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    ファンに人気の選手が憂き目を見るとき

    8月23日、Liverpoolがママドゥ・サコーのローン先を探しているという報道が流れ、ファンに爆弾を落とすことになった。折しも、昨季4月に始まったUEFAのドーピング容疑が再三の紆余曲折の末に、正式に無罪放免が決定したばかりのことだった。アキレス腱の負傷からも回復し、トレーニングに復帰したサコーに対して、Liverpoolファンは熱い期待を寄せていたところで、今回の話となった。

    2013年夏にPSGからLiverpool入りし、まだ4年目でトロフィーとも縁がないながら、ファンと積極的に対話し、地元マージーサイドのチャリティにも熱心なサコーは、既にファンの人気者となっていた。同時に、ファンのユルゲン・クロップに対する支持は揺るがなかったことから、Liverpoolファンは、「クロップは、サコーを戦力として評価していない」と、苦悩に陥った。

    ファンに人気の選手が、絶大に支持している監督と「物別れ」になる、という事例は珍しいことではなく、マンチェスターシティ・ファンにとってのジョー・ハートとペップ・グアルディオーラも然り、7月にはその隣のユナイテッドでも、アントニー・マーシャルがらみの「事件」が起こった。

    1年前にモナコからユナイテッド入りしたマーシャルは、9月のLiverpool戦でデビュー・ゴールを決めて以来、ユナイテッド・ファンの人気No.1となった(試合結果は3-1でユナイテッドの勝利)。ところが、ジョゼ・モウリーニョの牽引力で決まったズラタン・イブラヒモビッチが、マーシャルの背番号9を受け継ぐことになったことで、きな臭い事態に発生した。マーシャル本人には根回しもなく、決定事項として通達されたものだから、へそを曲げたマーシャルが、SNSのカバー画像を「マーシャル 9」に変えたのだった。

    ユナイテッド・ファンの間では、一連のやり取りとして、「ユナイテッドは、イブラヒモビッチを取りたい一心で、背番号の選択を一任した。10番(※主将のウェイン・ルーニー)以外のどれでも良い、と言われて、イブラヒモビッチは9番を選んだ。その時点でマーシャルにネゴすれば良かったのに、何もしなかったらしい。それが真相だとしたら、ユナイテッドが一方的に悪い」という情報が飛び交った。

    更に、マーシャルがSNSでユナイテッドのオフィシャル・アカウントをアンフォローしたことから、「マーシャルはユナイテッドの仕打ちに腹を立てている」と、ファンは真っ青になった。

    他人ごととして、爆笑しながらそれを見ていたシティ・ファンとLiverpoolファンは、異口同音に、「マーシャルがユナイテッドに反感を抱いている今この時に、昇給と背番号9を提示して横取りすべきだ」と興奮したものだった。

    結局この茶番劇は、マーシャルが気を取り直し、丸く収まった。その後で、笑っていた立場のファンに、自分たちの番が回ってきたのだった。

    サコーが出て行くかもしれない事態に直面したLiverpoolファンは、7月のマーシャルの時との大きな差として、隣のライバル・ファンから、「我がチームが横取りしよう」という声がいっこうに上がらない事実を認識していた。

    そんな時に、地元紙リバプール・エコーが「移籍の方針に関して、ファンはクロップの判断を全面的に信じて、バックアップすべき」という記事を掲げた。それは、同紙がLiverpoolファンに対して投げかけたアンケートで、「サコーを出すのは間違い」という回答が80%を超した統計で始まっていた。

    「クロップは、サコーに対して、冷静になって、改めるべき大きな要素を見出したことは明らか」。この夏の合衆国ツアーで、遅刻と欠勤で短期間にクラブの規則を3回連続破った結果、サコーが帰された事件は有名だった。その後、サコーが謝罪して態度を改めたか否かは不明だった。

    サコーの大人げない態度と行動は、前監督ブレンダン・ロジャーズの時から複数回に及んでいた。2014年9月のマージーサイド・ダービー(試合結果は1-1)で、ベンチからも外されたことで、サコーが飛び出してしまったことに始まり、2015年夏には、太り過ぎの状態でプリシーズンに帰還し、ロジャーズの怒りを買ったことも記憶に新しい。

