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    スティーブン・ジェラードの最後の試合

    5月24日のプレミアリーグ最終日を控えて、ラヒーム・スターリングがLiverpoolを出る希望を明らかにしたことで、クラブ対エージェントの泥仕合がヘッドラインを独占した。親Liverpoolのアナリストが「スターリングを出すべきか、選手側のごり押しに対して強い態度を貫くべきか」の議論を交わす中で、最終日のLiverpoolの対戦相手であるストークシティのファンから、スターリング批判が上がった。

    「この試合のLiverpool側の話題は、唯一、スティーブン・ジェラードだけであるべき。Liverpoolの人々にとっては、5月16日のアンフィールドでの最後の試合(対クリスタルパレス、1-3でLiverpoolの敗戦)が正式なお別れの場だったことは理解できる。しかし、我々からもジェラードに対して感謝を捧げる機会が与えられたと光栄に思っていたのに。スターリングの行方について口出しするつもりはないが、このタイミングで騒ぎを起こして話題を横取りするとは、イングランド・フットボール界のレジェンドに対して失礼だ」。

    ふたを開けると、5月24日のスティーブン・ジェラードの最後の試合は、前半で5-0の大差を付けられ6-1と大敗を喫した、そのイングランド中のヘッドラインを独占したスターリングのスキャンダルも影をひそめてしまった程の、悲劇的な試合となった。

    今季これまでに、開幕16戦で僅か21ポイントと50年ぶり最低のスタートを切ったのを皮切りに、4月のFAカップ敗退で1959年以来初の「監督就任3年間でトロフィーなし」となった記録破りのシーズンに、また不名誉な記録を更新した。ストークがリーグ戦で5点以上を記録したのは1982年ぶりで、Liverpoolが5点差以上の大敗を食らったのは半世紀以上ぶり(1963年の対トットナム、7-2)だった。

    そして試合中に、予告通りストーク・ファンが、ウォームアップをするスターリングに対して非難のチャントで感情を表明したのに対して、トラベリング・コップの反応は複雑だった。

    この試合の前から既に、Liverpoolファンの間では「今のLiverpoolは、スターリング問題の解決だけでは収束しない深い危機を迎えている」という声が上がっていた。「スターリングがスポットライトを浴び始めた2013年に、『Liverpoolの選手の中で日々見習っている先輩は、ルイス・スアレスとスティーブン・ジェラード』と明言した。昨年夏にスアレスがいなくなり、そしてジェラードも間もなく去る。スターリングがLiverpoolを出てゆく決意を固めた背景は、今のLiverpoolの危機とタイアップしているのではないか」。

    同期を取るように、地元紙リバプール・エコーは、「2013年夏に、CLを求めてLiverpoolを出たいと騒ぎを起こしたスアレスを説得して、1年間引き留めたのはジェラードだった。『ジェラードのお蔭で高いレベルに到達することができた』と熱く語ったフェルナンド・トーレスもしかり。ジェラードが去れば、Liverpoolは、ワールドクラスの選手を引き付ける牽引力を失う。その上更に、Liverpoolが戦力補強の際には給料が比較的安価な若手に固執する方針を貫けば、チームは破たんを免れない」と問題提議した。

    試合前の騒動と、近年最悪の試合の中で、脇役に追いやられていたジェラードが70分に今季のリーグ通算10得点目を決めた時のスタンドの反応は、Liverpoolファンや地元紙の悲痛な叫びと、ストーク・ファンの怒りを象徴していた。

    「ジェラードはLiverpoolでの最後のシーズンを、17年間で通算4度目のLiverpoolのトップ・スコアラーで終わった」と報道したBBCは、「本来、自分たちが頑張って快勝してジェラードを送り出すべきLiverpoolの選手たちは、最後までジェラードの背中にぶら下がるお荷物で終わった」と痛烈だった。どの全国メディアも、同じ一言を書いていた。「最後の試合でこんな仕打ちを受けるとは、ジェラードが気の毒過ぎる」。

