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    クリスマスの誓い

    12月24日、クリスマス・イブのマンチェスター・イブニング・ニュース紙が「2014年のマンチェスターのフットボールを振り返って、あなたの記憶力にチャレンジ」と題して、ユナイテッド絡みの三択クイズを掲載した。「今季開幕戦でスウォンジーに1-2と負けたユナイテッドは、特にアシュリー・ヤングにとって踏んだり蹴ったりとなりました。1.ひざの負傷で交代した/2.オウンゴールを献上した/3.鳩にフンを引っかけられた(正解は3)」など、ローカル紙ならではの珍問が並ぶ中で、さりげなくスティーブン・ジェラード・ネタが出題されていた。

    「シティの優勝の直接のきっかけとなった2014年4月の、あの有名な'スティーブン・ジェラードの滑り'で恩恵を受けてゴールを決めたチェルシーの選手は誰? 1.デンバ・バ/2.ウィリアン/3.エデン・アザール(正解は1)」。

    伝統的にお互いに相手チーム・ネタのチャントをスタンドの定番にしているシティとユナイテッドの両ファンが、対戦相手に関わらず毎試合、スティーブン・ジェラードの替え歌(スティーブン・ジェラード、ジェラード。滑って転んでデンバ・バにボールを提供した。スティーブン・ジェラード、ジェラード...と言う感じの歌詞)を歌う姿は有名で、「ジェラードがマンチェスターの宿敵同士を団結させた」とジョークになる程にお馴染みになっていた。地元紙のこの設問に、答えられなかった人は皆無だったことは想像に難くない。

    このジェラードの替え歌は、すっかり自分たちの歌にしてしまったマンチェスターの2チームのファンには叶わないものの、Liverpoolと対戦する全チームのファンが欠かさず歌うことで、イングランド・フットボール界の新たな風物詩になっていた。

    言うまでもなく、Liverpoolファンは、相手チームのスタンドからジェラードの替え歌が流れた瞬間に、本物のジェラードの歌(40ヤード版)を歌って反撃する。そのやり取りは一種の「ファン同士の対話」となり、Liverpoolファンの中でも目くじらを立てる人はなかった。

    ジェラード本人も全く気にしていないことは、11月にリバプール・エコー紙のインタビューでの言葉からも明らかだった。

    「相手チームのファンの替え歌が聞こえるかって?もちろん聞こえている」と、笑って答えた。「気に障るかと言われれば、答えはノー。対戦相手の選手をネタにした歌やチャントはフットボールに付き物。我がチームのファンもやっていることで、フットボールを熟知しているファンは、強敵だと認めている選手だけを的にする。その原理から言うと、相手チームのファンからあの歌が出れば出る程、期待に応えて良いプレイをしようと意欲が湧く」。

    実際に、12月17日のボーンマスでのリーグカップ戦(試合結果は3-1でLiverpoolが準決勝進出)で、再三に渡ってジェラードの替え歌を歌い続けたホーム・スタンドのファンが、89分にジェラードが交代した時に、総立ちで拍手を送った姿はLiverpoolファンの心を温めた。

    ライバル・ファンから一目置かれているジェラードの、Liverpoolの若手選手たちに対する影響力も依然として大きかった。昨季PSGから入って来たママドゥ・サコーが、この夏に母国フランスのTV番組に登場し、Liverpoolでの状況を語った動画がLiverpoolファンの間で話題になった。その中で、インタビュアーがしきりにスティーブン・ジェラードに関して質問し、サコーがジェラードを絶賛する度に周囲から熱い歓声が上がった。

    同様に、9月のインターナショナル・ウィーク中に代表チーム入りしたアルベルト・モレノが、母国スペインでのインタビューで「スティーブン・ジェラードはどんな人?親切にしてくれる?」と質問攻めにされた様子も、Liverpoolファンの笑顔を引き出した。ラザル・マルコビッチは、母国セルビアでのインタビューで「あのスティーブン・ジェラードが僕のチームメイトだなんて、今だに信じられない」と頬を紅潮させた。

    「地元出身で、Liverpoolファンとして生まれ育ったLiverpoolのワン・クラブ・マン、という感傷的な面だけでなく、イングランド内外の有望若手を惹きつけるアンバサダーとしての役割も担っているジェラードが、Liverpoolのクラブにとってどれだけ重要かは計り知れない」と、ファンは顔を曇らせた。

