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    ファンがいない試合は面白い?

    2年前、2016-17季の各クラブのTV収入の金額が公表されたのを受けて、「プレミアリーグの20中11のクラブが入場料収入ゼロでも黒字になる」実態を元に、BBCが特別番組を放映した。これは、多額のTV収入のため、スタジアムの収容人数が少ないクラブは、シーズン通算全試合の入場料収入が占める比率が4%そこそこという計算になり、財政的にはクラブにとって、チケット代を払って試合に行くファンのありがたみが減ってきている。極論を言うと、ファンが入らなくてもクラブは困らない、ということだった。

    その統計の2018-19季版が発表となり、ヨーロッパの全クラブのTV収入ランキングで、首位のLiverpoolは£152m、2位がマンチェスターシティで£151m、上位6までがプレミアリーグの「トップ6」が占めた。イタリアのチャンピオンであるユベントスと、ドイツのバイエルンは、昨季プレミアリーグから降格した3クラブ(カーディフ、フラム、ハダースフィールド、合計£301.2m)よりも少なかった。

    「チケット代を払い、自分の時間を捧げて試合に行く忠誠なファンよりも、自宅でソファに座ってTVを見るファンの方が大きな収入源という実態の中で、『試合に行くファン』は不要になった?」と、BBCは疑問を投げかけた。

    「ファンがいない試合は面白いのか?」

    折しも、昇格チームで上記の統計には含まれていないが、11クラブの方に入ることが想定されるノリッジで、ファン・グループがクラブの協力を得て、インターナショナル・ウィーク明けのホームの試合でビッグ・イベントを企画していた。17:30キックオフのマンチェスターシティ戦に際して、スタジアムの一角で「アロング・カム・ノリッジ・ライブ」の第一回目を開催するというものだった。

    「Liverpoolの事例を見て、インスピレーションが沸いた」と、ファン・グループの代表が語った。「Liverpoolファンのミュージシャンであるジェイミー・ウェブスターが発起人となって、CLのアウェイの試合で『ボス・ナイト』というファンのライブを開催するようになった。それが成功して、どんどん多くのファンが集まり、定例化した。同期を取るようにLiverpoolのチームはCLで勝ち続けた。それを見ていて、わがチームでも同じようなことをやりたいと構想を練り始めた」。

    クラブに話を持ち掛けたところ、クラブは大賛成で、スタジアムの一角を提供して貰う話がまとまった。「ファンが試合の日に、街中のパブに集合してからギリギリにスタジアムに来るより、早々にスタジアムに来てくれて、試合前まで現地でファン同士の交流を楽しめる場が出来ればみんなにとって良いこと」と、経営者が語った。

    かくして、「アロング・カム・ノリッジ・ライブ」は、14:00から16:30という時間帯で、カロウ・ロードのラウンジで、地元出身のミュージシャンのライブ演奏を含むファン・イベントとして開催されることになった。スポンサーも乗り気で、無料ビールが提供されるという。

    「何より、ファンが試合前から盛り上がっていい気持になってスタンドに入ってくれれば、応援もさらに強力になり、ピッチの上の選手たちに気合を注入してくれるだろうから」と、経営者は目を輝かせた。

    ノリッジ・ファンのインスピレーションとなったLiverpoolは、CLで勝ち続けて決勝に到達した。その試合の実況放送の解説者として出演していたアーセン・ベンゲルとジョゼ・モウリーニョは、試合前に、スタンドのLiverpoolファンが歌う'You'll Never Walk Alone'を、目を細めて聞き入っていた。

    「言葉では表せない程に美しい」と、モウリーニョがつぶやいたのを受けて、ベンゲルが頷いた。「本当にユニークだ」。

    トットナムを2-0と破ってCL優勝を達成したLiverpoolのチーム一行は、クラブのスタッフと一緒に全員でスタンドの前で肩を組み、ファンと向かい合って、ファンと一緒に'You'll Never Walk Alone'を合唱した。その姿は、「ファンと一緒に戦って勝ち取ったCL優勝」という選手たちの言葉が本心であることの表明であり、「ファンがいない試合は面白いのか?」という疑問に対する回答でもあった。

    フロント3の「頼りになる奴」

    8月31日のアウェイでのバーンリー戦で、Liverpoolは3-0と快勝し、プレミアリーグ単独首位を守った。ところがその試合で、85分に交代したサディオ・マネが、ベンチで怒りをぶちまけた様子がTVカメラに映り、メディアの憶測記事を刺激した。マネの怒りの原因は、試合中に得点チャンスを得た時に、モー・サラーが、自分より有利なポジションにいるマネやロベルト・フィルミーノにパスを出さず自分でシュートした結果、追加点ならず、という場面が複数回あったことだとは、誰の目にも明らかだった。

    「ストライカーが、パスすべき時にパスを出さずに自分でシュートする、ということは良くあること。得点になる時もあるし、ならない時もある。パスが欲しかった選手が、その瞬間にムカッとすることもある。何も特殊なことではないし、サディオは試合後に控室で明るく笑っていた。重要なことは今日の試合でわがチームが勝ったということ」と、試合後の記者会見でユルゲン・クロップは火消しに努めた。

    しかし、スキャンダル好きのイングランドのメディアは黙っていなかった。「サラーの自分本位は昨年から目立ったこと。それはLiverpoolのフロント3に亀裂を作る危険性を持っている」と、元エバトンのアンディ・グレイは危機説を唱えた。いっぽう、マネの「公の場での怒り」を非難する声も同じくらいに飛び交った。

    「開幕4戦4勝、しかもクリーンシートを達成したことで、前週までさんざんディフェンスの問題をつるし上げていたメディアがネタに困っていたところで、絶好の機会を得たとワクワクしている様子が目に見える」と、Liverpoolファンは肩をすくめた。

    直後に、控室に向かうトンネルの中で、マネとサラーの間を歩いていたフィルミーノが、カメラに向かって面白い顔をして笑いを取った動画が、地元紙リバプール・エコーのサイトで公開された。激怒の原因を作ったはずのサラーとマネが、腹を抱えて笑う声が、ファンに安堵の笑顔をもたらした。

