現代版都市間ライバル

    ロシアW杯が6月14日に開幕したわずか2日前に、スペイン代表監督のジューレン・ロペテギが解任されたニュースに世界中が度肝を抜かれた。これは、ロペテギのレアルマドリード監督就任発表の「やり方」がスペインFAの怒りを買ったことが原因だった。

    レアルマドリード監督の話題そのものが、冷ややかな反応を引き出していた。「マウリシオ・ボチェティーノがトットナムで契約更新にサインした直後だったので、タイミングを図るための暫定措置」。

    いっぽう、候補者の一人としてユルゲン・クロップの名前がスペインのメディアを飾ったことで、マンチェスターユナイテッド・ファンの間では、やや異なる視線の議論が交わされた。

    「マドリード監督候補としてクロップの名が上がった時、イングランドの圧倒的多数のメディアが『クロップはLiverpoolで良いシーズンを終えたばかりだから、今Liverpoolを出る理由はない』と、一笑に付した。クロップがマドリード監督を受けるはずはないという説には反対しないが、しかし、Liverpoolは良いシーズンだったと言えるだろうか?トロフィーなしという点ではわがチームと同じだし、リーグではギリギリ4位だった」。

    これに対して圧倒的多数のユナイテッド・ファンが、「Liverpoolは良いシーズンだった」と主張した。「ここ8年間でCL出場はわずか2回という近年の成績を考えると、2年連続CL出場だけですでに及第点。それをCL決勝まで進みながら達成したのだから」。中には、「リーグ順位では上だったが、攻撃的で面白いフットボールという点では、正直、うらやましがるのは我々の方だと思う」という声もあった。

    ユナイテッド・ファンの痛々しい本音の背景は、プレミアリーグ史上記録の100ポイントで圧倒的リーグ優勝を達成したマンチェスターシティ・ファンの、自慢話を毎日聞かされているという土壌があった。ペップ・グアルディオーラやケビン・デ・ブルイネが「シティは、これから何年もの間勝ち続ければ、やっとユナイテッドやLiverpoolと肩を並べられる」と、両クラブに対する敬意を維持しているのに対して、地元紙マンチェスター・イブニング・ニュースが「ユナイテッドがFAカップ決勝で敗れ、LiverpoolがCL決勝で敗れたため、両クラブをひいきしている全国メディアから、シティのセンチュリアン(※100ポイントの偉業に対する呼称)を無視する陰謀に合わずに済んだ」と煽り立てたことも手伝って、シティ・ファンの声は大きかった。

    「ユナイテッドとLiverpoolは歴史好き。シティは将来に目を向けている」と意気込むシティ・ファンの背後で、「エバトン・ファンがマージーサイドは青と言い、シティ・ファンはマンチェスターは青と自慢するが、実際は両市ともに圧倒的に赤というのは統計が示す通り。ユナイテッドも我々も伝統的なビッグ・クラブで世界中にファンがいるから、エバトンやシティに比べて地元の比率は低いが、絶対数では圧倒的に上」と、Liverpoolファンはささやいた。

    ユナイテッド・ファンが深く頷いた。「シティはここ数年出てきただけで、長年のライバルという点ではLiverpoolとは比較にならない。シティに比べたら、リーズですら伝統という意味では上」。

    リーズ・ファンが15世紀のばら戦争(※)を理由にマンチェスターユナイテッドをライバル視する実態はイングランドの固定観念として定着しているが、現在でも変わっていないことは、先日ジェームズ・ミルナーが語った言葉からも明らかだった。
    ※白ばらのヨーク家(リーズ)と、赤ばらのランカスター家(マンチェスター)の戦争は、ランカスター家が勝った。

    「僕はリーズ・ファンとして生まれ育ったので、赤い色には抵抗がある。親から赤いTシャツを着ることは禁止されていた」と笑ったミルナーは、今でも地元リーズを誇りにしていた。アカデミーチームからプロとして身を立てたリーズ・ユナイテッドはもちろん、チャリティーで協賛しているラグビー・リーグのリーズ・リノスも地元のプロ・スポーツ・チームとして熱心に応援していた。

    創立6年になるチャリティー(ジェームズ・ミルナー・ファウンデーション)は地元リーズに本拠を構えていることもあり、折に付け地元を訪れるミルナーは、リーズ市民の誇りになっていた。

    Liverpoolでは、同じく地元の、ファンとして育ったクラブでファーストチームに上がって来たトレント・アレクサンダー・アーノルドを手厚く面倒を見ていた。

    「ジェームズは、若くして名を上げて第一戦で世界のひのき舞台に立った経験から、僕に対してとても良くしてくれる」と、トレントは語った。「ビッグ・マッチの前には必ず、声をかけてくれる。相手に合わせて自分のプレイを変え過ぎる必要はない、と教えてくれる」。

    そのトレントが、リーズ・ユナイテッドのホーム・スタジアム(エランドロード)でイングランド代表デビューを飾った時に、ミルナーは、自分のリーズ時代の写真を添えて、熱いメッセージを送った。「僕にとっては素晴らしい思い出がたくさん残っているスタジアム。トレントにはのびのびとプレイして欲しい」。

    そしてリーズ・ファンは、ミルナーへの熱いメッセージを送った。「来年Liverpoolで契約が終わったら、ミルナーはホームに戻って来てくれると信じている。引退までの数年を、ミルナーの心のクラブであるリーズ・ユナイテッドに捧げて欲しい。かつてのビッグ・クラブに復帰させてくれることを祈っている」。

    エジプトのキング

    6月9日、ナビル・フェキルの移籍話がどんでん返しの末に破断に終わったニュースがヘッドラインを飾った。フランス代表チームがW杯期間中の移籍禁止令を出していたこともあり、開幕前に話を決めるべく状況が急展開した直後の結末だった。

    ユルゲン・クロップがミッドフィールドの補強戦力最優先に上げていたフェキルは、本人もLiverpool入りを強く望んでおり、移籍金額も条件を満たしたことから、「手ごわい交渉相手」として有名なリヨンのジャン・ミッシェル・オラ会長も折れざるを得なかった。地元紙リバプール・エコーは、木曜日にLiverpoolの最高責任者であるマイクル・エドワーズがパリに飛んでメディカルが行われたという報道に添えて、「発表は翌日になるが、移籍は決まっている」と楽観的な記事を掲げていた。

