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    レガシーは永遠に(ヨハン・クライフ)

    フットボール・ファンの間で、一流選手のテクニックを語る時に、頻繁に出てくる表現の中に、「クライフ・ターン」がある。これは、1974年W杯のオランダ対スウェーデン(試合結果は0-0)で、ヨハン・クライフが華麗なターンで相手ディフェンスを抜いたダミーが発端で、いつしか一般的なフットボール用語となった。

    そのクライフ・ターンの本家本元クライフは、アヤックス(1964–1973)でヨーロピアン・カップ(CLの前身)3回、リーグ優勝8回、バルセロナ(1973–1978)でリーグ優勝1回など、合計23のメジャーなトロフィーを獲得し、バロンドール3回に輝いた。

    そして、「偉大な選手は偉大な監督にはなれない」というフットボール界の定説を覆し、監督として、アヤックス(1985–1988)で国内カップとヨーロピアン・カップ・ウィナーズ・カップ優勝、バルセロナ(1988–19968)では、クラブ史上初のヨーロピアン・カップを勝ち取るなど、「偉大な選手が偉大な監督になった」例外を作った。

    そのバルセロナで、クライフが育て上げた選手の一人だったペップ・グアルディオーラが、監督としてバルセロナを通算3回目(2009年)と4回目(2011年)のヨーロピアン・カップ(CL)優勝に導いた時に、「ヨハン・クライフがバルセロナの聖堂を作った。我々後任者は、それをメンテナンスしているだけ」と言ったように、今では圧倒的な強さを誇るバルセロナのプレイスタイルは、クライフが作り上げたものだとは、誰もが一致するところだった。

    3月24日に伝えられた、その偉大なレジェンドの悲報は、フットボール界に大きな衝撃を与えた。2015年10月に肺がんと診断され、病気との闘いを開始したクライフが、今年2月に「前半を終えて2-0で勝っている」と宣言し、フットボール界に安堵を与えた矢先のことだった。

    クライフがトータル・フットボールを作り上げた母国オランダでは、3月25日の親善試合(対フランス、試合結果は3-2でフランスの勝利)に際して、アムステルダム・アリーナを「ヨハン・クライフ・スタジアム」と改名する計画を発表した。

    バルセロナ在籍時代に住居を構えて以来、最期を過ごした第二の国スペインでは、真っ先に追悼メッセージを出した人々の中に、マリアーノ・ラホイ首相がいた。

    生誕国オランダと家庭を築いた移転先のスペインの両国が、自分の国の名士を失った悲しみと、クライフが自国に残した偉大な業績を称える中で、その他の国でもフットボール界の偉大なレジェンドに対する追悼が後を絶たなかった。

    イングラドでも、共に働いた、もしくは対戦した経歴を持つ新旧選手たちだけでなく、クライフの現役時代には生まれていなかった若いファンも、「子供の頃に、憧れのヒーローの動画を見て、クライフ・ターンを真似した」思い出を語り合った。

    ある人は、クライフがバルセロナ監督に就任した時の、記者会見のエピソードを語った。英語やスペイン語を始め複数の言語を流暢に話したことでも有名だったクライフは、母国語のオランダ語と英語に共通する「ある時(at a given moment)」という表現を使おうとして、スペイン語でどう言えば良いか分からず、直訳してしまった(Un momento dado)。スペイン人記者団にはその言葉の意味が通じなかったが、誰も指摘しないまま終わった。その後、クライフが繰り返しその表現を使う中で、言い回しから意味が伝わるようになり、今ではスペイン語の一般的な表現として辞書に載る言葉になった、というものだった。

    涙を浮かべながら、いかにもクライフらしいそのエピソードに笑ったファンは、今でもフットボール・ファンの間で頻繁に引用されている「クライフ語録」を改めて読み返した。

    「よりお金を持っているクラブには勝つことは出来ない、と諦めるのはおかしい。私はこれまで、現金袋がゴールを決めたところを見たことがない」。

    「失敗するならば、自分の判断の結果であった方が、他の人の判断で失敗するよりはマシ」。

    「私は、元選手であり、元ディレクター、元コーチ、元監督、元名誉会長と、経歴を並べると、大いに誇るべきリストになる。同時に、全ては終わりが来ることを意味している」。