    「昨季からの通算で13連勝となったこの試合で、フィルミーノはLiverpoolでの通算50得点を記録し、イングランドのブラジル人選手の最高得点数を伸ばし続けている」と、同紙は続けた。今季のフロント3の得点&アシスト記録は、サラーが3得点2アシスト、マネが4得点1アシスト、フィルミーノが2得点4アシストと、目覚ましいものがあった。

    中でも、コパ・アメリカ優勝で休暇日数も少なく、プリシーズンのトレーニング合流も遅れたフィルミーノが、開幕と同時にフル回転している様子は、Liverpool陣営内外で注目されていた。

    「毎試合でマン・オブ・ザ・マッチ候補の高いレベルを維持しているフィルミーノは、ユルゲン・クロップが最も信頼している選手の筆頭となっている」と、同紙は指摘した。

    「テクニカル面で優れていることは言うまでもないが、それに加えて超一流の態度を維持していることは、ひとえに凄い。その両方を備えている選手というのは珍しい、まさに例外的な選手」と、クロップ本人が同紙の見解を裏付けた。

    アンディ・ロバートソンが続きを引き取った。「ストライカーとして優れている選手は他にもいる、という意見は間違っていないと思う。ただ、ボビー(フィルミーノ)は他の面でも大きな仕事をこなしている。まず第一に、ボビーはディフェンスの第一線。相手からボールを奪って、それをミッドフィールドにつなげる。その間自分は相手ゴールに向かって走り、得点もしくはアシストを決める。ボビーがいないとどれほど大きな打撃か、とても表現できない」。

    ロバートソンの証言は、昨季のカンプノウでのCL準決勝1戦目(試合結果は3-0でバルセロナの勝利)で、ジニ・ワイナルドゥムが漏らした言葉とまさに同期を取っていた。負傷欠場することになったフィルミーノの穴埋めを命じられたワイナルドゥムが、控室で息を切らしながら、「君はいったい、どうやってこのポジションをこなしているんだい?きつ過ぎて耐えられないよ」と、フィルミーノを見上げたという。

    その記事に、Liverpoolファンは大きく頷いた。「サラーが周りを気にせずに自分でシュートすることが多いのは、自信満々のストライカーならではのこと。マネがアシストわずか1というのも、同じように必然性がある。そしてボビーは、自分でシュートするかパスを出すかという判断では常に最良の手段を選ぶ」。

    ボビー・フィルミーノの歌がすっかりスタンドの定番となったことも、ファンの熱烈な支持の表明だった。「いつもさわやかな笑顔を浮かべているボビーは、天使のように利他的なスーパースター」。

    バーンリー戦の試合後のトンネルで、おちゃめな笑顔を浮かべたフィルミーノの動画のキャプションの下に、同紙は結論した。「マネの怒りは静まって、チーム全体が笑いで包まれた。ボビー・フィルミーノが、どんなことでも頼れる選手だという実態が、また一つ証明された」。

    塗り替えられた記録

    8月24日、アンフィールドで、Liverpoolはアーセナルに3-1と快勝し、プレミアリーグの3週を終えた時点で単独首位に立った。直後に、2戦2勝で100%の記録をストップされたアーセナルの地元紙フットボール・ロンドンが、「通常は敗戦から明るい要素を探すのは非常に難しいが、この試合ではアーセナル・ファンに純粋な笑顔を与える点が複数あった」と、失意を拭うべく記事を掲げた。具体的には、若手ジョー・ウィロックの成長と、この夏の大型新戦力として期待が寄せられているニコラ・ペペの活躍だった。

    「その過程でペペは、バロンドール候補のフィルジル・ファン・ダイクがプレミアリーグでそれまで50試合連続で守ってきた『ドリブルで抜かれたことがない』記録を破った」。同期を取るかのように、全国メディアが異口同音に「初めてファン・ダイクに頭痛を与えた」と、ペペを称賛する記事を掲げた。

    加えて、「この試合を見て、今季のアーセナルは、近年の弱点だった『トップ6のチームとのアウェイでの対戦で勝てない』傾向を打開するだろうと確信した」と、ガリー・ネビルが要点をまとめた。「Liverpoolの方がチーム力では飛躍的に上であることは明らか。しかしこの試合ではその差を感じさせないくらい、まとまったプレイを見せた。しかも、終盤には反撃の意欲を証明した」。

    かくして、果敢に戦ったアーセナルと、記録破りの勇士ペペに対する評価が飛び交う土台に、「Liverpoolのチーム力」が暗黙の了解のごとくささやかれた。

    いっぽう、その試合に先駆けてマンチェスターユナイテッドは、1989年以来初めてオールド・トラッフォードでクリスタルパレスに敗れるという、31年ぶりに不名誉な記録を塗り替えた(試合結果は1-2でパレスの勝利)。「プレミアリーグは開幕したばかりだというのに、残り33試合(※35試合のうち直接対決を除く)を、またシティを応援する日々を迎えるのかと思うと、目の前が真っ暗になる」と、ユナイテッド・ファンが悲痛な叫びを上げた。

    「ペップ・グアルディオーラとユルゲン・クロップは、いつまでいるのだろう?」と、ユナイテッド・ファンの間で、半泣きの議論が交わされた。「現在の契約は、ペップは2012年まで、クロップは2022年までだと聞いた。ペップは元々、長くはいないと宣言していたし、昨季の優勝争いで心身ともに疲れ果てたから、今季末にも退陣を考えているという噂を聞いた。クロップもこれまでの経歴を考えると、ずっといるとは思えないし、契約満了後は1年くらい休むという話も出ているが、ペップよりは先までいるだろう。いずれにせよ、二人がいなくなるまではプレミアリーグのトップ2は予約席だと思って諦めるしかない」。

    たまたまこの週のマッチ・オブ・ザ・デイは、放送開始55周年を迎えていた。1964年8月22日が初回放送だった同番組は、記念すべき初試合として、アンフィールドでのLiverpool対アーセナルを選んだのだった。当時は地元出身のビートルズが音楽界を一世風靡していたこともあり、コップ・スタンドが「シー・ラブズ・ユー」の合唱で両チームの選手を迎える場面が記録ビデオで流された(試合結果は3-2でLiverpoolの勝利)。

