FC2ブログ

    プランA

    イングランドでも、ここ数年「マーキー・サイニング(※)」という表現が一般的になり、各クラブが多額の資金で獲得する、ビッグ・ネームの選手のことを指すようになった。
    ※もともとは、給料の上限額が定められているリーグで、その適用除外枠として特例で認められる高給取りのスター選手のこと。

    マーキー・サイニングは必然的に、ファンの歓喜を呼び、第三者チームのファンは純粋な興味から注目し、宿敵のチームのファンから嫉妬のジョークが飛ぶという騒動をもたらす。

    例えば2014年夏にアンヘル・ディマリアがレアルマドリードからマンチェスターユナイテッド入りした時には、隣のシティ・ファンが、アルゼンチン代表チームでシティのセルヒオ・アグエロとパブロ・サバレタと一緒に映っているディマリアの写真に「エージェントから『マンチェスター』と聞いたので、君たちと一緒のチームに入れるかと思ってOKしたのに」というキャプションを付けて、イングランド中の爆笑を買った。

    6月24日にロベルト・フィルミーノの正式サインが発表された時には、「信じられない」と絶句して感涙にむせるLiverpoolファンの横で、エバトン・ファンから「Liverpoolはホッフェンハイムに命令されて大金を支払わされた。わがクラブはジェラール・デウロフェウ獲得に際してバルセロナに対して強気を通した。これがビック・クラブの本来の姿」と、やっかみが飛んだ。

    毎日メディアを飾り続けている移籍の噂の一環として、フィルミーノの名前が出てきたのはほんの数日前のことだった。その時には、圧倒的多数のLiverpoolファンが「コパ・アメリカに出ているブラジル人アタッカーが、CLもないチームに来てくれるはずはない。唯一、期待できるのは、大会で毎日フィル(フィリペ・コウチーニョ)と顔を合わせているうちに洗脳されるかもしれないということ」と、自虐的ジョークを言って笑っていた。

    Liverpoolファンにとって、待ちに待ったマーキー・サイニングが憧れのブラジル人アタッカーという事実は、それだけで期待を急上昇させる効果を持っていた。もともとブラジルびいきのLiverpoolファンの間で、シャツの名入れなどの数字上もここ2年間人気No.1を独走しているコウチーニョが、昨季はプレイヤー・オブ・ザ・シーズンの活躍を見せたことで、ブラジル熱は更に高まっていた。

    コウチーニョは、フィリペの英語読みで「フィル」というニックネームで慕われていたが、さっそくフィルミーノもロベルトの英語読みで「ボブ」と呼称が決まり、あっという間にブラジル人攻撃コンビは「フィルとボブ」で定着した。

    そんな中で、フィルミーノ特集の一環として、リバプール・エコー紙が、「試合中あまり声を出さない、問題を起こすことなく、黙ってプレイに専念する、物静かで真面目な選手」と、ドイツの著名ジャーナリストによる、フィルミーノのホッフェンハイムでの4年間に基づく見解を掲載した。

    移籍金は41Mユーロで、これまでのマリオ・ゲッツェ(37Mユーロで2013年にドルトムントからバイエルン)、エディン・ゼコ(同額、2010年にボルフスブルクからマンチェスターシティ)を上回るブンデスリーガ史上最高額となった。

    「プレミアリーグのクラブは、テレビ収入などがある分、選手に多額の投資をする。ドイツでは破格の移籍金だが、プレミアリーグでは異例とは言えない。そして、フィルミーノは多くのブラジル人選手同様にテクニックに優れているし、それだけではなく、体力的に厳しいプレミアリーグでも通用する強さも持っている。リバプールで成功する可能性は十分にある」と、肯定的だった。

    「ただ、成功するかどうかはチームのフォーメーションや使われ方にかかっている。フィルミーノはボールを地に着けたまま、チームメイトに近づいてボールを渡す、いわゆる典型的ブラジル人というプレイスタイルを得意とする。フィルミーノを活用できるか否かは監督にかかっている」。

