CL決勝へのジャーニーの出発点

    7月7日、イングランドはW杯準々決勝でスウェーデンを2-0と破り、通算わずか3度目のW杯準決勝進出を決めた。その28年ぶりの快挙を達成したスウェーデン戦で、先制ゴール・ヒーローとなったのは、現レスターシティのセンターバック、ハリー・マグワイアだった。歓喜に沸くイングランドでは、マグワイアの古巣であるハル・シティの地元紙ハル・デイリー・メールが、2014年夏にシェフィールドユナイテッドから£2.5mでハル・シティ入りしたマグワイアと、ほぼ同時にスコットランドから£2.85mで獲得したレフトバックのアンディ・ロバートソンが、肩を並べて笑顔を浮かべている写真を誇らしげに掲げた。

    「その夏には多額で攻撃面を補強したこともあり、二人のディフェンダーは大々的な脚光を浴びたとは言えなかった。それから4年が過ぎ、ハル・シティを出て1年経った時点で、1人はCL決勝戦、もう1人はW杯準決勝というひのき舞台に立ち、今のハル・シティの若手にとっての目標とも言えるスター選手になった」。

    折しも、ロバートソンの出身地グラスゴーの地元紙デイリー・レコードが、「ロバートソンは、CL決勝へのジャーニーの出発点となったルーツを決して忘れたことはなかった」というタイトルで、独占インタビューを掲げたところだった。

    「セルチックのアカデミーチームからダメ出しされ、ハムデン・パークのカスタマーセンターで働きながら、バーウィック・レンジャーズ、モントローズというチームと戦っていたロバートソンが、5年後にはCL決勝戦でレアルマドリードと対戦するに至ったジャーニーは、語られ尽くした話。しかし、それは本物のジャーニーの半分でしかないというのが真相」。

    それは、地元グラスゴー市のギフノック小学校で、フットボーラーを目指す少年たちをサポートしてきたことで、ロバートソンが、今年で15回目となるスコットランドの「草の根功労賞」を受賞した報道に始まっていた。4歳の時からお兄さんについてギフノック小学校でボールを蹴り始めたロバートソンは、後にボランティア・コーチになったお父さんを始め、多くの人に支えられてフットボーラーへの道を歩み始めた。

    かくしてロバートソンは、CL決勝へのジャーニーの出発点となったギフノック小学校とは、試合の度に少年たちに激励のメッセージを送ったり、時間が許す限り訪問するなど、今でも緊密な関係を保っていた。更に、少年たちが楽しみながらフットボールができるようにと、グラウンドを建造し、経験豊富なサイモン・ドネリー(元スコットランド代表)をコーチに迎えるなど、財政面と人的な支援を注いでいた。

    「地元ではみんなが僕のことを誇りに思ってくれていることは知っている」と、ロバートソンは笑顔で語った。「同時に、フットボーラーになるためにサポートしてくれた人々に対して、僕がどれほど感謝しているか、ということも理解してくれている」。

    デイリー・レコード紙は続けた。「世界的な有名監督であるユルゲン・クロップから絶対的な信頼を受け、CL決勝戦に出場する一流選手になった今も、いわゆる『スター選手』のごうまんさは微塵もないロバートソンは、まさに『草の根功労賞』にふさわしい人材」。

    その実例として、3月にLiverpoolの地元紙リバプール・エコーが報道して大きな話題となった、フードバンクに寄付した少年に、ロベルト・フィルミーノのサイン付きのゲームシャツをプレゼントした実話を引用した。

    「自分のではなく、Liverpoolファンの人気No.1で『格好いいブラジル人アタッカー』のシャツを選んだ理由として、『誰もレフトバックのシャツなど欲しくないだろうから』と説明を添えた謙虚さは、ロバートソンが、文字通り草の根を固めるために縁の下の力持ちとして働くことに労力を惜しまない人物であることを物語っている」。

    リバプール・エコー紙の記事に対するLiverpoolファンの反応は、しかし、ロバートソンの認識とは大きく異なっていた。「次にシャツを買うときは、26番にしようと思っていたが、ロバートソンの自分に対する過小評価を知らせるためにも、すぐに買いに行こうと思った」と、誰もが頷き合ったのだった。

    そして、既にサイン付きのスコットランド代表チームの3番のシャツを誇らしげに飾っているギフノック小学校では、Liverpoolの26番のシャツが欲しいというリクエストが殺到していた。

    「もちろん、応じる」と、ロバートソンは目を輝かせた。「街中で声をかけられて写真を頼まれたら、気持ち良く足を止める。ファンは、せっせと働いて稼いだお金を費やしてサポートしてくれているのだし、フットボーラーとしては、彼らに対して感謝を抱くのが当然。数分の会話で喜んでもらえるならば本望だし、彼らに認めてもらえることを光栄に思う」。