    「当時は1回の番組で1試合のみを放映するというシステムだったので、放送の順番が議論になることはありませんでした」と、番組の55周年を紹介したガリー・リネカーは、にっこり笑って言った。「でも、今日の番組では、その初回と同じ対戦となったこの試合がトップを飾ることに、異論を唱える人は少ないでしょう」。

    いつくかの記録が塗り替えられた今週のプレミアリーグの、この試合で、ジョーダン・ヘンダーソンがLiverpoolの主将としての100試合目というマイルストーンを達成したことは、Liverpool陣営内を除くと殆ど話題にならずに終わった。

    「CLの優勝杯を掲揚した時は目が潤んだが、今月のスーパーカップ(対チェルシー、試合結果は2-2、PK戦の末Liverpoolが優勝)の時には、貫禄を付けたヘンドの姿に誇りを感じた。ヘンドが掲揚する3つ目のトロフィーは何だろうと楽しみで仕方ない」と、Liverpoolファンの間では、主将のマイルストーンを祝う言葉が飛び交った。

    「先週のサウサンプトン戦(試合結果は2-1でLiverpoolの勝利)で、サブで出てきた時に、アームバンドを渡そうとしたファン・ダイクに、手を振って辞去したヘンドを見た時には、さすがだと感激した。常にチームのことだけを考えている、典型的な主将だ」。

    その記録を達成したアーセナル戦の試合後のインタビューで、ヘンダーソンは、「強豪相手に良いプレイで3ポイントを収めたのだから、チームとしては満足すべき結果。反省すべき点は、失点したこと。あれは僕が確実にクリアすべきだった。しかし、プレミアリーグは全ての試合が困難だから、チームの試合結果としては満足だ」と、自分の記録はどうでも良いとばかりに、チームのことだけを語った。

    「我々として今やるべきことは、しっかりリカバリして、今週のトレーニングで全力を注ぎ、次のバーンリー戦で勝つための準備を整えること」。

    1年かかって果たした約束

    8月14日、イスタンブールでLiverpoolは、EL優勝チームであるチェルシーを延長の末2-2、PK戦で5-4と破り、スーパーカップ優勝に輝いた。地元紙リバプール・エコーは、「Liverpoolはこれでメジャーな公式戦の優勝回数で2位のマンチェスターユナイテッドに1差となり、正式にイングランドで最も成功しているクラブとしての地位を奪還した」という見出しで、今季初のトロフィーを称える記事を掲げた。

    その内訳は、Liverpoolが46(リーグ優勝18、CL/ヨーロピアン・カップ6、FAカップ7、リーグカップ8、UEFAカップ3、ヨーロッパのスーパーカップ4)、マンチェスターユナイテッドが45(リーグ優勝20、CL/ヨーロピアン・カップ3、FAカップ12、リーグカップ5、EL/UEFAカップ1、カップ・ウィナーズ・カップ1、ヨーロッパのスーパーカップ1、インターコンチネンタル・カップ1、FIFAクラブ・ワールド・カップ1)というものだった。

    「コミュニティ/チャリティ・シールドは、今ではメジャーなトロフィーとなったが、1992年のシステム改変の前まではチャリティ試合としての色が強く、引き分けの際は(PK戦なしで)両チームが勝者となったため、通算優勝回数には含めない」と、同紙は解説していた。

    コミュニティ/チャリティ・シールドは、21-15でユナイテッドの方が勝っていることを認識した上で、Liverpoolファンは、通算46(+15)回目の優勝を祝った。「最も重要なことは、チームが優勝する習慣を身に付けて、もっと多くのトロフィーを取るべく自信を持って進むこと」。

    加えて、9日前に夏休み明けで合流したばかりのサディオ・マネが、あたかもプリシーズンの調整など不要とばかりのシャープな動きを見せて、この試合で2ゴールを決めたことが、ファンに歓喜をもたらした。

    通算優勝回数の「数え方」ではリバプール・エコー紙に異論を唱えたユナイテッド・ファンも、マネに対する評価ではぶれはなかった。「この夏にレアルマドリードに取られることを祈っていたのに。もともとマネは、Liverpoolのフロント3の中でも特に優れていると恐れていたが、その脅威は増す一方だ」。

    そしてマネは、ユナイテッド・ファンの心配を増幅するかのように、3日後のプレミアリーグ戦(対サウサンプトン、試合結果は2-1でLiverpoolの勝利)でもゴールを重ねた。

    「アフリカ・ネーションズ・カップで決勝進出して(試合結果は1-0でアルジェリアが優勝)、7月20日まで代表チームの仕事が続いた末に、決勝で敗れる失意を味わったマネが、心身ともに疲れ果てて戻って来るのではと心配でたまらなかった」と、Liverpoolファンは当時を振り返った。

    そして7月末、Liverpoolのチーム一行が揃ってプリシーズン戦で調整を固めていた頃に、アフリカ・ネーションズ・カップの大会を終えて、夏休みで帰郷したマネの様子が伝えられた。これまでにも、故郷バンバリに、病院やモスク設立の費用を寄付するなど貢献を重ねていたマネは、新たに学校の建造費用を負担したもので、その建築現場を見に行った時の写真が掲載されていた。

    母国セネガル代表チームの悲願があと一歩というところで散ってしまった大会の失意を抱いていたマネを、人口2000人の村バンバリの住民は、「ヒーローの帰郷」として盛大に歓迎した。

    地元の子供たちが、マネ自身がかつてボールを蹴っていた広場に走って行き、「僕はサディオ・マネだ」と、憧れの選手の名前を叫んでいる、と実話を明かした村長は、「地元の誇りとなったマネは、自分のルーツを決して忘れないだけでなく、控え目な態度を貫く真の名士」と、笑顔で語った。

    この報道を引用したリバプール・エコー紙は、「2018年5月に、キエフでのCL決勝戦を控えて、マネは故郷への誓いを語った。『決勝戦の日は、バンバリの全2000人の人たちが僕を応援してくれるのだから、勝って故郷に優勝メダルを持ち帰る』と。そのマネの決意は、1年かかって達成された」と締めくくった。