    それは、Liverpoolファンやエコー紙の記者の、ほぼ一致した見解でもあった。Liverpoolがプレミアリーグで最も魅力的なフットボールと言われた2013-14季は、自分の足でボール持ってボックス内に入り、フィニッシュを決めるタイプのストライカーを中心に、スルーパスやボールを運んでストライカーに供給するミッドフィールダーが、Liverpoolの「プランA」を固めていた。

    その肝心のストライカー(ルイス・スアレス)がいなくなった2014年夏に、「いわゆるバスを停める(※守ってポイント狙いの戦略)相手に苦戦を強いられた時、クロスを上げれば決めるストライカーを出す」というプランB要員(リッキー・ランバート)を補強した。しかし、欠けたプランA要員の穴埋めが出来ないままシーズンを迎えたことが致命的だった。

    「プランBのストライカーがプランAで使われた2014-15季は、フィルの出すボールを受け取る選手がいない場面が目についた。そもそも、プレミアリーグで最もクロスの少ないLiverpoolで、クロスを必要とするタイプのストライカーに得点を期待するのは無理。昨季と同じ間違いを犯さないためにも、フィルとボブが本領を発揮できるプランAにフィットするストライカーが必要」。

    移籍ウィンドウは7月1日に正式にオープンするが、熱い夏はますます本格化する。

    価格膨張が続くイングランド人若手選手?

    6月17日に2015-16季のリーグ日程が発表となり、イングランドのフットボール界は、新シーズンに向けての話題が活発化した。その中で、Liverpoolのラヒーム・スターリング(20歳)を狙うマンチェスターシティと、隣のユナイテッドが獲得に動いているトットナムのハリー・ケイン(21歳)の2人のイングランド人若手選手が、£50Mを超す移籍金額が噂になり、この夏の二大移籍としてヘッドラインを飾り続けていた。

    そんな中で、6月20日に、元マンチェスターユナイテッドのセンターバック、リオ・ファーディナンドが「イングランド人若手選手の価格膨張は限界を超えている」と名指しで批判したことで、話題は増幅した。

    「スターリングとケインは凄い将来性を持っていることは明らか。しかし、セルヒオ・アグエロが£38M、アレクシス・サンチェスが£32Mだったことを考えると、『潜在能力』に£40-50Mとはジョークとしか思えない」。

    いっぽう、Liverpoolは、「イングランド人若手を安く買い集めている」と、別の側面で批判を受けていた。6月12日にボルトンからフリーで獲得したGKのアダム・ボグダン(ハンガリー代表)を除き、6月8日にバーンリーから獲得したダニー・イングス(22歳。24歳以下なので契約満了でも賠償金として調停により£4-7M程度の支払が義務付けられる)、6月19日にチャールトンからセンターバックのジョー・ゴメス(18歳)と、2部のクラブからイングランド人若手を立て続けに獲得していた。

    それは、近年のLiverpoolの移籍方針に対するファンの不満と同期を取っていた。

    「プレミアリーグで殆ど実績のない若手を『将来の戦力』として獲得し、ローンに出した後に数年後には売りに出す。この夏も、ここ3年間に入って来て、殆ど試合に出ることがないまま放出される選手は後を絶たない。同じ間違いを繰り返すのはやめて、既に獲得した若手やユースチームの選手を使う道を考えるべきではないのか?今回入ってきた若手選手たちも、結局は使ってもらえずにローンに出されて、3年後には売りに出される運命にあるのではないかと思うと、喜ぶ気持ちになれない」と、ファンはうなった。

    ファンの不満は、主としてクラブの移籍方針に対して向けられたものだったが、「ルイス・スアレスの売却資金で、Liverpoolは質を量で置き換えた」と、メディアから批判され、ライバル・チームのファンからさんざん揶揄された昨年夏を念頭に、下位ディビジョンからの補強に関する自嘲的なジョークも飛び交っていた。