    というのも、ジェラードの契約延長いかんはまだ未解決で、1月までもつれ込むだろうと言われていることだった。2003年にジェラードをLiverpoolの主将に任命した、当時監督ジェラル・ウリエがディレクターを勤めるニューヨーク・レッドブルズに引っ張っているという噂と、ジェラード本人が「新たなチャレンジ」を検討しているらしい、という噂が毎日のように流れていた。それは、Liverpoolの側がジェラードに対して契約延長の話を出すのが遅れたことが原因と、元選手やファンの間で、クラブに対する批判が飛んでいた。

    12月9日のバーゼル戦で、フリーキックから同点ゴールを決めたジェラードの表情を見て、ファンは異口同音に語った。「34歳になってもチームを背負い続けるジェラードは、ピッチ上でもLiverpoolにとって重要な存在であることを、全力で証明している」。

    そのバーゼル戦で1-1と引き分けCL敗退を決めたLiverpoolが、ELの初ラウンドでデンバ・バのいるベシクタスと対戦することになった。「ジェラードの滑り再び?」のヘッドラインに苦笑しながらLiverpoolファンは、二重の雪辱を誓った。

    ありがとうティエリ・アンリ

    12月16日にティエリ・アンリが現役引退を発表し、イングランド中の話題を独占した。1994年に母国フランスリーグのモナコ(1994–1999)でデビューを飾り、フランス代表(1997–2010)での123キャップを含め、ユベントス(1999)、アーセナル(1999–2007)、バルセロナ(2007–2010)とヨーロッパのビッグ・クラブを中心に、37歳でニューヨーク・レッドブルズ(2010–2014)との契約を満了し、栄誉に包まれた20年間のプロ生活に終止符を打った。

    偉大な選手を失う寂しさと、フットボール史上に残る業績を残したアンリへの感謝と賞賛のメッセージが、文字通り世界各国の新旧チームメイトや、アンリをヒーローとして育った若手選手たちから続々と届いた。その中には、アンリを師と仰ぐアーセナル・ファンとして少年時代を過ごしたダニエル・スタリッジやアダム・ララーナらLiverpoolの現役選手も含まれていた。

    今後はイングランドでスカイTVの解説者として働くことが同時に発表されたアンリを、「現役時代には一度も同じチームでプレイできなかったが、やっとチームメイトになれる」と歓迎したジェイミー・キャラガーは、「アンリの引退のニュースに、世界中のディフェンダーが胸をなでおろしているだろう」と、アーセナル時代にかなり痛めつけられたディフェンダーとして、実感のこもったコメントを出した。

    アンリが引退後の行く先としてイングランドを選んだこともしかり、多くの国で名を上げたフランス人選手ながら、イングランドのメディアが自国の重大ニュースとして取扱った背景には、アンリが8年間を過ごしたアーセナルとの深い関係があった。

    プロとしての絶頂期である22歳~29歳に在籍し、254試合174得点でアーセナルのクラブ史上トップ・スコアラーとなったアンリは、2007年に去った後も折につけ「アーセナルは僕にとって永遠のクラブ」と、アーセナルに対する感情を表現し続けたことは有名な話だった。2011年12月、アーセナルの創立125周年に、エミレーツ・スタジアムにアンリの銅像が建てられた時には、「感激で言葉を失った」と目を潤ませたことも記憶に新しい。

    私がアンリを生で見た最後の試合は、MSLのクローズ・シーズンに2ヶ月ローンでアーセナルに戻ってきていた2012年2月だった。ボルトン対アーセナルのプレミアリーグ戦で、アンリが69分にサブで出場した試合だった(試合結果は0-0)。私はホーム・スタンドに座っていたが、目の前がアウェイ・スタンドという位置だったため、アンリがタッチラインに立った瞬間に、アーセナル・ファンが一斉に立ち上がって盛大な拍手を送った姿がはっきりと見えた。それだけでなく、ホーム・スタンドでも次々にファンが立ち上がって、あっという間に全スタンドから歓迎の拍手が沸き起こった様子は感動的だった。