    予想外のデビュー

    8月8日にプレミアリーグの夏の移籍ウィンドウが正式にクローズした。クラブとユルゲン・クロップの移籍方針を全面的に信頼しているLiverpoolファンは、世間の動きをひと事として見つめながら、翌日の開幕戦に集中していた。昨季はリーグ戦で無敗記録を守ったアンフィールドで、昇格チームのノリッジとの対戦とあり、誰もが勝利を予想して楽観ムードに浸っていた。

    ふたを開けると、試合結果こそは4-1と勝利でスタートを切ったが、前半39分にアリソンが負傷で倒れて交代するという心配な事態となった。翌週明けの8月12日に、アリソンはふくらはぎの負傷で「数週間の欠場」と伝えられた。「アリソンはこれまでのキャリアで殆ど負傷欠場の経歴がないだけに、どの程度で復帰できるかは様子を見る必要がある」と、クロップは説明した。

    開幕1週目の全試合が終わって、マンチェスターシティがウエストハムに5-0と勝ち、マンチェスターユナイテッドがチェルシーに4-0と快勝したため、得失点差で3位になったLiverpoolを、世間のアナリストは一斉にダメ出しした。アリソンの負傷欠場の穴の大きさを指摘し、「戦力補強をしなかったツケが早速見えてきた」と主張したのだった。

    「プレミアリーグは38試合あったはずだったが?」と苦笑しながら、Liverpoolファンは冷静だった。「アリソンは世界のベストGKだから、アリソンが欠場すれば誰が入っても戦力はマイナスになることは必須。ただ、そのマイナスは、『Liverpoolのシーズンは終わった』と言う程に大きいはずはない」。

    折しも、8月5日にシモン・ミニョレが在籍6年の末にLiverpoolを出て、母国ベルギーのブルージュに移籍したばかりのことだった。2013年に£9mの移籍金でサンダーランドからLiverpoolに入ったミニョレは、最後の1年半は控えに回り、31歳という年齢からもレギュラーの座を求めて母国へと去ることになった。ベルギー・リーグの移籍ウィンドウは9月2日までオープンしているため、タイミングを遅らせることも可能だったが、クラブのことを考えてプレミアリーグの移籍ウィンドウに合わせたのだった。

    少なくないファンが、「いなくなったとたんにアリソンが負傷するとは、ミニョレにとっては皮肉な運命としか言いようがない」と首を振った。「ただ、ミニョレは、殆どのチームではNo.1として通用するGK。Liverpoolのベンチにいるよりは、もう少しプレッシャーの少ないクラブで毎試合バリバリ活躍する道を選んだのだから、本人にとっては良かったと思う」。

    そして、ほぼ同時に、ミニョレの後任としてアドリアンの加入が発表された。故郷のセビーリャ市のベティスから2013年にウエストハムに入り、6年間在籍した末に昨季末に契約満了してフリーエージェントとなった、32歳のベテランGKだった。

    ウエストハム在籍中に、2度クラブのプレイヤー・オブ・ザ・シーズンの2位に輝いたアドリアンを、Liverpoolファンは一斉に歓迎した。「途中からウカシュ・ファビアンスキにNo.1の座を明け渡したが、もったいないと思って見ていた。アリソンの控えとして、十分に信頼できるGK」。

    ファンの期待をユルゲン・クロップが裏付けした。「アドリアンはプレミアリーグの経験も豊富で、人間的にも優れている人物。私としては、チーム内にアリソンとアドリアンという二人のNo.1がいると思っている」。

    それを受けて、アドリアンはアリソンとポジション争いをする意気込みを語った。「アンフィールドでゴール前に立つ日を楽しみにしている」。

    それがわずか4日後に実現するとは、その時点では誰も予想していなかった。「たぶん、本人も予想していなかっただろう。それが、不測の事態でいきなりデビューすることになったアドリアンは、2-3日トレーニングで顔を合わせただけのチームメートと十分な連携を身に付ける時間もなかったに違いないのに、それなりに安定したプレイを見せた。さすがベテランだと感銘を受けた」と、ファンは大きな笑顔を浮かべた。

    試合後に、アドリアンは予想外のデビューの感想を語った。アンフィールドのゴール前に立つアドリアンを、総立ちの拍手で迎えたコップ・スタンドの動画に、「これを表現するには言葉は不要」と一言書いたものだった。

    そして、これから数週間の間、アリソンの穴埋めをすることになったアドリアンの、Liverpool入り決定時の言葉がファンの間で改めて話題になった。「ウエストハムに入る時に、親しい友人のペペ・レイナにアドバイスを頼んだ。プレミアリーグは世界一のリーグだから、そこで能力を発揮して、スペイン人GKの評価を高めよう、と激励してくれた」と、アドリアンは頬を染めて語った。

    「ペペは今もLiverpoolに深い愛着を抱いている。僕も彼のように、ファンから応援してもらえるよう頑張りたい」。

    待ちに待ったプレミアリーグ開幕

    7月31日、カーディフシティ監督のニール・ウォーノックが、今季末で引退する声明が伝えられた。70歳のウォーノックは、イングランドの複数のクラブで40年間に渡って監督を勤めた経歴を持ち、その過程で、Liverpoolファンにとって忘れられない強烈な記憶を作った。

    それは、2007年にシェフィールドユナイテッド監督だったウォーノックが、自分のクラブが降格したことで、「ラファ・ベニテスが残留争いのライバルとの対戦で、主力を休ませて臨んだから」と非難したことだった。その5月にCL決勝(対ACミラン)を控えていたLiverpoolは、プレミアリーグのフラム戦で若手と控えの選手を投入し、1-0と破れた。その3ポイントで降格を免れたフラムに代わり、ウォーノックのシェフィールドユナイテッドが降格する羽目に陥ったのだった。

