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    選手のファンとの接点

    6月22日に正式にLiverpoolとの契約にサインし、待ちに待った発表となったモハメド・サラーの、初日の様子がLFC TVで放映され、世界中のLiverpoolファンに感激を与えた。それは、メルウッドで諸手続きを終えた後で、サラー本人の強い希望で、アンフィールドを訪れてスタジアム・ツアーをやった時のエピソードだった。その途中でスタジアム・ツアーのセッションに遭遇したサラーは、驚いて目を丸くするツアー参加者のファン一行の中に飛び込んで行き、明るい笑顔でファンと会話を交わし、記念写真に応じたのだった。

    かくして、ファンと積極的に接点を持つサラーの気さくな人柄は、ファンの間で一気に人気爆発となった。

    たまたま同日に、隣町の地元紙マンチェスター・イブニング・ニュースが、リロイ・サネがシティ・ファンと対面した話を掲載した。それは、マンチェスターシティのファン・サービスの一環で、シーズン末に「顕著なファン」を選出し、慰労を込めて現役選手がプレゼント持参で訪問する、という企画だった。

    「プレゼンター役を命じられたサネは、行きの車中では『典型的な21歳の外国人スター選手』という感じで、チューインガムを噛みながらヘッドホンで自分の世界に籠っていた。しかし、28年間1試合を除いてシティの全試合に駆け付けているファン、ショーンと出会って、サネの態度が変わった。ちなみに、その1試合は、UEFAがCSKAモスクワに対する処分のため、アウェイ・サポーターも締め出したものだった」。

    ショーン宅に到着し、撮影スタッフが席を外した数10分の間、ショーンと2人きりで話し込んだサネは、まるで長年の友達のようにショーンと握手し、笑顔を交わしていた。そして帰り道にサネは、「ショーンは28年間もこのクラブをサポートし続けている人。このような正真正銘のファンと会ったのは初めてだし、会えて良かったと心から思う」と感慨深げに語ったという。

    そこまでサネに影響を与えたのは何?という問いに、ショーンは、「ファンと接点を持つことは、選手にとって必要なこと。それは、シティがビッグ・クラブになった近年、薄れてきた要素。そこに気付いたクラブが、建て直しを図るためにこのような企画を作ったのだろう」と語った。「最近でも、数人の選手がファンとの接点を大切にしている。それら選手は、永遠にファンの記憶に残るレジェンドになっている。サネに、あなたもその一人になって欲しい、と言った」。

    同紙は、「形勢の悪い試合の中で、ピッチ外で出会ったファンの顔が浮かべば、『あの人たちのためにも絶対に勝たねばならない』という決意が選手を駆り立てるだろう」と締めくくった。

    ファンとの接点の重要さを既に認識しているサラーは、Liverpoolについての感想を問われて、「世界中にファンがいるクラブ。それだけ多くの人々から応援してもらっているのだと思うと、特別な勇気が湧く」と答えた。

    25歳で代表チーム53出場の記録を持つサラーは、「エジプトでは、サラー・ジェネレーションという表現が通用する程に、国の代名詞になっている超スーパースター」と、エジプトの著名ジャーナリストは興奮を抑えきれぬ表情で語った。「そのサラーが、国内で最も人気があるクラブの一つであるLiverpoolに入ったとは、エジプトのフットボール・ファンにとっては最大の喜び」。

    サラーのLiverpool入りが濃厚になった6月中旬に、地元紙リバプール・エコー紙が「サラー語録」という記事を掲載した。「プレミアリーグに来たばかりの頃は、ピッチの上でも今いち目立たなかったサラーは、寡黙な若手だった」という説明と共に並べられた「語録」は、確かに決して多くはなかった。

    しかし、それから母国のファンの期待を背負う大スターになる過程で、サラーは、ファンと出会い、ファンの顔を浮かべながらピッチ内外で成長し続けた。

    LFC TVのインタビューで、「2014年にチェルシーでプレミアリーグの洗礼を受けた時に比べて、選手として成長していると思いますか」という質問に、「あの頃に比べたら、経験を積んだ分、人間としても成長している。髭も生えたし」と、サラーはジョークを交えて即答した。

