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    ハングリー精神

    W杯がたけなわを迎えた6月下旬に、今大会の得点王争いに食い込む活躍を見せているベルギーのロメル・ルカクが、プレイヤーズ・トゥリビューン(※各界のプロ選手が自分のおいたちなどを語るメディア)で明かしたエピソードは、イングランドのファンの間で大きな話題となった。

    コンゴ人のご両親の元でベルギーで生まれ育ったルカクは、6歳の時にフットボーラーだったお父さんの引退を契機に収入が途絶え、「お母さんが昼食のミルクに水を混ぜたのを見て、本格的な貧乏生活が始まったと直感した」と、振り返った。間もなく電気が止められ、お母さんは2人の息子に食べさせるパンを、地元のパン屋から『借りる』ために走り回った。ある日、学校から帰って来た時にお母さんが泣いているのを見て、「僕はアンデルレヒトの選手になるから、そしたらお母さんはこんな思いをしなくて良くなるからね」と、ルカクは宣言したという。

    そして12歳の時に、いつもルカクのフットボーラーへの道を見守ってくれていた母方のおじいさんから、妙に真剣な口調で「私の娘をしっかり見て欲しい」と言われた。ルカクは「お母さんのこと?大丈夫だよ」と答えると、おじいさんは「約束してくれ」と念を押すので、ルカクは内心戸惑いながら、「僕にまかせて」と、真顔で答えた。

    「それから5日後におじいさんが亡くなった。その時初めて、あの時の言葉の真相が理解できた」と、ルカクは語った。16歳でアンデルレヒトの選手になり、プレミアリーグで成功して今は2度目のW杯に出ているルカクは、「もう一度だけ、おじいさんと会話できたら、『僕は約束を果たしました。あなたの娘はもう貧乏で泣くことはなくなりましたよ』と言ってあげられるのに」と締めくくった。

    ルカクのバックグラウンドに衝撃を受けたファンは、「今まで知らなかったので、自信過剰な選手だと思っていたが、間違っていた。ミルクを水で薄めて飲んだ記憶が、文字通りのハングリー精神を形成している」と、認識を新たにした。

    折しも、7月1日から正式にLiverpoolの選手になるべくマージーサイド入りしたナビ・ケイタが、地元紙リバプール・エコーの紙面に登場した時のことだった。昨年暮れに、ザルツブルクでの最後のシーズンを迎えていたケイタが、プレイヤーズ・トゥリビューンで明かした「ハングリー精神」は、Liverpoolファンに同様の衝撃を与えたものだった。

    「ケイタは勝つことに執念を持っている、生来のファイターだ」と、ファンは期待を語った。

    物心ついた頃からフットボーラーを目指していたケイタは、ギニアの首都コナクリの街中で、「壊れた古い靴を履いて、もしくは裸足のままで、クルマに轢かれないように逃げながらボールを蹴った」と語った。ストリート・フットボールで育ったケイタは、12歳の時に才能を見出されてフランス・リーグのロリアンにトライアルに行った。

    「初めてのヨーロッパは、言語(フランス語)を除くと何もかも異なっていた。コーチから指示されるフットボール用語は聞いたことがないものが殆どで、何をしろと言われているのか理解できなかった。アカデミーチームの経験がない僕は、知っていたのはストリート・フットボールだけだった。落ちた理由は、戦略を理解できないからだと説明された」と、ケイタは最初の大きな挫折を振り返った。

    「しかし、フットボーラーになるという目標は絶対的なものだった。単にフットボールが好きだったからというだけでなく、家族をサポートするためにプロの選手になる必要があった」。

    その強い決意が実を結び、フランス・リーグのルマンのスカウトの目に留まり、その紹介で2014年5月にザルツブルク入りを果たしたケイタは、自分のバックグラウンドを決して忘れなかった。「故郷を訪れて、街中で裸足でボールを蹴る少年たちを見ると、必ず靴を買ってあげる。できるだけ多くの少年たちに靴を買ってあげたいと思っている。かつての自分がそうだったように、一足の靴は彼らにとって非常に重要なものだから」。

