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    主将の資質

    1月20日のリーグカップ準決勝(チェルシー戦、試合結果は1-1)で、コップ・スタンドにスティーブン・ジェラードのバナーが初登場した。ビル・シャンクリー、ボブ・ペイズリー、ジョー・フェーガン、ケニー・ダルグリーシュ、ラファエル・ベニテスの5監督の連携版や、シャンクリーとペイズリーの各単独版と、Liverpoolの歴代監督の特大サイズのバナーが、毎試合前にコップに翻る姿がアンフィールドの風物詩になって久しい。

    先祖代々シーズンチケット・ホルダーというバリバリのレギュラー・ファンが掲げるこれらバナーは、Liverpoolファンの間で永遠に語り継がれる重要人物のリストでもあった。その中で、選手のバナーはキング・ケニーが唯一だったが、2015年からジェラードが加わることになった。

    そのバナーの前でウォームアップするジェラードの姿は、ファンの心に新たな感傷を植え付けた。

    ジェラードが永遠にファンの記憶に残ることは間違いないが、現実的にLiverpoolがどのようにジェラードの穴を埋めるのか、ファンの間で毎日議論が交わされていた。その中で、なかなか意見がまとまらない題材の一つが主将職だった。2003年に、23歳でジェラル・ウリエに抜擢されたジェラードは、在任12年でクラブ史上最長の主将となった。

    「通常に考えれば、副主将のジョーダン・ヘンダーソンが引き継ぐのが順当だろう。しかし、Liverpoolの主将という重たい職務は、24歳のヘンダーソンには負担が大き過ぎる」という声が、BBCのアナリストで元Liverpoolのマーク・ローレンソンから早々に上がり、大多数のファンの声を裏付けた。

    12月17日のリーグカップ準々決勝で(対ボーンマス、試合結果は3-1でLiverpoolが勝ち抜き)、試合終幕に交替したジェラードが、ピッチを去る前にヘンダーソンの左腕にアームバンドを付ける写真がファンに悲痛な叫びをもたらしていた。「ジェラードがいなくなって、ヘンドが代わって主将を勤めるLiverpoolは想像できない」。

    昨年9月15日に、ヘンダーソンが副主将に任命された時には、ファンは全員一致で賛意を表明した。

    「生まれ故郷のサンダーランドでユースチームから上がってきて、初めて外に出たのがLiverpool。最初は苦戦したが、今やピッチ内外でリーダーシップを発揮する存在となった。育った環境も僕と似ているジョーダンには、将来Liverpoolの主将になって欲しい」という、その時のジェラードの言葉に、ファンは一斉に頷いた。

    2011年夏にLiverpool入りして、イングランド中からダメ出しされた後で、黙々と努力を重ねた末にチームに不可欠な存在となったヘンダーソンは、誠実で前向きな姿勢でファンの支持を勝ち取った。プロとしての体作りのために喫煙・アルコールは一切やらず、食事や生活習慣に注意を払う意識の高さは有名な話だが、気さくで明るい人柄もファンの人気を呼んでいた。街中のショッピング・センターで、奥さんが買い物をしている間、1歳の娘を抱いてじっと立っているヘンドを見かけたというファンが、「あまりにも微笑ましい姿で、声をかけるのをためらった」と目を細めた。

    しかし、そんなファンのひいき目にも、良き家庭人で努力家のヘンドが、ジェラードの背中を見ながら副主将として成長し続けることは予測できても、ジェラードの後を引き継いでチームを指揮する雄姿は想像し難かった。

    「では誰が?」という問答に、ルーカス、マーティン・シュクルテル、コロ・トゥーレ、アダム・ララーナ、ダニエル・スタリッジなど、ファンの間で様々な名前が飛び交ったが、圧倒的支持を集める意見が出ないまま、議論は平行線を続けていた。

    そんな中で、1月20日のチェルシー戦の翌日に、「試合後にトンネルでヘンドがディエゴ・コスタとやり合った」という逸話がメディアを飾り、Liverpoolファンは、驚きと笑いでモヤモヤが解ける思いにかられた。試合中に、アームバンドを引き継いだヘンダーソンが、フリーキックを巡ってディエゴ・スタと「にらみ合った」場面はテレビに映った。その決着を付けるべく、トンネルでの事件に発展したらしいという情報が広がり、そのにらみ合いの動画が、ジョークの吹き替え付きでインターネット上で飛び交い、ファンの爆笑を買った。

