ハムデン・パークのテレフォン・オペレーターからプレミアリーグのビッグ・クラブへ

    今季のプレミアリーグ開幕直前の特集記事の一つとして、BBCが「元バルセロナの選手だったプレミアリーグ監督が5人。全員の名前を言えますか?」というクイズを掲げた(※)。
    ※マーク・ヒューズ(ストーク、バルセロナ在籍は1986–1988)、ロナルド・クーマン(エバトン、同1989–1995)、ペップ・グアルディオーラ(マンチェスターシティ、同1990–2001)、マウリシオ・ペジェグリーノ(サウサンプトン、同1998–1999)、フランク・デブール(クリスタルパレス、同1999–2003)

    ユルゲン・クロップがLiverpool監督に就任したばかりの2015年10月に、その中の一人である、当時サウサンプトン監督だったロナルド・クーマンについて記者会見で質問されたことがあった。「あなたはクーマンと同じく、現役時代はディフェンダーだったので、監督としても共通点はあるのでは?」。これに対してクロップは、ユーモア口調ではあったが、目を丸くして、「現役時代?私は一無名選手だったのに対して、彼はワールドクラスの超スーパースター。比べるのは無謀ですよ!」と、一笑した。

    クロップが選手としてパッとしなかった真相は、監督としての成功話に花を添えていた。そして、クロップが折につけ、対戦相手の監督やスター選手に対して低姿勢で賞賛を語る姿も、人気の要因だった。

    同時に、子供の頃から順調にスターダムを上り詰めてきた選手が多い中で、長期負傷などでつまずいて苦戦している選手たちに対して、クロップが特に親身になる側面は、自分の現役時代の経験から自然に身に付けたものと言えるかもしれない。

    この夏の新戦力の一人であるアンディ・ロバートソンのエピソードは、クロップに深い感銘を与えた。それは、地元紙リバプール・エコーが「ハムデン・パークのテレフォン・オペレーターからプレミアリーグのビッグ・クラブへ」と題して掲載した記事の中で、ロバートソン本人も証言した。「自分のキャリアについて監督から質問されて、正直に話したところ、監督は何度も何度も、『いい話だ』と言ってくれた」。

    スコットランドのグラスゴーで、地元のクラブであるセルチックのファンとして生まれ育ったロバートソンは、8歳の時にセルチックのアカデミー・チームに入った。ところが、2008年に、恩師でクラブのレジェンドであるトミー・バーンズが亡くなり、後任のコーチから「体が小さ過ぎる」とダメ出しされ、15歳でセルチックを出されてしまった。

    それでも夢を捨てられなかったロバートソンは、スコットランド4部リーグのクイーンズパークに入り、プロ・フットボーラーを目指した。クイーンズパークはアマチュアで給料はなく、選手はフルタイムの職についていた。ロバートソンもクラブの紹介で、ハムデン・パークのテレフォン・オペレーター職に就いた。週5日、9時から5時まで電話対応の仕事をこなし、夕方6時からトレーニング、日曜日は試合という生活だった。

    「最初の1年は、セルチックから出されたショックから抜けられず、クイーンズパークでも良いプレイはできなかった。両親とも相談し、あと1年頑張ってダメならフットボーラーの夢を断念し、大学に行こうと思った」と、ロバートソンは振り返った。

    そのシーズンに、レンジャーズが倒産して4部に降格させらる事件が重なり、メディアの脚光が4部リーグに向けられた。そのタイミングでクイーンズパークのレギュラーとして名を上げたロバートソンは、2013年6月にプロのダンディーユナイテッドから引っ張られたのだった。そして、ダンディーユナイテッドでの初シーズンで、スコットランドの最優秀若手選手賞に輝き、スコットランド代表チーム入りを果たしたロバートソンは、1年後には£3mの移籍金でイングランドのハル・シティへと進んだ。

    「5年前にはハムデン・パークで電話対応をしていたロバートソンが、アンフィールドでLiverpoolの選手としてプレミアリーグ・デビューを達成した。クリスタルパレス戦でスタートしたロバートソンは、マン・オブ・ザ・マッチの活躍を披露した(試合結果は1-0でLiverpoolの勝利)」と、リバプール・エコー紙の記事には興奮が織り込まれていた。

    「これぞ正真正銘のフルバックという、正確なクロスの連発。£8mの移籍金は、ハル・シティから『泥棒』と非難されても仕方ない」と、ファンは大きな笑顔を浮かべた。

    ロバートソンは、試合後のインタビューでファンに感謝を捧げた。「Liverpoolでは、ワールドクラスの選手に囲まれているから、毎日、学ぶことが多い。僕はまだまだLiverpoolに来てから日も浅いし、向上の余地はたくさんあると思う。でも、まずは精一杯自分のプレイができた。スタンドのファンが温かく迎えて下さったお蔭。ありがとうございます」。

    ロバートソンがクイーンズパークでデビューしたのは2012年7月、18歳の時で、372人の観客の前でのことだった。

    「セルチックで失望を味わってから、ここにたどり着くまでのジャーニーは、僕にとって毎日の意欲の源になっている」と語るロバートソンに、クロップは笑顔でうなずいた。「Liverpoolで、その素晴らしいジャーニーの続編を作って欲しい」。


    出て行く選手に対してユルゲン・クロップが語った言葉

    プレミアリーグが開幕し、第一戦を終えた8月14日、ウエストハムに4-0と勝って首位に立ったマンチェスターユナイテッドの地元紙マンチェスター・イブニング・ニュース紙が、「今季のユナイテッドはアーセナルのインビンシブルズ(※)を凌駕するだろう」と題して、気の早い記事を掲げて話題になった。
    ※2003-04季に、26勝12分とシーズンを通して無敗でプレミアリーグ優勝を決めたアーセナルのニックネーム。

    さっそく隣のシティ・ファンが「もう今季の優勝が決定したようだ。3日前までプレミアリーグの開幕を待っていたように感じるのは気のせいか」と、ジョークを言って笑った。シティはアウェイでブライトンに0-2と勝って良いスタートを切っただけに、ファンも余裕に満ちていた。アーセナル、トットナムを含めて「トップ6」のうち4チームが3ポイントでスタートを切り、ユナイテッドの地元紙の極端さはないにせよ、各ファンの間では楽観ムードがよぎっていた。