    「Liverpoolのチームの中で、少なくとも2人は名前も聞いたことがない選手が出ていた。ベニテスのような外国人監督は、シェフィールドユナイテッドのことなどどうでも良いのだろう」と、ウォーノックは辛辣だった。その後、クリスタルパレス(2007-2010,2014)、QPR(2010-2012)監督としてLiverpoolを対戦した時にも、毎回、2007年のエピソードがメディアを飾った。

    しかし、昨2018-19季にカーディフ監督としてプレミアリーグに戻ってきたウォーノックは、それまでの40年間の監督生活で「比較にならない程の最悪の悲劇」に見舞われた。残留争いに勝ち抜くためにストライカー補強が急務だったウォーノックは、1月にクラブ史上最高の£15mの移籍金で、ナントからエミリアーノ・サラを獲得した。正式発表後に就任するためにフランスからカーディフへと向かったプライベート・ジェットが墜落し、ほぼ2週間に及ぶ捜索の末に帰らぬ人となった。

    「何度も引退を考えた」と苦悩を語ったウォーノックは、カーディフの選手たちも精神的なショックから立ち直れず、カウンセリングを受けていることも明かした。その後、カーディフとナントの両クラブのトップ間で移籍金の支払いを巡って法的な争いに入った時にも、経営陣のお金の争いとは一線を画し、「エミリアーノ・サラは私の選手だった」と、感情を率直に表現したウォーノックに対して、カーディフ・ファンは全面的な賛意を表明した。必然的にカーディフの降格が確定した時にも、スタンドのファンは、盛大な「オンリー・ワン・ニール・ウォーノック」チャントでウォーノック支持を宣言した。

    今回の引退声明を報道したリバプール・エコー紙は、「昨季10月にアンフィールドで語ったウォーノックの予測は100%正しかった」と特筆した。それは、4-1とLiverpoolが快勝した試合の後で、プレミアリーグの優勝争いについて質問されたことだった。その前に既にマンチェスターシティとの対戦(試合結果は5-0でマンチェスターシティの勝利)を終えていたウォーノックは、歯に衣を着せずに語った。

    「今のLiverpoolは素晴らしいチームだ。ただ、正直言って、そのLiverpoolでも、マンチェスターシティは強すぎる。私の見解では、LiverpoolはCL優勝の可能性の方が強いと思う。恐らく、今季はLiverpoolがCLで一世風靡するだろう」。

    その時点のLiverpoolは、CLグループステージで3試合(2勝1敗)を終えた段階だった。結果的にCL通算で4敗しながら優勝に輝いたLiverpoolの運命を、ウォーノックは正確に見通していたのだった。

    6月1日の決勝戦から2か月余りの8月4日に、プレミアリーグの幕開けとなったコミュニティシールドで、Liverpoolはマンチェスターシティに先制されながら後半には圧倒的優位に立って1-1と同点で90分を終えて、PK戦で5-4と僅差で涙をのんだ。

    昨季終了がマンチェスターシティより2週間も遅れた分、プリシーズン戦でも7戦3勝1分3敗と調整に苦戦していたLiverpoolが、ふたを開ければプレミアリーグで僅か1ポイント差で優勝を逃した、その時点まで追いついたのだった。

    「前半はポジショニングのミスもあったが、調整の状況を考えると仕方ないと言える。そして、後半は調整がさらに進んだように動きが良くなった。何より、闘志を見せて戦ったわが選手たちを誇りに思う」と試合後の記者会見で笑顔で語ったユルゲン・クロップの言葉に、Liverpoolファンは一斉に頷いた。

    「昨季を終えた時点で、この夏の移籍ウィンドウで最も重要なことは、主力を全員引き留めることだと思った。その実現がほぼ確実となった上に、昨季は負傷で棒に振ったアレックス・オクスレイド・チェンバレンやアダム・ララーナが調子を取り戻してきた。1年前に入ったばかりで、昨季は順応のシーズンとなったファビーニョとナビ・ケイタが本格的な戦力として名を上げてきたし、若手も育ってきた」。

    今のLiverpoolを見て、ウォーノックはどう予測するだろうかと微笑しながら、Liverpoolファンは誰もが力強く宣言した。「開幕戦が待ち遠しい」


    メディアの標的からプレミアリーグを代表する模範的なプロへ

    昨2018-19季の、伝統的に2大栄誉と言われている最優秀選手賞のうちの一つ、ライターが選ぶプレミアリーグ最優秀選手賞に、マンチェスターシティのラヒーム・スターリングが輝いた。一足先に決定したもう一つの方(選手が選ぶ最優秀選手賞)は、フィルジル・ファン・ダイクが受賞し、結果的には、最も高い評価を受けた2チームの、特に顕著な活躍をした選手が2つの賞を分かち合った形となった。

    Liverpoolファンの間では、スターリングの受賞に際して、複雑な感情が飛び交った中で、「ファン・ダイクに取って欲しかったことは当然だが、スターリングの受賞は納得せざるを得ない」という意見が大多数を占めた。そして、「そもそも投票したライター連中は、ほんの1年前までさんざん批判の標的にしてきたスターリングに対して、その償いという気持ちが働いたのではないか」という言葉に、誰もが同意した。

    2015年に、スターリングが大騒動の末に£49mの移籍金でシティに入った時の、クラブに泥を塗る言動の数々は、Liverpoolファンの総すかんを食らっただけでなく、第三者の目にも「やり過ぎ」と映ったことは確かだった。そして、2018年W杯の前に、銃のタトゥーを付けたことで、イングランド中のメディアが猛批判を飛ばした。

    その頃にはスターリングは、何をやっても批判を受ける「メディアの標的」となった。

    同時に、ファンの間では、「メディアが不当につるし上げている」という疑問が上がり始めた。特に、2016年にスターリングがお母さんに家を買って上げたことを、多くのメディアが「21歳の若手が億万長者になったことをひけらかしている」的な、ネガティブな記事を掲げた時には、ライバル・ファンの間でもメディアに対する批判が起こった。

    Liverpoolファンも例外ではなかった。「移籍をごり押しするためにエージェントを使ってクラブに圧力をかけたことは論外だし、銃のタトゥーも『愚かな若者』と言われて仕方ない行動。だからと言って、お母さんに親孝行することを非難するのはお門違い。スターリング(=標的)だから書いているとしか思えない」。