    破断報道は、リヨンのオフィシャルサイトの「6月8日の20:00付でLiverpoolとの交渉は物別れに終わった」という宣言だった。理由の説明は一切なく、Liverpool側からは何ら公式コメントはなかった。失望したファンは、藁にもすがる思いで様々なメディアの矛盾した報道を読み漁り、金額が原因ならば話が再開する可能性はある、という声が乱れ飛んだ。

    しかし、6月10日にエコー紙が「メディカルチェックの結果に問題があったことが原因で、Liverpoolの側から破断を申し入れた」と報道した記事は、フェキル獲得が完全に消えたと指していた。メディカルで問題が発覚したため、Liverpoolはセカンド・オピニオンを求めたが、NGの結論が裏付けられたのだった。それは、発表が遅れたことと、リヨンが破断の原因を明かさなかった理由も説明していた。

    Liverpoolファンは、失望のため息をつきながら、「仕方ないからW杯を見よう。フェキルがひざを負傷せずに試合を終える度に、ファンの間で悲鳴が上がるかもしれないが」と、悲しいジョークを言って笑った。

    しかし、翌6月11日に、エコー紙が「誰も本気にしない、世にも奇怪な憶測記事」という説明付きで引用した、スペインのドン・バロン誌の噂報道に、Liverpoolファンは一斉に腹を抱えて笑った。「フェキル獲得失敗に対してモー・サラーがLiverpoolに不満を抱き、出て行こうと考え始めた」というものだった。

    折しも、レキップ紙の独占インタビューでサラーが、Liverpoolのクラブとファンに対する感謝を表明したところだった。

    サラーは、「10試合目で、ハリー・ケインとセルヒオ・アグエロとほぼ同じ得点数だった時に、得点王を目指そうと決めた」と、意外な真相を明かした。

    「それを実現できたのは、ひとえにチームのお蔭。目標達成の最大の理由は、Liverpoolのプレイスタイル。監督からどんどん得点できるような指示を受けたことと、チームメートがみんな協力してくれたことが大きい。フロント3は合計で多くのゴールを上げた。それは、誰一人として自分中心的な人がなく、全員が全員のために働いたからできたこと」。

    サラーは、目を輝かせて語った。「監督とは友達のような関係。もちろん、監督は監督で、僕は選手だが、その立場を超えて人間的な繋がり築いている。チームメートも、ピッチの上ではもちろん、ピッチ外でも仲間として明るい関係を作っている」。

    そして、Liverpoolファンとの関係について問われたサラーは、一層明るい笑顔を浮かべた。「僕は常に100%を出しているつもりだし、ファンはそれを認めてくれている。ファンにこんなに応援してもらえて嬉しい。ファンが僕の歌を歌ってくれるのを聞くと幸せな気持ちになる」。

    サラーのインタビューは、ここ数日の移籍話にもやもやしていたLiverpoolファンに、久々の笑顔をもたらした。

    「通常は、W杯や欧州選手権の夏には、わがクラブの選手たちが代表チームで負傷を負ったり、プリシーズンなしの調整不足で翌シーズンに悪影響を及ぼさないかと心配が先に立つのだが、今回はちょっと違っている」と、ファンは頷いた。

    そもそも、Liverpoolの選手の中で今年のW杯に出場するのは僅か8人で、うち、ほぼ毎試合出るだろう主力は5人(サラー、サディオ・マネ、ロベルト・フィルミーノ、ジョーダン・ヘンダーソン、デヤン・ロブレン)のみだった。(※他3人はシモン・ミニョレ、トレント・アレクサンダー・アーノルド、マルコ・グルイッチ)

    「勝ち進んで戻りが遅くなりそうなのはボビー・フィルミーノだけ。ヘンドとトレントは早々に帰ってくるだろうし」と、イングランド代表チームをネタにしたジョークで笑いながら、ファンはつぶやいた。

    「ただ、サラーに関しては例外的な気持ちになっている。負傷から回復して試合に出て欲しいと心から祈っている。来季の開幕に遅れてもいいから、W杯でできるだけ勝ち進んで、エジプトのファンの夢をかなえて欲しい。サラーはエジプトのキングなのだから」。

    元ヒーローの正式なお別れ

    6月4日、今季末でマンチェスターシティでの8年間の在籍に終止符を打つことになったヤヤ・トゥーレが、フランス・フットボール誌のインタビューで、「ペップ伝説を破壊させる」と宣言し、ペップ・グアルディオーラを紛糾した。「僕に対する数々の不当な仕打ちを、例えばアンドレス・イニエスタに対してやるとは思えない。何故、僕に対してこんな仕打ちをするのかと冷静に考えた結果、肌の色だと結論に達した」。

    グアルディオーラが監督だった2010年に、ヤヤがバルセロナから出された経緯は有名な話だった。「振り返ると、ペップが問題を起こした相手はアフリカ人選手が多かった」と、純粋な意見として「グアルディオーラは人種差別主義者」と主張したのだった。「もしペップが5人のアフリカ人選手を出場させるようなことがあれば、僕はお祝いにケーキを贈ろうと思っている」。

    2012年にシティが44年ぶりのリーグ優勝を達成した「ヒーロー」の一人として、ヤヤのホームでの最後の試合となった5月9日のブライトン戦(試合結果は3-1でシティの勝利)で盛大な壮行会が催され、クラブから生涯シーズン・チケットが贈呈されるなど、その業績を称える式典がつつがなく行われたばかりのことだった。

    もちろん、ヤヤがシティのクラブに肘鉄を食らわせたことはこれまでもあった。2014年に「誕生日を祝ってくれなかったから出て行く」と騒いだ茶番劇や、最近ではシーズン終幕間もない5月23日に、来季の行く先として宿敵ユナイテッドを「検討している」と公言し、シティ・ファンの神経を逆なでした。

    「ヤヤがペップと仲が悪かったことは誰もが知っていることだし、ペップの悪口を言うのは驚きではないが、根拠なく人種差別呼ばわりとは、許容範囲をはるかに超える邪悪な行為」と、シティ・ファンは異口同音にヤヤを批判した。

    多くのファンは、ヤヤに対する怒りと同時に、裏切られた悲しみに心を痛めた。「ヤヤがピッチでシティのために果たした業績は永遠に記憶に留まると思っていたし、多少のわがままは目をつぶってきた。でも、今回のことで、ヤヤは自分のレガシーを完全に破壊した」。