    対極的に、3ポイントが取れなかったチェルシー(バーンリーにホームで2-3と敗戦)と、Liverpool(アウェイでワトフォードに3-3)の両おひざ元では、暗雲が覆っていた。開幕戦の不振がトリガーとなって、ピッチ内外の「問題」が脚光を浴びたのだった。チェルシーは、監督アントニオ・コンテからダメ出しを食らったディエゴ・コスタが公の場でクラブと監督を批判したコメントを出したのに続いて、数名の選手がコスタを擁護したことが、全国メディアで必要以上に取り上げられた。

    いっぽう、Liverpoolは、フィリペ・コウチーニョが開幕戦の23時間前に移籍リクエストを出した事件が、来る日も来る日もヘッドラインを飾り続けた。その移籍リクエストというのが、オーナーが「どんな大金を積まれても、コウチーニョは絶対に出さない」と、正式にクラブの方針を表明した数時間後のことで、しかも、ディレクター宛にメールで提出されたという、タイミングとやり方が強烈だった。

    更に、ちょうど同じ頃に、コウチーニョの家族という人物がスカイTVのインタビューで、コウチーニョが「半年前から監督(ユルゲン・クロップ)と関係が悪化したことを苦にして、出て行くことを真剣に考えていた」と証言したことが伝わり、火に油を注いだのだった。

    かくして、ピッチ外の出来事が重たくのしかかる中で、ワトフォード戦で、94分にコーナーから同点ゴールを食らうという、「セットピースを守れない、Liverpoolの典型的な欠点」が露呈された。CL予備戦プレイオフを3日後に控えて、自信の波に乗ることが必須だった試合で、大きな失望を味わう結果となった。

    そのホッフェンハイム戦に臨むインタビューで、Liverpoolの選手たちがことごとく「コウチーニョの行方についてどう思うか?」の質問攻めに合う様子を見て、ファンは悲鳴を上げるに至った。「この重要な時に、試合に集中できないのは致命的。マイナスの影響が大きすぎる」と、ファンの間で「コウチーニョを引き留めるべきか」という議論が湧き起こった。

    圧倒的多数のファンが、コウチーニョがバルセロナ入りを希望していることについては「理解すべき」という意見で一致していた。ほぼ同数のファンが、移籍リクエストのタイミングとやり方、そして「家族を通じてクロップに対する批判を表明した」ことについて、致命的な失望を抱いていた。

    「あの移籍リクエストの前までは、フィル(コウチーニョ)にあと1年留まってもらって、来年の夏には盛大な拍手でバルセロナに送り出そうと思っていた。でも、その後の卑劣なやり方に、裏切られたと感じている」という前提で、バルセロナから大金を取って今すぐ出すべき、という意見と、選手のわがままに屈せずクラブとして強い立場を維持すべき、という意見とに分かれた。

    そんな時に、ヌリ・シャヒンがドルトムントを出た時のエピソードを明かした、プレイヤーズ・トリビューン誌の記事がリリースされ、Liverpoolファンの心を直撃した。

    2011年にドルトムントがブンデスリーガ優勝を達成した夏に、レアルマドリードから引っ張られたシャヒンは、「ドルトムントには育ててもらった恩を感じていた。でも、子供の頃から憧れていたレアルマドリードに入る、という欲望は大きすぎた。これを断れば、この先永遠に『あの時に行っていればと後悔することになるだろう』と思った」と振り返った。

    そして、それを監督であるクロップに伝えた時に、クロップから言われた言葉を、シャヒンは明かしたのだった。「ヌリ、自分がやりたいと思う道を選びなさい。それがどのような方向になったとしても、私は君の味方だ。たとえ分かれても、私にとって君は大切な友人であることに変わりはない」。


    プレミアリーグ開幕:最もプレッシャーが大きい監督は誰?

    8月4日、ネイマールのPSG行きが正式に発表され、ワールド・フットボールのヘッドラインを独占した。222mユーロの移籍金(違約金)と税引き後の年収£26mという桁外れのニュースに、各国のメディアやファンの話題を集めた。

    同時に、222mユーロを手にしたバルセロナが狙っている選手として、フィリペ・コウチーニョの名前がしきりに飛び交った。特にバルセロナの地元紙スポルトやムンド・デポルティーボが、「コウチーニョ獲得は時間の問題」と騒ぎ立てた。

    一方で、Liverpool陣営では、地元紙リバプール・エコーが「コウチーニョ放出はあり得ない」前提を崩さず、戦力補強の遅れをつつく記事に専念していた。8月5日のプリシーズン戦(対アスレチックビルバオ、試合結果は3-1でLiverpoolの勝利)の後で、ユルゲン・クロップが、「アルベルト・モレノが本来の実力を取り戻し、ジェームズ・ミルナーがミッドフィールドの『新戦力』となった」と言った言葉を引用し、「コウチーニョを引き留めることで、『新戦力』と満足するのは間違い。昨季1月2月の負傷者続出時期に、選手層の薄さが露呈した過ちを忘れてはいけない」と、批判的だった。

    プレミアリーグ開幕を目前に、各クラブの地元紙は多かれ少なかれ「不満」を掲げていた。

    この夏最も多額の投資をしているマンチェスターの2クラブも例外ではなかった。マンチェスター・イブニング・ニュース紙のユナイテッド・ページは、「あと2人主力を獲得すれば、ジョゼ・モウリーニョのこの夏の目標は完成する」と、既に£150m(推定)を費やした後で、あせりすら感じられる文面の記事を掲げた。ユナイテッドが失ったズラタン・イブラヒモビッチ(28)とウェイン・ルーニー(8)が、昨季は2人合わせて36得点を「稼いだ」事実を考えると、£75mのストライカーとは言えロメル・ルカクが一人でその数字を埋めると期待するのは無謀、という論点だった。

    同紙のシティ・ページは、£212mの投資に加えて「アレクシス・サンチェスを取ればプレミアリーグ優勝奪還」と、悲痛な叫びを繰り返した。ユナイテッド同様に、昨季は失意の成績で終わったシティの陣営では、得点力の補強を急務としていた。

    そして、昨季2位のトットナムが、この夏これまで戦力獲得ゼロという事実は、誰もが知るところだった。「新スタジアム建築に着手したトットナムが、財政を引き締めるのは仕方ないこと。それに、若手中心のチームで悠々2位という実績は、新戦力はゼロでもチーム力向上という面ではライバル・チームと比べてそれほど劣らない」という強気発言は出ているものの、ファンや関係者の心中は穏やかではなかった。