    そして、翌日の地元紙リバプール・エコーのインタビューが、ファンの意外な喜びに拍車をかける結果となった。「'事件'と呼べるようなことは何もなかった」と苦笑しながら、ヘンダーソンはきっぱりと語った。

    「我々はLiverpool。相手がどんなチームであろうとも、実力でも精神面でも負けない。それは、必要な時には態度で示す。自分が通った道を思い起こして、若手選手の育成に責任があるのだと認識している」。

    この事件が引き金となって、Liverpoolファンの間で、ヘンドのリーダーシップに対する見直しが開始した。

    「Liverpoolの歴代主将を振り返ると、ジェラードは異例なスーパースターであるかは明らか。ジェラードの域に近いカリスマ的な主将というと、グレアム・スーネス(1982-1984)まで遡らねばならない。更に黄金時代のLiverpoolは、チーム全体がリーダー揃いだったので、主将は突出した人材である必要はなかった。それを考えると、ヘンドもトミー・スミス(1970-1973)的な主将として、成功する資質は十分に持っているように思える」。

    スカウサーの血統

    1月17日のビラ・パークで、79分のゴールを決めたリッキー・ランバートの、結果的にイエローを食らった「桁外れの祝い方」の興奮が、この日のマージーサイドを包んだ(ランバートのリーグ通算2得点目。試合結果は2-0でLiverpoolの勝利)。テレビ画面のスナップショットや報道陣の写真に交じって、アウェイ・スタンドのファンが撮った写真に、トラベリング・コップに埋もれているランバートの横で、ルーカスがすっかり理性を失った表情でファンと抱き合う姿がインターネット上を飛び回り、ファンの絶賛を呼んだ。

    Liverpoolファンは「選手全員がイエローを食らうかとハラハラした。リッキーだけで済んで良かった」とジョークを言いながら、「ゴールの瞬間にアウェイ・スタンドに飛び込んだリッキーに続いて、Liverpoolの選手全員がトラベリング・コップに駆け寄った様子から、このゴールがチーム全体にとってどれほど大きな意味を持っていたか手に取るようにわかった」と頷いた。

    シーズン前半に、12戦4勝2分6敗で12位に低迷していたLiverpoolは、あらゆるポジションが批判を受けたが、8月末から負傷欠場中のダニエル・スタリッジを除く3人のストライカーが合計1点という記録は頻繁に話題に上った。その中で、ランバートは比較的風当たりは弱かったとは言え、得点できないストライカーが非難を免れるわけがなかった。「ペースがあり自ら得点チャンスを作るタイプのスタリッジとは全く正反対のリッキーは、試合を変える必要がある時のプランB要員として獲得したストライカー。それが、不運な事情でプランAに組み込まれることになった。リッキーが得点できないのは本人のせいではない」というファンの反論は、外部からの猛批判でかき消されがちになっていた。

    昨年6月にランバートのLiverpool入りが正式に発表された時に、Liverpoolファンの間で「リッキーが初ゴールを決めた時には、ホワイト・ハート・レーンのフラノを凌駕するかもしれない」という予測が飛び交った。ファンが「最大の祝ゴール」と振り返る2013年12月のトットナム戦(試合結果は5-0でLiverpoolの勝利)で、初ゴールを決めてアウェイ・スタンドに向かって全力疾走したジョン・フラナガンを、選手たちが後ろから取り押さえて、全員でトラベリング・コップに向かって万歳をしたというものだった。Liverpoolの選手たちがアウェイ・スタンドの目の前でピラミッドを作る過程で、ジョーダン・ヘンダーソンが遠くにいた選手たちを呼び寄せた姿がファンの笑顔を増幅させた。

    地元マージーサイドでLiverpoolファンとして生まれ育ったフラナガンやランバートにとって、Liverpoolでのゴールは格別な意味を持っていることを、チーム全員が理解して、自分のことのように喜ぶ風景は、ファンは心を温めた。

    折しも、マージーサイドの地方紙リバプール・エコーが連載しているスティーブン・ジェラード特集の中で、1月12日の「Liverpoolはスティーブン・ジェラードと共にスカウサーの血統を失う危機に直面している?」という記事がファンの間で大きな話題になったところだった。

    「スティーブン・ジェラードがアンフィールドでのデビューを飾った1998年12月のセルタ戦(UEFA杯、試合結果は0-1でLiverpoolの敗戦)で、Liverpoolの先発メンバー中6人がスカウサーだった。しかし今は、ジェラードと、今季末でLiverpoolとの契約が切れるジョン・フラナガン、入ったばかりで既に出て行く噂が飛び交っているリッキー・ランバートの3人のみ。来季が始まる時には、スカウサーが1人もいない事態になるかもしれない」。