    折しもその前日の6月3日に、Liverpoolファンが身を引き裂かれる思いを味わった元ヒーローのフィリペ・コウチーニョが、W杯に向けてのウォームアップ親善試合のブラジル対クロアチアで(試合結果は2-0でブラジルの勝利)、1月に出て行って以来初めてアンフィールドに戻ってきたところだった。

    「ファンを絶望に突き落としたまま、お別れも告げずに出て行ったコウチーニョは、正式なお別れのチャンスを得ることになる」と、地元紙リバプール・エコーは感傷的な記事を掲げた。「Liverpoolで5年間マジックを披露し、数々の思い出を作ったコウチーニョが、スタンドからどのように迎えられるかは見もの」。

    シティでリーグ優勝3回、FAカップ1回、リーグカップ2回の栄誉をもたらした末に、大きな裏切り行為で全ファンを敵に回したヤヤに対して、Liverpoolではトロフィーなしで出て行ったコウチーニョは、状況は異なっていた分、ファンの間でも意見は分かれた。

    1月に£142mでバルセロナ行きが発表された時に、ユルゲン・クロップが語った「移籍の背景」は、ファンの記憶に生々しかった。8月に出した移籍リクエストをクラブが却下した後で、9月に復帰したコウチーニョが、20試合12ゴールの大活躍で再びファンの支持を勝ち取ったことが、1月の移籍ウィンドウの後でも繰り返されるか?と考えた結果、クロップが移籍にゴーを出したのだった。

    「この先、戦力として働いてもらえる可能性について、私は100%あり得ないと結論した。話し合った結果、これ以上使うことはできない、と。出さねばならないことは明らかなのだから、今その決断を下すべきだと判断した」と、クロップは説明した。

    「南米の選手がスペインの2大クラブに引っ張られれば勝ち目がないことは分かっていたこと。シーズン途中の重要な時期に出て行ったマイナスはあるが、公の場でクラブの名誉を傷つけるような言動をしたこともなく、5年間マジックを見せてくれて、特に最後の2年間は単身でチームを背負うことが多々あったコウチーニョを、暖かく迎えてあげるべき」という声は、決して少なくはなかった。

    ふたを開けると、殆ど存在感が感じられずに後半に交代してしまったコウチーニョに対して、スタンドからは、少数のブーイングと中立的な拍手が混在した。サブで出場してコップの前でゴールを決めたボビー・フィルミーノや、クロアチアのディフェンスの要として堅い守りを見せたデヤン・ロブレンに対する盛大な拍手に比べると、地味な反応で終わった。

    「バルセロナではスタートは若干苦戦したものの、すぐに頭角を現し、リーグ優勝メダルとコパ・デル・レイ優勝メダルを勝ち取ったように、コウチーニョはブラジル代表チームでもW杯で実力を発揮するだろう。いっぽうLiverpoolは、コウチーニョを失った直後の暗雲は晴れて、トップ4とCL決勝進出を果たした。コウチーニョがいなくなって、ダイレクトな戦略に切り替えたことで、両ウィングのスピードがより効力を発揮したことに加えて、残された選手が責任を果たしたことが大きい」と、エコー紙は結論付けた。

    「コウチーニョを許すかどうか、ではなく、過去の一コマにすることで、お互いに自分の道を前進し続ける」。

    真の敗者

    5月26日のCL決勝戦は、3-1と勝って通算13回目の優勝を決めたレアルマドリードを称える声が一段落した後で、イングランドでは、祝日の月曜日に至っても生々しい話題が上り、ヘッドラインを飾り続けているのは、敗れたLiverpoolの、監督の戦術やチームのパフォーマンスではなく、2つの大きなミスで2失点を与えたロリス・カリウス個人に対する同情、批判、懸念、嘲笑だった。

    最も多かったのが、ライバルチームの新旧選手からの、カリウスへの同情と励ましのメッセージだった。マンチェスターユナイテッドのエリック・ベイリーは試合終了と同時にSNSにポストした。「気持ちを強く持て、ロリス。君は素晴らしいGKなんだから」。ほぼ同じタイミングで、元エバトンのGKネビル・サウソールが心のこもったメッセージを送った。「カリウスは、自分に自信を持って、立ち直って欲しい。GKユニオンのメンバーより」。

    実況放送のアナリストを勤めていた元チェルシーのフランク・ランパードは、「正直、信じられなかった。カリウスにとっては地獄だったと思う。カリウスは、周りの強いサポートが必要だと思う」と、悲痛な声で語った。

    一方で、BBCのアナリストとして活躍する元Liverpoolのマーク・ローレンソンは、カリウスに対する同情よりも、他の後輩たちの失意を語った。「カリウスは壊滅的な打撃を感じているだろうと思う。ただ、カリウスがLiverpoolで復帰する可能性は考えられない」。

    「決勝で敗れた瞬間に、選手はみな自分の気持ちを整えるためにある程度の時間が必要。しかし、ファイナルホイッスルと共に泣き伏してしまったカリウスを、真っ先に慰めに行ったのがレアルマドリードの選手たちだった事実は、カリウスのミスが挽回不可能なまでに深刻であることを物語っている。もちろん、控室に戻った後で、Liverpoolの選手たちはみなカリウスに声をかけたと思う。ただ、まず先にカリウスの肩を抱きに行ってあげられなかったのは、選手たちが心の底でカリウスに対して不安を消せなかったから」。

    「というのは、カリウスが大きなミスを犯したのはこれが初めてではない。最近では、ローマ戦で似たようなミスを犯した(試合結果は4-2でローマの勝利)。あの時には幸運にも、アレクサンダル・コラロブのシュートはポストをヒットして失点に繋がらなかっただけで」。

    そして、同じように世界中が注目するひのき舞台で致命的なミスを犯した経験を持つロブ・グリーン(※)が、カリウスの選手生命を心配するコメントを出した。
    ※元イングランド代表、現ハダースフィールドGK。2010年W杯で、開幕初戦でトンネルして同点ゴールを与えてしまった(対アメリカ合衆国、試合結果は1-1)。

    「カリウスが今どんな気持ちでいるか、同じ立場に立ったことがあるGKとして、僕は手に取るようにわかる。Liverpoolの選手たちが試合後にすぐに慰めに行かなかったことを指摘する声もあるが、実際には誰が何を言ってもカリウスにとっては何の助けにもならなかっただろうことも、僕にはわかる。GKは、試合に負けることしかできない。負けないようにチームを助けることはできるが、チームのために勝つことはできない。それがGKの運命」。