    そのような状況で、プレミアリーグ開幕を迎えているイングランドのファンの間で、「トップ6の中で最もプレッシャーが大きい監督は誰?」という議論で盛り上がった。

    最多票を集めたのは、チェルシーのアントニオ・コンテだった。「この夏、合計£130m(推定)の補強はしているものの、ディエゴ・コスタがコンテとの衝突の結果、出て行くことになれば、その打撃は予想以上に大きいだろう。チェルシーが優勝監督を翌シーズンにクビにする『伝統』は有名だし、コンテのクビは非常に危うい」。

    僅差の2位は、マンチェスターの2クラブだった。「これだけお金を使って『自分の選手』を集めたペップ・グアルディオーラとジョゼ・モウリーニョは、どちらも優勝が義務。優勝できなかった方が、たぶんクビになるだろう」。

    「トップ3」からやや差が開いた4位は、アーセナルのアーセン・ベンゲルだった。「ファンの意見が二分している事実は周知の通りだが、昨季終幕のゴタゴタを乗り切ってベンゲルが2年契約にサインした。今季はトップ4復帰のプレッシャーは大きいが、ダメだった時の反動は致命的ではないだろう」。

    僅差で5位だったトットナムのマウリシオ・ボチェティーノは、「ファンの支持も強いしクラブの評価も高いが、見た目よりも危ないだろう。それは、着実に成績を上げてきている分、期待が高まっているから」という意見が多かった。

    そして、最下位のユルゲン・クロップについては、多くのファンの意見が一致していた。「27年間リーグ優勝から離れているLiverpoolに対して、優勝必須と真剣にプレッシャーをかける人は殆どないだろう。ファンの忍耐力も強いし、たぶんトップ4から落ちたとしてもスカウサーはユルゲン・クロップを熱烈に支持し続けるだろうし」。

    その見解を裏付けかのように、Liverpoolファンの間では、戦力補強の遅れに対しても冷静さを維持していた。「センターバックとディフェンシブ・ミッドフィールダーの2ポジションが赤マル付きの急務であることは誰もが指摘するところ。ただ、クロップが熱烈に欲しがっていたナビ・ケイタのNGが確定して、フィルジル・ファン・ダイクも薄くなった今、代わりの戦力として、欲しくない選手に多額の資金を費やすよりは、若手にチャンスを与えた方が、長い目で見ると正しい道」。

    かくして、どのチームも一長一短を抱える中で、シーズンが開幕する。

    みんなの「ひいき選手」

    まだプリシーズンのトレーニングが始まる前の6月に、アダム・ララーナが全国版のTV番組に出演して、様々な質問を受けた時のこと、「今のLiverpoolの中で、ユルゲン・クロップから『ひいきされている選手』は誰?」という質問に対して、「みんなに聞いたら、たぶん僕だと言う人が圧倒的に多いと思う」と、ララーナは照れながら答え、スタジオ内の爆笑を買った。ララーナはクロップの隣人で、私生活でも家族ぐるみで仲良くしている話は有名だった。

    同じ頃、オランダのTV番組で、ジニ・ワイナルドゥムが隣人について語った話が流れた。「Liverpoolのレジェンドであるケニー・ダルグリーシュが近所に住んでいて、時々ランチに誘ってくれる。試合のことでも、良く見てくれていて、いろんなアドバイスをくれる」と、にっこり笑ってワイナルドゥムは語った。

    そのインタビューの中で、オランダ・リーグでプレイしていた時にも、フェイエノールトの元監督ビム・ヤンセンや、ビム・ファン・ハネヘム、PSVのレジェンドであるビリー・ファン・デル・カイレンから良くしてもらった話を語り、「Liverpoolでも、ケニーのような偉大な人からクラブのことなど教えてもらって、すごく勉強になる」と、ワイナルドゥムは白い歯を見せた。

    Liverpoolファンは、「ジニが順調に成長している理由がわかった。キング・ケニーからひいきにされていれば、今後もどんどん良くなるだろう」と微笑んだ。

    2016年夏に、当時は多額だった£23mでニューカッスルからLiverpool入りしたワイナルドゥムは、シーズンが進むにつれて存在感を増した選手の一人で、結果的には43出場6ゴール9アシストと、誰もが「ユルゲン・クロップの成功サイン」にカウントする選手となった。

    同時に、多くの人が「まだまだ向上の余地がある」という点でも一致していた。それは、「ビッグ・クラブとの対戦では、パワーもありテクニックもある良い選手なのに、特に下位のチーム相手では、試合中に時々いなくなる」という面だった。

    昨季中ごろには、マンチェスターシティ(試合結果は1-0でLiverpoolの勝利)、チェルシー(試合結果は1-1)、アーセナル(試合結果は3-1でLiverpoolの勝利)とビッグ・マッチで重要なゴールを出しながら、調子の波があったことについて、アナリストから「ワイナルドゥムはビッグ・マッチでしか活躍できない」とネガティブな評価を下された時期があった。

    そして、3月のバーンリー戦(試合結果は2-1でLiverpoolの勝利)の決勝ゴールが、その批判をかき消してからは、「アンフィールドでしか得点できないワイナルドゥム」にすり替わった。

    そんな中で、Liverpoolファンの間ではワイナルドゥム人気は高まる一方だった。「ダ、ダ、ダダダダ、ジニ・ワイナルドゥム」のチャントは毎試合、スタンドで高々と響いた。

    「ジニの白い歯を見ると、爽やかな気持ちになる」と、ファンは頷き合った。歴代選手の中でも、ファンに人気が高かった選手の多くは、笑顔を見せる選手だった。「苦戦している時でも、余裕を見せている」。

    ワイナルドゥムの「ビッグ・マッチでの重要なゴール」の中でもベスト・ゴールとして、圧倒的多数のファンがリーグ最終戦の先制ゴールを上げる。既に降格決定していたミドルスブラが守り固めで臨み、スタンドでは4位争いのアーセナルがエバトンに楽勝しつつある途中経過が流れていた中で、ピッチの上の選手にも緊張が波及し、重たい空気が覆っていた時に出た、前半のインジャリータイムのゴールだった。