    子供の頃、フットボーラーになるのは「夢でしかない」と思っていたサラーは、少年ファンへのアドバイスを求められて、静かに語った。

    「自分の気持ちを大切にするように。決して自信を失わないこと。他の人に対する敬意を忘れないこと。家族や友人、チームメイトはもちろん、ライバルチームや対戦相手の選手に対しても」。

    100mを10秒で走る俊足のサラーらしい言葉で締めくくった。「君は足が速いねと褒められたら、明日はもっと早く走れるように努力すること。常に向上し続けることが重要」。

    フィルジル・ファン・ダイク サガ

    夏の移籍ウィンドウは正式には7月1日にオープンするため、現在はまだ幕開け前にあたる。しかし、それはあくまで建前上のことで、実際には1月の移籍ウィンドウがクローズしてすぐに開始し、3月ころには戦力補強計画が完成する。同様に、まずはクラブ間で移籍金などの条件に合意し、出す方のクラブが承諾して初めて選手と行く先のクラブとのコンタクトが可能になる、というのが移籍成立の正規の過程だが、殆ど形骸化していることは誰もが知るところだった。
    「事前の密会なしで成立する移籍の方が珍しい」と、6月8日のミラー紙がプレミアリーグの移籍事情を唱えた。「代表チームで一緒になった時に、選手が自分のクラブが狙っている選手に対して直接『リクルート活動』をする、というのは古風だが今でも使われている。最近では、監督が直接、選手と電話などで会話することが一般的になった。プレミアリーグの某有名監督は、必ず選手と直接話をして、気に入ったらしつこくメールを送り続けるという」。
    「どのクラブもやっていることだから、選手を取られる側のクラブも見て見ぬふりをする。Liverpoolの場合は、単に運が悪かっただけ」と、同紙は結論付けた。
    これは、フィルジル・ファン・ダイクを巡ってLiverpoolがサウサンプトンから「プレミアリーグに訴える」と紛糾されて、その日のうちに謝罪声明を出したことについての解説記事だった。
    その前日には、ファン・ダイクが「Liverpoolに入る決意は固まっている」と意思を表明し、他のクラブからの誘いを断ったという噂が流れたばかりだった。「ユルゲン・クロップがブラックプールでファン・ダイクと密会し、口説き落とした」という噂が流れ、「怒ったサウサンプトンがプレミアリーグに対して、Liverpoolの違法コンタクトを訴えた」と、サウサンプトンの地元紙デイリー・エコが報道した。
    その直後にLiverpoolが、「サウサンプトンのクラブおよびファンの方々に、フィルジル・ファン・ダイクに関してご迷惑をおかけしたことをお詫びします。サウサンプトンに対する敬意を表明すると同時に、わがクラブのファン・ダイクに対する興味を取り下げます」と、クラブ声明を発表したのだった。
    これに対して、Liverpoolファンはショックで言葉を失い、サウサンプトンのトップは困惑し、ファン・ダイク本人は、プライベート・ジェットの中でしかめ面している自分の写真をコメントなしでSNSにポストした。全国メディアはこぞってジョークを掲げ、第三者のファンは一斉に嘲笑した。
    「クラブ史上最悪の恥。サウサンプトンの言い分はさておき、即座に謝罪して白旗を上げた行為はまるでアマチュア」と、地元紙リバプール・エコーは強烈な批判記事を掲げた。アーセナルのオフィシャル・アカウントがTwitterにポストした「皆さん、アンフィールドでは何を吸っていると思いますか?」というジョークを引用し、「そう言われるのもごもっとも、と頭を抱えたくなる。責任者として初めての移籍ウィンドウで、Liverpool FCの名前を汚した」と、この6月からディレクターに就任したばかりのマイクル・エドワーズを名指しで批判した。
    「夏休みで母国に帰っているユルゲン・クロップが、ドイツのメディアのインタビューで、『昨年夏に、移籍資金で黒字を出すことは何の価値もないという真相を学んだ。必要な戦力を補強しなかったことで、1月の過密日程時期にツケを払った』と、来季に向けての戦力補強は多額の投資を予定していることをほのめかした。これまで移籍の過ちを繰り返してきたLiverpoolは、クロップという一流監督の下でCL復帰を獲得し、極めて重要な夏となるはずだった矢先に、そのクロップが必須と決めていたファン・ダイクを逃すことになった」。
    ほとぼりが冷めた頃に、リバプール・エコー紙は「フィルジル・ファン・ダイク サガはどうなる?」と題して、サウサンプトン・ファンの意見を掲載した。
    「Liverpoolはお咎めなしで終わるだろうが、僕を始めとして大多数のサウサンプトン・ファンは、処分されれば良いのにと思っている。そのくらい、今回のことでは目に付いた」と、サウサンプトン・ファンは語った。
    「これまで、Liverpoolが毎年わがクラブから選手を取っていることについて、特に反感はなかった。それは、サディオ・マネを除いてすべての選手の穴を埋めることに成功していたから。それも各段に少ない資金で」。
    ファン・ダイクの移籍を巡って、両クラブが水面下で交渉を続けているという噂について、「Liverpoolの例の謝罪のお蔭で、わがクラブが相当強い立場になったことは間違いない」と、そのサウサンプトン・ファンは頷いた。
    「ファン・ダイクに関しては、いくら大金を貰っても代替選手を獲得するのは不可能だろう。クラブが値を吊り上げて引き留めに出ていることからも明らかなように。ただ、正直なところ、ファン・ダイクは結局出て行くと思う。そして、行く先はLiverpoolだと予測している」。