    ドーピング容疑に発展した薬物に関しても、選手は「薬を摂取する時にはクラブに申請する」ことを厳しく義務付けられているのに、サコーはこれを守らなかったことから事件が起こったものだった。

    「パリの危険な地区で、厳しい環境で育った生い立ちから、スターになった今も労働者の側に立ち、心からファンと対面するサコーは、ファンの熱烈な支持を受けている。ピッチの上でも、特にクロップの下で向上し、ドルトムント戦の同点ゴール(試合結果は4-3でLiverpoolの勝利)など、思い出に残る場面を作った」。

    「忘れてはいけないのは、クロップがサコーを完全に見放したわけではないこと。それは、正式移籍ではなく、ローンという形式が物語っている。サコーは、文字通り、頭を冷やして、『自分で自分の首を絞める』状況から脱出し、ピッチ内外でチームの一員として働く人材となって戻って来て欲しい。それは、ファンは勿論、クロップが最も願っていること」と、同紙は締めくくった。


    選手の忠誠と監督の忠誠

    プレミアリーグが開幕2週目を迎えたイングランドのメディアは、ペップ・グアルディオーラの、ジョー・ハートに対する「非情な仕打ち」の話題で満載だった。これは、開幕戦のホームでのサンダーランド戦(試合結果は2-1でマンチェスターシティの勝利)に続いて、火曜日のCL予備戦、アウェイでのステアウア・ブカレスト戦(試合結果は5-0でマンチェスターシティの勝利)でも、イングランド代表GKのハートをベンチに格下げしたことだった。

    これに対して、ユベントスのジャンルイジ・ブッフォンを始め、内外の現役選手から「ハートは超一流のGK。外されるのは間違い」と擁護が飛び、多くのアナリストが「ハートはシティに留まってポジション奪還に励むべきか、新天地を探すべきか」の議論で湧いた。

    シティの地元紙マンチェスター・イブニング・ニュースは、大多数のシティ・ファンの声を代表して、「ハートはシティの44年ぶりの優勝を達成したヒーローの一人だし、シティに忠誠を尽くしてきた。しかし、ペップのメッセージはあまりにも明らか」と、泣きが入っていた。シティ・ファンの間では、「ペップを取るか、ジョーを取るか」という議論すら出ていた。

    シティ・ファンにとって、ハートに対する思い入れは強かった。一方で、実際には、2016年2月にグアルディオーラの監督就任が正式になって以来ずっと、「ハートの将来」に関する憶測が飛んでいた事実は、誰もが知る通りだった。「グアルディオーラは、GKにも11人目の選手として、ボール・テクニックを要求している。ハートは、ショット・ストッパーとしては一流だが、パスをこなすタイプではない」。

    更に、「ロベルト・マンチーニ(シティ監督在任は2009-13)が、あと1年留まっていたら、ハートは出されていただろう」という証言も、何度も話題になった。「マヌエル・ペジェグリーニ(シティ監督在任は2013-16)は、放出はしなかったが、ジョーをベンチに下げた。つまり、3人の監督が同じ評価を下しているということ」と、シティ・ファンは神妙な表情だった。

    いっぽうで、グアルディオーラに対する支持は強かった。7月にお披露目された、ノエル・ギャラガーのさっくばらんなインタビューで、プレミアリーグに対する熱意の裏付けとして、11年前にシティのトライアルを受けたエピソードを披露したことで、シティ・ファンの心を掴んだ。「スチュアート・ピアース(シティ監督在任は2005–2007)から門前払いを食らった。でも、体が小さかった自分にとってはプレミアリーグの壁は厚過ぎた。ピアースの判断は正しかったと思う」。

    8月20日、プレミアリーグの名物の一つでもある、「寒くて湿った平日の夜のブリタニア(※2016-17季からはスポンサーのためベット365スタジアムと名称変更)では、たとえバルセロナでも勝てない」という言い伝えのあるストークシティに、4-1と快勝した試合後の記者会見で、グアルディオーラは、「評判は知っていた。2月の平日の試合でなくて良かったと思う」と笑った。