    「アンフィールドでしか得点できないワイナルドゥム?そんなことどうでも良い!」と、ファンは狂喜に沸いた。「ゴールの瞬間のジニの表情は、そんな我々ファンの気持ちをそのまま反映していたかのように見えた。ジニにとって、ものすごく重大なゴールだということが手に取るようにわかった」。

    そのミドルスバラ戦の翌日に、小さなエピソードが生まれた。ミドルスバラ戦を見にアイルランドから来ていた11歳の少年が、お母さんと一緒に翌日にリバプール市内のスポーツ店でショッピングしていた時に、偶然ワイナルドゥムと会ったとのことだった。一言二言会話した後で、ワイナルドゥムがその少年にブーツをプレゼントしたのだった。

    「前日のゴール・ヒーローからの予期せぬプレゼントに、息子は大感激」と、お母さんがアイリッシュ・インディペンデント紙に明かしたその実話は、Liverpoolファンに更に笑顔を与えた。「ジニ人気は年代を問わず広がっている」。

    7月29日のドイツでのプリシーズン戦(対ヘルタ、試合結果は3-0でLiverpoolの勝利)で、とうとう「アンフィールドでしか得点できない」レッテルを剥がしたワイナルドゥムは、初アウェイ・ゴールの感想を問われて、落ち着いて答えた。「ニューカッスル時代にはアウェイ・ゴールもあったから、特に気にしていたわけではなかった」。

    「次はリーグ戦でアウェイ・ゴールを決めたい。もちろん、チームの勝利に貢献できるならばどこでゴールを決めても構わない」と、白い歯を見せた。


    オーソドックスな新戦力No.3

    この夏の移籍ウィンドウの動きは、破格の金額に加えて、各クラブが「SNS世代」に乗っている様相が話題を呼んでいる。具体的には、クラブが新戦力獲得を正式に発表する際に、SNSを駆使して、これまでの常識を覆す斬新な手法が飛び出していた。

    Liverpoolも例外ではなく、6月22日に£36.9mのクラブ記録で獲得したモハメド・サラーの公式発表は、Twitterで流した短い動画の中で、サラー本人がLiverpoolのシャツを着て「アナウンス サラー ナウ!(※とうとうサラーの発表です!という感じ)」と語るというもので、イングランド中から「画期的だ」と拍手を受けた。

    その少し前には、アーセナルがセアド・コラシナツ獲得の発表に際して「アーセン・ベンゲルのサイン10選手クイズ」を打ち出して、同様に話題を集めた。他には、エバトンのサンドロ・ラミレス、ストークのジョシュ・タイモン、アストンビラのジョン・テリーなど、各クラブが「新戦力発表スキル」を競っていた。

    そんな中で、7月21日、世の中の風潮とは大きく異なるオーソドックスなやり方で、アンディ・ロバートソンのLiverpool入りが発表された。超有名選手の移籍でもなく、外国リーグからエキゾチックな国籍のスター選手を大金で獲得したわけでもない上に、「アナウンス サラー ナウ!」で実績を作ったクラブとは思えない程に地味な発表だったロバートソンは、全国紙では殆ど話題にもならずに流された。

    もちろん、Liverpoolファンや地元紙などのおひざ元では、この夏3番目の新戦力となったロバートソンに関する歓迎や、今後の予測に関する議論が湧き起こった。

    「降格して監督が交代したハル・シティから、23歳のスコットランド代表レフトバックを£8mで獲得」という、画期的とは程遠い、超オーソドックスな戦力獲得に、今風のファンの中には、「ハルでのプレイを見て、特に印象に残った選手とは言えないが、£8mという移籍金を考えるとリスクは低い。仮に大活躍できなくても大きな問題にはならないだろう」という、可もなく不可もない反応を漏らす人もいた。

    折しもチーム一行はプリシーズン・ツアーで香港に行っていた時のことで、一人でメルウッドで契約書にサインし、記念写真と初インタビューというささやかなお披露目を済ませたロバートソンの姿は、多くのファンに好印象を与えた。

    「Liverpoolの伝統はスコットランド人が作った、と言われるこのクラブに、久々のスコットランド人選手が来てくれた」と歓迎の第一声に続き、「左利きで生粋のレフトバックという貴重な戦力。スーパースターではなくとも、スティーブ・フィナン(在籍は2003-2008)のような、安定して及第点のプレイをするフルバックになってくれるのではないか」という声が上がった。

    そんな中で、スコットランド人ファンが、2年前にスコットランドの地方紙が掲げた小さなエピソードを紹介した。ハル・シティでプレミアリーグの選手として1シーズン過ごしたロバートソンが、21歳の誕生日に、家族や友人にプレゼントの代わりに地元のチャリティであるフード・バンクに寄付を依頼したという話だった。

    「親兄弟から誕生日のプレゼントは何が欲しいかと聞かれて、考えた。僕は幸いにも、欲しいものは自分で買うことが出来る状況にある。だから、プレゼントを買ってくれる分を、必要としている人々を助けることに充てたい、と」。かくして、ロバートソンのご家族や友人が、合計£500(約75,000円)を寄付したという。

    Liverpoolファンは、「白いワイシャツにズボンという、まるで普通のサラリーマンのような超オーソドックスな服装で、頬を染めて語るロバートソンの姿そのものという感じの実話。真面目でやさしい性格の若者」と、心が温まった。

    ファンの言葉を裏付けるように、ユルゲン・クロップが、「アンディは、とにかく優れた人格を持っている素晴らしい選手」と、ロバートソンに対する信頼を語った。

    生まれ故郷グラスゴーのビッグ・クラブであるセルティックのユースチームでダメ出しを食らって、クイーンズパークでプロとしての道を歩み始めたロバートソンは、努力の成果が出て、ダンディー・ユナイテッドに引っ張られた。そこでも向上し続けて、とうとう3年前にはハル・シティでプレミアリーグ入りとなった。

    「彼が歩んできた、典型的な立身出世物語には心から感銘を受けた。彼と話をした時に、その真面目で努力家の性格が実を結んだのだと確信した。彼はフットボールに対してものすごく強い情熱を持っていて、向上心はとても強い。その姿勢は超一流。才能もあるし、まだまだ伸びる年齢にある。それでいて、プレミアリーグの経験を持っている」。