    この夏の新戦力第一号

    5月30日、Liverpoolのこの夏の新戦力第一号が発表された時、地元紙リバプール・エコーは「ドミニク・ソランケってどんな選手?」という見出しの記事を掲載した。ロンドン出身でチェルシーのユースチームで育ち、見込まれながらもチェルシーでは出場機会を得る見通しがないため、若手にチャンスを与えるユルゲン・クロップを慕ってLiverpool入りを決意した19歳の若手フォワードで、Liverpoolではアンダー23チームで試合経験を積み、折を見てファーストチームに昇格させることになるだろう、と同紙は予想した。

    ファンは歓迎したが、移籍金£3m程度という状況からも、数年後に戦力になればラッキーと、誰もが感じていた(2017年6月末で契約満了だが、19歳のためLiverpoolはチェルシーに対して幾分かの金額を支払うことになる)。

    同時に、チェルシー・ファンから「わがクラブの方針は決定的に間違っている。ソランケは絶対に留めるべき若手。ロメル・ルカクと同じ運命になるに違いない」と、大きな悲鳴が上がった。

    2014年9月にチェルシーでプロ契約を結び、翌10月にファーストチーム入りしたソランケについて、当時監督だったジョゼ・モウリーニョは「もしソランケが数年後にイングランド代表チーム入りしないとしたら、それは私の責任」と期待を語った。しかし、チェルシーのアカデミー出身で、チェルシーで名を上げた最後の選手がジョン・テリー(デビューは1998年)という事実を引用するまでもなく、若手選手がなかなか育たない土壌は周知の通りだった。

    そして、モウリーニョの宣言とは裏腹に、ソランケも多くの若手と同じ道を歩むことになった。翌2015-16季にはフィテッセにローンに出され、1年後に戻って来た後は、アントニオ・コンテが率いるファーストチームには近寄るチャンスがないままシーズン後半を迎えた。2017年2月にチェルシーが契約延長を提示した時に、既に新天地を考えていたソランケはサインを拒否、「シーズン末には出て行くことが決まった若手」の一人として、試合に出してもらえる可能性はゼロになった。