    「今回のことはカリウスにとって人生を左右する試練になるだろう。というのは、今後どんなに頑張っても、世界はあの時のミスを決して忘れないし、積極的に話題にし続ける。それを乗り越えるには、ものすごく強い精神力が必要」。

    グリーンの言葉の通り、イングランドのフットボール界に留まらず、世界がカリウスのミスを目撃していた。熱烈なエバトン・ファンとして有名なボクサーのトニー・ベリューは、強い口調で語った。「プロが、あのようなひのき舞台でミスをするなんて許されないこと。あのミスはクラブに£100mの損害を与えた。1回ならばまだしも、2回も。カリウスに対して同情なんて全く感じない。カリウスは、キエフまで応援に行った子供たちの夢を打ち砕いたのだから」。

    ベリューとは正反対に、圧倒的多数のエバトン・ファンは、「宿敵Liverpoolの優勝を阻止したヒーロー」として、カリウスを称賛した。「CL決勝戦のマン・オブ・ザ・マッチはカリウス」。

    その他のライバルチームのファンも異口同音に、Liverpoolの失敗に胸をなでおろす中で、Liverpoolファンはきっぱりと語った。

    「我々はCL決勝戦で敗れた。でも、敗者ではない。真の敗者は、自宅のソファにふんぞり返って他人の敗戦を見て喜んでいる人たち。深い失意を味わうこともない反面、高まる興奮を得ることができなかった人たち」。

    「CL決勝戦まで到達して、ファンに夢を見せてくれたチームを誇りに思う」。

    ファンの気持ちと同期を取るように、Liverpoolの選手たちの言葉は、みな同じだった。「勝つ時も負ける時もチーム」。そして、GK仲間のシモン・ミニョレが語った。「僕がロリスに対して言った言葉は、『決勝進出できたのはそれだけのことをやったからだと胸を張ろうよ』という一言だけ。彼はまだ若い。きっと立ち直ると信じている。控室の中では、みんなの気持ちは同じだった。決勝で負けることは悲惨なこと。ここまで応援してくれたファンと、最後に一緒に祝うことが出来なかったのだから」。

    「でも、ファンのお蔭でスペシャルなシーズンに出来たと誇りに思う」。

    プレミアリーグのポスター・ボーイ

    5月2日に、ローマを通算7-6と破ってLiverpoolがCL決勝進出を決めた時、イングランドの全国メディアが「トレント・アレクサンダー・アーノルドはプレミアリーグのポスター・ボーイになるべき」と絶賛した。

    「世界中からスーパースターが集まっているプレミアリーグで、地元出身で、クラブのアカデミーチームで育ちファーストチームのレギュラーまで上り詰める選手は、ビッグクラブになればなるほど貴重な存在。ましてやCL決勝戦に出るような超ビッグクラブで実現したアレクサンダー・アーノルドは、プレミアリーグの目玉としてクローズアップされるべき」。

    間もなくBBCが、イングランドきってのホットなティーンエージャーとなった19歳のトレントの独占インタビューを収録した。自宅のリビングルームでくつろぐトレントの背景で、ナレーションが流れた。「インタビューの最中に、キッチンでお母さんがお茶を入れ、弟が学校から帰ってくる。プレミアリーグのスター選手のインタビューとは思えない風景です」。

    質問は必然的に、「プレミアリーグの給料」を貰いながら、家族と一緒に住んでいる理由で開始した。トレントの回答はシンプルだった。「十分な給料を貰うようになったからと言って、若過ぎるうちに独立すると、自由が多すぎて間違った生活態度に陥る危険性がある。僕は、毎日家族の元に帰ってきて家族と会話をすることで、正しい精神状態を保っていると思っている。だから、自分も含めて家族全員が、独立すべきと合意する地点に達するまでは、この家を出て行くつもりはない」。

    Liverpoolのファーストチーム・デビューは僅か17か月前、それから急速な上り坂を進んで来たトレントは、良いことだけではなく、ビッグ・マッチでミスを犯してメディアからつるし上げを食らったこともあった。「そんな時、家に帰ってきて家族と言葉を交わすことが、僕にとって非常に大きな支えとなった。家族がいなければ、今の僕はなかった」。

    私生活で家族がトレントを支えていると同時に、フットボール生活では、クラブのアカデミーチームからファーストチームに至るまで、監督コーチ陣、チームメートがトレントを育てて来た。特に、ファーストチームのレギュラーに引き上げてくれたユルゲン・クロップについて、トレントは熱く語った。

    「僕にチャンスを与えてくれた人であり、常にサポートしてくれる、お父さんのような人。お蔭で僕は、監督から信頼されているのだと実感できる。監督とはこうあるべきという、理想的な監督」。

    5月16日に、トレントがW杯のイングランド代表23人に選出された時、そのビッグ・ニュースを本人に伝えたのはクロップだった。

    「監督に呼ばれて、真面目な顔で『今年は夏休みなしだぞ』と言われた。そして、監督はにっこり笑って代表入りをほめてくれた」と、トレントはその時の会話を明かした。「イングランドが、監督から伝えるよう取り計らってくれたことに感謝した」。

    トレントの代表入りは、「無キャップの19歳の若手」という面ではヘッドラインを飾ったが、ライバルチームのファンも含めて、選出の妥当性を疑問視する人は誰もいなかった。

    「子供の頃からずっと、代表入りを夢見てボールを蹴っていたトレントに、頑張りなさいと軽く言っていた。心の中で、どうせ実現しないのだからリラックスしなさい、と思いながら」と、トレントのお母さんは誇らしげに語った。

    「スティーブン・ジェラードがオートバイオグラフィーの中で、トレントのことを書いている、という話を友人から聞いた時、そんなことはあり得ないと笑った。ASDAに行って本を読んで、本当だと知った。あのスティーブン・ジェラードが!その時から私は、『トレントのお母さん』になった」と、ほほ笑んだ。

    6歳の時に、Liverpool FCのサマーキャンプに参加したトレントは、最初のセッションでクラブのスカウトの目に留まり、開始30分後にはアカデミーチーム入りの話になっていた。

