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    3匹のねずみ

    12月17日に発表されたジョゼ・モウリーニョの解任は、その週末のヘッドラインを完全に独占した。深刻なニュースでも、必ずジョークのネタにされてしまうイングランドのフットボール界では、さっそく「何故あと2日待ってくれなかったのかと嘆く(次の対戦相手である)サンダーランドのファン」など、様々なジョークが飛び交った。

    同時に、ニュートラルな立場のメディアやファンは、誰もが「チェルシーの不調の原因は、主力選手数人が、モウリーニョと決別し、どちらかが出て行かなければ事態は収拾しないところまで至った。クラブとしては、監督1人をクビにした方が打撃は少なかったから、その手段を取った」と、プレイヤー・パワーが勝った結末に、眉をひそめた。

    2004-07の一期目に、チェルシーに50年ぶりのリーグ優勝をもたらしたモウリーニョは、チェルシー・ファンにとっては永遠の「スペシャル・ワン」だった。12月19日、サンダーランドを迎えたスタンフォード・ブリッジでは、モウリーニョ支持のバナーやプラカードに交じって、「我々の一人である監督を追い出した」選手たちへの非難が飛び交った。

    試合前のラインナップ発表では、選手の名前が読み上げられる度にスタンドから激しいブーイングが飛んだ。試合を通して、「(エデン)アザール、セスク(ファブレガス)、(ディエゴ)コスタは3匹のねずみ」と、プレイヤー・パワーの主犯者を名指したバナーが掲げられ、ゴールが出る度に、ピッチの上で抱き合って喜ぶ選手を罵倒するかのように、スタンドからモウリーニョ支持のチャントが湧き上がった(試合結果は3-1でチェルシーの勝利)。

    その日のハイライト番組では、チェルシー・ファンがモウリーニョ解任を悲しみ、選手を非難する姿がクローズアップされた。今季末までの暫定監督として試合前に発表されたフース・ヒディンクと、ディディエール・ドログバと並んでスタンドにいたローマン・アブラモビッチに関して、司会者が「ファンに人気のドログバを連れてきたことで、ファンの批判を少しでも軽減しようと目論んだ」と冷笑し、試合後に、ディエゴ・コスタが逃げるように走り去った、という実話を紹介した。

    11月には、匿名のチェルシーの選手が「モウリーニョを助けるくらいなら試合に負けた方が良い」と言ったという噂が流れた。その信ぴょう性はさておいても、主力選手の数人が、試合で全力を尽くしているとは到底思えなかったことは、多くの人が指摘した。

    「モウリーニョにも非はある。今季開幕早々のつまづきは、チーム・ドクターを実質的に退職に追いやった事件など、モウリーニョの言動が内部の混乱をもたらしたこともあった。しかし、一部の選手たちの態度は、恥ずべきもの」と、アナリストは異口同音に語った。

    そして、モウリーニョ解任のニュースは、マンチェスターでは違う話題を触発した。CL敗退に加えて、守備的で「たいくつ」な戦略が批判を呼んでいたルイ・ファンハールが、12月19日に、ホームでノリッジに1-2と敗れたことで、「次にクビになる監督」オッズの急上昇をもたらした。地元紙マンチェスター・イブニング・ニュースは、さっそく「ファンハールが退いて、ジョゼ・モウリーニョが後任監督になるとしたら? 1.今すぐ 2.今季末まで待つ 3.モウリーニョはNG」というファン投票を主催し、70%を超すファンが「今すぐ」と答えた。

    さてLiverpoolは、ライバル・チームがポイントを落とし、モウリーニョ解任の波及で混沌とする中で、12月20日、昇格チームのワトフォードに3-0と屈辱的な敗戦を喫した。

    試合開始3分に、GKアダム・ボグダンのミスであっさり失点する最悪のスタートを切り、自滅した試合について、ユルゲン・クロップは「チーム全体がダメだった。どうすれば勝てるのか、考え直す必要がある」と、冷静に完敗を認めた。

    「クロップが監督に就任して、選手が気持ちを新たに頑張った『ハネムーン期間』が終わって、純粋にチーム力を評価した時に、今、勝てる戦力に欠けている真相が再確認された」と、地元紙リバプール・エコーは戦力補強の必要性を指摘した。

    ファンは、「こんなプレイを続けていればチェルシーにも追い抜かれるだろう」と、自嘲的なジョークに苦笑しながらも、ミスをした個人を吊し上げるのではなく「チーム」の責任を重要視するクロップに、楽観ムードは消えなかった。

    「Liverpoolは、問題はたくさんあるが、少なくとも監督には恵まれている、と、知人のユナイテッド・ファンから羨ましがられている」と、ファンは頷いた。「今季はクロップにとって、プレミアリーグの洗礼を受けて、特に下半分のチーム相手にポイントを重ねる土台を作るための移行期間。クロップの選手が入って来て、フル回転する日が来るまで、今日みたいな情けない敗戦はあっても、期待を抱きながらバックアップし続ける」。