    それに対して、ノッティンガム・フォレスト監督で元イングランド代表のスチュアート・ピアースから「Liverpoolファンは横柄だ」という批判が飛び出した。元イングランド・アンダー21監督のピアースは、現在欧州アンダー21選手権でイングランド代表選手として戦っているダニー・イングスを擁護したのだった。

    「ダニー・イングスは、Liverpoolで役に立てる実力を持った、真面目でやる気のある若者。キャリア・パスは選手それぞれ異なるのは仕方ないこと。私はノンリーグからスタートしたが、2部から入ってきたことに対してあんな風に横柄な態度を取られるならば、私は永遠にトップ・ディビジョンに上がれずに終わっただろう」。

    折しも、ジョー・ゴメスの古巣であるチャールトンのファンからの心の籠ったメッセージが、Liverpoolファンの間で話題になっていた。「ジョーは、ユース・チームの頃から注目していた選手。昨季は17歳でファーストチーム・デビューを飾り、心から拍手した。しかし、体が大きいのにスピードあり、ボール・スキルがあり、ベテラン相手に動じない安定したプレイを毎試合見るうちに、ゴメスは近い将来ビッグ・クラブに取られてしまうだろうと思うようになった。こんなに早くその杞憂が現実化するとは思わなかったが」。

    ゴメスは、2002年に£30Mでリーズからマンチェスターユナイテッド入りし、「イングランド人選手の価格膨張」の先陣を切ったリオ・ファーディナンドを彷彿させる、という評判が上がり、ユナイテッドからも偵察が来ていたと、そのファンは続けた。

    「Liverpoolは、数年後には桁が違う評価額になるような選手を£3.5Mの破格で取った」。

    それは、Liverpoolファンに対するカウンター・パンチだった。「ピアースに『横柄なLiverpoolファン』と言われた時には、その通りだと反省した。確かに、我々のやっていることは、入ってきた選手に対して『ボールを蹴る前からダメ出し』しているようなものだ」。

    「いずれも、古巣のファンは大きな損失だと真剣に打撃を受けていて、彼らのLiverpoolでの活躍を心から祈っている。クラブの方針の問題はあるが、しかし、入ってくる選手たちは頑張って成功しようと意欲を燃やしているのだから、ファンとしては、彼らを歓迎して激励して上げるべきだ」。

    移籍ウィンドウは7月1日に正式にオープンする。どのチームも事情は異なれど、出入りのニュースでファンが一喜一憂する熱い夏は続く。

    フットボール・ディレクター対移籍委員会

    6月12日のBBCのフットボール・フォーカスで、「トコピージャからウェンブリーへ」と題して、アレクシス・サンチェスが故郷のチリ北部の人口2万人の漁村からFAカップ優勝に輝くまでのドキュメンタリーが放映された。Liverpoolファンにとっては、昨年夏に、サンチェスがLiverpoolを蹴ってアーセナル入りした記憶が生々しかった。その時には、どこからか「奥さんがロンドンでなければだめと主張したから」という説が流れ、ファンは諦めたものだった。

    ところがシーズン半ばの11月に入って、エージェントが「アーセナルよりLiverpoolの方が移籍金として高い金額を提示した。ルイス・スアレスとの交換という利点もあり、バルセロナはLiverpoolに行かせたかった。ところが本人はアーセナルを希望した。その理由は、アーセン・ベンゲル」と証言したことで、サンチェス獲得失敗の痛みが蘇った。

    「通常は、移籍失敗の責任の所在は明らか。しかし、Liverpoolの場合は、移籍委員会の存在のため、どこを正せば軌道修正できるのかわからなくなっていることが最大の問題」とは、メディアやアナリストの一致した見解だった。