    試合中に、アウェイ・スタンドで2,000人のマンチェスターシティ・ファンが、グアルディオーラの歌(※The Dave Clark Five classic 'Glad all over'の替え歌)を大音量で合唱したことについて、「私の名前の部分は聞き取れた」と、頬を染めた姿が、マンチェスターシティ陣営内の「ペップを取るか、ジョーを取るか」議論に終止符を打った。

    翌日のマンチェスター・イブニング・ニュース紙は、「グアルディオーラ下で頭角を現した選手の一人」として上げていた、この夏£47.5mでエバトンから来たジョン・ストーンズが明かした、「起爆剤になった、グアルディオーラの言葉」を掲載した。それは、「間違いは許さない」というものだった。

    「絶対に気を抜くな。もし、試合中に一瞬でも居眠りしたら、君は次の試合の時には自宅で寝てても良い立場になる。センターバックは4人いるのだから」。

    ハートは、プリシーズンのアーセナル戦(試合結果は3-2でアーセナルが勝利)で僅か45分出場しただけで、「自宅で寝てても良い立場」に置かれることになった。

    ユルゲン・クロップがLiverpool監督に就任して、早々に言った言葉は正反対だった。「必ずミスはあるもの。重要なのは、ミスを犯した後でいかにリカバリするか、ということ」。

    この夏、合計£約70mで放出した選手たち(クリスティアン・ベンテケ、ジョー・アレン、ジョーダン・アイブ、ブラッド・スミスなど)と並行して、Liverpoolファンが感傷的になっているジョン・フラナガンは、バーンリーに1年間のローンに出ることになった。

    「監督から、Liverpoolに残って徐々に試合に復帰するか、それともローンに出て経験を積んで戻るか、と選択肢を提示されて、後者を選んだ」と、フラナガンは語った。

    バーンリーでの1年間で、苦戦しながらもレギュラーの座を勝ち取り、自信を付けて戻って来て欲しい、負傷前の調子を取り戻して、Liverpoolでキャリアを歩んで欲しい、と、ファンは誰もが望んでいた。

    「私は選手に対して忠誠を求める。その代り、私も、選手に対して忠誠を尽くす必要があると思っている」と、クロップは言った。

    最も期待が高まる時

    待ちに待ったプレミアリーグの2016-17季が開幕した。第一週目の最大の注目となった8月14日のビッグ・マッチ、アーセナル対Liverpoolは、白熱の末にLiverpoolが4-3と勝利を飾った。前半はアーセナルが圧倒的な優位に立ち、後半早々はLiverpoolが圧倒し、最後はアーセナルの反撃をLiverpoolが辛うじて阻止したというシーソーゲームで、ハイライト番組の話題を独占する面白い試合となった。

    ニュートラルなチームのファンにとっては、試合内容もさることながら、「アーセナル・ファンTVが楽しみだ」と、一斉に歓喜の声を上げた。これは、シーズン・チケット・ホルダーのファン・グループが主催して、毎試合後に、スタジアム近辺で試合帰りのファンにマイクを向けて「感想」を語ってもらい、その一連のやり取りを動画にしてインターネット上に流すというもので、今ではプレミアリーグのほぼ全チームのファンがやっているものだった。

    有名どころでは、フルタイム・デビルス(マンチェスターユナイテッド)、ブルームーン・ライジングTV(マンチェスターシティ)、レッドメンTV(Liverpool)、チェルシー・ファンカスト(チェルシー)などがあり、チーム間でYoutubeの再生回数を競っている。これらファンTVは、ライバルチームのファンにも見られることを意識して、インタビューに登場するファンの発言はどんどん洗礼してきて、ユーモアの中で明確な意見を伝えるメディアとして発展してきた。

    その中で、アーセナル・ファンTVは、マス・メディアが作り上げた(?)「アーセナル・ファンは、とにかく文句を言う」イメージを更に上塗りする路線で、独自の人気を誇っていた。

    「戦力補強の欠如は今に始まったことではない。ストライカーはどこに行った?アーセン・ベンゲルは、シーズン開幕に間に合うような戦力が補強できていない、と平然と言うし、クラブは説明すらしない」と、試合後数時間でリリースされたアーセナル・ファンTV第一号で、あるファンが目を吊り上げた。