    クライフの生命は終わりを告げてしまったが、レガシーは永遠に残る。

    暗い影を落としたカップ戦

    3月17日、オールド・トラッフォードで、Liverpoolがマンチェスターユナイテッドに1-1と引き分け、通算3-1でEL準々決勝進出を決めた試合の直後に、アウェイ・スタンド付近で掴み合いの事件が発生し、UEFAが両クラブに処分を科すことになった。これは、イースト・スタンドのアウェイ・サポーター区画の直上に位置するホーム・サポーター区画にいたLiverpoolファン数人が、ファイナル・ホイッスル直後に、Liverpoolのバナーを広げて「チームの勝利を祝った」ことで、周囲にいたユナイテッド・ファンが怒って掴み合いになったというものだった。

    この時アウェイ・スタンドにいたLiverpoolファンの証言では、事件の発端となった「ホーム・スタンドのLiverpoolファン」7名は、試合中は静かにしていたものの、勝ち抜きが決まった時に、アウェイ・スタンドの「同志」に向かって、バナーを広げて一緒に祝おうとしたことが、掴み合いに発展したということだった。

    「この試合は、チケットの売れ行きが悪かったため、ユナイテッドは1人6枚までと制限を緩めて販売したことから(※通常は1人1枚)、アウェイ・サポーターにチケットが渡ったのではないか」という推測が飛んだものの、「試合後とは言え、ホーム・スタンドに入ったアウェイ・サポーターが、正体を暴露してライバル・ファンを怒らせるのは、本来やってはいけないこと」と、Liverpoolファンの間では、7名に対する批判が上がった。

    しかし、UEFAが発表した数々の罪状の中で、Liverpoolファンの「ミュンヘン・チャント」が、最大の議論を呼び起こした。

    その場に居合わせたファンの証言は続いた。「ミュンヘン・チャントが出たのは真相だった。アウェイ・スタンドにいた数人がやったものだった。それに対して、すぐに周囲にいたLiverpoolファンが反応し、止めさせた。その間、10秒そこそこで、しかもほんの数人の馬鹿者の声は、アウェイ・スタンドの端にいた人々には聞こえなかった程の音量で、それを、オフィシャルが聞いたという話はにわかに信じられなかった」。

    それは、1週間前のアンフィールドで、アウェイ・スタンドから大音量の「ヒルズバラ・チャント」が繰り返し出たことに対して、UEFAは「オフィシャルの報告書になかったから」と、何の処分も科さなかったことを指していた。アンフィールドでのヒルズバラ・チャントに対しては、ユナイテッドのクラブも即座に問題視する声明を出し、BBCを始め全国紙が一斉に非難を掲げた。

    「UEFAが処分を科さないということは、『ヒルズバラ・チャントはやっても良い』という許可が出たということ。オールド・トラッフォードでは、7万人がチャントすれば、アウェイ・スタンドにいる一部の馬鹿者が、ミュンヘン・チャントで反撃するかもしれない」というLiverpoolファンの危惧は、現実となった。

    実際には、オールド・トラッフォードでホーム・スタンドから「90分間、老若男女を問わず続いた」チャントは、ヒルズバラ・チャントではなく、「人殺し(murderers)」チャントだった。

    アンフィールドでも、ヒルズバラ・チャントと交互に出たものだった。

    ただ、「ヒルズバラ・チャント」のうちの1つ、「いつも犠牲者(always the victims, it's never their fault)」については、Liverpoolファンとユナイテッド・ファンとの間で解釈が異なっていた。ユナイテッド・ファンは、「自分は悪くない、と言い張る『スカウサーの固定観念』をネタにしたもので、ヒルズバラ・チャントではない」と主張してきた。

    しかし、今回の事件の後で、ユナイテッド・ファンの間でも議論になった。「2012年に秘匿文書が暴露されて以来、ヒルズバラではLiverpoolファンが一方的な被害者だったことを、誰もが知っている。だからこそ、我々としては、自分たちはヒルズバラ・チャントではないつもりでも、誤解を招くチャントは止めるべきだ」というのが、圧倒的多数のユナイテッド・ファンの意見だった。