    「地元社会と緊密な関係を保っているLiverpool FCが、ファーストチームの登録選手の中にスカウサーがここまで少なくなったのは1930年まで遡る。その時には僅か1人だったLiverpoolは、その翌1931-32季からずっと『スカウサーの血統』を受け継いできた。ジャック・バルマー、ローリー・ヒューズ、ロニー・モーラン、イアン・キャラハン、トミー・スミス、クリス・ローラー、フィル・トンプソン、テリー・マクダーモット、サミー・リー、スティーブ・マクマホン、ジョン・オールドリッジ、ガリー・アブレット、スティーブ・マクマナマン、ロビー・ファウラー、ジェイミー・キャラガー、そしてジェラード」。

    「ユース・チームの中には、今季リーグカップのミドルスバラ戦(試合結果は2-2、PK戦でLiverpoolが勝ち抜き)でファーとチームでのデビュー・ゴールを記録した17歳のジョーダン・ロシターがいる。リバプール市内のエバトン地区で生まれ育ったスカウサーのロシターは、キャラガーが『若い頃の自分に似たものを持っている』と期待を表明している。しかし、最近1年間で、マーティン・ケリー、ジャック・ロビンソン、コナー・コーディが失意のうちに去った現実を見ると、これら有望若手が開花するまでの道が険しいことは明らか」。

    「フットボールはいまやグローバルなスポーツになった。しかし、ファンは地元出身の選手には特別な感情を抱く。地元社会と共に成長してきたLiverpool FCが、スカウサーの血統を維持することは、今後の大きな課題の一つとして改めて認識したい」。

    ビラ戦のゴールの後で、「ファンと一緒に祝えたことは永遠に忘れられないだろう」と語ったランバートに、ファンの拍手は止まなかった。「リッキーは我々の一人だから」。

    そして、ランバートのゴールを一緒に祝ったチーム全体が、Liverpool FCのスカウサーの血統の大切さを認識し、誇りに感じている様子が伺えた。

    ビーチボール・ゴール

    1月12日のITVの人気クイズ番組「ザ・チェイス」が、期せずしてイングランド・フットボール界の爆笑を買うことになった。「2009年、サンダーランドはLiverpool戦で、ボールがゴール前の障害物に当たって入り1-0で勝ちました。その障害物とは? A.ビーチボール B.ソフトクリーム売りのワゴン車 C.日光浴しているドイツ人」という三択に、明らかにフットボール・ファンではない女性チャレンジャーが「B.ソフトクリーム売りのワゴン車」と答えたのだった。(※クイズの正解はA.ビーチボール)

    直ちにこの場面のスナップショットがインターネット上で飛び回り、ジェイミー・キャラガーが「バロンドールの発表を待つ間に、ザ・チェイスを見るのも良いかも」と反応して、ジョークに拍車をかけた。更に、そのプレミアリーグ史上に残る珍ゴールを食らったGK、ペペ・レイナが「ソフトクリーム売りのワゴン車だったら良かったのに」と参加し、更に笑いをそそった。

    イングランド中が明るい笑いに包まれたこの迷回答は、Liverpoolファンが久々に心から笑えるネタを提供してくれた。

    その2日前のサンダーランド戦でLiverpoolは、今季の新戦力の一人であるラザル・マルコビッチがマン・オブ・ザ・マッチの活躍を見せ、リーグ戦初ゴールで1-0と勝ち、チームが固まり始めたところだった。「今回のスタジアム・オブ・ライトのゴール前には、ソフトクリーム売りのワゴン車が出現しなかったことが勝因」と、Liverpoolファンは腹を抱えて笑った。

    折しも1月5日のFAカップ3回戦で、Liverpoolが4部のAFCウィンブルドンを相手に、苦戦の末にスティーブン・ジェラードの2ゴールで2-1と勝った試合の翌日に、親Liverpoolのジャーナリストを含めてイングランド中のメディアから猛批判を浴びていたところだった。中でもテレグラフ紙は辛辣で、「Liverpoolは今でも、苦しい試合でジェラードがミラクルを起こすことを期待している」と紛糾した。