    ロバートソンのメルウッドでの初インタビューは、超オーソドックスながら、クロップとファンに深い感銘を与えた、前向きな性格がにじみ出ていた。

    「僕の家族は大喜びしている。僕も全く同じ気持ち。Liverpoolのファミリーの一員になれるよう、精一杯頑張る。Liverpoolは他にないようなスペシャルなクラブ。フットボーラーを目指していた子供の頃から、Liverpoolのようなクラブでプレイできることを夢見ていた。その夢が実現した」。

    「これからは、日々向上して、このクラブで役に立つ選手になりたい」。

    新戦力獲得だけがプリシーズンの焦点ではない

    イングランドでは各クラブがプリシーズンの親善試合日程に突入し、2017-18季は公式戦の開幕に向けての準備が本格化した。Liverpoolも例外ではなく、7月12日のトランメアを皮切に、プリシーズン戦を開始した。

    ところが、地元紙リバプール・エコーは、4-0と楽勝したその試合に関して、「出られる選手がほぼ全員、45分をプレイして調整が出来た上に、負傷もなく無事に終わった」という前置きに続いて、不満を込めた文面の記事を掲げた。「ただ、新顔が殆ど見られなかったのは非常に残念」。

    後半45分に、1アシストを含め相手GKにセーブの嵐を強いたドミニク・ソランケは唯一の「新顔」で、もう一人のモハメド・サラーは労働許可を得て再入国しなければならなかったため、トランメア戦には間に合わなかった。ただ、同紙の不満は「新戦力獲得がなかなか進まない」状況に対するものだった。

    折しも、「この夏の移籍市場は狂気じみている」と、ラファエル・ベニテスが漏らした言葉がヘッドラインを飾った。それは、ロメル・ルカクが£75mでエバトンからマンチェスターユナイテッドに移籍が決まった直後に、エバトンが狙っていると噂に上っていたギルフィ・シグルズソンについて、スウォンジーが£50mの売値を宣言したことで、第三者のチームのファンやアナリストが、「ルカクは得点力のあるストライカーであることは確か。でも、£75mは行き過ぎ。シグルズソンは非常に良い選手だが、£50mのミッドフィールダー?」と、一斉に驚愕した。

    そんな中で、アーセナルの£54mでアレクサンドル・ラカゼット獲得に続き、マンチェスターシティがカイル・ウォーカーに£45mを支払い、「狂気じみている」価格高騰に拍車をかけた。

    必然的に、各クラブのおひざ元では、プレミアリーグの移籍金額がひたすら膨れ上がる状況を憂うと同時に、自分のクラブが戦力補強でライバルに遅れを取っている事実に不満を抱くようになった。

    しかし、リバプール・エコー紙の誘導尋問に対して、ユルゲン・クロップは落ち着いて答えた。「(戦力補強が暫くストップしている状況について)私は全く焦りは感じていない。何故なら、新戦力獲得だけがプリシーズンの焦点ではないのだから」。

    「手放したくない選手に出て行かれずに済むことは重要だし、負傷から復帰して順調に調整を重ねる選手も貴重。その意味で、私は今の戦力には心から満足している」と、クロップは満面に笑顔で語った。

    負傷から復帰する選手として、クロップは、ジョーダン・ヘンダーソンとダニエル・スタリッジの2人を特記した。

    トランメア戦で5か月ぶりの復帰を遂げたヘンダーソンは、昨季の悪夢を振り返った。「自分でも絶好調だと思っていた時に、トレーニングでうかつにも足を痛めてしまった。最初は単なる打撲だと思ったら、日に日に悪化した」。昨季末にはほぼ完治し、夏休み中はプリシーズンでの完全復帰を目指してメルウッドに通い、一人で黙々と調整に励んだヘンダーソンの姿には、ファンの間でも期待の声が飛んでいた。

    「ヘンドの組織力、態度、そしてリーダーシップは最高に頼りになる。それほどの選手を、昨季は長いこと失っていたのだから、復帰は大きなプラス」と、クロップは目を細めた。

    そして、クロップはスタリッジについて、「私が監督になった2015年10月からの間で、今のダニエルは、ベストの体調という状態にある」と、笑顔で語った。

    クロップとスタリッジの「関係」について、ネガティブな記事が途絶えたことはなかった。負傷のため試合に出られない状態でなかった時にも、ベンチに置かれたことについて、「スタリッジはクロップのタイプの選手ではない」という説がささやかれ続けた。ウエストハムがスタリッジを狙っている、という噂が流れた時には、ジェイミー・キャラガーも「2017-18季には、スタリッジがLiverpoolにいる可能性は低い」陣営に加わった。

    これについて、キャラガー本人が6月に披露した裏話が、Liverpoolファンの間で大きな話題になった。キャラがシーズン末のオーストリア・ツアーで、Liverpoolのチーム一行に合流した時のことだった。「スタリッジから『2人だけで話をしたい』と呼ばれて、『何故、あんなことを言ったのですか?』と問い詰められた」。

    スタリッジは、半年間チームメイトとして共に働いた大先輩であるキャラに対して、常に敬意を示して来たことは有名だった。しかし、そのオーストリア・ツアーで会った時のスタリッジは「別人のようにとげとげしかった。明らかに、僕に対して怒っていた」と、キャラは語った。「僕としては、スタリッジ程の能力がLiverpoolのベンチにいるのはもったいないという意図で、スタリッジに対する高い評価を表現したつもりだったが、本人はものすごく気を悪くしたようだ」と、キャラは苦笑した。

    「逆に、スタリッジがそれほど真剣に、Liverpoolでレギュラーの座を奪回しようと強い決意を抱いているのだ、ということが良く分かった」。


    スカウス・ハートビート

    7月7日、トレント・アレクサンダー・アーノルドがLiverpoolとの新契約にサインしたことが発表された。僅か7か月前に5年契約を結んだばかりだったため、その目的は一目瞭然だった。アカデミー出身の18歳の若手が、Liverpoolのファーストチームの戦力として認められた結果、その役割に見合う給料が約束されたのだった。2016-17季にファーストチーム・デビューを果たしたトレントは、クラブの最優秀若手選手賞に輝く活躍を見せ、ファンの間では「このまま成長すれば、来季はナサニエル・クラインを追い抜いくのではないか」という声すら上がっていた。