    イングランドのもう一人のリーダー

    W杯はノックアウト・ステージに入り、連日ドラマと番狂わせが繰り広げられている。その中で、イングランドは、スタジアム入りして応援するファンの数がこれまでの大会と比較すると遥かに少ないこともあり、メディアの過熱報道もいつもに比べてやや控えめな状況にある。その背景には、英国とロシアの政治的な緊迫のため(※)、王室や政治家の現地派遣を見合わせたことや、ヨーロッパのカップ戦でロシアのクラブの人種差別事件が絶えないなどのきな臭い事情があった。
    ※元ロシアのスパイ(セルゲイ・スキパル)とその娘が、今年3月に在住中の英国で毒殺未遂の被害者となった事件がきっかけで、両国は外交的な敵対関係にある。

    ふたを開けると、幸いピッチ外では殆ど事件もなく、ロシア代表チームの準々決勝進出もあって、明るく友好的な地元のファンの姿が大会に花を添えていた。

    そしてイングランドでは、スタジアムに応援に駆け付けるファンの少なさと並行して、代表チームに対する期待の低さが開幕前からファンの日常会話となっていた。

    「今のイングランド代表チームがもしプレミアリーグに入るとしたら、トップ6を目指すのが精いっぱいというチーム力」と、大多数のファンは肩をすくめた。「世界の強豪と肩を並べられそうなのは、唯一、ハリー・ケインだけ。欧州選手権やW杯のひのき舞台で、イングランドに失望させられることになれてしまったが、ここまで戦力的に見劣りする選手層は、記憶の限りでは最低かもしれない」。

    ところが、5月22日にケインがW杯のイングランド代表チームの主将として正式に発表された時には、ファンの間で賛否両論が飛び交った。賛成派の声も、「真っ先にチームシートに上がる選手、という意味では無難な選択」と、比較的冷めたものだった。そして、少なくないファンが「ケインが、クリスティアン・エリクセンのゴールを横取りした事件の後で、ライバルチームのファンからTwitterで嘲笑を浴び続けていると愚痴ったことで、FAがケインをなだめるために主将に抜擢したのでは?ケインに実力を発揮してもらわなければ、イングランドは勝ち目がないから」と、ジョークを言って笑った。

    そんな中で、マンチェスターの2クラブを始めとするニュートラルなファンの間で、多数派の意見は、「ジョーダン・ヘンダーソンが主将になるべき」という点で一致していた。「ケインの得点力がイングランド代表選手の中では随一だということは疑う余地はないが、チームをまとめる役割ではヘンダーソンの方が適任者だと思う」。

    ライバルチームのファンからも支持されながら、アームバンドを得られなかったヘンダーソンは、6月5日にイングランド代表チームに合流した時に、「監督から電話で説明された。その時は4日後にCL決勝戦を控えていて、決勝に集中していたから、イングランド代表チームのことは考える余裕はなかった」と、冷静に語った。

    「ハリーは素晴らしい選手。主将に選ばれて良かったと、心から祝福している。監督から、チームの中に複数のリーダーがいてチームをまとめる役割を果たすことを期待していると言われたし、僕自身は、主将かどうかに関わらず、自分の任務に全力を尽くすことは変わりない」。

    大会が開幕して、ヘンダーソンがその時の言葉を忠実に守っている様子は明らかだった。イングランドが2勝1敗と2位でグループ・ステージを勝ち抜いた時点で、イングランドのメディアは「イングランドのもう一人のリーダー」と題して、ヘンダーソンの貢献に焦点を当てた。

    「TVカメラに写らないところで、経験の少ない若手に指針を与え、適宜チームメートに声をかけるヘンダーソンのリーダーシップは顕著だ。ケインがゴールでチームを持ち上げる傍ら、ヘンダーソンが言動でチームをまとめる。2人の『主将』がイングランドの原動力になっている」と、タイムス紙は書いた。

    ガーディアン紙が続けた。「フリーキックを得た時に、ヘンダーソンが各人に指示を出すと、若手が食い入るように真剣な表情でヘンダーソンに集中していた。誰もが、ヘンダーソンの言葉は監督の指示だと考えて、じっと耳を傾ける。ケインも同様に」。

    「ファッショナブルな大スターではないかもしれない。美声でもなく、サンダーランド訛りが耳につくが(失礼!)、しかし、ヘンダーソンがリーダーシップ資質を発揮する『イングランドのもう一人のリーダー』であることを、認めない人はいない」。

    Liverpoolファンは、全国メディアの絶賛を冷静に受け止めていた。「ケインが主将に任命されたことについては全く異論はない。でも、ヘンドが真の主将だということは最初から分かっていた」。

    プロフィール

    ピーエルエフジェイ

    Author:ピーエルエフジェイ
    平野圭子(ひらのけいこ)
    プレミアリーグ ファングッズ店長です。

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