FC2ブログ

    FAカップ・マジックにやられたチーム

    イングランド中が期待する「FAカップ・マジック」が、今季は4回戦を終えた時点で、ノン・リーグの2チームが勝ち残っていることから、ますます注目を浴びることになった。2部のブライトンに3-1と勝って5回戦進出を達成したリンコーンと、2部のリーズを1-0と破って大金星を上げたサットンの両者には、チームを問わず、暖かい拍手が送られた。

    この4回戦の組み合わせが決まった時に、世間の視線がサットンに集まった。相手のリーズは、サットンにとって、リーグ順位で換算して84位の差というだけでなく、2003年の倒産のため暫く下位ディビジョンに低迷していたとは言え、イングランドのトップ・ディビジョン優勝3回、FAカップ優勝1回のジャイアンツであり、現在は来季のプレミアリーグ復帰を目指す勢力だった。

    対するサットンは、FAカップ史上最大のジャイアント・キリングをやった経歴を持つ、元気なノンリーグのクラブだった。必然的に、メディアの期待はサットンに集中し、4回戦を控えて、サットンの「FAカップ・マジック」を特集する番組があちこちで放映された。

    その一つであるBBCのフットボール・フォーカスで、サットン監督のポール・ドズウェルが、「今でも、1989年のヒーローたちとはコンタクトを続けている。今回のリーズ戦も、見に来てくれる予定。その時のマジックを、再び実現することを目指して」と、穏やかな笑顔で語った。

    1989年1月のFAカップ3回戦で、1987年の優勝チームだったコベントリーを2-1と破って、史上最大のFAカップ・マジックを達成した誇りは引き継がれていた。今季はナショナル・リーグ(ノン・リーグのトップ・ディビジョン)16位のサットンは、成績でも来季のリーグ昇格は難しかったが、ピッチが人工芝のため、設備面でリーグの資格を満たしていなかった。ただ、近い将来の昇格を目標に、スタジアム整備は重要課題だった。

    「我がチームにとっては、2つの『勝利』の可能性がある。1つ目は、ホームでの試合に勝つこと。2つ目は、引き分けて、エランド・ロード(リーズのホーム・スタジアム)での再試合を得ること。私は今50歳で、リーズがイングランドのフットボール界を牛耳していた時代に育った人間だから、リーズに対しては、一ファンとして敬意を抱いている。エランド・ロードは素晴らしいスタジアムだし、リーズのクラブは、一流のコーチ陣を誇っている」と、ドズウェルは語った。

    サットン監督をやりながら、建築士として働くドズウェルは、クラブのグラウンド整備の資金として、自分の財布から£500,000を無利子・10年返済で貸しているという。今回のリーズ戦では、その金額に相当する臨時収入が見込まれていた。ましてや、勝って、5回戦でプレミアリーグのジャイアンツとアウェイで当たれば、天然芝のピッチを作ることも夢ではなくなる。

    「勿論、冷静に実力を考えれば、3つ目の可能性(=サットンの敗北)が妥当だろう。しかし、今のリーズが、リーグを最重要視していることは明らかで、水曜日のリーグ戦を念頭に置いて試合に臨めば、我がチームにも勝ち目はある」。

    ドズウェルの期待通り、リーズは前のリーグ戦から10人変更したチームで、サットンに「FAカップ・マジック」をやられてしまった。

    サットンの快進撃の影で、プレミアリーグのハル・シティ(2部のフラムに4-1)、ワトフォード(3部のミルウォールに1-0)と並んで、Liverpoolは、前戦から9人変更した末に、2部のウルブスに1-2と敗退した。

    かくして、あまりにも「FAカップ・マジック」が多すぎて、全国メディアの批判はしりつぼみがちだった中で、地元紙リバプール・エコーは厳しかった。ガリー・リネカーが、「ユルゲン・クロップは、FAカップを軽視している」と名指ししたことをクローズアップした上に、「言い訳無用の情けない敗戦」と畳みかけた。

    「ウルブス・ファンが、クロップに向かって飛ばした『明日の朝クビになる』チャントは、さすがに実現の可能性ゼロだが、しかし、Liverpoolが深刻な危機にあり、早急に立て直しが必要なことは明らか。そもそも、リーグ残留を賭けて、戦力を落として来たウルブスのリザーブ・チームに対して、Liverpoolは63分までオン・ターゲットなしで自滅した。1月は8戦して僅か1勝、それも4部のプリマスに再試合で1-0と辛うじて勝ったもの。アンフィールドでは3連敗、火曜日のチェルシー戦で負ければ、94年ぶりの4連敗記録となる」。