    2018-19季になって、スターリングがイングランド代表チームやシティでの試合中に受けた人種差別的ヤジに対して、毅然とした態度を取り、イングランドのフットボール界や、反・人種差別団体から広く称賛を受ける事件が続いた時に、メディアのスターリングに対する処遇が変化し始めた。

    そして2018年12月初旬に、スターリングが「マンチェスターシティの2人の若手がお母さんに家を買って上げたことに対して、某メディアは対極の記事を書いた。白人選手は『親孝行息子』で、黒人選手は『21歳のくせに』だった(※)」と、メディアの人種差別的意識を紛糾した時には、チームを問わず、選手やファンからスターリングの「勇気ある行動」に対する賞賛と拍手が渦巻いた。
    ※フィル・フォーデン(18歳)と、トシン・アダラビオヨ(21歳)のこと。

    かくして、メディアのスターリングに対する態度は反転した。2019年4月に、FAカップ準決勝でシティがブライトンと対戦した時に、ウェンブリー・スタジアムの隣にある母校の小学生550人を招待した話は、全国メディアから一斉に美談として取り上げられた(試合結果は1-0でシティの勝利)。

    Liverpoolファンの間で、スターリングに対する感情がやや変わったのは、プレイヤーズ・トリビューン誌で、スターリングが自らの過去の過ちについて語った2018年夏のことだった。シティがプレミアリーグ史上記録の100ポイントで優勝に花を添えた2018年5月13日に、スターリングが帰宅した時のこと。最愛の娘が、「シティのことなどどうでも良いとばかりに、僕の目の前で走り回った」と、スターリングは苦笑した。

    「3歳の時にLiverpoolファンになった娘は、父親よりもLiverpoolの方が大切だと思っている。父親の僕そっくりの走り方で、『モー・サラーがウィングを走る』と歌う娘を見て、心の中で泣きたくなった」と、スターリングは自分が6歳の頃を思い出し、お母さんが「お前も親になったらわかるよ」と言った言葉を痛い程感じたという。

    スターリングが生まれた頃のジャマイカは、政情不安で混沌としており、2歳の時にお父さんが殺害された。その後お母さんは、スターリングとお姉さんのために英国に亡命する決意をし、ロンドンに住み着いた。二人の子供を育てるために複数の職を掛け持ちし、それでも家賃が払えずにアパートを転々とした、そんなお母さんの苦労が分からなかった6歳のスターリングは、「同級生はみんなお母さんが迎えに来ているのに」と不満を抱き、お母さんに反抗ばかりしていた、と振り返った。

    「娘さんは我々の仲間だから、大歓迎だ」と、Liverpoolファンはジョークを言って笑いながら、スターリングが困難な環境の中で苦戦しながら前進する姿を直視した。

    「LiverpoolがCL優勝した時には素直に嬉しかった。チームメートとして一緒に働いた選手たちにお祝いしたいと思った」と、スターリングは語った。「ただ、選手としてはプレミアリーグが最大の目標だという考えは変わらない。クリスタルパレスとかバーンリーという試合は本当に大変だし、それに勝つために毎日トレーニングで全力を注いでいる」。

    「その通り」と、Liverpoolファンは真顔で頷いた。プレミアリーグ開幕まであと2週間を切った。

    エドワーズ&クロップの移籍方針

    7月1日に、サウサンプトンがこの夏2人目の新戦力としてバーミンガム・シティからチェ・アダムズを£15mで獲得した時のオフィシャル・ビデオが、イングランド中の笑いを独占した。その動画は、監督ラルフ・ハーゼンヒュットルにちなんだ「特急ラルフ号」に乗ったサウサンプトンのチーム一行が、バーミンガム駅でアダムズと合流し、みんなで歓声を上げながらサウサンプトン駅まで南下するという微笑ましい内容で、なんとその道中に、飛行機から双眼鏡で監視しているユルゲン・クロップが特別出演していたのだった。

    現在の選手だけでも、フィルジル・ファン・ダイク、サディオ・マネ、ナサニエル・クライン、デヤン・ロブレン、アダム・ララーナと、Liverpoolが、2004年から通算で総額£173mを費やしてサウサンプトンから戦力補強をしている真相は誰もが知るところだった。必然的に、サウサンプトンで頭角を現す選手は「いつLiverpoolに引っ張られるか?」というジョークが出るようになったが、今回はオフィシャル・ビデオがネタにしたことで、大きな話題となった。

    ジョーク好きのイングランドのフットボール・ファンには大ウケで、やられた側のLiverpoolのファンやメディアも「うまく出来ている」と爆笑した。

    「サウサンプトンからの戦力補強の推移は、Liverpoolの移籍方針の転換を象徴している」と、地元紙リバプール・エコーは指摘した。「2016年夏に、ユルゲン・クロップがLiverpool監督として実質的に初めての戦力補強を行った時に、マネの移籍金£35mに対して眉をひそめた人は少なくなかった。その背景には、しばし嘲笑を込めた話題に上り続けていた、Liverpoolのトランスファー・コミッティがあった」。

    2016年夏は、トランスファー・コミッティが解散し、その一員だったマイクル・エドワーズがディレクターとしてクロップと緊密な協調体制を敷き、その下で動く有能なスカウト陣が各国に偵察に行き、エドワーズ&クロップ体制に情報を注ぐという、ち密で計画性に富んだ組織がスタートした。新体制では、常に2ウィンドウ先を視野に据えて動くことで、クロップが本当に必要としている選手を正確に特定できるようになった。

    「決してひのき舞台に上がらない、常に陰に身を置いているエドワーズは、クロップが望む人材は何があっても獲得するだけでなく、クロップが承認して出て行くことになった選手の契約関係を一手に引き受け、確実に仕事を成し遂げる」と、エコー紙はエドワーズの重要性を強調した。