    それだけ才能が明らかだったトレントに、目を付けたのはLiverpoolだけではなかった。マンチェスターユナイテッドFCの事務職員だったおじさんの縁で、トレントはサー・アレックス・ファーガソンから声をかけられた。それに対してトレントは、丁寧に断った。「僕のお母さんは高速道路を運転するのは嫌だと言っているので」。

    そしてトレントは、5月26日にはCL決勝のひのき舞台に立つことになった。

    「わが息子が、クリスティアーノ・ロナウドと対戦する?とても現実とは思えない」と、お母さんは目を細めた。

    いっぽうトレントは、「ロナウドやメッシは子供のころからYouTubeで見てきた選手」と目を輝かせつつ、スクリーンの中ではなく本物のスーパースターと対戦することについて、冷静に語った。

    「世界のベスト・プレイヤーと対戦することで自分を試したい」。

    「懐疑心を希望に変える」象徴

    5月6日にスタンフォードブリッジでのチェルシー戦に1-0と敗れて、Liverpoolのトップ4争いが最終日に持ち越しとなった時に、イングランド中のメディアは一斉に批判した。残り4試合の時点でチェルシーと10ポイント差があったLiverpoolは、CL準決勝をはさむWBA戦(試合結果は2-2)、ストーク戦(試合結果は0-0)と最終的な降格チームに連続でポイントを落とした末に、チェルシーとの直接対戦でわずか3ポイント差まで詰められたのだった。

    「選手の頭の中はCL決勝が占めているから、プレミアリーグの試合に集中できずにいる」という指摘の中で、BBCのアナリストであるジャメイン・ジェナスの批判はより痛烈だった。

    「選手ならば、CL決勝に出たいのは当然のこと。Liverpoolの選手たちは、ローマとの1戦目(試合結果は5-2でLiverpoolの勝利)で、深刻な負傷を負ったアレックス・オクスレイド・チェンバレンの惨状を思い浮かべ、同じ運命にならないようにと、無意識に力を加減しているように見える」。

    これに対して、Liverpoolファンは肩をすくめ、ユルゲン・クロップの冷静な言葉に深く頷いた。

    「チェルシー戦の試合結果は気に入らないが、内容には満足している。4日前にCL準決勝を戦ったばかりで体力的にも厳しかったのに、勝ちを目指して全力を尽くした選手たちを批判する気はない。むしろ、選手たちを誇りに思う」と、クロップは断言した。トップ4を確定するためにブライトン戦は最も重要な試合であり、それ以外(CL決勝)の話題は禁句にしていることも明かした。

    クロップの言葉通り、5月13日の最終日にブライトンに4-0と勝って、来季のCL出場を確定したチームに対して、「クロップの長期計画が着実に実を結び始めている」と、ファンは期待を語り合った。

    「開幕時点での今季の目標は、トップ4とCLグループラウンド勝ち抜き、そして国内カップ戦が取れれば尚可だった。それが、予想以上の不運な負傷に見舞われながらもトップ4を達成し、CLは決勝まで到達した。5月26日がどうなろうと、確実に大きく前進している」と、誰もが笑顔で頷き合った。「何より、クロップに対する信頼が希望を与えてくれる現状が最も嬉しい」。

    ファンが「クロップに対する信頼」を具体的に語り合った場面は数々あったが、その一つがローマとの1戦目の試合後のことだった。5-0とリードしながら試合終幕の2失点でアウェイゴールを献上したことについて感想を問われたクロップは、即座に首を横に振った。「試合後に選手全員が最も残念だと言ったのは失点ではなく、アレックスを失ったことだった」。

    結局、オクスレイド・チェンバレンはじん帯の負傷で、CL決勝だけでなくW杯も絶望と判明した。前回のW杯も直前の負傷で棒に振っていただけに、イングランド中から同情の声が飛んだ。

    しかし、直後に出たオクスレイド・チェンバレン本人のメッセージは、ファンの心を直撃した。「このような重要な時点で負傷してしまったことは非常に辛い。でも、ショーン・コックス(※)のご家族の気持ちを考えると、比ではないと思う。回復するよう心からお祈りしています」。
    ※ローマ戦の試合前に、アンフィールドの周辺の道路でローマのフーリガンにハンマーなどの凶器で襲われ、重体にあるアイルランドのLiverpoolファン。

    その後で、クロップがオクスレイド・チェンバレンに対して、「刑務所に入る夫をひたすら待つ良妻のように、君が負傷から戻って来るのを待つ」と語った言葉に、ファンは目頭を熱くした。これは、クロップがドルトムント時代にマッツ・フンメルスが長期負傷欠場した時に言った言葉と同等であり、「特別な選手に対してだけ捧げる言葉」と、ドイツ人ファンが解説した。

    「オクスレイド・チェンバレンは、クロップがLiverpoolに来て最初に言った『懐疑心を希望に変える』象徴。外部から批判が飛び交い、見た目には大丈夫だろうかと心配になる時にも、クロップを信じていれば必ず救われる、と」。

    オクスレイド・チェンバレンの移籍に関して、ネガティブな見解を表明したアナリストの中にジャメイン・ジェナスがいた。「最も選手層の厚い攻撃的ミッドフィールドのポジション争いに挑んだオクスレイド・チェンバレンは、最初から負けが見えていた」と、9月の時点でダメ出ししたものだった。

    ふたを開けると、1月にフィリペ・コウチーニョを失い、アダム・ララーナの負傷が予想以上に長引く中で、オクスレイド・チェンバレンは、クロップの信頼を担う不可欠な存在となった。

    折しも、地元紙リバプール・エコーが、クロップを信じていれば必ず救われる根拠をまた一つ、並べたところだった。「2016年5月に、EL決勝(試合結果は3-1でセビーリャが優勝)の失意に暮れている選手たちに向かってクロップは言った。『これは我々にとってスタートなんだ。これから何回もの決勝戦を、みんなで一緒に戦うことになるのだから』と。それは真実だったことが証明された」。


    クラブの価値

    4月20日、アーセン・ベンゲルが「慎重に検討し、クラブとも相談した結果」今季末で22年間続いたアーセナル監督職を去る決断を発表した。「このような長い期間に渡って、このクラブに忠誠を尽くせたことを光栄に思う。このクラブをスペシャルなクラブにするために努めている人々に感謝している。クラブのスタッフ、経営陣、そしてファンの方々。チームが出来る限り良い成績で終われるために、ファンの方々にはサポートをお願いしたい」。