    同紙は、その3連敗の突破口となった、1月21日のスウォンジー戦(試合結果は2-3)の後で、Liverpoolファンが、「選手は今こそ、ファンの応援を必要としている」と、リーグ・カップ準決勝のサウサンプトン戦で(試合結果は0-1、通算0-2でLiverpoolが敗退)、試合前にスタジアム入りするチーム・バスを大声援で激励した様子を引用し、「ファンは既に全力を尽くしている。チームがそれに応えることが出来ていないだけで」と締めくくった。

    それに対して、クロップは静かに語った。「(ウルブス戦では)ファンが声を失ったことは当然だと思う。ただ、次の試合に勝つために全力を尽くす。信じて応援してほしい」。

    12月のゴール・オブ・ザ・マンス

    1月2日、BBCの定番ハイライト番組、マッチ・オブ・ザ・デイの12月のゴール・オブ・ザ・マンスに、サンダーランド・ファンのブラッドリー・ローリーの、チェルシー相手に決めたPKが輝いた。同点受賞として、マンチェスターユナイテッドのヘンリク・ムヒタリアンの、サンダーランド戦での「スコーピオン・キック」が入った(試合結果は3-0でマンチェスターユナイテッドが勝利)。

    イングランド・フットボール界の心を掴んだ5歳のブラッドリーは、2013年にがんと診断され、以来、病気と闘っている。難病のため、合衆国の専門医の診断が必要となり、莫大な費用がかかることから、サンダーランド・ファンが中心となって、基金が設立された。その話を広げて協力を仰ぐ目的も兼ねて、2016-17季には、サンダーランド・ファンが毎試合で、5分にブラッドリーへの激励の拍手を実施していた。

    9月のスタジアム・オブ・ライト(サンダーランドのホーム・スタジアム)でのエバトン戦で、マスコットを勤めたブラッドリーが、ヒーローと崇拝しているジャメイン・デフォーに抱かれてピッチに立った姿は、イングランドのフットボール界に深い感銘を与えた(試合結果は0-3でエバトンの勝利)。そして、5歳の小さな体で、全力で病気と闘っている勇敢なブラッドリーに、心を打たれたエバトンが、£200,000の寄贈をした。

    しかし、晴れて渡航の費用が出来たブラッドリーは、病気は進行が速すぎて、余命を伸ばすための治療しかないと診断され、イングランド中がショックで沈んだ。

    非情な運命を背負いながら、笑顔を絶やさず、サンダーランドを力いっぱい応援するブラッドリーは、12月14日のスタジアム・オブ・ライトでのチェルシー戦で再びマスコットを勤めることになった。そして、試合前にエキシビションのPK戦にチャレンジし、(わざと)逆側に飛んだアズミル・ベゴビッチの左を抜いて、スポットキックを決めたのだった。

    チェルシーの選手全員から囲まれて、顔を輝かせるブラッドリーの姿は、その日のマッチ・オブ・ザ・デイでクローズアップされた。1-0でチェルシーが勝ったその試合で、「サンダーランドの選手全員を合わせても、ブラッドリーのスポットキックにはかなわなかった」と、アナリストが絶賛した。

    1月12日にプレミアリーグの12月のゴール・オブ・ザ・マンスが発表され、受賞者となったムヒタリアンが、即座に「この賞をブラッドリー・ローリーに捧げる」と宣言した。

    更に、1月15日のグッディソンパークで、エバトン対マンチェスターシティ戦の特別ゲストとして、ブラッドリーが登場し、大きな話題となった。これは、9月以来コンタクトを取り続けていたエバトンが、たまたまブラッドリーの治療のための移動の都合と合致したことから、招待することになった。

    サンダーランドのシャツを着て、ロメル・ルカクの腕に抱かれてピッチに立ったブラッドリーは、スタンドからの盛大な拍手を引き出しただけでなく、エバトンの選手に勇気を伝授したかのように、エバトンはマンチェスターシティに4-0と快勝した。

    並行して、1月21日にサンダーランドを迎えることになっていたWBAでは、ファン・グループが独自にブラッドリーの基金を設立し、招待を計画していた。残念ながら、ブラッドリーは治療のため行けなかったが、試合中に、WBAファンが、アウェイ・スタンドのサンダーランド・ファンと手に手を取って、ブラッドリーに対する激励のバナーと拍手を捧げた様子を、TVカメラが捕えた。