    かくして、財政面での必要性に後押しされてフットボーラーを目指し、スターダムへの道を上り始めたケイタは、フットボール面でのハングリー精神を語った。「ギニアにいた時からCLやプレミアリーグでプレイするサビ・アロンソを見て、憧れていた。そのアロンソとブンデスリーガの試合で対戦した時には、感慨深かった。多くの人のお蔭でここまで到達できたのだと実感した」。

    「でも、僕はまだ目標に向かってスタートを切ったに過ぎない。頂点を目指して頑張り続ける」。

    現代版都市間ライバル

    ロシアW杯が6月14日に開幕したわずか2日前に、スペイン代表監督のジューレン・ロペテギが解任されたニュースに世界中が度肝を抜かれた。これは、ロペテギのレアルマドリード監督就任発表の「やり方」がスペインFAの怒りを買ったことが原因だった。

    レアルマドリード監督の話題そのものが、冷ややかな反応を引き出していた。「マウリシオ・ボチェティーノがトットナムで契約更新にサインした直後だったので、タイミングを図るための暫定措置」。

    いっぽう、候補者の一人としてユルゲン・クロップの名前がスペインのメディアを飾ったことで、マンチェスターユナイテッド・ファンの間では、やや異なる視線の議論が交わされた。

    「マドリード監督候補としてクロップの名が上がった時、イングランドの圧倒的多数のメディアが『クロップはLiverpoolで良いシーズンを終えたばかりだから、今Liverpoolを出る理由はない』と、一笑に付した。クロップがマドリード監督を受けるはずはないという説には反対しないが、しかし、Liverpoolは良いシーズンだったと言えるだろうか?トロフィーなしという点ではわがチームと同じだし、リーグではギリギリ4位だった」。

    これに対して圧倒的多数のユナイテッド・ファンが、「Liverpoolは良いシーズンだった」と主張した。「ここ8年間でCL出場はわずか2回という近年の成績を考えると、2年連続CL出場だけですでに及第点。それをCL決勝まで進みながら達成したのだから」。中には、「リーグ順位では上だったが、攻撃的で面白いフットボールという点では、正直、うらやましがるのは我々の方だと思う」という声もあった。

    ユナイテッド・ファンの痛々しい本音の背景は、プレミアリーグ史上記録の100ポイントで圧倒的リーグ優勝を達成したマンチェスターシティ・ファンの、自慢話を毎日聞かされているという土壌があった。ペップ・グアルディオーラやケビン・デ・ブルイネが「シティは、これから何年もの間勝ち続ければ、やっとユナイテッドやLiverpoolと肩を並べられる」と、両クラブに対する敬意を維持しているのに対して、地元紙マンチェスター・イブニング・ニュースが「ユナイテッドがFAカップ決勝で敗れ、LiverpoolがCL決勝で敗れたため、両クラブをひいきしている全国メディアから、シティのセンチュリアン(※100ポイントの偉業に対する呼称)を無視する陰謀に合わずに済んだ」と煽り立てたことも手伝って、シティ・ファンの声は大きかった。

    「ユナイテッドとLiverpoolは歴史好き。シティは将来に目を向けている」と意気込むシティ・ファンの背後で、「エバトン・ファンがマージーサイドは青と言い、シティ・ファンはマンチェスターは青と自慢するが、実際は両市ともに圧倒的に赤というのは統計が示す通り。ユナイテッドも我々も伝統的なビッグ・クラブで世界中にファンがいるから、エバトンやシティに比べて地元の比率は低いが、絶対数では圧倒的に上」と、Liverpoolファンはささやいた。

    ユナイテッド・ファンが深く頷いた。「シティはここ数年出てきただけで、長年のライバルという点ではLiverpoolとは比較にならない。シティに比べたら、リーズですら伝統という意味では上」。

    リーズ・ファンが15世紀のばら戦争(※)を理由にマンチェスターユナイテッドをライバル視する実態はイングランドの固定観念として定着しているが、現在でも変わっていないことは、先日ジェームズ・ミルナーが語った言葉からも明らかだった。
    ※白ばらのヨーク家(リーズ)と、赤ばらのランカスター家(マンチェスター)の戦争は、ランカスター家が勝った。