    Liverpoolファンは、異口同音に、「先週までは、ジェラードがいなくなる寂しさに涙が出そうだったが、今は、ジェラードがこれ以上こんな情けないチームを一人で背負い続ける負荷から解放されることに安堵すら感じる。ジェラードに対しては、心からの感謝と同時に、申し訳ない気持ちでいっぱい」と嘆いた。

    地元紙リバプール・エコーの記事は、それらファンの一致した気持ちを代弁していた。「得点した時に、相手チームのファンから拍手を受けるということはめったにないもの。しかし、ジェラードは『めったにない選手』だから、トラベリング・コップはもちろん、ホーム・スタンドからも盛大な拍手が送られた」。

    「この悲劇的な大敗の後で、最後までピッチに残ってスタンドのファンに挨拶を返したジェラードは、アンフィールドでの最後の試合前後のインタビューで、Liverpoolを去る寂しさを告白していた。しかし、ジェラードに去られるLiverpoolの痛みの方がはるかに大きいことが、改めて実感させられた」。

    スタンフォードブリッジのガード・オブ・オナー

    チェルシーが優勝決定して初のホームでのリーグ戦となった5月10日に、対戦相手のLiverpoolがガード・オブ・オナーを実施するという話題がイングランドで注目を集めた。地元紙リバプール・エコーは、「プレミアリーグの伝統と言うほどの歴史もない儀式だからやる必要はない、という声もあったが、Liverpoolの選手たちにとっては良い機会。大いに屈辱を感じて、それを『来季は絶対に自分たちが勝つ』という決意の糧にすべき」と賛意を表明した。

    ジョゼ・モウリーニョは「Liverpoolやってくれるなら'オナー'(栄誉)を抱いてありがたく受け取る」と語った後で、神妙な表情で続けた。

    「それよりも、私の方からスティーブン・ジェラードに'オナー'を表明したい。私を育ててくれたのは、自分の選手だけでなく対戦相手の選手たち。彼らのおかげで私は監督として成長できた。そして、ジェラードは私にとって最も好きな対戦相手の一人。私はこれまで3回、チェルシーと、インターと、レアルマドリードの監督だった時に、ジェラード獲得に挑んでいずれも失敗に終わった。ジェラードはLiverpoolそのものだから、正しい選択だった。いつか、私が監督として、ジェラードが監督を勤めるLiverpoolと対戦する日が来ることを楽しみにしている」。

    それに対して、試合後にBBCのインタビューで語ったジェラードのモウリーニョへの返答は、同様に正直な言葉だったと、誰もが敬意を抱いた。

    「モウリーニョは世界一の監督。彼が誘ってくれたからこそ、心が動きそうになった。僕にとってLiverpoolはあまりにも大切だったから断ったが」。

    モウリーニョとジェラードが、お互いに一目置いていたことは、10年以上前から明らかだったが、今回のこの両者のストレートなメッセージの交換に、Liverpool筋のメディアやファンは心を温めた。

    それは、チェルシー側も多かれ少なかれ同じだったことは、この試合の79分にジェラードが交替した時の、スタンドの反応が証明していた。

    トラベリング・コップが一斉に立ち上がって拍手をしたのと同期を取って、タッチラインでモウリーニョが拍手する後ろで、チェルシーのベンチも立ち上がって拍手を送った。続いてホーム・スタンドのチェルシー・ファンが、パラパラと立ち上がって拍手に加わった。

    結果的に、スタンフォードブリッジ中が総立ちでジェラードを送り出したこの場面は、実況陣を始めイングランド中のメディアから、「チェルシー・ファンのフェア・プレイ」と絶賛された。