    一方で、「人殺し」チャントはユナイテッド・ファンの間で合意には至らなかった。

    これは、1985年のハイセル・スタジアムでのヨーロピアン・カップ決勝戦で、39人の死者を出したフーリガン事件で、Liverpoolファンが加害者になったことを非難するものだった。

    3月17日のオールド・トラッフォードでは、「人殺し」チャントと、「我々は誰も殺さずに3回勝った(Without Killing Anyone we won it three times)」が、交互に繰り返されたのだった。

    「1985年に、ハイセル事件の処分として、UEFAがイングランドの全クラブを締め出す処分を科したことから、ライバル・ファンの我々に対する非難の目は一層きつくなった」と、Liverpoolファンは振り返る。「最初に『人殺し』チャントを始めたのはエバトン・ファンで、特に、1985年にイングランドのチャンピオンになり、翌シーズンは自分たちがヨーロピアン・カップ出場権を得た、その鼻先で下った処分だっただけに、我々のことを絶対に許せない気持ちになったのは仕方ないことだったと思う」。

    しかし、エバトン・ファンの「人殺し」チャントは、今ではごく少数の「馬鹿者」を除いては、口にする人はいなくなった。

    「それは、エバトン・ファンの間で、多くの人が亡くなった悲劇を、試合のライバル意識の表明であるチャントのネタにすることは間違いだ、という議論がある時点で起こったから。その結果、自制することになった」と、Liverpoolファンは経緯を語った。

    「UEFAの処分に関わらず、ミュンヘンやヒルズバラ、そしてハイセルのような悲劇を、試合でチャントすることは間違っているのだと、ファンの間で自発的に考えることは可能だし、そうなって欲しいと願っている」。

    我々の声を聴いて欲しい(Liverpoolを見習って)

    2015-16季のプレミアリーグは、残り8~10試合となった時点で、優勝およびCL・EL出場争いと並行して、残留争いも激化してきた。かつて40ポイントと言われた「安全圏内」は、ここ近年は下がり続け、今季は36ポイントが線引きとなるだろうと見られていた。その前提とすると、16位のスウォンジーが33ポイントに達していることから、実質的に、残留1枠を巡って、17位のサンダーランド(25ポイント)、18位のノリッジ(25)、19位のニューカッスル(24)が激戦を繰り広げていた。

    そして、僅か16ポイントで最下位に定着しているアストンビラは、世の中の「残留争い予測」からも脱落して久しい。クリスマス明け頃には、「ビラと一緒に2部に行く2チームは?」という表現が頻発したが、最近では、来季の予測として、「今のビラなら2部でも苦戦するだろう」と言われるようになった。

    そんな中で、2月22日にビラ・ファンのグループが、「74分の退出デモ」計画を打ち出して話題になった。

    通算リーグ優勝7回、1981-82季にはヨーロピアン・カップ(CLの前身)優勝を含め、イングランドの中でも最も歴史があるクラブの一つであるビラが、2006年にアメリカ人の富豪である現オーナーを迎えてからの10年間で、トロフィーどころか万年残留争いに参戦する苦戦が続いた末に、いよいよ降格がほぼ確実となった状況に、ファンが立ち上がることになった。

    折しも、ビラの地元紙バーミンガム・メールが、現オーナーであるランディ・ラーナーの在任10年間で、ビラは毎日£70,000の赤字を出しているという、ショッキングな数字を掲載した。赤字の主要因は、40%の値上げを計上している選手の給料で、その結果、マーティン・オニール(在任は2006-2010季)を最後に、それ以後の全監督は、マイナスの戦力補強資金で戦うことを余儀なくされていた。昨年夏は、ファビアン・デルフとクリスティアン・ベンテケを放出した収益金£40mは、赤字補てんに回っただけで代わりの戦力が補強されないまま、シーズンに突入した。

    「この成績は、レミ・ギャルドのせいではない。11月に就任して以来、戦力不足に苦労を強いられていた監督を、1月の移籍ウィンドウでサポートすることなく、チームの苦戦を野放しにしたオーナーの責任」と、ファン・グループは「74分の退出デモ」計画の背景を説明した。