    「僕はリーズ・ファンとして生まれ育ったので、赤い色には抵抗がある。親から赤いTシャツを着ることは禁止されていた」と笑ったミルナーは、今でも地元リーズを誇りにしていた。アカデミーチームからプロとして身を立てたリーズ・ユナイテッドはもちろん、チャリティーで協賛しているラグビー・リーグのリーズ・リノスも地元のプロ・スポーツ・チームとして熱心に応援していた。

    創立6年になるチャリティー(ジェームズ・ミルナー・ファウンデーション)は地元リーズに本拠を構えていることもあり、折に付け地元を訪れるミルナーは、リーズ市民の誇りになっていた。

    Liverpoolでは、同じく地元の、ファンとして育ったクラブでファーストチームに上がって来たトレント・アレクサンダー・アーノルドを手厚く面倒を見ていた。

    「ジェームズは、若くして名を上げて第一戦で世界のひのき舞台に立った経験から、僕に対してとても良くしてくれる」と、トレントは語った。「ビッグ・マッチの前には必ず、声をかけてくれる。相手に合わせて自分のプレイを変え過ぎる必要はない、と教えてくれる」。

    そのトレントが、リーズ・ユナイテッドのホーム・スタジアム(エランドロード)でイングランド代表デビューを飾った時に、ミルナーは、自分のリーズ時代の写真を添えて、熱いメッセージを送った。「僕にとっては素晴らしい思い出がたくさん残っているスタジアム。トレントにはのびのびとプレイして欲しい」。

    そしてリーズ・ファンは、ミルナーへの熱いメッセージを送った。「来年Liverpoolで契約が終わったら、ミルナーはホームに戻って来てくれると信じている。引退までの数年を、ミルナーの心のクラブであるリーズ・ユナイテッドに捧げて欲しい。かつてのビッグ・クラブに復帰させてくれることを祈っている」。

    エジプトのキング

    6月9日、ナビル・フェキルの移籍話がどんでん返しの末に破断に終わったニュースがヘッドラインを飾った。フランス代表チームがW杯期間中の移籍禁止令を出していたこともあり、開幕前に話を決めるべく状況が急展開した直後の結末だった。

    ユルゲン・クロップがミッドフィールドの補強戦力最優先に上げていたフェキルは、本人もLiverpool入りを強く望んでおり、移籍金額も条件を満たしたことから、「手ごわい交渉相手」として有名なリヨンのジャン・ミッシェル・オラ会長も折れざるを得なかった。地元紙リバプール・エコーは、木曜日にLiverpoolの最高責任者であるマイクル・エドワーズがパリに飛んでメディカルが行われたという報道に添えて、「発表は翌日になるが、移籍は決まっている」と楽観的な記事を掲げていた。

    破断報道は、リヨンのオフィシャルサイトの「6月8日の20:00付でLiverpoolとの交渉は物別れに終わった」という宣言だった。理由の説明は一切なく、Liverpool側からは何ら公式コメントはなかった。失望したファンは、藁にもすがる思いで様々なメディアの矛盾した報道を読み漁り、金額が原因ならば話が再開する可能性はある、という声が乱れ飛んだ。

    しかし、6月10日にエコー紙が「メディカルチェックの結果に問題があったことが原因で、Liverpoolの側から破断を申し入れた」と報道した記事は、フェキル獲得が完全に消えたと指していた。メディカルで問題が発覚したため、Liverpoolはセカンド・オピニオンを求めたが、NGの結論が裏付けられたのだった。それは、発表が遅れたことと、リヨンが破断の原因を明かさなかった理由も説明していた。

    Liverpoolファンは、失望のため息をつきながら、「仕方ないからW杯を見よう。フェキルがひざを負傷せずに試合を終える度に、ファンの間で悲鳴が上がるかもしれないが」と、悲しいジョークを言って笑った。

    しかし、翌6月11日に、エコー紙が「誰も本気にしない、世にも奇怪な憶測記事」という説明付きで引用した、スペインのドン・バロン誌の噂報道に、Liverpoolファンは一斉に腹を抱えて笑った。「フェキル獲得失敗に対してモー・サラーがLiverpoolに不満を抱き、出て行こうと考え始めた」というものだった。