    2012年夏にブレンダン・ロジャーズが監督に就任した時、FSGはフットボール・ディレクター体制を主張したが、ロジャーズがこれを強硬に拒否したため、妥協策として移籍委員会が置かれることになった。経験の少ないロジャーズに移籍に関する全権限を与えるのはリスクが多いし、監督の負荷が高すぎる、というのが主旨だった。

    結果、Liverpoolのチーム運営は、選手補強と放出、選手の契約更新などは移籍委員会、試合やトレーニングなどチームに関しては監督以下のコーチ陣が全面的に責任を持つという体制になった。そして、監督の意見が移籍に反映されるようにと、移籍委員会の中にはロジャーズも含まれることになった。

    具体的には、ロジャーズに加えて、FSGの社長マイク・ゴードン、イアン・エアとスカウト部門のマイクル・エドワーズの4名構成で、イングランドのフットボール界には馴染が薄いアメリカ人のゴードンと、地元出身のLiverpoolファンながら、クラブのスポンサー開拓で手腕を振るうビジネスマンのエアは、フットボール専門家という立場ではなかった。経営面の専門家2名とフットボール面の2名という移籍委員会は、失敗の可能性を秘めた組織だ、という指摘が出ていた。

    今回露呈したiverpoolの移籍委員会の問題の一つに、どこまでが監督が希望した選手なのかわからない、というものがあった。典型的な例はマリオ・バロテッリで、昨年7月にLiverpool入りの噂が上がった時に、ロジャーズが、「バロテッリ獲得は絶対にありえない」と断言したことからも、ロジャーズのサインではないことは明らかだった。

    移籍委員会の最大の問題は、「そもそも、ビッグ・ネームのストライカー獲得失敗の真の原因はどこにあるのか?」という点に対して、明確な回答がないことだった。「監督の実績(の欠如)」はサンチェスのエージェントの証言にもあったが、「若手を比較的安価な金額で獲得し、スターに育てる」というFSGの選手補強の基本方針が不利に働いている、という言い分もあり、複数の説が平行線を辿っていた。

    折しも、イングランドでも大陸のようにフットボール・ディレクターを取り入れるべきという見解が着実に増えていたところだった。イングランドでは伝統的に、監督が移籍からチームまで、フットボール面の運営に関して全権を握る方式が圧倒的だった。大陸のフットボール・ディレクターが話題に上がるようになったのが10年ほど前のことで、当時は「イングランドでは定着しない」と否定的な意見が占めていた。

    しかし、近年ではマンチェスターシティとチェルシーがフットボール・ディレクターを採用して成功した事例が注目されていた。特に、昨年夏の移籍ウィンドウ中にチェルシーがディエゴ・コスタ、セスク・ファブレガス、フィリペ・ルイスらの獲得を早々に決めたフットボール・ディレクターの有能な仕事ぶりに着目したミラー紙が、移籍ウィンドウが閉まった直後の9月5日に「フットボール・ディレクターはイングランドでも機能する」という記事を掲載するに至った。

    そして、チェルシーがリーグ優勝とリーグカップの二冠でミラー紙の結論を裏付けた傍ら、Liverpoolは、妥協路線の破たんが露呈していた。

    2014-15季の失敗の結果として、Liverpoolは、監督は残留するが、アシスタントのコリン・パスコーとコーチのマイク・マーシュが解任され、チームの運営部門が責任を問われた形で決着した。移籍委員会の方は変更ないまま、夏の戦力補強として6月4日のジェームズ・ミルナーに続いて8日には降格したバーンリーからダニー・イングス、12日には2部のボルトンからGKのアダム・ボグダンと、フリーエージェント3名の獲得が発表された。

    「昨年はCLとスアレス売却資金があったのに、即戦力のビッグ・ネームのストライカーは獲得できなかった。今年は更に形勢は不利なのに、移籍委員会は何ら是正措置が取られないまま、昨年と同じ道を進んでいる」と、地元紙リバプール・エコーが疑問を投げかけた。