    アーセナル・ファンだけでなく、その時のボルトン・ファンに象徴される通り、直接縁があるわけではないチームのファンも、アンリに対する賞賛を惜しまなかった。イングランドのフットボール史に残る「インビンシブルズ(※)」の'顔'でもあったアンリが、銅像になってアーセナルのクラブ史に刻まれる様子に、チームを問わずイングランド中から拍手が寄せられた。
    ※インビンシブルズ(無敵、という意味)。2003-04季に無敗でリーグ優勝を達成したアーセナルのニックネーム。

    Liverpoolファンも例外ではなく、アーセナル在籍時からアンリは常に「他チームの選手の中で、最も好感を抱いている選手」として真っ先に名が上がるうちの一人だった。「プレミアリーグ史上に残るストライカーであることは間違いない。偉大な選手であるだけでなく、ライバルチームを悪く言うなどの余計な言動はせず、常に相手チームに敬意を示す人格者」。

    今回の引退発表に、Liverpoolファンの間で、アーセナル時代のアンリの思い出話が飛び交った。キャラのメッセージに頷き、「スカイTVの解説者チームで運動会をやることになったら大変だ。現役時代にさんざん抜かれた苦い記憶があるキャラは、アンリが走る姿を見て逃げ出すのではないだろうか」と、ジョークを言って笑った。

    さてLiverpoolは、12月21日にアンフィールドでアーセナルを迎える。CL敗退に続く宿敵マンチェスターユナイテッドでの屈辱的大敗(0-3)と厳しい時期を過ごしていたLiverpoolが、アンリ在籍時期のように、対等なライバルとして戦うべく、まずは自信を取り戻すことが必須となる。

    サンデー・リーグの試合

    12月8日、マンチェスターユナイテッドがサウサンプトンに2-1と勝った試合の解説番組で、ガリー・ネビルが、12月14日のオールド・トラッフォードでのビッグ・マッチ、マンチェスターユナイテッド対Liverpoolを「サンデー・リーグの試合」と表現し、翌日のヘッドラインを飾った。スカイTVの人気番組'マンデー・ナイト・フットボール'は、その名の通り月曜日の試合の前後に、土日に行われた全試合を分析するというもので、ガリー・ネビルとジェミー・キャラガーの若手解説者2人が、チームを問わずイングランド中のファンの強い支持を受けていた。

    ちなみにこの「サンデー・リーグの試合」とは、かつては日曜日が定休日だったパブのスタッフや常連客がチームを作って、パブ同士で試合を行った古き良き時代の習慣が語源で、主としてプレミアリーグのクラブがアマチュア・レベルのひどい試合をしたことを指す、イングランド・フットボール界で定着している表現だ。

    ガリー・ネビルの「サンデー・リーグの試合」発言は、その日のユナイテッドの「ラッキーな勝利」批判に端を発した。「内容は完全な負け試合。勝ったのは運が良かったから」と酷評し、「こんなひどいプレイをしながら、アーセナル戦(2-1)、ストーク戦(2-1)、サウサンプトン戦(2-1)と不当な勝利を得た運はいつまでも続かない。次はLiverpool...」と言った途端に言葉を止めて、キャラガーと二人で顔を見合わせて「サンデー・リーグの試合になるだろう」と爆笑したものだった。

    各々ユナイテッドとLiverpoolのワン・クラブ・マンだったガリー・ネビルとキャラガーが、大切な古巣であり自分たちにとって永遠のチームが、情けない状況にあることの苛立ちを隠せない様子は、テレビカメラを通じて両チームのファンに訴えた。

    そのユナイテッド戦を控えて、12月9日のアンフィールドで、バーゼルに1-1と引き分けてEL落ちとなったCL最終戦の後で、元Liverpoolのアナリストや地元紙が「Liverpoolはサンデー・リーグから抜け出せなかった」と痛烈だった中で、テレグラフ紙の記名記事がLiverpoolファンの間で特に話題を呼んだ。

    「ブレンダン・ロジャーズのクビを叫ぶ人々は重大な真相を見落としている。今のLiverpoolは、監督を取り換えたくらいでは解決しない深刻な構造的危機に見舞われている」と、自らLiverpoolファンであり、チームが不調の時にも明るい要素に焦点を当てる記事を書き続けていたクリス・バスコンブは、異例なまでに辛辣だった。