    試合後の記者会見で、ベンゲルが「明るい要素としては、4-1となってから反撃し、選手たちが決意を見せて2点返したこと」と語ったことも、アーセナル・ファンTVの「意見」の題材になった。「ホームでの開幕戦に敗戦を喫するのは、ここ4年間で3回目。最もショックなのは、負けても驚かなくなった、ということ」と、別のファンが嘆いた。

    いっぽう、Liverpoolファンは、「60分に4-1で勝っていながら、最後までハラハラさせられるのは我がチームだけ。こんな緊張を、あと37試合も味わうのかと思うと気が遠くなる」と苦笑しながら、これまで18年間で僅か2回(2000年、2012年)しか勝ってなかった、アウェイのアーセナル戦の勝利をかみしめた。

    特に、Liverpoolファンの間で、圧倒的なマン・オブ・ザ・マッチに輝いたサディオ・マネの公式戦デビュー・ゴールは、様々な意味で話題を呼んだ。4点目となったゴールを決めた瞬間に、マネがタッチラインに向かって全力疾走し、ユルゲン・クロップに抱き付いた様子に、実況陣は「自分を信頼してくれた監督に対する感謝を表わしたかったのでしょう」と、肯定的だった。

    しかし、クロップは、試合後の記者会見で、「あんな風に、選手と一緒にゴールを祝ったのは間違いだった」と、反省を語った。「状況によっては祝っても良いと思うが、しかしあの時は、まだ試合は30分残っていた。私がやったことは、4-1になって、まるで勝敗が決まったと思ったような行動。選手に対して誤ったメッセージを送ってしまった。案の定、あの直後に2失点を食らった」。

    それに対して、アーセナル・ファンTVのあるファンが、反論を唱えた。「4-3となった時に、クロップがタッチラインに張り付きになってLiverpoolの選手に向かって檄を飛ばしていたのに対して、ベンゲルはベンチに腰を沈めた。クロップの情熱が羨ましい」。

    もちろん、ベンゲルが20年間の在任中、100%アーセナルにCLをもたらしているのに対して、Liverpoolは最近7年間で僅か1回しかCL出場権を得ていないことは、誰もが知る通りだった。

    試合前の記者会見で、2016-17季の目標を問われて、クロップの回答は簡潔だった。「トップ4入りすれば満足か?と言えば、わからない。いきなり優勝を目指す、と言えば、笑いものになるだけだと思う。ただ、今は、最も期待が高まる時。全てがこれからなのだから、何も不可能なことはない」。

    「5月になって振り返った時に、満足できるシーズンにしたい」。

    スター選手を売りに出すクラブ

    8月6日、ウェンブリーでのプリシーズン戦で、Liverpoolが4-0と快勝した試合の後で、バルセロナ監督ルイス・エンリケが、「Liverpoolファンは、とても信じられない程に素晴らしかった」と、Liverpoolファンを絶賛した。これは、バルセロナの先発メンバーだった、元Liverpoolのハビエル・マスチェラーノとルイス・スアレスに対して、Liverpoolファンが盛大な拍手で迎えたことに対する感謝のコメントだった。

    自ら現役時代に、移籍した後で古巣のファンから「裏切り者」呼ばわりされた経歴を持つルイス・エンリケらしい、心の籠った言葉だった。もちろん、ルイス・エンリケのケースは、レアルマドリードから宿敵バルセロナ(1996年)と、状況は異なる。しかし、マスチェラーノもスアレスも、Liverpoolを出た時の事情は「立つ鳥跡を濁さず」とは到底言えなかったことを考えると、バルセロナのチームや地元紙が「さすがはLiverpoolファンだ」と、持ち上げたのも無理はなかった。