    3ポイントよりも重要なもの

    今季のプレミアリーグは、前年優勝チームのチェルシーが16位に低迷しているだけでなく、いわゆる「トップ6」のチームが、下位チームとの対戦でポイントを落とす番狂わせが続いている。その前代未聞の波乱リーグは、12月12/13日の週末も例外ではなかった。マンチェスターユナイテッドが昇格チームのボーンマスに2-1と敗れ、トットナムが残留争い中のニューカッスルに1-2と敗れた。

    Liverpoolは、このところ5戦1勝で13位のWBAに、95分の同点ゴールで2-2と引き分け、辛くも連敗を免れた。ただ、「LiverpoolがWBAにアンフィールドでポイントを落とした」試合結果よりも、この試合の直後に、ユルゲン・クロップが選手を先導してコップの前に立ち、手を繋いでスタンドのファンに挨拶を捧げたことが、翌日のヘッドラインを飾った。

    全国紙が一斉に、「LiverpoolがWBAとホームで引き分けた試合で、『1ポイントを確保した同点ゴール』を祝った事態は、ライバル・ファンから『かつての王者Liverpoolは、ここまで落ちぶれたか』と嘲笑を浴びるのも仕方ない」と、痛烈な批判を掲げた。

    地元紙リバプール・エコーは、「劇的な95分の同点ゴールなど不要なチームにすることが最優先」としながらも、「あれはお祝いではなく、ファンに対する感謝の表明。ドルトムント時代に、クロップがいつもやっていたこと」と反撃した。

    「人々は、試合結果ばかりを語る。でも、フットボールにはもっと重要なものがある」と、同紙はクロップの言葉を引用した。「3ポイント欲しかったが、1ポイントしか取れなかった。ただ、その1ポイントの取り方は、3ポイントと同じくらい大きな意義があった。ファンも1ポイントには失望したと思う。でも、それを見せずに、最後まで熱く応援してくれた。チームと一緒になって戦ってくれた。それが、私は嬉しかった。だから、ファンに感謝したかった」。

    同紙は締めくくった。「アンフィールドが1989-90季(最後のリーグ優勝シーズン)以来、失われていた、ファンと監督との結束が、再び出来つつあるという強烈な印象を残した」。

    BBCのハイライト番組では、中立のアナリストが「クロップはイングランド中の人気者だし、Liverpoolファンに全面的に支持されているから、今回のことも許されるだろう。でも、例えばマンチェスターユナイテッドが、ウエストハムに0-0と引き分けた試合の後で、ルイ・ファンハールがこれをやったとしたら、大変な騒ぎになるだろう」と、皮肉なジョークを言ったのに対して、アラン・シーラーが擁護に出た。

    「クロップは、クリスタルパレス戦(試合結果は1-2でリバプールが敗戦)の後で、アーリー・リーバーズに対して、暗に『最後までスタンドに残ってチームを激励して欲しい』と懇願した。今回の試合では、Liverpoolファンが、クロップの願いに応えた。それに対して、クロップがファンへの感謝を表明したことは、何ら恥ずかしいことではない。微笑ましいことだと思う」。

    そして、Liverpoolファンの間では、圧倒的多数がクロップへの賞賛を深めた。

    パレス戦でのアーリー・リーバーズズ発言は、ファンの間で「かつてのアンフィールド要塞を復活させるにはどうしたら良いか?」という議論を触発した。イングランドでは、今のプレミアリーグの金権体質が形成されてからは、選手は象牙の塔に住み、ファンと接触すること機会もなくなった。短期で交替する監督は、在任中はプレッシャーと戦うのに忙しすぎてファンのことを考える余裕がなく、悪くなればクビになるのを待って、多額の解約金を貰って長期休暇へと消えて行く。ファンは、高騰するチケット代に見合うエンターテインメントを期待して座っているだけの「観衆」になった。

    かくして、スタンドのファンとチームとの分断は、どのスタジアムでも多かれ少なかれ見られる現象になっていた。

    「WBA戦では、1-2とリードされて迎えた試合終幕で、スタンドからあんな怒涛が沸き起こったのは何年振りだろうと、熱くなった」と、あるファンは語った。「最近のスタンドには、応援チャントに加わるどころか、良いプレイに対して拍手すらしないファンが少なくなかったのに、今日の試合では、それらの人々も含めて、全員が自発的に立ち上がって気合いを入れて合唱し、叫び続けてチームを激励した。我々の声援の結果、95分の同点ゴールが出たと、心から思った」。