    具体的には、ビラのの創立年(1874年)を象徴して、3月1日のエバトン戦、3月12日のトッテナム戦、4月2日のチェルシー戦とホームでの3戦で、ファンが74分に退出するというものだった。

    「今回の計画は、先にLiverpoolファンがチケット価格値上げ反対を掲げて実行して、結果的にオーナーの謝罪と撤回措置を勝ち取るという、大成功を収めた事例に勇気を得たもの。Liverpoolは、ファンが勇敢な行動に出て、オーナーがその声を聴いてファンの要求を受諾した。わがクラブのオーナーも、Liverpoolを見習って、我々の声を聴いて欲しい」。

    ビラ・ファンの声とは、「ヨーロッパのチャンピオンからチャンピオンシップ(2部)へ」導くオーナーに対して、「我々のクラブを返してくれ!」と、退陣を求めるものだった。

    その後、ビラのレジェンドであるブライアン・リトルがディレクターに就任したことで、ファンの「74分の退出デモ」計画はひとまず保留となったものの、オーナー退陣を求めるチャントは、スタンドで響き続けていた。

    Liverpoolファンの「77分退出抗議デモ」は、チケット価格が争点だっただけに、計画が上がった瞬間からイングランド中のファンから絶大な支持を受け、メディアのバックアップを得たことは周知の通りだった。その結果、僅か4日後にオーナーからの謝罪とチケット価格凍結という「勝利」を勝ち取ったことで、Liverpoolファンは「スタジアムに行くファンの声」の代名詞となり、その後3月9日にプレミアリーグが「2016-17季から3年間、アウェイ・チケットを上限£30に収める措置」を打ち出した時にも、「土台を作った」Liverpoolファンに対して感謝の拍手が起こった。同時に、Liverpoolのオーナーは「ファンを大切にする経営者」として株が上がった。

    「そもそも、我がスタジアムはいつも、試合後の交通渋滞を避けるためにと、試合経過に関わらず、77分には1万人くらいのファンが退出している。我々がやったら、誰もデモだと気づかなかっただろう。あれは、Liverpoolファンだったからこそ、異常事態として国中の注目を集め、大成功を収めたのだ」と、自分たちの反省を込めて、Liverpoolファンを心から賞賛したライバル・ファンも多かった。

    そして、ビラ・パークでは、74分には「奇跡を起こそうという気力が全く見られない、選手たちの精気のないプレイ」に、気持ちをそがれ、気分が悪くなって退出するファンが目立つ中で、果たしてその「ファンの声」は伝わるのだろうか、と、悲痛な疑問の方が先に立っていた。

    自分たちの一人

    2月28日のオールド・トラッフォードでのアーセナル戦で、試合前に、ユナイテッドの代理主将マイクル・キャリックの隣に立っていた15-16歳のマスコットがTVカメラに映った時に、コメンテイターが「今日のユナイテッドは、マスコットと間違われそうな選手もいます」という前置きに続いて、プレミアリーグ・デビューとなったマーカス・ラッシュフォードに焦点を当てた。3日前のEL戦(対FCミッティラン)で、試合前のウォームアップ中に負傷で外れることになったアントニー・マーシャルに代わって、急きょスタートしたラッシュフォードが、ファーストチーム・デビューでチームの逆転勝ち抜きをもたらす2ゴールを決めたのだった(試合結果は5-1でユナイテッドが勝利)。

    そのゴールに際して、ラッシュフォードがスタンドにまっすぐ走って行き、ユース・チームのチームメートと抱き合って喜んだ姿が初々しく、一気にイングランド・フットボール界のアイドルとなった。

    更に、アーセナル戦での2ゴールで(試合結果は3-2でユナイテッドが勝利)、2試合4得点となったラッシュフォードは、「得点率ではリオネル・メッシよりも上」と、「メッシに『世界一の選手というのはどんな気持ちですか』と質問したら、『いや、僕は世界一ではないから。マーカス・ラッシュフォードに聞いてくれ』と言われた」と、イングランド中のフットボール・ファンが大笑いしたジョークすら出た。