    エドワーズ&クロップ体制下で、新天地を求めて去っていったジョーダン・アイブ(ボーンマス、£18m)、ママドゥ・サコー(クリスタルパレス、£26m)、ドミニク・ソランケ(ボーンマス、£19m)、ダニー・イングス(サウサンプトン、£20m)という事例は、エドワーズの有能さの証明でもあった。ライバル・ファンは、「Liverpoolの選手放出のうまさは、嫉妬で目がくらむ程だ」と唸った。

    そして、Liverpoolファンは、エドワーズ&クロップ体制の移籍方針に関しては全面的な信頼を寄せるようになっていた。

    「昨年、CL決勝で負けて大きな失意を味わっていた、その2日後にファビーニョ獲得が発表された時の、あのタイミングの良さには感涙が込み上げた。エドワーズに対する感謝が一気に膨れ上がった」と、あるファンは呟いた。決勝まで上り詰めたチームを称える気持ちの裏で、ファンの心の中は大雨だった。そんな時に、待ちに待った戦力獲得の朗報は、ファンの気持ちを大きく盛り上げた。

    一変して今年の夏は、Liverpoolはシニア選手の補強はないままシーズン開幕3週間を切った。

    この時期は移籍のニュースがイングランドのフットボール界の最大の目玉であり、自分のチームに新戦力が加わることがファンの最大の喜びだ。そしてメディアは、動きが鈍いチームを危機扱いし、ファンの不安をそそる。

    そんな夏の定例行事の中で、プリシーズン戦でドルトムント(試合結果は3-2)、セビーリャ(試合結果は2-1)と2連敗を喫したLiverpoolを、「フロント3に頼り過ぎているLiverpoolの弱みが暴露された」と、全国メディアがこぞってネガティブな記事を掲げた。「7月19日まで代表チームの試合に出ていたマネは、開幕戦に間に合わない可能性が濃厚。つまり、Liverpoolはフロント3の控えとしてビッグ・ネームの新戦力が必要」。

    ただ、メディアの目論見は空転するだけで、Liverpoolファンのエドワーズ&クロップ体制に対する信頼は揺らがなかった。

    「サラーやマネは、取った時には『払い過ぎた』という声が出た。ジニ・ワイナルドゥムやアンディ・ロバートソンは、『降格したチームから選手を取った』と嘲笑された。ファン・ダイクやアリソンは、一時は破断になって、代わりの選手を検討すべきだという批判が上がった。クロップの判断は必ず成功するのだと、ここまで実例を見てきただけに、世間がどんな雑音を流そうとも安心していられる」。

    スティーブン・ダービー・ベイビー・チャレンジ

    Liverpoolのアカデミー・チームでは、将来のスティーブン・ジェラードやトレント・アレクサンダー・アーノルドを目指す少年たちに対して、伝統的でユニークな「教育」を施している。「クラブは、少年たちが社会的に、『さすがはLiverpoolのアカデミー・チームの選手たちだ』とほめられる態度を身に付けるように導く責任を持っている」と、アカデミー・ディレクターのアレックス・イングルソープは語った。

    アカデミー・チームのカリキュラムの中には、トレーニング・グラウンドでのセッションだけでなく、料理実習や掃除に始まり、ホームレスへの衣食住提供サービス、地元の保育園で幼児の子守をするなど、社会生活を営む上で必要なスキルを教えるプログラムが多く含まれているという。

    「ホロコーストの生存者を訪問して、話を聞くこともある。それは、文字通り、フットボーラーである以前に生命を考える場を持つため。アカデミー・チームの少年たちの殆どが、Liverpoolでプロとして身を立てるチャンスが得られずに終わる。その後で彼らが、自分の生活を立てることが出来るために必要なスキルだから」。

    こうして育った少年たちの中で、ごく僅かの、Liverpoolのファーストチームで試合に出るチャンスを得た選手たちは、その後主力として活躍できる他クラブへと転換した選手たちも含め、Liverpoolのアカデミー・チームにとっての成功事例と言える。

    2008年にCLでファーストチーム・デビューを果たし、通算6出場を記録した末に、2012年にブラッドフォード・シティに移籍したスティーブン・ダービーもその一人だった。

    そのダービーが、2018年9月に運動ニューロン病(※)と診断され、29歳で引退を余儀なくされたというニュースは、イングランドのフットボール界に大きな衝撃を与えた。
    ※運動ニューロン病(MND):運動ニューロン(神経細胞)の変性を起こす病気で、現在までにまだ治療法が解明されていない。徐々に体の機能が低下し、次第に動けなくなり、喋れなくなり、最後は呼吸が出来なくなるという。診断されてから2年以内に死亡する確率は50%、5年以上生存する確率は10%と言われている。

    地元出身で、Liverpoolのユース・チームの主将としてFAユース・カップ連覇(2006、2007年)を達成したダービーは、Liverpoolのアカデミー・チームの英才教育の成果と言える人格の持ち主で、リーダーとしての能力が評価されて、ブラッドフォード・シティ(在籍は2012–2017)でもクラブ主将に任命されるに至った。2017-18季にボルトンに移籍し、間もなく病気の兆候が出始めたという。

    「病気のため、体が思うように動かせなくなったため、引退となった。言うまでもなく本人と家族にとっては壊滅的な打撃だった」と、ダービーとはLiverpool時代からの友人でもあるエージェントが証言した。「しかし、強い意志と前向きな態度を貫いてきたスティーブンは、不運を嘆く暇もなく、病気と闘う決意を抱いた。フットボーラーという立場を生かして、この病気への関心を高めることにより、これからの人のために、医学研究を進めることを目指した」。

    かくして、ダービーは、同じ病気を患う友人のクリス・リマ―と共同で、ダービー&リマ―MND基金を作った。

    ダービーの病気にショックを受けたブラッドフォードのファン・グループは、毎試合のスタンドで、「スティーブン・ダービー・ベイビー」とチャントし、ダービー&リマ―MND基金への協力を表明した。これは、ヒューマン・リーグの「ドンチューワントミー(Don't You Want Me Baby)」のメロディに「スティーブン・ダービー・ベイビー」と合唱し、その動画をSNSにポストすると同時に、次の人を指名してチャントする仕組みで、「スティーブン・ダービー・ベイビー・チャレンジ」という呼称で、フットボール・ファンの間で急速に広まることになった。