    「Liverpoolのチェアマンとしてクラブ史上に残る名士だったサー・ジョン・スミス(在任1973-1990)の時代には、Liverpoolは『名門ぶりを自慢する言葉を発することなく、黙って勝つ』精神がクラブの隅々に浸透していた。しかし、現チェアマンのイアン・エア(2007-)は、『Liverpoolは本来、CLの常連であるべき名門』と豪語して、結果は無残な敗北に終わった。勝つためには勝てる選手を揃える必要があるという鉄則を知らないのか、Liverpoolの'移籍委員会'という名のスカウト部門は過ちを重ね続けている。ルイス・スアレスを放出した時に、『質を量で補うことはしない』と断言した末に、その通りとなった」。

    「クラブの伝統に反する『有言不実行』はチームにも波及し、ロジャーズの言葉はことごとく詳細に分析され、メディアの嘲笑の的になっている。バーゼル戦でも、勝たなければCL敗退という試合で、ベンチにストライカーがいないチーム編成で臨む自殺行為は、Liverpoolの現状を物語っていた。比較的安価な移籍金で若手を獲得しビッグ・ネームに育てるという方針を固執し続けることはリスクを伴う。現実的に、ロジャーズの在任期間中に£200M超を費やして獲得した選手たちは、2人を除いては軒並み評価額が激減している」。

    「現状が続けば、2015年5月には、今季はトップ4が最低線として課されていたロジャーズはクビになり、後任として安価な若手監督を他から調達することは火を見るよりも明らか」。

    クリス・バスコンブの悲観的な結論に、Liverpoolファンは苦笑を禁じ得なかった。2012年にロジャーズが監督に就任した時に、それまでビッグ・クラブでの監督歴がなく、メジャーなトロフィーもない若手監督を迎えることのリスクは誰もが認識していた。承知の上でファンは、Liverpoolの監督として全力を捧げる以上は支持すべきという決意を固めたのだった。1959年に、ハダースフィールドからLiverpoolの監督に就任した時のビル・シャンクリーも、監督としての栄誉歴はなかった。

    「今季の成績不振の背景には、バーゼル戦のチーム編成など明らかな戦略ミスがあることは事実。選手が自信を失って悪循環に陥っているとしたら、それを解決するのが監督の仕事。しかし、それを理由にロジャーズの監督としての手腕を全面的に否定するのは間違い。昨2013-14季は、開幕前にはトップ4入りが、おそらく届かないだろうと言われていた目標だった。2位という結末が『出来過ぎ』だったとすれば、その『出来過ぎ』をもたらしたのは監督の功績」という声が、Liverpoolファンの間で流れていた。

    「同じくパブ・チームとは言え、ユナイテッドは運を味方につけて5連勝で3位と圧倒的に優位な位置にある。対するLiverpoolは、パブ・チームにふさわしい戦績。それにしても、伝統的にイングランドの二大チームというべく両チームが、名実ともにサンデー・リーグで顔を合わせるとは、前代未聞かもしれない」と、ファンはジョークを言って笑いながら、スタンドの声援でチームの自信を取り戻そうと、決意を新たにした。

    一度'赤'になったら永遠に'赤'

    毎年4月15日にアンフィールドで行われているヒルズバラ記念式典で、2013年の24回忌にゲスト・スピーチを行ったエバトンのチェアマン、ビル・ケンライトが、マージーサイド中から大きな拍手を巻き起こしたことは記憶に新しい。遺族グループに対する心からの敬意に加えて、マージーサイドの全市民がチームの境界を越えて力を合わせてきた様子を、ユーモアを交えて力強く表現したそのスピーチは、Liverpoolファンが目を潤ませながら「エバトンのチェアマンが、コップ・スタンドから大きな拍手を受ける日が来るとは予想しなかった」と頷き合った。

    その中の一節で、地元マージーサイドで生まれ育ったケンライトが明かした「子供の頃に、2週間おきにコップ・スタンドに立っていた」エピソードは、「結果的に、もう一つの方に落ち着いた」という結末と共に、Liverpoolファンに嬉しい驚きを与えた。「あの話を聞いて、ケンライトは伝統的なマージーサイドの家庭で育ったのだと知った」。