    そのいきさつは、チェルシーの地元紙が掲げた以外は殆ど注目を浴びることがないまま、ソランケのLiverpool入りが発表されたのだった。

    「ドミニク・ソランケってどんな選手?」の中でリバプール・エコー紙は、それら一連の経緯を紹介した後で、ソランケがLiverpoolに目を向けた過去の出来事を掘り起こした。一つ目は2012年9月のアンフィールドでのマンチェスターユナイテッド戦(試合結果は1-2でユナイテッドが勝利)で、ソランケはSNSで「アンフィールドはものすごいスタジアム。ファンは素晴らしい!」と感激を表明した。続いて2014年4月のマンチェスターシティ戦(試合結果は3-2でLiverpoolの勝利)について、「Liverpoolの攻撃はすごく熱い!」と書いたメッセージも発掘された。

    「つまり、ソランケは数年前からLiverpoolに来る運命だった」と、ジョークを絡めながら「ソランケのLiverpoolとの関係」を連ねたリバプール・エコー紙と同期を取るように、地元の熱心なLiverpoolファンの中から肯定的な証言が続いた。「ソランケは、2年前にアンダー21の試合で、Liverpool戦でハットトリックを記録した選手。まさに磨かれないダイヤモンドで、超一流になる素質を全て備えている若手だ、と感銘を受けた」。

    それを受けて、Liverpoolファンは、この夏の新戦力第一号となる「無名の若手」ソランケに対して、期待と暖かく見守る決意を固めた。「ビル・シャンクリーは無名だったケビン・キーガンをサインした。ボブ・ペイズリーは無名のイアン・ラッシュを獲得した。このクラブが伝統的に実践してきたのは、素質を見抜いて大スターに育てること」。

    かくして、出る方と入る方の両地元紙とファンの間だけでささやかな話題に上っていたソランケは、アンダー20W杯、特に6月8日の準決勝(対イタリア、試合結果は3-1でイングランドが逆転勝利)の2ゴールで、いきなり全国的に脚光を浴びることになった。

    「すべての年齢層を合わせても、イングランド代表チームのW杯決勝進出は1966年以来の快挙。51年ぶりにW杯優勝を達成したヤング・ライオンズは、次世代を担う『ゴールデン・ジェネレーション』」という見出しを派手に掲げた全国メディアは、ゴールデン・ボール賞(最優秀選手賞)に輝いたソランケを「ディエゴ・マラドーナ(1979)、リオネル・メッシ(2005)、ルイス・フィーゴ(1991)、セルヒオ・アグエロ(2007)、ポール・ポグバ(2013)と同じスタート台に立った」とプレッシャーをかけた上に、「若手を育てることが出来ないチェルシーの損失は、Liverpoolの利益に直結した」と騒いだ。

    優勝監督ポール・シンプソンは、喜びを語ると同時に、メディアの過熱に待ったをかけた。「この偉業を達成した選手たちをそっとして置いて欲しい。これからクラブに戻って、どんな風に育つかは彼ら自身がクラブの中で努力すること。でも、今は、彼らに思う存分祝わせて上げて欲しい」。

    チャンピオンシップのおとぎ話フィナーレ

    5月29日、ウェンブリーでのチャンピオンシップ(2部)のプレイオフ決勝で、ハダースフィールドがレディングに勝って来季のプレミアリーグ昇格を決定した(試合結果は0-0、延長の末PK戦)。リーグ戦での得失点差がマイナス(-2)で終わったチームの昇格は史上初、選手の給料は2部24クラブの下から2番目というハダースフィールドが、45年ぶりのトップ・ディビジョン返り咲きを達成したのだった

    今のプレミアリーグは45年前のイングランド1部リーグとは大きく異なり、おそらく世界一の激戦リーグであるだけでなく、TV放送ライセンスなどの収入で、最下位のサンダーランドで£100m近い額という「銭函」だった。1年前には19位と辛うじて2部残留を達成したハダースフィールドにとっては、プレミアリーグ昇格は、「おとぎ話」だった。