    スタンドにいたファン全員が、自分たちがチームと共にやり遂げた仕事に満足し、誇りで目を輝かせた。

    「ファンとチームとの分断に、クロップの情熱が懸け橋になった。クロップのお蔭で、アンフィールドには、かつてのファンとチームとの団結が再現されつつある。『WBA相手に2ポイント落とした』失望よりも、遥かに感激の方が大きかった。あの試合終幕の熱気は、同点ゴールを生み出しただけではなく、ファンと監督が繋がったという、ポイントには換算できない大きな効果をもたらした」。

    ようこそイングランドへ

    10月31日のアウェイでのチェルシー戦で、3-1と勝った試合後のインタビューで、ユルゲン・クロップがレフリーのマーク・クラッテンバーグとジョークを言い合ったエピソードが、いくつかのメディアで掲載された。それは、トップ4入りの見込みについて質問されたクロップが、「僅か1勝しただけで、次の試合のこと以外は考えていない。ずっと先の順位のことなど考える余裕はない」と苦笑した時に、たまたま通りかかったクラッテンバーグに、「なんでこういう質問ばかり出るんでしょうね」と一言。それに対して、クラッテンバーグが「ようこそイングランドへ」と笑ったという話だった。

    僅か1勝にメディアが過剰反応するイングランドでは、その後Liverpoolが、首位マンチェスターシティに4-1と圧倒し、リーグカップでサウサンプトンに6-1と勝って、会心のプレイで最近8戦7勝となった12月2日には、トップ4どころか優勝のオッズ(7/1)すら出回るに至った。

    サウサンプトン監督のロナルド・クーマンが「今のプレミアリーグでは、Liverpoolが最も壊滅的な攻撃力を発揮している」と絶賛し、その試合で顕著な活躍を見せたLiverpoolの選手たちが、異口同音に「クロップ効果」を語った。

    「監督は、ミスをしても、自信を失うようなことは絶対に言わない。解決策をアドバイスしてくれることで、逆に自信に繋がる。監督の考えはシンプルで明確だし、わかりやすく説明してくれる。選手全員が、自信を持って活き活きとプレイしている」と、クロップが監督に就任してから飛躍的に良くなったと言われている選手の一人であるルーカスが証言した。

    ライバル・ファンの間では、「Liverpoolがまた黄金時代を築く日が来るのではないか」という警戒心が飛び交い、自分のチームの監督に不満を抱くビッグ・クラブのファンの中には、「Liverpoolにクロップを取られた」とぼやく声も少なくなかった。

    メディアの過熱が絶頂に達していた12月6日に、Liverpoolとの対戦を控えていたニューカッスルのファンは、「前週、クリスタルパレスに5-1と屈辱的な敗戦を喫した我がチームは、Liverpoolに、クリケット的点差の大敗を食らうのは避けられない」と、悲痛な声を上げた。

    ふたを開けると、今季リーグ通算14試合2勝4分8敗で19位と低迷し、ファンの心配をあおっていたニューカッスルが、クロップのLiverpoolに2-0と勝利を収めたのだった。

    世間の予測を大きく外して、頭を抱える側に回ったLiverpoolファンは、「これで、メディアの熱が一気に吹っ飛ぶだろう」と苦笑しながら、「プレミアリーグにはラクな試合などない」真実を再確認させられた。

    同時に、ファンのクロップに対する信頼の深さも、改めて認識された。「ひとつ明確なのは、クロップは、はっきりと、『最悪の出来だった』と言うだろう。誤判定を強調して言い訳することなく、完敗を認めて、この敗戦から学んで、更に向上する決意を選手たちに植え付けてくれるに違いない」。

    クロップの試合後の記者会見は、ファンの予測を100%裏付けた。

    何が悪かったかと質問されて、「スタート、中間、終わり。つまり、全て」と答えたクロップは、同点ゴールを目指していた時に、アルベルト・モレノのゴール・オブ・ザ・シーズン候補とも言える鮮やかな'ゴール'が無効にされた誤判定についても、言い訳のネタにしなかった。「こんなダメなチームが、ワールドクラスのゴールが出せるわけがないと、ラインズマンは確信したのだろう」。

    リーグ優勝の見込みについての質問には、「リーグ優勝?私はそんなことは一度も言ったことがない。あなた方(メディア)が、どんな題材の記事を書こうが自由だが、私はリーグ優勝を目指すなどとは言ってないのだから、今日の試合に負けたから優勝の見込みがなくなったか?という質問に答える筋合いはない」。

    「わがチームは能力のある選手が揃っているし、チームが一丸となって同じ目標に向かって頑張っている。今日は負けたけど。でも、負けて悔しいという気持ちが起こるのは当たり前のこと。敗戦の痛みを感じなくなったら、その方が深刻。今日の試合は完敗だった。でも、負けて悔しいという痛みを感じている」。

    「今日の敗戦は、リアリティ・チェックでもなんでもない。単に'悪い試合'だっただけ。1試合1試合、前よりも良いプレイをすることを目標に、冷静になって前進する」。
    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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