    マージーサイドやマンチェスターなど、地区内にビッグ・クラブが2つあるイングランドの地方の大都市では、住民の多くが、家庭内や親族内に両チームのファンが混在している。そのような家庭で生まれ育った子供の多くは、6~8歳頃に「どちらのチームのファンになるか」決まる。たまたま両親ともに同じチームの熱心なファンだった場合など、子供は「物心付く前にチームを決められた」ケースも珍しくないが、ケンライトのように、大人(親または叔父などの近親者)が1週間交替で地元の両チームのスタジアムに連れて行き、子供自身に選択させることも多いという。

    どちらの方法であれ自分のチームが決まった以上は、永遠にそのチームに付いて行く覚悟を固めることには変わりない。「一度'赤'(またはチーム・カラーが青なら'青')になったら永遠に'赤(青)'」とは、イングランドのフットボール界では古典的な言い回しだ。

    スティーブン・ジェラードもケンライトと同じく選択肢があった方で、子供の頃にグッディソン・パークでマスコットを勤めた経歴を持つことは有名な話だ。その事実をあっさり認めた上で「一度赤になったら永遠に赤」を貫いているジェラードに対して、エバトン・ファンが、その時の写真を掲げて「ジェラードがかつてエバトン・ファンだった証拠」と、ジョークを振りまき続けていることも周知の通りだった。

    そのジェラードが、永遠の忠誠を誓ったLiverpoolでファーストチーム・デビューを飾った1998年のブラックバーン戦(試合結果は2-0でLiverpoolの勝利)からまる16年となった11月29日、アンフィールドでのストーク・シティ戦で、ジェラードが先発から外れたことでイングランド中に大きな波紋を投げかけた。

    結果的にLiverpoolは1-0と勝って3連敗をストップしたが、その前まで12戦4勝2分6敗でリーグ12位とチームは不調続きで、監督クビの憶測に加えて「期待外れの新戦力」や「1試合平均1.5失点のザルのようなディフェンス」、「機能しないミッドフィールド」と、次々に個人名を上げての犯人捜しがヘッドラインを飾っていた。

    最も風当たりが激しかったジェラードが、Liverpoolとの契約更新がまとまらない状態で迎えたストーク・シティ戦は、イングランド中のメディアが「デビュー16周年の試合でベンチに格下げ。監督との意見不一致が原因?いよいよジェラードはLiverpoolを出て行く決意を固めたに違いない」と大騒ぎし、「今季末には35歳になるジェラードは、プレミアリーグのスピードに着いて行けない体力の限界を認識し、引退を検討している」という噂が飛んだ。

    チームの成績不調に頭痛を抱く傍ら、地元で生まれ育って「一度'赤'になったら永遠に'赤'」の誓いを貫いているLiverpoolファンは、「過剰反応のメディアがねつ造する危機説」に怒り、監督クビの噂に一笑しつつも、ジェラードの行方については慎重に見守っていた。

    「今季これまでジェラードが、本来の実力を出せてないというのは事実。しかし、年齢による限界というよりは、シーズンが進めば進む程調子を上げる'スロースターター的要素'の方が大きいことは、ジェラードの16年間を見てきたファンならば誰もが知る通り」と、ジェラードを失うことは戦力面でも致命的なマイナスだという点で誰もが一致していた。

    ストーク戦についても、ファンの間では「毎試合で先発という使われ方は体力を減退させるだけ。適度に休ませて、出る試合ではジェラード本来の実力を100%発揮できるようなシフトを組むべき」と、メディアのとんちんかんな憶測を冷笑した。

    そして、エバトン・ファンにとってジェラードが16年間に渡って「憎きLiverpoolの代名詞」であり続けたと同様に、LiverpoolファンにとってジェラードはLiverpoolそのものだった。「ジェラードは、マージーサイド・ダービーでエバトンを徹底的に苛め続けてエバトン・ファンに嫌われ続けて、ワン・クラブ・マンとして引退して欲しい」。

    ファンの信頼を裏付けるように、12月2日のレスター戦では、体力を蓄えて先発したジェラードが、勝ち越しゴールでメディアの批判に答えた(試合結果は3-1でLiverpoolの勝利)。ゴールの直後にアウェイ・スタンドに駆け寄ったジェラードの表情は、試合開始と同時に大音量でスティーブン・ジェラードの歌を歌い続けたトラベリング・コップの「ジェラードへの祈り」に対して、語り掛けていたように見えた。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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