    そんな中で、地元のファンの間では、具体的な噂が広がっていた。「ロジャーズは半年の猶予を与えられた。2015年11月の時点で、トップ4が見えていて、ELグループラウンド勝ち抜きもほぼ確実という、飛躍的な向上が見られない場合は、監督交替となり、フットボール・ディレクターを置く。その新体制で、1月の移籍ウィンドウに臨む」というものだった。

    噂の信ぴょう性はさておき、メディアもファンも疑問視する移籍委員会を温存したまま重たい空気の下で、夏は進む。

    たいくつなジェームズ・ミルナー

    6月4日、ジェームズ・ミルナーのLiverpool入りが正式に発表された。2010年に5年契約でマンチェスターシティ入りしたミルナーが、2015年6月にシティとの契約が切れることは昨年夏からメディアを飾っていた。いわゆる「プレミアリーグの大スター」とは言えないミルナーの行方は、第三者のファンの間で一挙一動が注目を浴びる程の話題性はなく、「シティが必死に引き留め交渉中」のニュースに対しても、おざなりの興味に留まっていた。

    5月になって、シティが破格の条件で最終説得に臨んだというニュースが流れ、ミルナーは、サインすればセルヒオ・アグエロ、ダビド・シルバ、ヤヤ・トゥーレ、バンサン・コンパニらワールドクラスの大スターに次ぐ高給取りになるという報道に、世間は金額面で驚愕の声を上げた。

    ただ、シティがそれだけミルナーを高く評価していたことは、マヌエル・ペジェグリーニの言葉からも明らかだった。「ベンチに座らせると激怒する。でも、試合では常に全力を出すミルナーを見ると、この選手は外すことはできないと確信させられる。真面目で、熱心で、意志が強く、そして、大きなハートを持っている。ミルナーのような選手は、なかなか見つからない」。

    ミルナーがシティの説得を振り切ってLiverpool入りの決意を表明した時の、シティ・ファンの反応はほぼ一致していた。「ライバルチームに行くとは、裏切られた」と嘆いた人はいたものの、在籍中の仕事を心底から評価し、感謝の言葉とLiverpoolでの健闘を祈ると同時に、ミルナーを失う打撃を感じないファンはなかった。

    そのファンの一人であり、地元紙のシティ担当記者としてミルナーを日々観察してきたマンチェスター・イブニング・ニュース紙のスチュアート・ブレナンが、リバプール・エコー紙のインタビューで「ファンが選ぶとしたら、毎試合先発するだろうという選手」と語った言葉は、ファンの意見を集約していた。

    「ミルナーはプレミアリーグで最も過小評価されている選手の一人。たぶんLiverpoolファンの中でも、ミルナー獲得のニュースにときめきを感じない人はいると思う。しかし、シティが破格の条件を提示してでも引き留めようとした事実からも、シティのクラブもファンも、いかにミルナーを高く評価しているか明らか」。

    Twitterの「たいくつなジェームズ・ミルナー(Boring James Milner)」というパロディ・アカウントが人気を集めているように、「ミルナー=たいくつ」という認識が根付いていた。その「たいくつなジェームズ・ミルナー」は、生真面目で面白味のない私生活をネタにしたジョークで、イングランド中の爆笑を買っていた。

    これについてブレナンは、「ミルナーは、アルコールを飲まない以外に『たいくつ』な面は全くない。むしろ、あの『たいくつなジェームズ・ミルナー』ジョークを積極的に楽しんでいる」と笑った。

    この「たいくつなジェームズ・ミルナー」は、ミルナーのLiverpool入りの正式発表の直前に、リバプール・エコー紙も焦点を当てていた。「忠実で常に全力を尽くす模範的なプロ。インタビューでも余計なことは言わず、問題とは縁がない、外部からも態度の良さで定評がある。常に全力を尽くしてきたミルナーは、『たいくつ』というよりは『意志を貫く』ヨークシャー・マン」。