    シーズン中に自動的昇格を決めていたニューカッスル・ファンは、ハダースフィールドの昇格決定に両手を上げて喜んだ。「助かった!ハダースフィールドは間違いなく1シーズンで降格するだろうから、来季の降格枠は2に減った」。1年ぶりの復帰となるニューカッスルにとっても、まずはプレミアリーグ残留が最初のハードルで、自分たちの生き残りが最も重要だった。

    「プレイオフを戦った主力選手のうち5人がLiverpool、チェルシー、マンチェスターシティから1年ローンで来ていた借り物というハダースフィールドが、プレミアリーグで生き残れる見込みは皆無」と胸をなでおろしたニューカッスル・ファンは、真面目な表情で付け加えた。

    「ただ、そのハダースフィールドを昇格させたデビッド・ワグナーの偉業は誰も否定できない」。

    ドルトムント2の監督時代からユルゲン・クロップと親友だったワグナーは、クロップとほぼ同時期の2015年11月にハダースフィールド監督に就任した。

    「もちろんウェンブリーのことはドイツにいた頃から知っていた。世界で最も栄誉あるスタジアムだから」と、ワグナーは、プレイオフ決勝の前にジョークを交えて語った。「スタンド行きの処分(※)を食らった時のヒアリングで1度来たことがあるだけで、ウェンブリーで試合するのは初めて。ドイツ人が、初めてのフル・シーズンでチームをウェンブリーに率いる、というだけで凄いことだと思う」。
    ※リーズとのダービーで、当時リーズ監督のガリー・モンクとタッチラインでにらみ合ったことで、2人揃ってレッドを受けた(試合結果は2-1でハダースフィールドの勝利)。

    ライバルチームのファンからも賞賛されるワグナーは、ハダースフィールド陣営では絶対的な存在だった。

    歴代スター選手スティーブ・キンドン(ハダースフィールド在籍は1979–1982)は、「私は前回のファン投票で3位に選んでもらえたが、今投票をしたらトップ20にも入らないだろう」と笑った後で、昨年夏のプリシーズンのエピソードを披露した。

    「ワグナーは、スウェーデンでのキャンプ合宿で、選手たちに毎晩テントのパートナー交替を命じた。かくして選手たちは、文字通り手に手を取って自給自足の生活を共に乗り切る中で、堅いチームワークを築いた。今季のリーグではその成果が出た」。

    現役選手の中で最も在籍が長い(2012-)ショーン・スキャンネルが、キンドンの証言を裏付けた。「ワグナーが監督でいてくれる限り、何事もやればできるのだ、という信念を我々選手に植え付けてくれた」。

    「シーズンを通して、『我々には限界はない』という自信を持って試合に臨んだ。勝てなかった試合の後でも、チーム全体で力を合わせて復調した」。

    Liverpoolファンの間では、若手GKのダニー・ウォードがローンで活躍していたことも手伝って、ハダースフィールドの昇格を大歓迎する声が圧倒的だった。更に、クロップの親友という縁で関心を持っていたワグナーに対して、「そのフィロソフィーはクロップと通じるものがある」と、一層親近感を抱いた。

    晴れてプレミアリーグ昇格を達成した時に、「選手たちは、プレイオフを戦う中で、ヒーローからレジェンドへと変わった」と、ワグナーは語った。「わが選手たちを誇りに思う。我々を支えてくれた地元の人々やクラブのスタッフには、心から感謝している」。

    「私がこのクラブに来てから、『経験がない』ことをメディアからさんざん指摘された。イングランドリーグの経験なし、プレミアリーグの下で激戦を繰り広げているチャンピオンシップの経験なし、冬休みがない過密日程の経験なし、プレイオフの経験なし、と」。

    「もちろん経験は重要。でも、強い情熱を抱いて、努力して、決意を貫けば、経験がなくてもできるのだということを、我々は証明した」。


    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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