    「5月30日のウェンブリーで、ジェラードがFAカップ優勝杯を掲揚してLiverpoolでのキャリアに終止符を打つことになれば、Liverpoolのトップ陣は『ジェラードの最後にふさわしいお別れとなった』と誇らしげに語るだろう。でも、それは大きな誤り。ジェラードがいかに17年間Liverpoolを一人で背負い続けてきたか、最後の最後まで証明することで、そのジェラードを失う代償の大きさを正しく認識できなかったLiverpoolの一方的な敗戦となる。Liverpoolがジェラードを引き留めなかった、そのツケをこれから払わねばならない深刻な現実に直面し、激しい後悔にかられるだろう」。

    これは、1月6日の地元紙リバプール・エコーのインタビューで、ジェラードが「今季開始前に、イングランド代表引退してLiverpoolに専念する決意を固めた時に契約更新の話があったならば、迷わずサインしていたと思う。でも実際には11月までなかった。話が来た時には既に長い時間が経過していて、それまでにいろんな可能性をじっくり検討した」と語ったことで、イングランド中のメディアがLiverpoolに非難の指を向けていた。

    ファンの意見も二分していた。「試合に出たいから新天地を探す(=いたし方ない結論)というジェラードの意思を100%尊重すべき」という声と、「Liverpoolが致命的な過ちを犯した(=クラブが間接的に追い出した)」という意見が、来る日も来る日も平行線をたどりながら交わされた。

    ただ、ジェラードを失うことに対して深い衝撃を感じ、その穴の大きさは数字では測れないという見解では、誰もが一致していた。

    70-80年代の黄金時代をじかに経験し、何人ものレジェンドを見送ってきたベテラン・ファンも、ジェラードがスーパースターとして名を上げた時代しか知らない新米ファンも、ジェラードが出てゆくことを心から嘆き、その存在の大きさを深く痛感していた。

    1月10日のサンダーランド戦で、負傷の心配から大事を取って前半で交替したジェラードが、試合後にトンネルの前に立って、選手全員に祝福を送った姿が、更にファンの心に響いた。

    「ピッチの上でのリーダーシップだけでなく、選手全員から尊敬され、慕われているジェラードから『良くやった』と肩をたたかれた選手たちが、どれだけ自信と勇気を得たか、手に取るようにわかった」。

    2009年のスタジアム・オブ・ライトで、ビーチボールがペペの目をくらませているうちに本物のボールがネットに入ったように、イングランド中の注目がジェラードに集まっている隙に、ジェラードの傘の下で「£100Mの失敗作」が、自分たちのペースで足を地に付け、着々と戦力として育っていた。

    「いかなる時にもチーム優先で、チームのために全身全霊を注いできたジェラードが、最も望んでいるのは、自分が去った後もチームが前進し続けること。今回の件でクラブに落ち度があるか否かの議論はさておき、ファンとしては、クラブを批判してチームにネガティブな影響を与えることは絶対にやってはいけない。残る選手たちが少しでもジェラードから吸収して、これからの成長の糧にすることを祈って、最後まで全力でサポートすることがファンの勤め」。

    スティーブン・ジェラード 埋められない大きな穴

    1月1日の夜、プレミアリーグのクリスマス過密日程が終了した直後に、スティーブン・ジェラードが今季末でLiverpoolを去る決意を翌日に正式発表するという速報が流れた。イングランドが衝撃に揺れる中、1月2日の午前9時にジェラード本人が「人生で最も辛い決断」を語った。Liverpoolと対戦することは考えられないから、その可能性がない場所で現役を続けるという。

    この決断が下されるのではないかと、Liverpoolファンの間で危惧が芽生えた12月に、最も多く議論が交わされた題材は、「クラブより大きな選手はない」という、イングランド・フットボール界で言い古された慣用句だった。概念的にはその真意を否定する人はいなかったが、現実的に、今のLiverpoolとジェラードの状況を文字通りに解釈した時に、どのような意味を持つのか、というのが論点だった。

    「クラブ=今のLiverpool」は、堅実なスポーツ・ビジネス経営の専門家である一方で、イングランドのフットボール界に特化しているとは言えず、ましてやLiverpoolと感情的な繋がりがあるわけではないオーナーを頂点に、移籍金と給与という選手に費やすコストを低く抑えながら長期的な成功を達成できるチーム作りを目標に、実績はないが潜在的能力を持つ若い監督がそれを実現するために全力を注いでいた。そのクラブ(=経営陣、監督)のビジョンを達成するために、監督の指示が絶対となるべく新しい戦力でチームを構成する過程で、在籍期間が長く、給料も高くて影響力の大きいベテラン選手が次々に去って行った。ペペ・レイナ(2005-2014)、ダニエル・アッガー(2006-2014)、ジェイミー・キャラガー(1996-2013)。各々状況は異なるものの、ともすれば「クラブ」と拮抗するような影響力を持つ選手だったという点では共通していた。