    ただ、マスチェラーノに関して言うと、Liverpoolが前オーナー下で、暗黒の真っただ中にあった2010年夏に、「移籍を求めて試合に出ることを拒否した」事件を起こしたことで、当時はLiverpoolファンの間でも総すかんだった。その後、バルセロナ入りしたマスチェラーノが、2011年のCL決勝戦で、マンチェスターユナイテッドを3-1と破って優勝した試合後に、スカイTVのインタビューで、「この勝利はLiverpoolファンに捧げる。出て行った時は、僕のことを怒っていたと思うが、許してくれることを祈っている」と、青天のへきれきのごとく言ったことで、Liverpoolファンのわだかまりが解けた。

    「マスチェラーノが出て行った時のやり方はいただけなかったが、しかし、その動機は理解すべきだし、出て行った先で、CL優勝という目的を達成したのだから、立派だ。そもそも、マスチェラーノのようなスター選手が目的を達するために、出て行かなければならないと決断するようなクラブになってしまったことの方が、深刻な問題」と、ファンは頷いた。

    それから5年経って、プリシーズン戦でしかバルセロナと試合する機会がなくなったLiverpoolの現状について、地元紙リバプール・エコーが、「Liverpoolは、スター選手を売りに出すクラブという事態から脱却しなければならない」と、まさに同じ疑問を投げかけた。

    「マスチェラーノ、サビ・アロンソ、フェルナンド・トーレス、そして昨年夏のラヒーム・スターリングという負の連鎖を断ち切ることが必須」。

    それは、ユルゲン・クロップの宣言とも同期を取っていた。「選手が将来を見出すようなクラブになることが、目下の目標。キー・マンとなる選手が留まることが、チームの向上には必須。そのためには、クラブ全体が、明るく、全員が一致して、成功を目指して活気に満ちていることが必要。みんなが、このチームで頑張れば必ず勝てると信じられる土台を作ることが必要」。

    一方で、勝てるチームになることが、すなわち「誰も出て行かないクラブ」の条件ではないことは、Liverpoolファンも認識していた。例えば、クリスティアーノ・ロナウドは、財政も栄誉も十分に満たされていた2009年に、マンチェスターユナイテッドを出て行った。

    「スアレスは、本来、出て行かれてクラブとして反省すべきだったタイミングの2013年に、留まってくれて、1年の延長期間でレガシーを残してくれた」と、Liverpoolファンは断言する。

    2年前に、クリスティアーノ・ロナウドが「会長のフロレンティーノ・ペレスと仲たがいして、レアルマドリードから出て行きたがっている」をいう噂が流れていた時に、ビヤレアル対レアルマドリードの試合をめがけて(試合結果は2-0でレアルマドリードの勝利)、ユナイテッド・ファンが「ロニー(ロナウドの愛称)、マンチェスターに戻っていらっしゃい」という飛行機バナーを飛ばしたことが、スペインのメディアでヘッドラインを飾った。

    勝てるチームを求めて、ではなく、お金のためでもなく、自らの夢を追って外国のスーパー・クラブに行ってしまった選手に対して、ファンは永遠にロマンを抱き続ける。

    「僕にとって、特別な試合となった。Liverpoolファンは、僕に対していつでも常に、熱烈に声援を送ってくれる。今日もそうだった。僕がLiverpoolにいた時と同じように」と、スアレスから感謝のコメントが出た。

    Liverpoolファンは、「スアレスは、Liverpoolにとってベンチマークのような存在。その効果は、単にゴールやアシストの数では評価できない。勝利に対する執着心で、リーダーとしてチーム全体を引き上げた」と、スアレスに拍手を送ると同時に、第二のマスチェラーノを出さないチーム作りを目指すクロップを、全面的に支持する決意を新たにした。

    ユルゲン・クロップの新戦力第一号

    7月20日、Liverpoolのプリシーズン4試合目のハダースフィールド戦(試合結果は2-0でLiverpoolの勝利)で先制ゴールを決めたマルコ・グルイッチについて、BBCのアナリスト、ミック・クインが「ネマニャ・マティッチに得点力を加えたようなディフェンシブ・ミッドフィールダー」と絶賛した。これは、同国人で同じポジションという共通点はあったものの、「これからプレミアリーグの洗礼を受ける20歳の若手に対して、やや過剰反応」と、Liverpoolファンは苦笑した。