    契約に際する喜びと共に、トレントは大きな野心を語った。「Liverpoolファンの家系でLiverpoolファンとして育った僕にとって、スティーブン・ジェラードが憧れのヒーローだった。僕の目標は、Liverpoolでスティーブンのような偉大な主将になること。昨季はLiverpoolでデビュー出来て、夢が実現した。でも、Liverpoolの主将になるまでは目標達成とは言えない。その目標に向かって、毎日向上し続ける」。

    昨季中にクラブに戻って来て、2017-18季からはアンダー18チーム監督としてスタートすることになったジェラードは、後輩スカウサーのトレントを見込んでおり、顔を見る度にアドバイスを与えていた。

    「監督から毎日受けるアドバイスには、しっかり耳を傾けている。それだけではなく、スティーブンから直々に言葉を掛けてもらえる環境にいて、僕は恵まれていると思う」と、トレントは顔を輝かせた。「今の僕は、全ての面でもっともっと向上させる必要がある。頑張って成長したい」。

    ファンの間でも、特に地元出身でアカデミー育ちのトレントに対する期待は強く、今回の動きは満場一致で大歓迎だった。「これはクラブの勝利。トレントのように頑張れば、自分もチャンスを与えてもらえるし、評価してもらえるのだ、と、若手にとっては大きな励みとなるだろう。Liverpoolのアカデミー選手だけでなく、全国の若手に対してクラブの姿勢をアピールした」。

    折しも、全国ニュースは別のスカウサーに焦点を当てていた。エバトンのアカデミー出身のウェイン・ルーニーは、18歳だった2004年に、£27mでマンチェスターユナイテッド入りし、英国で最も高いティーンエージャーとなった。そのルーニーが、13年ぶりに古巣に戻ることになったのだった。

    熱烈なエバトン・ファンの家系で育ち、「Once A Blue Always A Blue(永遠にエバトン・ファン)」と宣言していたルーニーは、出る時にエバトンとゴタゴタした経緯もあり、エバトン・ファンの目の前でユナイテッドのバッジにキスをするという過ちを犯した。

    しかし、7月9日に正式に発表された古巣帰還に際して、ルーニーは「永遠にエバトン・ファン」だった真相を明かし、少なくないエバトン・ファンの怒りを鎮めた。「エバトンのシャツを着るのが楽しみでしょうがない。今までは大っぴらに言えなかったが、エバトン・ファンとしての気持はずっと変わらなかった。ここ10年間、息子と一緒にエバトンのパジャマを着ていた」。

    ただ、それほど好きだったエバトンに戻ることになった理由は感傷だけではない、とルーニーは真顔で語った。「エバトンでトロフィーを取りたい」。

    実際に、エバトンは2016年2月に現オーナーの資金が加わって、新スタジアム計画も順調に進む中で、この夏だけで戦力補強投資は£90mに達していた。本腰を入れてビッグ・クラブのステータス奪還を目指すエバトンにとって、ルーニーの経験は大きな要素となる。

    Liverpoolファンは、「ユナイテッド・ファンの『You scouse b***ards(スカウサー野郎)』チャントの反撃で、『君たちの主将はスカウサー』と言えなくなるのは残念だ」とジョークを言いながらも、ルーニーのエバトン帰還のプラス面を認識していた。

    「ユナイテッドの史上最多得点記録を塗り替え、リーグ優勝5回、CL、EL、FAカップ、リーグカップ3回とあらゆる栄誉を取ったルーニーは、エバトンの機動力となるだろう。そして、エバトンのアカデミーから出て来たスカウサーのトム・デイビスら若手に大きな刺激を与えるに違いない」。

    ファンの言葉を裏付けるかのように、ユルゲン・クロップは、スカウス・ハートビートの重要性を語った。「トレントはこの町で生まれ、このクラブで育った、このクラブのチーム・カラーが静脈から全身に流れている若者」。

    「そのトレントの『出世』について、アカデミーチームのスタッフは大いに誇りを感じている。彼らがトレントを一人前の選手になるよう指導したのだから、それは当然のこと」。

    「トレントは、クラブでも私生活でも、絶好の環境で最適の人々に囲まれている。その中で、非常に素直で前向きで、決して有頂天にならない性格を身に付けてきた。それでいて、とても高い目標を抱き、それに向かって真剣に頑張っている。アドバイザーの存在は重要だが、最終的には本人にかかっている。本人の努力でここまで来たのだし、どこまで到達できるかも本人次第」。

    ワン・ラブ・マンチェスター

    1980年代の終幕に、初めてシンプリー・レッドの音楽を聴いた時に、なんと美しいソウル・ミュージックかと感動に震えた。そして、マンチェスター市内の雇用保険事務所で出会った失業保険受給者が意気投合してバンドを組むことになったという、シンプリー・レッドの生い立ちを知った時には、「さすが産業革命の発祥地。不況社会が至上の音楽を生み出した」と感心したものだった。

    それから数年後、1991年5月のフットボール雑誌で、シンプリー・レッドのリードボーカリストのミック・ハックネルが、マンチェスターユナイテッドの(当時)監督アレックス・ファーガソンの隣で満面に笑みを浮かべている写真を見て、度胆を抜かれた。ミック・ハックネルは熱烈なユナイテッド・ファンで、忙しい仕事の合間を縫ってユナイテッドの応援に走り回っているという説明を読んで、バンド名の「レッド」はユナイテッドのチームカラーだったのかと、目からうろこが落ちた。

    時は過ぎ、2014年2月のフラム戦で(試合結果は2-2)、オールド・トラッフォードのスタンドでファーガソンの隣に座っているミック・ハックネルをTVカメラが捉えた。それを見ていた若いシティ・ファンが、愕然とした表情で「ミック・ハックネルって、ユナイテッド・ファンだったの!」と呟き、先輩ファンが「シンプリー・'ブルー'?」と言った、その会話を聞いて、23年前の自分を思い出したのだった。ユナイテッドが一世風靡した1990年代以前からずっと忠誠を尽くしている地元出身のファンだった。

    一方、マンチェスターのブルー陣営としては、シティがどん底に落ちていた1990年代にイングランドのポップ・ミュージック界のトップに立ったオアシスが、弱かった頃のシティを熱烈に応援していた姿は有名だった。特に『ドント・ルック・バック・イン・アンガー(怒りを込めて振り返らないで)』は、アメリカ合衆国では大成功を収められなかったオアシスの代表作として、マンチェスター市民にとって「自分たちの歌」という意識を抱くに至ったという。