    その試合でWBAに2-0と敗れ、とうとう最下位に転落したサンダーランドを、果敢に応援するブラッドリーに、チームを問わず、イングランド中から温かい視線が注がれている。


    RIP 真のジェントルマン、グレアム・テイラー

    1月12日、元イングランド代表監督(1990–1993)のグレアム・テイラーが亡くなったというニュースが流れた。72歳だった。深刻な病気だったわけではなく、心臓発作という青天のへきれきのような悲報に、イングランド中が心から驚き、悲しんだ。

    Liverpoolファンの間では、クラブ史上に残るレジェンドであるジョン・バーンズ(Liverpool在籍は1987–1997)を、ワトフォード(在籍は1981–1987)で育て、ファーストチーム・デビューの場を与えた監督として、常に感謝と尊敬を込めて話題に上っていた人だった。バーンズが、後にイングランド代表チームで、不調などを理由に、イングランド代表ファンやメディアから批判された時に、テイラーは真っ先にバーンズを擁護したことも、Liverpoolファンのテイラーに対する支持を深める要因の一つだった。

    同時に、当時の状況が、Liverpoolファンが「スカウサーはイングランド人ではない」と、イングランド代表チームから一線を画するようになったきっかけ、という説もある。そのような背景もあり、テイラーが代表監督を勤めた時にも、「イングランド代表チームの成績不振」を理由に、Liverpoolファンの間で、テイラーに対する評価が変わることもなかった。

    それにしても、イングランド代表チームが1994年W杯の予選で敗退した時の、テイラーに対するイングランドのメディアの酷い仕打ちは、あまりにも有名な話だった。イングランドがまだ4部構成の「イングランド・リーグ」だった時代で、現プレミアリーグのような、象牙の塔に住む大スター選手と大金持ちの監督が、一般市民からかい離した存在になる前のことだった。

    「イングランドのメディアの過剰反応が、度を越えた」と、逆にメディアに対するファンの批判が高まるような扱いを受けて、代表監督の座を去ったテイラーは、ウルブス(1994–1995)、ワトフォード(1996–2001)と、クラブの監督として再び成功を収め、アストンビラ(2002–2003)で引退するまで、全てのチームのファンから慕われ続けた。

    実際に、当時、地元のアストンビラ・ファンが、「イングランド代表監督時代のことなど関係ない。テイラーはクラブの監督としては超一流。戻って来てくれたことは心から嬉しいし、僕の知る限り、全てのファンが大歓迎している」と、特大の笑顔を浮かべて語った言葉は、深く記憶に残っている。

    今回の悲報に際して、メディアの中からも、心の籠ったメッセージが出た。リバプール・エコー紙の、エバトン担当記者が、「RIP 真のジェントルマン、グレアム・テイラー」というタイトルで、1989年に、当時アストンビラ監督だったグレアム・テイラーと対話した時のエピソードを明かした。

    「あの頃は、今のプレミアリーグとは異なり、クラブの監督はもっと近付きやすい存在だった。それにしても、エバトン戦の前にビラ監督のテイラーにインタビューを依頼した時には、たまたま不運が重なって、建物の電話が使えず、隣のクリケット・クラブの電話を借りてコールバックしてもらうという、余計なご足労をかけさせる状況に陥った。しかし、テイラーは嫌な顔一つせず、明るい笑顔で対応してくれた」。

    「2年後にイングランド代表監督になった、その時のテイラーは、気さくで協力的で、素晴らしいジェントルマンだった」。

    「後に、あの悪名高き『メディアの過剰反応』が、テイラーを『カブ』呼ばわりした時には、私は同業のジャーナリストたちに言い続けた。イングランド代表監督として、より成功を収めた人はいる。でも、私にとって、そして、多くのファンにとって、テイラーほど『真のジェントルマンと』と呼べる人は他にはない」。

    ファンの連帯感

    1月9日、FIFAの「サポーター賞」が発表され、Liverpoolとドルトムントのファンが輝いた。この賞は、試合に際して感動的な場面を作った「ファンの連帯感」を讃える目的で創設されたもので、2016年4月のアンフィールドでのEL準々決勝で、一緒にYou'll Never Walk Aloneを合唱したLiverpoolファンとドルトムント・ファンが第一回目の受賞者となった(試合結果は4-3でLiverpoolの勝利)。

    Liverpoolの地元メディアやファン、そして元選手が、ほぼ例外なく「2016年のマッチ・オブ・ザ・イヤー」に上げるこの試合は、気合いで大逆転勝利を得たチームだけでなく、誰もが「スタンドのファンの貢献」を語る。そして、必ず話題に上るのが、試合前の1分間の黙とうで、コップと対面のアンフィールド・ロード両スタンドで「96」のモザイクを作った、ドルトムント・ファンの連帯感だった。