    そして、ジェラードだけが残った。

    ファンの間では、クラブの方針に対する賛否両論はあったものの、Liverpoolとジェラードは切り離せない関係にあるという点では誰もが一致していた。40歳で現役引退して、そのままアシスタントとしてマンチェスターユナイテッドに在籍し続けているライアン・ギグスや、38歳で2度目の現役引退するまでユナイテッドのワン・クラブ・マンを通したポール・スコールズと同じように、数年後にジェラードがアンフィールドで、感情的な拍手に包まれて現役生活にピリオドを打つだろうと、誰もが信じていた。少なくとも、半年前にジェラードが「あと2-3年、Liverpoolでのプレイに集中するために」イングランド代表を引退した時には、誰もが確信を抱いていた。

    そのファンの「確信」は、半年足らずのうちに「願い」に変わり、そして1月1日には「絶望」になった。

    「1998年から17年間、Liverpoolのチーム内に記憶に残るスター選手が殆どいなかったという時期が少なくなかった、その中で、キー・マンとして主将としてチームを引っ張り続けて栄誉を勝ち取ったジェラードは、ユナイテッドの黄金時代に、スター選手に囲まれて栄誉を重ねたギグスやスコールズとは全く異なる環境にいた。そのジェラードに出て行く決意をさせたLiverpoolは、かけがえのないものを放棄した」。

    そのキャラの言葉は、ファンの「願い」が「絶望」に変わるまでの間に頻繁に囁かれた危惧を裏付けていた。

    「ギグスとスコールズは、10代の時にデビューさせてくれた監督が、引退前の時期に存続していたことが大きな要素だった。30代半ばになって『マネジメントが必要』な時期に差し掛かった時に、ギグスやスコールズにとってお父さんのような存在だったサー・アレックス・ファーガソンが、威厳を持って最適なシフトを命じたからこそ、ギグスとスコールズはベテランとしてチームに貢献しながら、誇り持ってフェード・アウトすることが出来た。その環境がないジェラードは、クラブを取るかジェラードを取るかという不当な状況に追い込まれた」。

    このニュースは、チームを問わずイングランド中のファンの間で話題のトップを占めた。その中に、黄金時代のLiverpoolに激しいライバル意識を抱き続けてきたユナイテッド・ファンのつぶやきがあった。「70~80年代の敵なしだった頃のLiverpoolの記憶が年々薄れる中で、ジェラードが唯一、その頃を彷彿させる存在だった。そのジェラードがいなくなったら、Liverpoolと輝かしい歴史を結びつけるリンクが消滅してしまうような気がする」。

    1月3日の17:00にLFC TVで放映されたジェラードの独占インタビューは、常にクラブを優先してきたジェラードが最後までその方針を貫いて決定を下した背景を映し出した。

    「Liverpoolを出る決意を下した直接のきっかけは、先日監督と話をした時のこと。これからは僕が試合に出る機会についてマネジメントが必要だ、と言われたことだった」と、ジェラードはその理由を明言した。「この時が来ることは覚悟していた。しかし、僕も人間。もはや24歳ではない。24歳の時にブレンダンと出会っていたら、34歳になった時にそれまで取ったリーグ優勝について語り合えただろうと思う。でも実際には、32歳になった時に初めて出会った。監督との話し合いは、ひどく苦しいものだった」。

    1月1日から現在までにイングランド中のヘッドラインを独占している状況について、「ここまで大きな反響になるとは思わなかった」と語ったジェラードは、選手全員にその決意を明かした時に「まるでクラブが崩壊するかのような反応だった」と苦笑し、「みんなの心のこもった反応には感動した」と語った。そして、各方面から寄せられた感情的なメッセージに感謝を表明した。

    「最も大切な人々はファン。それはどんなフットボール・クラブであっても同じだと思う。でも僕は、世界一のファンがいるクラブでこれまでやってこれて幸せだった」と語ったジェラードの目は赤く腫れあがっていた。

    インタビュアーが、ファンから寄せられたジェラードへのメッセージのうちいくつかを読み上げても良いかと尋ねたのに対して、ジェラードは首を横に振った。「それは勘弁して。泣きたくないから」。

    「残された半年で全力を出し切ることだけに集中したい。トップ4の可能性が完全になくなったわけではないし、リーグではできる限り上位で終わりたいし、トロフィーを取りたい。ファンがもう一度ウェンブリーを堪能する姿を見たい」。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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