    試合後の記者会見で、ルイ・ファンハールは、「マーカスは夢のようなデビューを記録した。この2試合を凌ぐのは大変なこと」と、世間の過熱状態に水を差し、記者団に向かってくぎを刺した。「マーカスは才能ある若手だということは事実だ。でも、まだ18歳の子供だということを理解して欲しい。自宅まで追っかけて行ったりということはしないように。記事を書きたいなら、このような場で私に質問しなさい」。

    これを受けて、ユナイテッドの地元紙マンチェスター・イブニング・ニュースは、「そもそも、負傷者続出の危機で迎えた1月の移籍ウィンドウで、敢えて緊急補強をしなかったのはファンハールの決断。その結果、若手の起用を余儀なくされた、危機的状況の中でギレルモ・バレーラやラッシュフォードらが輝くチャンスを得た」と、ファンハールに対して好意的とも見える記事を掲載した。

    ユナイテッドがサンダーランド(2-1)とミッティラン(2-1)に連覇した2月18日には、マンチェスター・イブニング・ニュース紙は、「今すぐ監督交代すべき」と牙を剥き、「ユナイテッドは監督のクビを簡単に取り換えるクラブでないことは誰もが知る通り。しかし、異例なまでに有能な監督が異動している時に、限界が露呈された監督を引き留めるのはクラブの無策を露呈しているようなもの。ユナイテッドが躊躇している間に、ユルゲン・クロップをLiverpoolに取られ、ペップ・グアルディオーラをシティに取られた。このままではジョゼ・モウリーニョも取られてしまう」などと、インターネット上で大騒ぎしているファンの声をクローズアップして、アンチ・ファンハールを掲げていた。

    実際に、同紙は、「モウリーニョが来季からユナイテッド監督に就任するという話は内定した」という記事を掲げる一方で、「プレミアリーグ優勝の実績は疑いないもの。しかし、チェルシー、インター、レアルマドリードで見てきた通り、在任3年目にはチームを破壊して出て行く習癖は不可避だろう」と、モウリーニョの問題点を指摘していた。「何より、モウリーニョが即戦力を集めて『今、勝つ』チームを重要視し、若手にチャンスを与えないことは周知の通り。クラス・オブ・92に代表される通り、若手を育成してスター選手を生み出してきたユナイテッドの伝統が死滅するかもしれない」。

    それでも、「今、勝つ」メリットを掲げてきた同紙が、トーンを変えるきっかけとなったのが、ラッシュフォードの出現だった。

    ユナイテッドのおひざ元であるマンチェスター南部出身で、ユナイテッド・ファンのご家庭で育ったラッシュフォードは、「15歳の時に、Liverpoolとシティから引っ張られたが、蹴ってユナイテッドを選んだ」と、地元紙が誇らしげに経歴を掲げ、ファンの興奮を高めた。

    ファンや地元紙にとっては、これまでユナイテッドのアカデミーチームで育って、プレミアリーグで主力として活躍する選手の中でも、ラッシュフォードは「自分たちの一人」という、特別な存在だった。

    Liverpoolは、「自分たちの一人」であるジョン・フラナガンが、この6月にはLiverpoolとの契約が切れるという状況が長引いていることに、ファンや地元紙リバプール・エコーが心配の声を上げている。

    プレミアリーグが世界中のスター選手を集め、エンターテインメント度を高めるにつれ、地元のスピリットを代表する「自分たちの一人」の重要性は、むしろ増大している。

    誰も予想しなかったヒーロー

    2月28日のリーグカップ決勝を控えて、Liverpoolファンの間で「もし優勝出来たら、誰がヒーローになるか?」という予測で盛り上がった。これまでのLiverpoolのカップ決勝歴の中では、2001年の「マイクル・オーウェンFAカップ・ファイナル(対アーセナル、2-1でLiverpoolの勝利)」や、2006年の「スティーブン・ジェラードFAカップ・ファイナル(対ウエストハム、3-3、PK戦でLiverpoolの勝利)」など、キー・マンがほぼ単独で勝利をもたらした試合もあったが、意外な選手が活躍したこともあった。今回は、大多数のファンが「誰も予想しなかったヒーローが出現するだろう」という意見だった。