    「そして、アーセナルを愛する人々に、このクラブの価値を守り続けることをお願いしたい」。

    これに対して、ベンゲルの下で働いた新旧選手たちから感傷のこもったメッセージが出た。真っ先にSNSにポストした中にアレックス・オクスレイド・チェンバレンがいた。「あなたが僕を信頼してくださったその恩は永遠に忘れられません。いろいろなことを教えてくださり、常にサポートしてくださいました。監督、ありがとうございました」。

    そしてメディアが一斉にベンゲルの22年間の業績を称える中で、少なくない全国紙が「ベンゲル退陣の真相」と題する記事を掲げた。いわく、前週末のニューカッスルでの敗戦(試合結果は2-1でニューカッスルの勝利)が最後の楔となり、オーナーはベンゲルの解任を決定した。そこでベンゲルは、クビになる前に自分から去る決意を下した、というものだった。

    アーセナルの「ファン」という人々が、ベンゲルの退陣を求めるバナーやプラカードを掲げる姿はここ1-2年で顕著になっていた上に、今季のプレミアリーグでもトップ4入りが困難になった2-3か月前から、エミレーツ・スタジアムでは空席が目立つようになった。ダメ押しが、来季のシーズンチケット更新を見送る件数の激増だった。

    そんな中で、チームを問わずライバル・ファンの見解は一致していた。「ベンゲルは、イングランドのフットボール界に改革をもたらした偉大な監督。確かに、近年はチームの成績や選手の停滞もあり、タイミングを誤ったきらいはある。しかし、自分のチームの応援に出かけたはずのファンがスタンドでアンチのプラカードを掲げるような、そんな処遇は不条理としか言いようがない。ましてやベンゲルが22年間の在任に終止符を打つ決意を明らかにした今、その業績を評価し、心から感謝して送り出すこと以外の『裏話』などを掲げるメディアには嫌悪感を禁じ得ない」。

    Liverpoolファンも例外ではなかった。「メジャーなトロフィー10、それ以外に決勝進出は数えきれない。ベンゲルはアーセナルのクラブ史上最も重要な人物の一人として永遠に名を刻んだ。正直、1年前に去るべきだった、という意見は否定しないが、ファンとしては、チームが勝てない不満の矛先は間違っていた」。

    ベンゲルがアーセナル監督に就任して以来、イングランドのフットボール界にもたらした改革は、フランスやその他の国から有能な若手選手を発掘し、テクニカル面を一新させたなどのピッチ上の事象だけではなかった。食事や飲酒などの生活習慣の改善、トレーニング・グラウンドの設備の充実、そして「アーセナルのようなビッグ・クラブにとってハイバリー(※アーセナルの旧ホーム・スタジアム)は小さすぎる。クラブの発展のために、6万人収容の新スタジアムが必要」と唱えた。それらは、今ではプレミアリーグの殆どのクラブが採用し、イングランド・フットボール界の標準となった。更に、スタジアム新築の費用捻出のために、選手補強投資を緊縮しながら、チーム力を維持したのもベンゲルだった。

    「22年間のうち20年間連続CL出場を達成した、それもネット収支ではサンダーランドよりも少ない金額で。オーナーがCL出場で収入が入ってくるからと胡坐をかいている傍ら、ベンゲルはクラブの価値を守るために一人で働いた」。

    ベンゲルが、折に付けLiverpoolファンを称賛したことは有名な話だった。アーセナル・ファンの「アンチ」の動きが目立ち始めた2016年11月には、「私が最も好きなスタジアムはアンフィールド」と宣言し、Liverpoolファンの間でも大きな話題になった。「Liverpoolは、ビッグ・クラブの中で最も深淵なファン・ベースを誇り、スタジアムには常に特別のバイブレーションがみなぎっている」。

    そして、重大発表の直後のウエストハム戦で、エミレーツ・スタジアムのスタンドでは、アンチのプラカードに代わって「ありがとうベンゲル」のバナーを掲げるファンの姿があった。アーセナルが4-1と勝った試合後の記者会見で、ベンゲルは語った。

    「ファンが喜んでくれる姿を見ると、私は嬉しくなる。ファンが喜んでくれるためならどんな苦労もいとわない、と思っている」。

    「このクラブは世界中で敬意を受けている。イングランドよりも遥かに高く評価されている。このところのわがクラブのファンは、私が望むクラブのイメージに沿っているとは思えなかった」。

    チームのゴール

    4月14日、サディオ・マネ、モー・サラー、ボビー・フィルミーノのゴールでLiverpoolがボーンマスに3-0と勝った試合後のインタビューで、ジョーダン・ヘンダーソンが、「モーが3点とも自分のゴールだと主張した」と、ニヤッと笑ってジョークを言った。見ていたファンは、「選手も我々ファンと同じジョークを言っていることが分かった」と爆笑した。

    これは前週4月7日のトットナム対ストーク(試合結果は1-2でトットナムの勝利)で、決勝ゴールとなったクリスティアン・エリクセンのフリーキックが、試合後にハリー・ケインのゴールとして記録が修正された出来事をネタにしたものだった。4月9日付けで、トットナムのクラブがプレミアリーグに対して正式に申請したというニュースが報道された時、イングランド中が蜂をつついたような騒ぎになった。

    今季のプレミアリーグの得点ランキングで、その時点で29のサラーと4差で2位に付けていたケインが首位奪還宣言をした直後のことで、ストーク戦の得点記録申請の意図は、誰の目にも明らかだった。「ゴールが決まった直後にハリーがガッツポーズをしたから、彼が触ったのだろうと思う。僕は全く問題ない」と、エリクセンは笑顔で語った。

    Liverpoolファンの間ではさっそくジョークが流行した。CL準々決勝のマンチェスターシティ戦(試合結果は1-2でLiverpoolの勝利)でサラーが同点ゴールを決めた直後に、「明日になったら、ケインが『ネットに入る前に僕がヘッドを当てた』と修正申請をするだろう」と笑った。

    「自分の個人記録達成のために、チームメートからゴールを奪う行為の是非はさておいても、クラブが後押しする意図が分からない」と、第三者のファンが驚いて目を丸くする中で、マウリシオ・ボチェティーノは、「本人たちが話し合って決めたことで、クラブに直接掛け合って申請した。私は何も絡んでない」と冷静だった。「私にとってはチームが3ポイントを取ったことが重要で、誰が得点したかはどうでも良いことだから」。