    折しも、レキップ紙の独占インタビューでサラーが、Liverpoolのクラブとファンに対する感謝を表明したところだった。

    サラーは、「10試合目で、ハリー・ケインとセルヒオ・アグエロとほぼ同じ得点数だった時に、得点王を目指そうと決めた」と、意外な真相を明かした。

    「それを実現できたのは、ひとえにチームのお蔭。目標達成の最大の理由は、Liverpoolのプレイスタイル。監督からどんどん得点できるような指示を受けたことと、チームメートがみんな協力してくれたことが大きい。フロント3は合計で多くのゴールを上げた。それは、誰一人として自分中心的な人がなく、全員が全員のために働いたからできたこと」。

    サラーは、目を輝かせて語った。「監督とは友達のような関係。もちろん、監督は監督で、僕は選手だが、その立場を超えて人間的な繋がり築いている。チームメートも、ピッチの上ではもちろん、ピッチ外でも仲間として明るい関係を作っている」。

    そして、Liverpoolファンとの関係について問われたサラーは、一層明るい笑顔を浮かべた。「僕は常に100%を出しているつもりだし、ファンはそれを認めてくれている。ファンにこんなに応援してもらえて嬉しい。ファンが僕の歌を歌ってくれるのを聞くと幸せな気持ちになる」。

    サラーのインタビューは、ここ数日の移籍話にもやもやしていたLiverpoolファンに、久々の笑顔をもたらした。

    「通常は、W杯や欧州選手権の夏には、わがクラブの選手たちが代表チームで負傷を負ったり、プリシーズンなしの調整不足で翌シーズンに悪影響を及ぼさないかと心配が先に立つのだが、今回はちょっと違っている」と、ファンは頷いた。

    そもそも、Liverpoolの選手の中で今年のW杯に出場するのは僅か8人で、うち、ほぼ毎試合出るだろう主力は5人(サラー、サディオ・マネ、ロベルト・フィルミーノ、ジョーダン・ヘンダーソン、デヤン・ロブレン)のみだった。(※他3人はシモン・ミニョレ、トレント・アレクサンダー・アーノルド、マルコ・グルイッチ)

    「勝ち進んで戻りが遅くなりそうなのはボビー・フィルミーノだけ。ヘンドとトレントは早々に帰ってくるだろうし」と、イングランド代表チームをネタにしたジョークで笑いながら、ファンはつぶやいた。

    「ただ、サラーに関しては例外的な気持ちになっている。負傷から回復して試合に出て欲しいと心から祈っている。来季の開幕に遅れてもいいから、W杯でできるだけ勝ち進んで、エジプトのファンの夢をかなえて欲しい。サラーはエジプトのキングなのだから」。

    元ヒーローの正式なお別れ

    6月4日、今季末でマンチェスターシティでの8年間の在籍に終止符を打つことになったヤヤ・トゥーレが、フランス・フットボール誌のインタビューで、「ペップ伝説を破壊させる」と宣言し、ペップ・グアルディオーラを紛糾した。「僕に対する数々の不当な仕打ちを、例えばアンドレス・イニエスタに対してやるとは思えない。何故、僕に対してこんな仕打ちをするのかと冷静に考えた結果、肌の色だと結論に達した」。

    グアルディオーラが監督だった2010年に、ヤヤがバルセロナから出された経緯は有名な話だった。「振り返ると、ペップが問題を起こした相手はアフリカ人選手が多かった」と、純粋な意見として「グアルディオーラは人種差別主義者」と主張したのだった。「もしペップが5人のアフリカ人選手を出場させるようなことがあれば、僕はお祝いにケーキを贈ろうと思っている」。

    2012年にシティが44年ぶりのリーグ優勝を達成した「ヒーロー」の一人として、ヤヤのホームでの最後の試合となった5月9日のブライトン戦(試合結果は3-1でシティの勝利)で盛大な壮行会が催され、クラブから生涯シーズン・チケットが贈呈されるなど、その業績を称える式典がつつがなく行われたばかりのことだった。