    ブラッドフォードの隣町であるリーズに自らのチャリティを持つジェームズ・ミルナーが協賛し、直接ダービーと面識がなかった現役のLiverpoolの選手たちにも「スティーブン・ダービー・ベイビー・チャレンジ」が波及した。間もなく、収益金は全てダービー&リマ―MND基金に寄贈されるという前提で、2019年7月14日にLiverpoolがブラッドフォードとプリシーズン戦を行う計画が発表された。

    ユルゲン・クロップは、「1試合でも出場すればLiverpoolファミリーの一員。ブラッドフォード・シティにとっても同じように、スティーブンは大切な家族」と語った。

    7月14日、Liverpoolが3-1と勝った試合では、1986年のスタジアム改装工事以来最高の入場数24,343人を記録し、寄贈と同時にイングランド中にダービー&リマ―MND基金の存在をアピールの目的でも成功を収めた。

    「Liverpoolとブラッドフォードの両クラブ、監督、ファンの皆さん方には心から感謝しています。あなた方のお蔭で今日この試合が実現しました」と、しっかりとマイクを握って感謝の挨拶をしたダービーに、満員のスタンドは、盛大な拍手と「スティーブン・ダービー・ベイビー」チャントで返した。


    希望とハート

    昨2018-19季前半の10月末に、マンチェスターシティ監督のペップ・グアルディオーラが、BBCラジオ5の特別番組で「人生の岐路となった5曲」を明かした。No.1に選んだのは、オアシスのドント・ルックバック・イン・アンガーだった。「私がいかにこの曲が好きか、とても言葉では表現できない」と、グアルディオーラは語った。「マンチェスター・アリーナの爆弾事件(※)以来、この曲はマンチェスター市民の曲になった。犠牲者を偲んで1分間の黙とうが行われた時、参列者の女性が歌い始めて合唱となった」。
    ※2017年5月に、アリアナ・グランデのコンサートで自殺爆弾が仕掛けられ、22人の死者を出したテロ事件。

    「あの日、私は息子と一緒に自宅にいて、妻と2人の娘はあのコンサートに行っていた。爆発の直後に妻が電話をかけてきた。『何かが起こってみんな走っている。でも何が起こったのか分からない』そこで電話が切れた。その後、何度電話してもつながらないので、私はアリーナまで迎えに行った。暫くして、妻から電話かかってきた。3人とも無事で帰途に向かっている、と」。

    「私は運に恵まれていた。でも、運に見放された多数の人が苦しむことになった」と、グアルディオーラは目を伏せた。

    その言葉の節々から、グアルディオーラがマンチェスター市に対して特別な感情を抱いている様子が伺えた、と番組のナレーターが付け加えた。

    グアルディオーラが2016年夏にマンチェスターシティの監督に就任した時に、最初にやった「改善」は、選手全員に、毎試合の後でスタンドのファンにお礼の挨拶に行くよう命じたことだった。「それまでも、殆どの選手がスタンドに来ていたが、試合の内容などによって何人かはまっすぐ去っていた。ペップのお蔭で、ファンと選手の間でつながりが出来たような気がする」と、シティ・ファンは歓迎した。

    マンチェスターシティがプレミアリーグ連覇を賭けて、Liverpoolとの間で前代未聞の激烈な優勝争いを繰り広げていた2019年5月3日に、ガーディアン紙が「希望とハート」という見出しで、ヒルズバラの法廷闘争グループの一人であり、秘匿文書の発掘に尽力を注いだ犯罪学者、フィル・スクレイトンのインタビュー記事を掲げた。ヒルズバラ30周忌を控えた4月中旬に、スクレイトンは、Liverpool FCからの依頼を受けて、ヒルズバラ遺族グループのマーガレット・アスピナルと共にメルウッドを訪問し、現役選手全員に悲劇の真相を伝えるレクチャーを行った。

    「行く前は、果たして選手たちがどんな反応をするか、自信が持てなかった」と、スクレイトンは静かに語った。今年70歳になったスクレイトンは、60年超のLiverpoolファン歴の中で、学者として「プレミアリーグの選手たち」の変遷を見てきただけに、事件当時は生まれてすらいなかった選手たちに対して幻想は抱かなかったという。

    「ところが、私の杞憂は全く的外れだった。彼らは、いわゆる『億万長者のエゴイスト』とは正反対だった。マーガレットと私が喋っている間、Liverpoolの選手たちは誰一人として、携帯を見たりせず、全員が真剣な表情で聞いていた。そして、明らかにヒルズバラ悲劇について強い衝撃を感じた様子だった。自分の家族を思い浮かべながら、人生について考えたように見えた」と、スクレイトンは目を潤ませながら語った。「彼らは、まず第一に人間的な側面があり、次にフットボールがあるということを理解している」。

    その「人間的な側面」とは、フットボールが地元社会の中で担っている責任を認識し、実践することにある、とスクレイトンは強調した。「そこに気づかないクラブは次第に取り残されて行く」。

    「ユルゲン・クロップはそれが出来る人物だ。ペップ・グアルディオーラもしかり。この二人が監督を勤めている2チームが、他を大きく引き離してプレミアリーグのトップを争っている事実は偶然ではない」。

    ユルゲン・クロップが、2015年にLiverpool監督が内定した後で、赴任までの間に最初にやったことは、ヒルズバラ悲劇のドキュメンタリーを見ることだったという。それは、Liverpool FCのクラブだけでなく、地元コミュニティを理解するために不可欠だったから、とのことだった。

    Liverpool FCが、2018-19季に掲げ始めた、クロップが語る「We are Liverpool. This means more.(我々はLiverpool。それはもっと深いもの)」のスローガンは、日常的に動画としてスクリーンに映り、ファンの注目を集めるようになった。2018年12月には、グラフィティ・アーティストによる「ユルゲン・クロップ壁画」が、市街地の壁に登場するに至った。

    「この表現は、まさにリバプール市にふさわしい。何度も倒されながら、みんなで力を合わせて立ち上がり、再びチャレンジに挑んできたこの市を象徴している」と、スクレイトンは深く頷いた。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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