    しかし、Liverpoolでのデビュー戦(対フリートウッド・タウン、試合結果は5-0でLiverpoolの勝利)に続き、2試合で2ゴールという堂々たるスタートを切ったグルイッチについて、Liverpoolファンは、「1年後にマティッチと比較されるような戦力になれば万々歳」と、期待を膨らませた。

    2016年1月の移籍ウィンドウでLiverpool入りが決まり、ユルゲン・クロップのLiverpoolでの新戦力第一号となったグルイッチは、ローンでそのままシーズン末までレッドスターに残り、リーグ優勝を経て、7月のメルウッド入りとなった。

    プリシーズンのトレーニングには初日から参加し、やる気を見せていたグルイッチは、不運ないきさつから初戦のトランメア戦(試合結果は1-0でLiverpoolの勝利)に出られないことになった。それは、セルビア代表チーム入りして3キャップしか記録しておらず、FAの労働許可を得るために審査が必要となったためだった。

    そして、7月4日にマンチェスターで行われた審査では、クロップが自ら出頭して、グルイッチがいかに重要な戦力であるか熱演したことで、あっさりFAの許可が下りた。ただし、役所の手続き上の決まりで、いったん出国して再入国する必要があったことから、トランメア戦に間に合わなくなった。

    「最後にLiverpoolが、労働許可を得るためにFAの審査を受けたのは、2013年1月のフィリペ・コウチーニョだった」と、地元紙リバプール・エコーは、グルイッチに対する静かな期待を表現した。

    エコー紙のインタビューで、グルイッチは、「電話が来ることは事前に知らされていなかったので、英国からの番号を見て、驚いた。クロップの声は、テレビで何度も聞いていたので、すぐにわかった。監督が直々に電話をくれるなんて、とものすごく感激した」と、初めてクロップと電話で話した時のことを明かした。

    「会話は殆ど、クロップが喋った。僕からのリクエストはただ一つ、僕はLiverpoolでプレイしたい、ローンに出されるのではなく、というものだった」。

    グルイッチのLiverpool入り?の噂が出た時に、ネガティブな要素として流れた話が、同じセルビア出身で、グルイッチとは親しい友人であるラザル・マルコビッチの状況について、グルイッチのご家族やアドバイザーが心配していた、というものだった。

    「周りからずいぶん言われた。プレミアリーグはレベルが高すぎて、成功するのは困難だ、と。それは、僕にとって大きなチャレンジだと思った」。

    かくして、周囲の心配を押し切ってLiverpool入りを決意したグルイッチに、既にプレミアリーグで活躍しているセルビア人の先輩選手たちが激励の歓迎をくれたという。「マティッチが真っ先にお祝いのメッセージをくれた。隣のマンチェスターシティにいるアレクサンダル・コラロブは、必要なことがあったら何でも言いなさい、と、頼もしい言葉をくれた」。

    同じLiverpoolの、隣国クロアチアのデヤン・ロブレンも大歓迎したという。「バルカン半島出身者の連携は強い」。

    先輩たちに見守られて、Liverpoolでのキャリアを開始したグルイッチは、デビュー戦のゴールについて、「夢の実現」と語った。「セルビアでは、誰もがLiverpoolを知っている。ものすごく人気のあるチームだし、僕は、あの有名なイスタンブール(2005年CL決勝戦。3-3、PK戦でLiverpoolがACミランに勝って優勝)のことを良く覚えている」。

    Liverpoolでは、その時のヒーローの一人、ディディ・ハマンの背番号16を付けることになった。「クロップは、僕に対して、誰に代わるべく選手になって欲しいなど、具体的な名前は一切、出さなかった。僕のセルビアでの試合のビデオをいくつも見ていて、欠点や良い点を理解していた。その上で、Liverpoolで活躍できる選手になることを期待している、と」。

    「クロップがドルトムント監督だった頃に、僕は、憧れの監督としてSNSにクロップの写真を載せたことがあった。ネベン・スボティッチやロベルト・レバンドフスキをスターにした人だったから。あの時には、クロップも僕もLiverpoolとは縁がなかったのに」。

    クロップの新戦力第一号となったグルイッチが、Liverpoolでどんなキャリアを歩むことになるのか、ファンは密かな期待を抱き始めた。


    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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