    ところが、試合後のインタビューで感想を問われたジェラードが、「数秒間の拍手を除いて、試合を通してとことん僕に野次を浴びせ続けたチェルシー・ファンに、感謝を抱けというのは無理。それよりも、常に僕をバックアップしてくれているLiverpoolファンに対する誇りを語りたい」と答えたことで、イングランド中が度胆を抜かれた。

    Liverpoolファンの間では、「ガード・オブ・オナーの最中にもブーイングを飛ばしたばかりでなく、試合を通して『滑って転んでデンバ・バにゴールを渡した』を歌い続けたチェルシー・ファンに、我々は心からがっかりした。あの場面も、モウリーニョが拍手したから『仕方なく』加わったように見えた。ジェラードの言葉は、我々ファンの気持ちを代弁したもの」という意見が飛び交った。

    更に、その日のハイライト番組で、元Liverpoolの主将(1978–1984)で監督の経歴も持つ(1991-1994)グレアム・スーネスが「この試合に1-1と引き分けて、Liverpoolは実質的にトップ4の望みを絶たれた。ジェラードの頭の中には、勝てなかったショックしかなかったからあのような反応になった。後日、冷静になった時に、チェルシー・ファンに対して感謝を抱くだろう」と擁護した。

    それでもメディアやニュートラルな立場のファンが「ジェラードの言葉とは思えない」とざわめく中で、少なくないチェルシー・ファンから、ジェラードに対する正直な言葉が出た。

    「我々が拍手をしたのは、ジェラードのピッチの上での業績に対する尊敬の表明。ジェラードに伝わらなかったのは残念だが、フットボールを知っているファンならば、ジェラードに対して心から敬意を抱いていない人はいないと思う」。

    「ジェラードがここ10年以上にも渡って、そのうちかなりの期間に'並の選手揃い'だったLiverpoolを、一人で底上げして、多くのトロフィーを獲得したことは真相。そして今日の同点ゴールもしかり、間もなく35歳になるジェラードは最盛期の威力はないものの、今でもLiverpoolを引っ張る存在であることは今季のリーグ8得点、合計12でLiverpoolのトップ・スコアラーという数字を見るまでもない」。

    「イングランド中がジェラードのお別れに沸く中で、チェルシー・ファンとしては、正直、この人が来てくれていたならば我がチームはどれだけ多くのトロフィーを取れていただろうと、哀愁に浸ってしまう」。

    さて来週5月16日のクリスタルパレス戦は、アンフィールドでのジェラードの最後の試合になる。ジェラードが安心して信頼してくれているLiverpoolファンから、ジェラードに対して「ありがとう」の言葉を捧げる最後のチャンスになる。

    募金箱からプレミアリーグへ

    5月3日、チェルシーがクリスタルパレスに1-0と勝って、2014-15季のプレミアリーグ優勝を確定した。実際には数週間前から、チェルシーの優勝は時間の問題というのがイングランド中のファンやメディアの統一見解だった。4月26日のエミレーツ(試合結果は0-0)で、スタンドのアーセナル・ファンが「ボーリング、ボーリング(たいくつな)チェルシー」とチャントしたように、強力な守りで相手の攻撃を抑える戦略は、チェルシーが優勝に向けて着実にポイントを重ねる度に、ライバル・ファンから様々なジョークを引き出した。

    しかし、元マンチェスターユナイテッドのガリー・ネビルの「合計得点でリーグ2位のチェルシーを『たいくつ』呼ばわりするのは単なる嫉妬。チェルシーが強すぎて『たいくつ』な優勝争いになったのは、アーセナル、マンチェスターシティ、マンチェスターユナイテッド、Liverpoolのせい。これらチームは、自分たちが強くなって出直すべき」という言葉に、各チームのファンは深く頷いた。「そもそもフットボールは勝つのが最大の目標。勝てる戦略でポイントを重ねたチェルシーは、真の勝者」。