    その言葉少ないミルナーが、シティ時代に、珍しく頬を紅潮させたことがあった。2013年2月のFAカップ5回戦で、古巣であり熱烈なファンだった地元のチーム、リーズ・ユナイテッドと対戦した時のことだった(試合結果は4-0でシティの勝利)。

    「今でも可能な限り、リーズの試合をフォローしている」と語ったミルナーは、2004年にリーズが降格を決めたアウェイのボルトン戦を振り返った(試合結果は4-1でボルトンの勝利)。「試合後にアウェイ・スタンドのファンに謝りに行った時、ファンの顔を見て、申し訳なくて、情けない気持ちで一杯だった。全力を尽くしたが、力が及ばなかった」。

    降格したリーズは財政難に陥り、資金上の理由でミルナーを始め数人のスター選手を手放した。そして9年後の2013年に、FAカップでシティと対戦することになったリーズは、3部での苦難の末にやっと2部まで復活したところだった。「僕の家族も親戚もみなリーズ・ファン。今の我がチームは安定して、良い状況にある」。

    この「我がチーム」とはシティではなくリーズのことだ、と突っ込んだメディアは、「ファンとしてのミルナーの忠実さが表れていた」と締めくくった。

    そして、ブレナンのミルナー観が、それを裏付けた。「ミルナーは、試合に出たいと常に言い続けた。特に、最も得意なセンターのポジションで。スター揃いのシティでは容易なことではなかった。しかし、CLの常連になり2度のリーグ優勝に輝いた絶頂期の2010-2015に、2人の監督の下で通算147試合を記録したミルナーは、シティにとって本当に重要な選手だった。そしてミルナーは、高給取りの道ではなく、自分のフットボールを目指す意志を貫いた」。

    丸い穴に四角のくい

    5月30日のFAカップ決勝戦は、4-0とアーセナルが快勝し、イングランドの2014-15季に幕を下ろした。GKがセーブ0という一方的な敗戦の後で、アストンビラの監督ティム・シャーウッドはファンに謝罪した。「リーグでは辛うじて残留できたが、チームには敗者の精神が蔓延している。これは来季開始までに絶対に改める」。

    4月19日の準決勝で、そのビラに2-1と敗退した時のブレンダン・ロジャーズの言葉は対照的だった。「リーグ5位で2つのカップ戦で準決勝まで行ったのだから、今のLiverpoolにとっては妥当な成績」。典型的な「敗者の精神」で、それを正当化したものに見えたこの発言に、多くのLiverpoolファンは無言で眉を吊り上げた。

    2012年にロジャーズのLiverpool監督就任が決まった時、ファンの意見は完全に二分した。その時点で、監督としての経験は極めて少なく、2部のワトフォードで半年(2008-09)、2部のレディングでは半年(2009)でクビになった。最も成功したスウォンジー(2010–2012)では、プレイオフでプレミアリーグ昇格、2011-12季には11位と残留を達成した。プレミアリーグの監督歴は僅か1年、下位ディビジョンも含めてトロフィーなし、ヨーロッパの経験ゼロというロジャーズに、「才能はあると思うが、経験が絶対的に不足している。いきなりLiverpoolのようなビッグ・クラブの監督が務まるだろうか?」と疑問を抱いたファンは少なくなかった。

    残り半数は、Liverpoolでトロフィーを取り実績ある監督になることを期待して、賛意を表明した。

    いずれにせよ、ファンは、「(内心の懸念はさておき)監督である以上は全面的に支持する」と伝統を守る決意を抱いていた。

    それは、初シーズンの2012-13季にスタートに苦戦し、17試合の時点で僅か22ポイントの12位と低迷した時にも変わらなかった。「3年後に評価して欲しい」とのロジャーズの言葉を信じて、ファンは支持し続けた。

    しかし、経験の浅さからくる失言の連続に、「スウォンジー監督ならば見逃されるようなちょっとした言動は、Liverpool監督が出せばヘッドラインを飾る事件に発展するということを自覚すべきだ」と、苛立つファンの声が強くなった。