    もちろん、ヤヤがシティのクラブに肘鉄を食らわせたことはこれまでもあった。2014年に「誕生日を祝ってくれなかったから出て行く」と騒いだ茶番劇や、最近ではシーズン終幕間もない5月23日に、来季の行く先として宿敵ユナイテッドを「検討している」と公言し、シティ・ファンの神経を逆なでした。

    「ヤヤがペップと仲が悪かったことは誰もが知っていることだし、ペップの悪口を言うのは驚きではないが、根拠なく人種差別呼ばわりとは、許容範囲をはるかに超える邪悪な行為」と、シティ・ファンは異口同音にヤヤを批判した。

    多くのファンは、ヤヤに対する怒りと同時に、裏切られた悲しみに心を痛めた。「ヤヤがピッチでシティのために果たした業績は永遠に記憶に留まると思っていたし、多少のわがままは目をつぶってきた。でも、今回のことで、ヤヤは自分のレガシーを完全に破壊した」。

    折しもその前日の6月3日に、Liverpoolファンが身を引き裂かれる思いを味わった元ヒーローのフィリペ・コウチーニョが、W杯に向けてのウォームアップ親善試合のブラジル対クロアチアで(試合結果は2-0でブラジルの勝利)、1月に出て行って以来初めてアンフィールドに戻ってきたところだった。

    「ファンを絶望に突き落としたまま、お別れも告げずに出て行ったコウチーニョは、正式なお別れのチャンスを得ることになる」と、地元紙リバプール・エコーは感傷的な記事を掲げた。「Liverpoolで5年間マジックを披露し、数々の思い出を作ったコウチーニョが、スタンドからどのように迎えられるかは見もの」。

    シティでリーグ優勝3回、FAカップ1回、リーグカップ2回の栄誉をもたらした末に、大きな裏切り行為で全ファンを敵に回したヤヤに対して、Liverpoolではトロフィーなしで出て行ったコウチーニョは、状況は異なっていた分、ファンの間でも意見は分かれた。

    1月に£142mでバルセロナ行きが発表された時に、ユルゲン・クロップが語った「移籍の背景」は、ファンの記憶に生々しかった。8月に出した移籍リクエストをクラブが却下した後で、9月に復帰したコウチーニョが、20試合12ゴールの大活躍で再びファンの支持を勝ち取ったことが、1月の移籍ウィンドウの後でも繰り返されるか?と考えた結果、クロップが移籍にゴーを出したのだった。

    「この先、戦力として働いてもらえる可能性について、私は100%あり得ないと結論した。話し合った結果、これ以上使うことはできない、と。出さねばならないことは明らかなのだから、今その決断を下すべきだと判断した」と、クロップは説明した。

    「南米の選手がスペインの2大クラブに引っ張られれば勝ち目がないことは分かっていたこと。シーズン途中の重要な時期に出て行ったマイナスはあるが、公の場でクラブの名誉を傷つけるような言動をしたこともなく、5年間マジックを見せてくれて、特に最後の2年間は単身でチームを背負うことが多々あったコウチーニョを、暖かく迎えてあげるべき」という声は、決して少なくはなかった。

    ふたを開けると、殆ど存在感が感じられずに後半に交代してしまったコウチーニョに対して、スタンドからは、少数のブーイングと中立的な拍手が混在した。サブで出場してコップの前でゴールを決めたボビー・フィルミーノや、クロアチアのディフェンスの要として堅い守りを見せたデヤン・ロブレンに対する盛大な拍手に比べると、地味な反応で終わった。

    「バルセロナではスタートは若干苦戦したものの、すぐに頭角を現し、リーグ優勝メダルとコパ・デル・レイ優勝メダルを勝ち取ったように、コウチーニョはブラジル代表チームでもW杯で実力を発揮するだろう。いっぽうLiverpoolは、コウチーニョを失った直後の暗雲は晴れて、トップ4とCL決勝進出を果たした。コウチーニョがいなくなって、ダイレクトな戦略に切り替えたことで、両ウィングのスピードがより効力を発揮したことに加えて、残された選手が責任を果たしたことが大きい」と、エコー紙は結論付けた。

    「コウチーニョを許すかどうか、ではなく、過去の一コマにすることで、お互いに自分の道を前進し続ける」。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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