    折しも、前日の1月8日には、アンフィールドでのFAカップ3回戦で、4部のプリマス・アーガイルが、平均年齢21歳296日でクラブ史上最年少記録となった「Liverpoolのユース・チーム」を0-0に抑え、再試合に持ち込んだことで、Liverpoolに対する風当たりが強くなっていたところだった。

    BBCは、この再試合がもたらす財政的な意義に焦点を当てた。「プリマスにとっては、おそらく再試合もTV放送戦となるだろうLiverpoolとの2試合は、£1Mの収入となり、その金額は年間予算の20%に該当する」。つい6年前に、オーナー交替のゴタゴタでクラブが破産し、リーグからポイント削減処分を受けた結果、降格を重ねて2部から4部に旧転落したプリマスにとって、この収入は莫大なものだった。

    「試合後に、トンネルの中でプリマスの選手が、ユルゲン・クロップにサインをお願いしているらしい場面を、TVカメラが偶然捕えた。そもそも、4部の選手たちにとって、クロップは、TVでしか見られないような雲の上の人。そんな有名監督が率いるプレミアリーグ2位のLiverpoolを、引き分け再試合に持ち込んだことは、実質的な金星」と、プリマスを絶賛した。

    そして、Liverpoolファンのフェアプレイに対する賞賛も忘れなかった。「ピッチを去るプリマスのチーム一行に対して、アンフィールドのホーム・スタンドからも盛大な拍手が飛んだ」。

    試合に先駆けて、「人口25万5千人のプリマス市は、トップ・ディビジョン在籍のチームを出したことがない、ヨーロッパ最大の都市」と、プリマス・ファンが語ったエピソードは、Liverpoolファンの間で大きな話題になった。

    「倒産と降格を繰り返し、選手の給料が支払われない月日が続いた時には、文字通りのどん底に陥った。ネガティブなムードはファンに波及し、悪の連鎖にはまった2013-14季のこと。これがプロ・リーグ(4部)での最後の試合だと観念していた時に、『プリマスを救え』という運動がブライトンで発生し、数千人のブライトンのファンが駆け付けてきてくれた。それは、その数年前に、ブライトンが倒産に見舞われた時に、我々プリマス・ファンが同様の運動で協力したことを、彼らは覚えていて、その恩返しをしてくれたのだった」。

    ブライトン・ファンの連帯感はピッチの上に伝わり、マンスフィールド戦でプリマスは、1-0と奇跡的な勝利を得た。それを皮切に、プリマスは次第に安定を取り戻し、翌2014-15季からは2年連続でプレイオフに出場するなど、毎年3部昇格を目標に掲げる勢力となった。

    「Liverpool戦は、我々にとって『ビッグ・マッチ』ではない。ビッグ・マッチは、マンスフィールド戦のような試合のこと。アンフィールドでLiverpoolと対戦するというのは、ここまで数年間、歯を食いしばってそれらのビッグ・マッチを乗り越えてきた報酬」。

    このファンは、その「報酬」の結果、チームが果敢に戦って目的を達成した試合の後で、「アンフィールド内外で、多くのLiverpoolファンから温かく接してもらった。お蔭で、素晴らしい思い出となった」と、明るいメッセージを残して帰って行った。

    その翌日、FIFAの「サポーター賞」受賞に際して、ドルトムントから「この賞は、ヒルズバラの96人に贈られるべき」と声明が出た。ファンの連帯感は、ディビジョンを超え、国境を越えて広がっている。

    ボーリング(たいくつな)・ジェームズ・ミルナー

    11月29日のリーグカップ準々決勝、アンフィールドでのリーズユナイテッド戦で、17歳のベン・ウッドバーンがLiverpoolのクラブ史上最年少得点記録を塗り替えて、イングランド中のヘッドラインを独占した(試合結果は2-0でLiverpoolの勝利)。その陰で、Liverpool陣営内では、ユルゲン・クロップが披露した微笑ましいエピソードが、大きな話題となった。

    若手中心のチーム編成で臨んでいるリーグカップでは、主力は殆ど休ませられていた。ところが、その外れる予定だったジェームズ・ミルナーがクロップに懇願した、という話だった。「ミリー(※ミルナーのニックネーム)は熱烈なリーズ・ファンというのは有名な話だが、毎日『僕をこの試合に出してください』とストーキングされたので、根負けして8分だけ出した」と、クロップはジョーク半分に語った。