    それら失言の中でも特に、2013年夏の「トットナムは、£100Mを使って戦力補強したのだからリーグ優勝を狙うべき」や、2014年春のチェルシーに対する「守るのは誰でもできる」は、Liverpoolが不調に苦しんだ2014-15季には、「ロジャーズは自分の発言で自分のクビ絞めた」と、連日メディアで晒された。

    移籍の失敗や戦略面のミスは、どんな監督でも犯す。しかし、その限度を超えた時、事態に改善が見られない時には監督の責任に直結する。2014-15季前半に、守りの悪さが注目を集めた時、ジェイミー・キャラガーら元Liverpoolのアナリストが、「2013年夏に£15Mでママドゥ・サコ、2014年夏には£20Mでデヤン・ロブレンと大金を費やしてセンターバックを補強しながら、守りの脆さはむしろ悪化している。ディフェンス専任コーチが必要」と指摘したのに対して、ロジャーズは自らの監督としての手腕に対する自信を語り、「ディフェンス・コーチなど必要ない」と突っぱねた。

    スタンドではあくまで監督支持の態度を貫きながらも、心の中で「ロジャーズにはLiverpool監督は荷が重すぎた」と、反対派に移行するファンの数は、着実に増えて行った。

    そして、FAカップ敗退後の「敗者の精神」発言で、圧倒的多数になった反対派の「3年後の評価」は固まった。

    5月24日のリーグ最終日に、ストークに6-1と歴史的大敗を食らった試合後には、最後の砦でもあった地元紙リバプール・エコーが、厳しい批判を掲げた。

    「FAカップ敗退の時に、リーグ5位で国内カップ戦で2度の準決勝進出は『妥当な成績』と言ったロジャーズの理論を採用しても、6位は『悪い成績』。実際には、今季開始時点のトップ4、CLグループラウンド勝ち抜き、国内カップ戦で優勝という3つの目標全てにおいて失敗で終わった」。

    最後まで「2013-14季が目標を上回ったのだから、その分を考慮すべき」と言い続けた数少ない擁護派のファンも、ストーク戦で堪忍袋の緒が切れた、と同紙は指摘した。

    「上位4チームとの直接対戦で僅か5ポイントという成績と、FAカップ準決勝の情けない敗戦は、ビッグ・マッチで勝てない経験不足を暴露した。CLでは、グループラウンド敗退の成績よりも、ベルナベウで主力を休ませて臨んだこと(試合結果は1-0でレアルマドリードの勝利)。直後のチェルシー戦に重点を置いたという言い訳より何よりも、レアルマドリード戦に『敗者の精神』で臨んだことで、Liverpool FCの名誉に傷をつけた」。

    ファンの間では、£200Mを費やして獲得した戦力の是非について厳しい議論が交わされた。選手を本来とは異なるポジションで使うことを指す「丸い穴に四角のくい(「適材適所」の逆の意味)」という表現は、試合の度にメディアを飾り続けた。

    「本来ミッドフィールダーのエムレ・カンが、ライトバックには向いていないことはビラ戦で明らかだったのに、ロジャーズはストーク戦で同じ間違いを犯した。これでは本人が自信を失うのも当然。そもそもこれら選手たちは、元のチームでは適材適所でそこそこの活躍をしていた選手たち。Liverpoolに入った途端にダメになるのは何故か?1人や2人のことならば選手本人のミスマッチかと思うが、ここまで来ると原因はLiverpool側にあると考えるべき」。

    「伝統的に忠誠心が強いLiverpoolファンの間でも、監督交代を求める声が圧倒的多数を占めるに至った。オーナーとのシーズン末レビューの結果、続投が決まったとしても、ロジャーズにとっては、ファンの信頼を取り戻すための長く険しい道が待っている」と、エコー紙は締めくくった。
    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

    最新記事
    最新コメント
    リンク
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    QRコード
    QR