    2017年5月25日、3日前の爆弾テロで亡くなった22人と負傷した120人の無実の人々に祈りをささげる1分間の黙とうが行われた。マンチェスター市内では、黙とうが終わった瞬間に、参列者の女性が『ドント・ルック・バック・イン・アンガー』を歌い始め、周囲の人々が加わって自発的な合唱となった。

    「卑劣なテロ事件の衝撃の中、マンチェスター市民が団結した」というキャプションと共に、この『ドント・ルック・バック・イン・アンガー』の合唱風景はヨーロッパ中に報道された。6月14日にパリで行われたフランス対イングランドの親善試合で(試合結果は3-2でフランスの勝利)、試合前に『ドント・ルック・バック・イン・アンガー』が演奏された。その中で、「それは違う。多くの子供たちが観衆というコンサートを狙い撃ちしたテロに対して、怒りを抱くなというのは間違いだ」と、誰かがつぶやいた。

    このテロ事件は、マンチェスターの人々を更に結び付け、強い決意を呼び起こした。

    「テロの目的は、社会をパニックに追い込み、人々に恐怖心を植え付けて家に籠って怯える生活をさせようというもの。テロに屈しないためにも、どんどん外に出て、催し物を楽しむべきだ」という叫びが異口同音に上がった。爆弾テロの5日後に予定されていた市内のマラソン大会は、圧倒的多数の賛成により決行された。

    事件直後の5月24日に行われたEL決勝戦(試合結果は2-0でユナイテッドがアヤックスに勝って優勝)で、試合の解説者として現地入りしたマンチェスター出身のフィル・ネビルが、本音を明かした。「この試合の担当に任命された時には、嬉しくて舞い上がったが、今は、マンチェスターにいたいという気持ちでいっぱいだ。家族や友人知人を抱きしめて、次のコンサートには一緒に行こうねと語り合っていたい」。

    事件直後に設立された特別基金に対して、ユナイテッドとシティの両クラブが共同で£1m(約1億5千万円)を寄贈するという声明が流れた時に、ある人が真剣な表情で語った。「賢明な措置だし、我々ファンも出来る範囲内で協力したい。負傷者が運ばれた病院の一つに勤めている友人から、生命は留めたが人生が変わるような重傷を負った人々の様子を聞いて、基金はいくらあっても十分とは言えないと真剣に思った」。

    事件現場近くの路上を仮住居にしていたホームレスの男性が、爆弾の直後に負傷者を助けに走った話が報道された。両足を失った子供を抱え、顔中に刺さっていた破片を取り除いたその男性は、「怪我をして倒れている子供たちを、放って自分だけ逃げることはできなかった。ホームレスでもハートは持っている」と語った。

    連絡が取れない親族を探すためにマンチェスターを訪れた人々に対して、マンチェスターシティがホームスタジアムを仮宿舎として提供した。心労で苦しむ人々が、せめて設備面では不自由しないようにという配慮がなされたという。

    フットボールが草の根になっているマンチェスターが、大きな苦悩に際して手に手を取って前に進み始めた。


    選手のファンとの接点

    6月22日に正式にLiverpoolとの契約にサインし、待ちに待った発表となったモハメド・サラーの、初日の様子がLFC TVで放映され、世界中のLiverpoolファンに感激を与えた。それは、メルウッドで諸手続きを終えた後で、サラー本人の強い希望で、アンフィールドを訪れてスタジアム・ツアーをやった時のエピソードだった。その途中でスタジアム・ツアーのセッションに遭遇したサラーは、驚いて目を丸くするツアー参加者のファン一行の中に飛び込んで行き、明るい笑顔でファンと会話を交わし、記念写真に応じたのだった。

    かくして、ファンと積極的に接点を持つサラーの気さくな人柄は、ファンの間で一気に人気爆発となった。

    たまたま同日に、隣町の地元紙マンチェスター・イブニング・ニュースが、リロイ・サネがシティ・ファンと対面した話を掲載した。それは、マンチェスターシティのファン・サービスの一環で、シーズン末に「顕著なファン」を選出し、慰労を込めて現役選手がプレゼント持参で訪問する、という企画だった。

    「プレゼンター役を命じられたサネは、行きの車中では『典型的な21歳の外国人スター選手』という感じで、チューインガムを噛みながらヘッドホンで自分の世界に籠っていた。しかし、28年間1試合を除いてシティの全試合に駆け付けているファン、ショーンと出会って、サネの態度が変わった。ちなみに、その1試合は、UEFAがCSKAモスクワに対する処分のため、アウェイ・サポーターも締め出したものだった」。

    ショーン宅に到着し、撮影スタッフが席を外した数10分の間、ショーンと2人きりで話し込んだサネは、まるで長年の友達のようにショーンと握手し、笑顔を交わしていた。そして帰り道にサネは、「ショーンは28年間もこのクラブをサポートし続けている人。このような正真正銘のファンと会ったのは初めてだし、会えて良かったと心から思う」と感慨深げに語ったという。

    そこまでサネに影響を与えたのは何?という問いに、ショーンは、「ファンと接点を持つことは、選手にとって必要なこと。それは、シティがビッグ・クラブになった近年、薄れてきた要素。そこに気付いたクラブが、建て直しを図るためにこのような企画を作ったのだろう」と語った。「最近でも、数人の選手がファンとの接点を大切にしている。それら選手は、永遠にファンの記憶に残るレジェンドになっている。サネに、あなたもその一人になって欲しい、と言った」。

    同紙は、「形勢の悪い試合の中で、ピッチ外で出会ったファンの顔が浮かべば、『あの人たちのためにも絶対に勝たねばならない』という決意が選手を駆り立てるだろう」と締めくくった。

    ファンとの接点の重要さを既に認識しているサラーは、Liverpoolについての感想を問われて、「世界中にファンがいるクラブ。それだけ多くの人々から応援してもらっているのだと思うと、特別な勇気が湧く」と答えた。

    25歳で代表チーム53出場の記録を持つサラーは、「エジプトでは、サラー・ジェネレーションという表現が通用する程に、国の代名詞になっている超スーパースター」と、エジプトの著名ジャーナリストは興奮を抑えきれぬ表情で語った。「そのサラーが、国内で最も人気があるクラブの一つであるLiverpoolに入ったとは、エジプトのフットボール・ファンにとっては最大の喜び」。