    そして、4月14日のマンチェスターシティ戦(試合結果は1-3でトットナムが敗北)で、得点がなかったケインに対して、今季プレミアリーグ通算30ゴール目で差を5と広げたサラーへの温かい拍手が、イングランド中から沸き上がった。

    BTスポーツのインタビューで、「あなたを得点王にしようと、チームメートが一生懸命パスを出していますね」と聞かれて、サラーはにっこり笑った。「チームメートが得点チャンスをたくさん作りだすことは良いこと。それはチームが勝つためにやっていること。僕は毎試合でも得点したい。チームが勝つために」。

    得点王を意識しているか、との誘導尋問に対して、「意識してないと言えば嘘になる」と、サラーは笑顔で答えた。「でも、チームが勝つために得点を目指している。好調に得点を重ねているのは僕だけでない。ボビー・フィルミーノも昨季より記録を伸ばしている。全員が勝つために頑張っている」。

    Liverpoolで活躍するサラーの雄姿を歓喜で見守る母国エジプトで、名士として知られる元コーチのハッサン・シェハタが、サラーについて語った。「サラーはこれだけ成功した今でも、母国に忠実で、浮ついたことは一切せず、地に足を付けてプロとしてフットボールに全力を捧げている。アルコールも飲まず、信仰深く、そして家族や友人知人に対する感謝を忘れない」。

    サラーが母国や故郷の様々な施設や団体に財政的な貢献をしている実話は数多く、3月にも、難病に苦しむ少年(お父さんの知人の息子さん)の治療費を寄贈した上に、激励のメッセージを送り続けているというエピソードが伝わった。

    「息子にとってサラーはヒーロー。そのヒーローから電話で励ましの言葉をかけてくれているお蔭で、苦しい治療にも頑張れる」。

    サラー熱はマージーサイドでも確実に燃焼していた。市街地にある、サラーのお気に入りのアラブ料理レストラン'バクチッチ(Bakchich)'では、今年3月から「サラーが得点してLiverpoolが勝った試合の後は、フムスの無料サービス」を実施しているという。

    「サラーが必ず注文する料理ということでキャンペーンを企画した。以来、サラーの得点記録と同じく、フムスの人気が高まった。サラーはピッチの上だけでなく、街中でも郷土のイメージアップに貢献しているヒーロー」と、同レストランのオーナーは微笑んだ。

    かくして、チームメートから信頼され、母国の人々から崇拝され、クラブの地元市民から慕われているサラーは、Liverpoolファンの絶対的支持も集めていた。

    BTスポーツのインタビュアーが得点王絡みの質問に固執する後ろで、スタンドのLiverpoolファンが歌う「モー・サラーがウィングを走る」チャントが鳴り響いた。ファンに向かって笑顔で手を振りながら、質問を無視して「チームが勝つことが重要だから」と答えたサラーに、インタビュアーが根負けしたかのように言った。「ファンの歌がさえてますね」。

    サラーは目を輝かせた。「この歌、大好き!」。


    得点を生み出すミッドフィールダー

    4月4日のCL準々決勝、対マンチェスターシティ1戦目で、アレックス・オクスレイド・チェンバレンのゴールに絶妙のパスを出したジェームズ・ミルナーが、今季CLでのアシスト記録を8とした(試合結果は3-0でLiverpoolの勝利)。シーズン中のアシスト数としては、2013-14季のウェイン・ルーニー(マンチェスターユナイテッド)、2016-17季のネイマール(バルセロナ)と並ぶCL史上トップとなった。

    しかも、その8アシスト達成の出場時間は、ルーニーが765分、ネイマールが797分に対してミルナーは僅か452分という快挙だった(※CLのアシスト記録は2003-04季から集計されることになった)。

    「昨季はレフトバックとして出ていたミルナーが、昨年夏の戦力補強でミッドフィールドに再シフトされることになった時に、本来のポジションに戻ったとは言え、ここまで重要な戦力になるとは期待していなかった」と、Liverpoolファンは嬉しい誤算を語り合った。

    ちょうどその頃、昨年6月にミルナーの古巣の一つであるアストンビラ(所属2008-2010、その前にローンで2005–2006)の地元紙バーミンガムメールが、「ビラは果たしてジェームズ・ミルナーの穴を埋めることができるだろうか?」という見出しの記事を掲載した。

    「ミルナーがマンチェスターシティに引き抜かれて5年経った2015年の夏に、その疑問を投げかけた。記者の予測はNOだったし、更に2年経った今も状況は変わらない。ビラでの89試合で20ゴール、最後の2009-10季だけで7得点12アシストを記録した『得点を生み出すミッドフィールダー』ミルナーの穴を、単独で埋められる選手を探すことは不可能に近いタスクだった」。

    「Liverpoolのユーティリティ・プレイヤー(※)ミルナーが、相手ディフェンスを突き破り、コンスタントにゴールを生み出す姿は、ビラがその代わりの選手を探し続けて見つけられずに苦しんでいる現状を物語っている」と、同記事は哀愁に満ちていた。
    ※ユーティリティ・プレイヤー:いろんなポジションで使われる選手。チームの中心人物として専門的な役割を果たす選手ではない、どちらかと言えばネガティブな印象を持つ表現。

    「僕はユーティリティ・プレイヤー」と、ミルナー本人がバーミンガムメール紙の記事を裏付けた。「昨年は、監督から命じられてレフトバックをやった。それはチームのために必要なことだったから、全力を尽くした。今季はミッドフィールドに戻してもらえることになったので嬉しい。勘を取り戻すまでに少々時間がかかるかもしれないが、自分の希望するポジションだから頑張りたい。ミッドフィールドの方がよりゴールに貢献できるから」。

    本人も覚悟した通り、ミッドフィールドでは即座にレギュラーの座に復帰できたわけではなかった。しかし、試合に出れば常に安定したプレイを見せたミルナーは、次第にピッチの上でも重要な要員になっていた。

    「試合に出られなくても文句ひとつ言わず、リズムが掴めないと言い訳するわけでもなく、出れば必ず信頼に応える今季のミルナーは、2015年に入って来た時に期待した通りの戦力になっている。両フルバック、ウィングバック、セントラル・ミッドフィールド、両ウィング、PK担当、シティ時代には臨時ストライカーだったこともある。どのポジションでも及第点以上出してきた経験とノウハウを、ピッチ内外で発揮している」と、ファンは笑顔で語りあった。