    殆どの選手は、主として出身地のチームのファンだが、ただ、別のチームでキャリアを積む中で、ファン心も均衡が取れることが多い。そんな中で、ミルナーは、地元のチームであり、ユースチームで育って、16歳309日で当時のプレミアリーグ最年少得点者になったリーズ(在籍は1996-2004)に対して、その後ニューカッスル(2004-2008)、アストンビラ(2008-2010)、マンチェスターシティ(2010-2015)と異なるクラブで、通算15年のキャリアを積んだ今も、少年時代のファン熱を維持していた。

    そのミルナーのリーズ熱は、「片思い」ではなかったことは、この日のアンフィールド・ロード・スタンドのリーズ・ファンからの盛大な拍手が物語っていた。

    それを見て、Liverpoolファンは、リーズ・ファンとミルナーの両者を絶賛した。「ミルナーはたぶん、これまで在籍したすべてのクラブから、このように熱烈に慕われ続けているだろう」。

    その言葉を裏付けるように、12月31日のアンフィールドでのビッグ・マッチを控えたマンチェスターシティの地元紙マンチェスター・イブニング・ニュースが、「ミルナーがいたら、ペップ・グアルディオーラはどれだけ助けられただろう」という、哀愁が籠った記事を掲げた。

    それは、ミルナーが今季Liverpoolでレフトバックに転換し、プレミアリーグのベスト・フルバックの候補入りする程の順応ぶりを見せていたのとは対照的に、シティがフルバック不足に苦戦している現状に焦点を当てたものだった。「グアルディオーラは、伝統的なミッドフィールダーの役割もこなせるフルバックを求めているが、シティの戦力は対応し切れていない。一方で、ミルナーがレフトバックとして華麗な変身を遂げ、持前のプロ精神を発揮していることで、Liverpoolはレフトバックの問題を完全に解決した」。

    ミルナーの「華麗な変身」については、一足先にクロップが語った。「夏に、ミリーを呼んで『レフトバックになって欲しい』という話をした時は、二つ返事とは言えなかったのは真相。しかし、それでも文句も言わずその役割を果たしているミリーは、超一流のプロ。私がこれまでのキャリアで出会った選手の中で、間違いなくトップ5に入る程の、模範的なプロ」。

    ミルナー本人も、それは否定しなかった。「レフトバックのポジションでプレイすることで最高に満足している、と言えば嘘になる。ただ、僕が最も重要だと思っているのはチーム。Liverpoolが成功すること、そのチームに貢献できる選手であること。それが実現できるならば、どのポジションであっても構わない」。

    クロップのミルナーに対する信頼は、あの有名な(悪名高い?)「ボーリング(たいくつな)・ジェームズ・ミルナー」アカウントに関するジョークで締めくくった。「ミリーは、パロディ・アカウントとは正反対の人格。典型的なイングランドのプロ選手、という感じで、いつもジョークを言って笑っている。『たいくつ』な面など一つもない。たぶん、リーズ時代から髪型が変わっていないから?」

    その「ボーリング・ジェームズ・ミルナー」は、シティ時代に第三者が作ったパロディ・アカウントで、2014年のクリスマスには、シティがオフィシャルTVのビデオで「ジェームズ・ミルナーのたいくつなクリスマス」と題して、ミルナーが、面白みのないクリスマス・プレゼントを淡々と披露するジョーク・ビデオを出した。それは、ミルナー本人がパロディ・アカウントをパロディにした、純粋に笑いを買う作品だった。

    それがあまりにも好評だったため、シティは昨年、その続編を出した。ミルナーが既にLiverpoolに行ってしまった後のことだったが、1年前のスタッフがジョー・ハートと会話しているときにミルナーから電話がかかって来て、「クリスマス・プレゼントにはトイレットペーパー・ホルダーが欲しい」とリクエストし、二人が爆笑する、という内容だった。

    シティのクラブも、ミルナーの穴を感じていることは明らかだった。

    マンチェスター・イブニング・ニュース紙の結論は、感情が籠っていた。「監督の戦略を理解し、監督が命じるポジションがどこであっても、全力を尽くして任務を果たすミルナーは、常に100%を出す誠実な選手。ミルナーにとって、グアルディオーラが監督を勤めるチームでプレイするというのは魅力を感じただろう。でも、それ以上に、グアルディオーラはミルナーを必要としている」。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

    最新記事
    最新コメント
    リンク
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    QRコード
    QR