけではなかったが)

    7:00、シャワーを浴びる。さすがにまだお湯は使えなかった。水のシャワーだが汗で気持ち悪いよりはまし、という感じか。

    そのまま支度して、仕事に入ることにした。上司に再度メッセージを送る「通常に業務します」と、すぐに上司から電話が着て「無理しなくていいから。半休してもいい」と言ってくれた。たぶん、全国ニュースで北海道の惨状が伝えられたのだろう。昨日の朝とはトーンが全然違って同情的だった。

    半休するよりは、さっさと仕事して早く終わってゆっくり休みたいから通常業務に戻ることにした。

    8:30、母に電話をするとつながった。昨夜は電話機を切って寝てしまったとのこと。今もまだ停電だが水は使えているということだった。それから午後14:00頃に母から電話が来て、停電が復旧したとのこと。

    よかった!

    千葉の兄にメールする。「安心した」という返信。

    さすがに夕方にはバテて休み休みになったが、仕事も通常にやって、一日が終わった。

    というか、電気も水も使える環境なのだから仕事は全く苦ではない。電気と水がいかに致命的なものか、今回の災害で身に染みた。


    最初のトロフィーの壁

    9月8日の週末はインターナショナル・ウィークで、多くの選手たちはそれぞれの代表チームへと出かけて行く。そして、既に代表引退しているジェームズ・ミルナーは、その週末を利用してスコットランドのセルチックに行き、アストンビラ時代のチームメートだったスティリアン・ペトロフと共同のチャリティ・マッチを主催する。

    そのチャリティ・マッチのプロモーションの一環で、9月1日の注目戦だったオールドファーム(※グラスゴーのセルチックとレンジャーズのダービーの呼称。試合結果は1-0でセルチックの勝利)に関して意見を問われたミルナーが、「熱烈なセルチック・ファンとして生まれ育ったアンディ・ロバートソンから毎日、セルチックのことを聞かされているうちに、レンジャーズひいきになった」と、持ち前のユーモア精神で語り、Liverpoolファンの間で爆笑が沸き起こった。

    これは、2016年のリーグカップ準々決勝でアンフィールドにリーズ・ユナイテッドを迎えた試合のマッチ・プログラムで、ユルゲン・クロップが、熱烈なリーズ・ファンとして有名なミルナーをネタにして書いた言葉だった(試合結果は2-0でLiverpoolの勝利)。

    「リーズ・ユナイテッドのことはドイツにいた頃から知っていたが、Liverpoolに来てからというもの、ミルナーから毎日聞かされているのでより詳しくなった。ミルナーは毎日、リーズがいかに素晴らしいかを教えてくれる。質問したわけでもないのに、ノン・ストップで喋り続けるというのが真相だが」。

    Liverpoolファンは、ミルナーのパロディに笑いながら、同時にチーム内の明るい雰囲気を再確認した。「ロバートソンとミルナーが仲が良いことは有名だが、クロップも巻き込んでジョークを散らす様子は、今のLiverpoolのチーム・スピリットを象徴している」。

    セルチックでのチャリティ・マッチで、ミルナーのチームの監督として一役担うことになっているクロップが、ファンの予測を裏付けた。「ミルナーは根っからのリーダー。その経験と実績は、若手が多い選手たちの指針になっているだけでなく、監督に対しても堂々と自分の意見を表明する程」。

    折しも、9月1日のレスター戦で(試合結果は2-1でLiverpoolの勝利)、ミルナーはLiverpoolでのリーグ通算100出場を記録し、プレミアリーグの3クラブで100出場の偉業を達成した。更に、ボビー・フィルミーノのゴールでリーグ通算アシスト数を80とし、プレミアリーグの歴代記録ではデビッド・ベッカムと並ぶ7位となった。

    「ミルナーのことは、ドルトムント時代にマンチェスターシティと対戦したことがあったので、もちろん知っていた。ただ、シティでは主としてウィンガーだった。私がLiverpoolに来た時に、ミルナーがセントラル・ミッドフィールダーのポジションを求めて入ったということは聞いた。ただ、シティでの記憶もあり、本人の意思にそぐえなかった。レフトバックで使うことになった時、本人からはっきり希望を伝えられながらも、チームにとって必要だったから敢えて続行した」。

    そして、ミルナーが最も希望していたセントラル・ミッドフィールダーに戻ってからというもの、特に今季は開幕4試合で4スタートと、クロップにとって不可欠な戦力となった。

    「ミルナーは今、32歳?フットボール界では36-37歳まで第一戦でプレイし続ける選手がいるが、ミルナーは間違いなくその一人。他のポジションでプレイした経験も含め、日々良くなるよう努力し続ける、模範的なプロ」。

    クロップの言葉にファンは大きく頷き、「ミルナーは試合の度に良くなって行く。リベナ(※)がドーピングで禁止されても驚かない」と、ジョークを言って笑った。
    ※リベナ:英国の人気ソフトドリンク。昨季ローマでCL決勝進出を決めた時に、BTスポーツのアナウンサーから「イタリアの赤ワインで祝杯を上げる?」と聞かれて、アルコールは飲まないミルナーが、「いや僕はリベナの瓶の上で大の字になる方がいい」と笑って答え、イングランド中で大流行したネタだった。

    ミルナーが2015年にフリーエージェントとしてLiverpool入りした時、「キング・ケニーの背番号7をミルナーが着る」と、心配を唱えたファンも少なくはなかった。それから3年経った今、誰もがミルナーを重要な選手として語るようになった。

    「たぶん、最後はリーズ・ユナイテッドに帰るだろう。その時は盛大に送り出したい。そして、引退後にコーチとして戻ってきて欲しい」。

    ファンの絶対的な支持と監督の信頼を受け、若手選手から尊敬されているミルナーは、「トロフィーを取ることが必須」と、今シーズンの目標を語った。Liverpoolに来て以来、リーグカップ、EL、CLと決勝で敗れる失意を経験し、全員が意欲に燃えている上に£170mの戦力補強で更に自信を付けている現在、狙いは一つ上ることだと、ミルナーは宣言した。

    「最初のトロフィーの壁を破ることは最も難しい。しかし、それを突破すればその後はどんどんより良いものが続くようになる」。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

    最新記事
    最新コメント
    リンク
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    QRコード
    QR