    かくして、アシストのCL記録に並んだシティ戦の試合後の記者会見で、ユルゲン・クロップは、「ミルナーのミッドフィールドでの活躍について感銘を受けているか」という質問に対して、即座に首を横に振った。「感銘を受けるかって?そんなことはない。何故なら、ミリー(ミルナー)は最高の選手だということを、私は知っているから。今のミリーの活躍は、本人の実力そのもの」。

    「ミリーは本当に素晴らしいフットボーラー。経験豊富で、チームメートに対する影響力ではこの上なく重要な人物」。

    さてLiverpoolは、4月10日にCL準々決勝2戦目に臨む。エティハド・スタジアムでは、9月のプレミアリーグ戦で5-0と大敗した記憶を手繰るまでもなく、1戦目の3-0の「貯金」は何の保証でもないことを、クロップは強調した。「CL準々決勝は今がハーフタイム。アンフィールドでの試合後に、ハーフタイムに3-0で勝っているからと言って喜んだ選手など、誰一人なかった」。

    ミルナーが、監督の言葉を裏付けた。「シティの攻撃力は誰もが知る通り。我々は、チーム全体で守る必要がある。一人でも気を抜けばそのギャップを突かれることは自明。しっかり守って、そして得点して勝つことを目指す」。

    ダービーとCL準々決勝、どちらが優先?

    毎年5月の最終週になると、マンチェスター・イブニング・ニュース紙は、赤いページと青いページの両方で「クラブ史上最も重要な大勝利」である1999年5月末を記念する特集記事を掲載する。赤い方のユナイテッド・ページの「大勝利」とは言うまでもなく、バイエルンミュンヘンにリードされながら2-1と勝ってヨーロッパの頂点に立った、CL決勝史上初の大逆転優勝だった。いっぽうシティの方は、3部リーグの昇格プレイオフ決勝で、ポール・ディコフが94分の同点ゴール(2-2)で敗退を食い止めた末に、PK戦でジリンガムを破って達成した2部昇格(復帰)だった。

    「あの時に3部から脱出できなければ、その後の現オーナーの投資もなく、今も2-3部に低迷していただろう」と、シティ・ファンは振り返る。当時まだ物心ついてなかった若いファンが、「クラブ史上最も重要なゴールは?」という議論で、2012年5月13日のセルヒオ・アグエロの決勝ゴール(試合結果は3-2でシティがQPRに勝って、44年ぶりのリーグ優勝)を上げるのに対して、中堅以上のファンは、誰もが1999年のディコフの同点ゴールと即答する。

    そして、ユナイテッド・ファンが、「我々がバルセロナ、ユベントスと戦っている時に、君たちはジリンガム、ヨークと戦っていた」と嘲笑するように、その1999年5月の「クラブ史上最も重要な大勝利」の、大きな差が両クラブの当時の状況を物語っていた。

    その翌シーズンに2部で昇格を勝ち取り、2000-01季にはプレミアリーグに戻って来たシティが、アンフィールドに臨んだ9月に、たまたま試合前のパブでシティ・ファン同士の会話に居合わせたことがあった(試合結果は3-2でLiverpoolの勝利)。するとそのシティ・ファンは、涙ぐみながら「やっとアンフィールドに戻ってこれた」と頷き合い、3部時代に雨のヨークシティで2-1とぼろ負けした帰り道に、泥まみれの靴を引きずりながら「いつまでこのリーグの試合が続くのだろう」と、哀愁に暮れた日々のことを語り合ったのだった。

    2008年に現オーナーの投資により徐々にチーム力を上げてきたシティについて、ユナイテッド・ファンが「雨のヨークシティではどこにいた?」と、グローリー・ハンター呼ばわりのジョークを飛ばすのに対して、3部時代にも忠誠を尽くした35,000人のシティ・ファンは、隣人への反撃を込めて、1999年5月の「クラブ史上最も重要な大勝利」を語り続けてきた。

    マンチェスターの両クラブの立場がすっかり逆転した今季、シティは4月7日のダービーで勝てば、残り6試合でプレミアリーグ優勝が正式に決まるが、そのわずか3日前にはアンフィールドでのCL準々決勝を控えていた。

    必然的に、シティ・ファンの間では「ダービーとCL準々決勝、どちらが優先か?」という議論が起こった。

    「Liverpoolは、最強のイレブンで、しかも最高潮で臨まなければ勝てないような強敵。リーグ優勝は最悪ダービーで決まらなくても延期になるだけなのに対して、CLは負ければその時点で終わる。どちらを優先すべきかは明白」という声も出る中で、雨のヨークシティ世代のファンの決意は強かった。

    「僕は1974年のダービーも(※試合結果は1-0でシティの勝利)、2011年のウェンブリーでのFAカップ・ダービー(※試合結果は1-0でシティの勝利)、2012年4月も(※試合結果は1-0でシティの勝利)、全て居合わせた。今季は彼らの目の前で優勝を決めるという、二度とないチャンス。ユナイテッドを叩くことが最高の幸せだと感じないなんてあり得ない」。

    しかし、ファンの感傷に水を差すかのように、ペップ・グアルディオーラは、「Liverpool戦が最も重要」と、監督としての冷静な方針を語った。「ユナイテッド戦が話題になることは理解できる。しかし、私はLiverpoolに焦点を当てている。ユナイテッド戦の前と後の2戦のことを」。

    これに対して、シティ・ファンの反応は一致していた。「我々の真のライバルはLiverpoolで、ユナイテッドは二の次。こんなことが言える日が来るとは、1999年には想像もできなかった」。

    さてLiverpoolは、同じタイミングでダービーを迎えることよりも、まずは「次の試合」であるシティ戦に話題が集中していた。

    ユルゲン・クロップは、「わがチームも良い時には対等の威力を発揮するが、今季のシティは高いレベルを続けていることはリーグ順位表が証明している」と、相手に対する敬意と同時に、自信を表明した。「もちろん、我々にも勝ち目はある。戦略は重要だし、熱意も炸裂するだろう。そして、アンフィールドの大声援が後押ししてくれる」。

    クロップの言葉にLiverpoolファンは大きく頷いた。「リーグ戦で18ポイントも差を付けられている実態から、今のシティが大変な相手であることは確か。ただ、シティはアンフィールドのヨーロピアン・ナイトを経験していない。それが我々の強み」。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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