    潔くチェルシーを賞賛するライバル・ファンやアナリストの後ろから、BBCのマッチ・オブ・ザ・デイの司会者ガリー・リネカーが「たいくつでないチームが来季のマッチ・オブ・ザ・デイのメンバー入りすることになった。昇格おめでとう、ボーンマス」とメッセージを出して、イングランド中の拍手を誘った。

    戦略だけでなくあらゆる面でチェルシーの対局とも言えるボーンマスが、クラブ史上初のプレミアリーグ昇格を実質的に決めたのは4月27日のことだった(ボルトンに3-0と勝利)。5月2日にチャールトンに3-0と勝って、2部リーグ優勝で「おとぎ話」を締めくくったボーンマスは、チェルシーのプレミアリーグ優勝と並んでヘッドラインを飾った。

    プレミアリーグ史上最少のスタジアムとなるディーン・コートは、収容人数は11,700と、チェルシーのスタンフォードブリッジ(収容人数41,837人)の4分の1強に当たる。リーグ得点19で優勝に貢献した昨年夏の新戦力カルム・ウィルソンは、移籍金額£3Mでボーンマスのクラブ史上最も高い選手となった。チェルシーの2014-15季の最高金額はディエゴ・コスタの£32Mと桁が違うのは、クラブの年間売上高でチェルシーの£319.8Mに対してボーンマスの£5.1Mという数字を比べるまでもなかった。

    そのボーンマスのコンパクトな財政は、テレビやスポンサーからの収入を含めて、プレミアリーグ昇格は£100Mの増収と試算されている多大な報酬で潤うことになる。しかもボーンマスの場合は、更に感慨深いものがあった。

    2014年12月16日に、リーグカップ準々決勝を翌日に控えてガーディアン紙のインタビューを受けたボーンマス監督のエディ・ハウは、「わがチームのここ6年間の実話は、映画にもないような話」と静かに笑った。その時点で2部の首位にいた絶好調のボーンマスは、直前のリーグ戦でマンチェスターユナイテッドに3-0と大敗を食らってどん底にいたLiverpoolにとって「最も危険な相手」と、世間は一斉に番狂わせを予測していた。

    6年前の2008-09季、ボーンマスは「あと5分で倒産」の危機を辛くも乗り越えた。その財政難は1997年に始まったもので、地元の町中に「チェリーズ(ボーンマスのニックネーム)を救ってください」というラベルを張った募金箱を置いて、ファンのカンパを募った。その時に、路上に座って募金を募り、文字通りクラブを救うために働いた選手たちの一人が、現監督で当時19歳のハウだった。

    ファンの共同経営から、安定した資金を投入するオーナーが見つかるまで、10年余り募金箱状況が続いたボーンマスは、2009年に31歳でリーグ最年少監督となったハウがピッチ上での変革を担うことになった。13歳でユース・チーム入りしてから負傷のため2007年に引退するまで、現役の大半をボーンマスで過ごした準ワン・クラブ・マンのハウは、攻撃的プレイスタイルを植え付け、僅か6年間で「募金箱からプレミアリーグ」に到達した。

    そして、イングランド中が「番狂わせ」を期待する中、Liverpoolが3-1と順当勝ちを収めたリーグカップ準々決勝の試合後に、ハウは「0-1とリードされて後半、2人ストライカーで臨んだのはリスクがあった」と、静かな口調で語った。「アンフィールドでの再試合に持ち込みたかった。しかし、プレミアリーグのビッグ・クラブを相手に、わがチームは自分たちのプレイを貫いて競い負けた」。

    Liverpoolファンの間では、「今日のようなプレイを続けていれば、ボーンマスは来季、リーグ戦でアンフィールドに来ることになるだろう」と、ハウとボーンマスに対する賞賛の言葉が続いた。

    かくして募金箱からプレミアリーグへ、6年間のいばらの道を戦い抜いておとぎ話を勝ち取ったボーンマスは、イングランド中のメディアとファンから、惜しみない拍手を受けることになった。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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