    サラーのLiverpool入りが濃厚になった6月中旬に、地元紙リバプール・エコー紙が「サラー語録」という記事を掲載した。「プレミアリーグに来たばかりの頃は、ピッチの上でも今いち目立たなかったサラーは、寡黙な若手だった」という説明と共に並べられた「語録」は、確かに決して多くはなかった。

    しかし、それから母国のファンの期待を背負う大スターになる過程で、サラーは、ファンと出会い、ファンの顔を浮かべながらピッチ内外で成長し続けた。

    LFC TVのインタビューで、「2014年にチェルシーでプレミアリーグの洗礼を受けた時に比べて、選手として成長していると思いますか」という質問に、「あの頃に比べたら、経験を積んだ分、人間としても成長している。髭も生えたし」と、サラーはジョークを交えて即答した。

    子供の頃、フットボーラーになるのは「夢でしかない」と思っていたサラーは、少年ファンへのアドバイスを求められて、静かに語った。

    「自分の気持ちを大切にするように。決して自信を失わないこと。他の人に対する敬意を忘れないこと。家族や友人、チームメイトはもちろん、ライバルチームや対戦相手の選手に対しても」。

    100mを10秒で走る俊足のサラーらしい言葉で締めくくった。「君は足が速いねと褒められたら、明日はもっと早く走れるように努力すること。常に向上し続けることが重要」。

    フィルジル・ファン・ダイク サガ

    夏の移籍ウィンドウは正式には7月1日にオープンするため、現在はまだ幕開け前にあたる。しかし、それはあくまで建前上のことで、実際には1月の移籍ウィンドウがクローズしてすぐに開始し、3月ころには戦力補強計画が完成する。同様に、まずはクラブ間で移籍金などの条件に合意し、出す方のクラブが承諾して初めて選手と行く先のクラブとのコンタクトが可能になる、というのが移籍成立の正規の過程だが、殆ど形骸化していることは誰もが知るところだった。
    「事前の密会なしで成立する移籍の方が珍しい」と、6月8日のミラー紙がプレミアリーグの移籍事情を唱えた。「代表チームで一緒になった時に、選手が自分のクラブが狙っている選手に対して直接『リクルート活動』をする、というのは古風だが今でも使われている。最近では、監督が直接、選手と電話などで会話することが一般的になった。プレミアリーグの某有名監督は、必ず選手と直接話をして、気に入ったらしつこくメールを送り続けるという」。
    「どのクラブもやっていることだから、選手を取られる側のクラブも見て見ぬふりをする。Liverpoolの場合は、単に運が悪かっただけ」と、同紙は結論付けた。
    これは、フィルジル・ファン・ダイクを巡ってLiverpoolがサウサンプトンから「プレミアリーグに訴える」と紛糾されて、その日のうちに謝罪声明を出したことについての解説記事だった。
    その前日には、ファン・ダイクが「Liverpoolに入る決意は固まっている」と意思を表明し、他のクラブからの誘いを断ったという噂が流れたばかりだった。「ユルゲン・クロップがブラックプールでファン・ダイクと密会し、口説き落とした」という噂が流れ、「怒ったサウサンプトンがプレミアリーグに対して、Liverpoolの違法コンタクトを訴えた」と、サウサンプトンの地元紙デイリー・エコが報道した。
    その直後にLiverpoolが、「サウサンプトンのクラブおよびファンの方々に、フィルジル・ファン・ダイクに関してご迷惑をおかけしたことをお詫びします。サウサンプトンに対する敬意を表明すると同時に、わがクラブのファン・ダイクに対する興味を取り下げます」と、クラブ声明を発表したのだった。
    これに対して、Liverpoolファンはショックで言葉を失い、サウサンプトンのトップは困惑し、ファン・ダイク本人は、プライベート・ジェットの中でしかめ面している自分の写真をコメントなしでSNSにポストした。全国メディアはこぞってジョークを掲げ、第三者のファンは一斉に嘲笑した。
    「クラブ史上最悪の恥。サウサンプトンの言い分はさておき、即座に謝罪して白旗を上げた行為はまるでアマチュア」と、地元紙リバプール・エコーは強烈な批判記事を掲げた。アーセナルのオフィシャル・アカウントがTwitterにポストした「皆さん、アンフィールドでは何を吸っていると思いますか?」というジョークを引用し、「そう言われるのもごもっとも、と頭を抱えたくなる。責任者として初めての移籍ウィンドウで、Liverpool FCの名前を汚した」と、この6月からディレクターに就任したばかりのマイクル・エドワーズを名指しで批判した。
    「夏休みで母国に帰っているユルゲン・クロップが、ドイツのメディアのインタビューで、『昨年夏に、移籍資金で黒字を出すことは何の価値もないという真相を学んだ。必要な戦力を補強しなかったことで、1月の過密日程時期にツケを払った』と、来季に向けての戦力補強は多額の投資を予定していることをほのめかした。これまで移籍の過ちを繰り返してきたLiverpoolは、クロップという一流監督の下でCL復帰を獲得し、極めて重要な夏となるはずだった矢先に、そのクロップが必須と決めていたファン・ダイクを逃すことになった」。
    ほとぼりが冷めた頃に、リバプール・エコー紙は「フィルジル・ファン・ダイク サガはどうなる?」と題して、サウサンプトン・ファンの意見を掲載した。
    「Liverpoolはお咎めなしで終わるだろうが、僕を始めとして大多数のサウサンプトン・ファンは、処分されれば良いのにと思っている。そのくらい、今回のことでは目に付いた」と、サウサンプトン・ファンは語った。
    「これまで、Liverpoolが毎年わがクラブから選手を取っていることについて、特に反感はなかった。それは、サディオ・マネを除いてすべての選手の穴を埋めることに成功していたから。それも各段に少ない資金で」。
    ファン・ダイクの移籍を巡って、両クラブが水面下で交渉を続けているという噂について、「Liverpoolの例の謝罪のお蔭で、わがクラブが相当強い立場になったことは間違いない」と、そのサウサンプトン・ファンは頷いた。
    「ファン・ダイクに関しては、いくら大金を貰っても代替選手を獲得するのは不可能だろう。クラブが値を吊り上げて引き留めに出ていることからも明らかなように。ただ、正直なところ、ファン・ダイクは結局出て行くと思う。そして、行く先はLiverpoolだと予測している」。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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