    ふたを開けると、そのLiverpoolファンの予想は悲しい方向で的中した。

    シティの地元紙マンチェスター・イブニング・ニュースは、「本紙を始め全関係者は、心からウィリー・カバジェロに謝罪する必要がある」と、延長111分にディボック・オリジのシュートを止めて1-1の引き分けでPK戦に持ち込んだスーパーセーブに続き、PK戦3本のセーブでこの日のヒーローとなったカバジェロを讃えた。

    試合前のシティ陣営は、GKを巡る議論で喧々諤々だった。「カップ戦のキーパーはカバジェロと決めてここまで来たのだから、決勝だからと言ってその方針を変えるつもりはない」と断言したマヌエル・ペジェグリーニに対して、直前のFAカップ(対チェルシー、5-1でシティは敗退)でのカバジェロのミスを指摘して、正キーパーのジョー・ハートと出すべきだという批判が渦巻いた。

    試合後に、「ここ数日は、自分にとって大変な日々だった。しかし、監督が信頼してくれたのだから、それに応えるのが僕の責任だと思った」と語ったカバジェロに、イングランド中から拍手が送られた。

    Liverpoolファンの間でも、シティの「誰も予想しなかったヒーロー」を讃える声は大きかった。「3本のPKのうち2本は、決して悪くないスポットキックだった。カバジェロは、ワールドクラスのセーブを見せた。そのカバジェロに対して、味方から一斉に批判されながらも信頼を貫いたペジェグリーニも、賞賛に値する」。

    いっぽうのLiverpool陣営では、カバジェロほどの喧噪ではなかったものの、ルーカスがセンターバックに入ったラインナップに、疑問を唱えた人は少なくなかった。そのルーカスが、Liverpool側の「誰も予想しなかったヒーロー」となったことは、誰もが一致するところだった。

    そして、その背景には、ルーカスに対する信頼を貫いたユルゲン・クロップがあった。

    試合後の記者会見で、「Liverpoolはこれまで、カップ決勝でのPK戦は5戦5勝だった。そして、イングランドのフットボール界の固定観念の一つに、『ドイツ人はPK戦で絶対負けない』というものがある。その2つの要素を覆したのは何故?」という、ジョーク交じりの質問に対して、クロップは、いつもの笑顔で「すみませんでした」と答え、記者団の笑いを買った。

    しかし、クロップの笑顔はそこまでだった。「我がチームは、少なくとも引き分けを取るにふさわしい闘志を120分間出し続けた。でも、決勝では必ずどちらかのチームは負けねばならないもの。今の我々の気持ちは、とんでもなく沈んでいる」と、悲しみを隠さなかった。「明日はまた、水曜日の試合に向けてトレーニングが始まる。落ち込んで泣いている暇はない。今日の試合はもう変えられないが、次の時は、この辛い気持ちを思い出し、それを糧にして頑張る」。

    ハイライト番組のアナリストや全国メディアでは、試合中のLiverpoolの一部の選手のミスや、PK戦の順番などの詳細を分析して、「敗因」を並べた。しかし、「シティの優勝は正当な結果だが、両者の差は僅かだった」という根底は一致していた。

    「強かった側が優勝したという結末は、誰の目に明らか。Liverpoolは全員が、ミスはあったものの、これ以上出せない程に全力を出し尽くした。素直に負けを認めるべきだし、選手に対する批判はない。でも、今は道路に突っ伏して大泣きしたいような気持だ」と、ウェンブリーからの長い帰途に着いたLiverpoolファンがつぶやいた。「クロップが、我々ファンと同じように落ち込んでる様子を見て、勇気が湧くような気がした」。

    リバプール・エコーが、ファンの気持ちを代弁した。「クロップは、前任監督から引き継いだ選手たちに情熱と信頼を注入し、ファンの希望を取り戻し、就任僅か半年足らずでウェンブリーのカップ決勝に到達した。その道のりは、相次ぐ負傷に見舞われるなど険しいものだった。そして、クロップは、『今回の決勝は、我々が一緒に戦う最初の決勝。最後ではない』と強調した」。

    「これまでマインツとドルトムントでも、苦戦を乗り越えてチームを栄誉に導いたように、クロップがLiverpoolを輝かしい栄光に導くための旅は、始まったばかり」と、エコーは締めくくった。
    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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